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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

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Ep.27『聖者のFolklore』

 アメリクスでの生活は、オレにとっては思い出したくないことの連続だった。戸籍もなく、身寄りもない。スパー語訛りの語学能力は、僕の身分を瞬く間に相手に悟らせる。国境の街で、オレはすぐに密入国者だと知られた。密入国者の扱いは悪い。その街の誘拐ビジネスは、殺人件数の増加と共に事業規模を拡大していて、オレは街角を曲がるたびに周囲を執拗に確認する癖がついた。市警察とギャングに見つからないためだった。

 一度は誘拐犯に殺されかけたこともあった。オレは爪を剥がされても家族のことを言わず、携帯電話も持っていなかった。奴らが求めている資金源。つまりオレの家族は、国境の遥か向こう側にいる。携帯電話を持っていても無意味だった。それを悟った奴らが、MSCSのトリガーに指先をかけた瞬間、監禁場所の隣家に住んでいた人の通報で間一髪助かった。

 連邦警察は、抵抗しようとしたギャングを一瞬で撃ち殺して、オレはそいつらの血肉を被って真っ赤になった。オレの肩にぶら下がっていた細長い臓器が一体何だったのかはわからなかったけど、最悪の臭いがしたからクソ野郎の糞を被ってしまったんだろう。オレの服をひん剥いて、路上のホースで水洗いにした連邦警察は、オレを強制送還したりはしなかった。

「あの砂漠の中に、農園がある。大農園だ!」

 オレが最大の秘密を教えてやったのに、連邦警察のそいつは全然興味がなさそうだった。半笑いで受け流して、「蜃気楼だよ」と誤魔化しすらしやがった。

 オレのなにがそうさせたのか、アメリクスはオレに戸籍を用意して、日雇いの皿洗いをしなくてもいいくらいの補助金も出してくれた。もちろん、オレがちゃんとした教育機関からドロップアウトしたらすぐに打ち切られるものだった。

 死にかけたのはあのときが初めてだったが、腕をへし折られたり全財産を奪われたことは一度や二度じゃなかった。だから、自分が普通の子供みたいに高校に通えたのが驚きだった。異物を排除しようとするいじめも、昔の暮らしに比べたら屁でもなかった。

 オレは、憧れとかそんなのがあったわけじゃないけど、地元警察に入った。警察学校を卒業し、市警察に。半年は先輩に付いて回るだけだったが、その後は一人で大きな区域を任されるようになった。田舎の街はどこでもそんなもので、オレが優秀だと評価されたわけではなかった。

 あるとき、オレが職務質問したガキが五グラムのヘイローを所持していた。咥えていたのはヒュドラの煙草だったから、薬漬けのジャンキーだったんだろう。すぐに逮捕して、自分の街にそれが入り込んでくるルートを尋問した。

「ずっと前から同じだよ。砂漠の中の大農園だ。知らなかったのか?」

 オレはそのとき、自分が見つけたあの農園がなんだったのかを理解した。

 魔薬製造農園、そしてその輸出拠点。それは、ずっと前からこの国に魔薬を送り込み続けている。

 ヒュドラの販売を急激に拡大したロス・アンタニオスは、メヒクト合衆国の主要な魔薬カルテルだった。奴らが大農園に関わっているという話はあったが、それよりも前から、砂漠の中には大農園が存在した。

 では一体、あの大農園はどのカルテルが作り上げたものなのか。あの大農園は、まだ、暴力の毒を打ち込み続けているのか。

 そうしてオレは、魔薬取締法執行局(D E A)への転属を決めた。



 国境を通過してくる魔薬の取り締まりをしていく中で、オレはやけに目端が利くDEA捜査官がいることに気付いた。国境の通過ゲート、それも三十五号線は特に、荷物も人間も出入りが激しい。一台一台に検査用MSCSを当てている時間はない。どれだけ怪しい車に窓を開けさせ、どれだけ迅速に車内の捜査をするかが重要だった。

 オレがどれだけ空振りでも、百発百中で魔薬を引き当てる捜査官がいた。オレはその人を忘れなかった。ドロキシ・トリプターの名前を忘れなかった。

 つまらない摘発の仕事をしていく中で、オレの精度も少しずつ高くなっていった。魔薬を積んだ車は、その車種にある程度の特徴があった。ピックアップトラックで通過することはほとんどなく、一般車に紛れるような普通の車が多かった。対MSCSの装備が積んであるものは第一に怪しく、乗っている奴がこちらに視線を合わせようとしなければ確定だった。奴らは、DEAのバッヂを二番目に恐れている。もちろん、一番目はカルテルの掟だ。

 それでも、百パーセントになることはなかった。

 次に着任した捜査官も腕がよかった。オレは、どうすればそんなに目が鍛えらえるのかと聞いた。そいつは、周りに聞かれないように声を潜めて教えてくれた。

情報提供者(インフォーマント)と親しくなれ。」

 彼の言ったことは衝撃だった。彼らは、DEAの費用を使って、カルテルの内部の人間から情報を引き出し、その情報提供者への資金提供と安全の保障を行うらしい。もちろん違法だった。しかし、容認されていた。それがもっとも検挙率が高かった。

 情報提供者を手に入れるのは難しいらしかった。DEAの中でも、それを手に入れているのといないのとでは、検挙率に天と地ほどの差があった。

 オレは苦労しなかった。情報提供者は、ほとんどがグランナダラ人かメヒクト人。たまにアメリクス人だった。メヒクト人は、オレの流暢なスパー語を信用した。それもそのはずだった。俺は、ずっとメヒクト人だった。

 オレは優秀に仕事をこなした。そして、引き抜かれた。

 魔薬を見つけられる奴、銃撃戦にビビッて逃げちまう奴。ノロノロして死んじまう奴。オレはそのどれでもなかった。

 オレは、優秀と判断された。

 DEAスパー語学学校でスパー語を叩き込まれた。密売人が使うスラングや専門用語の数々。しかし、一般的な会話の文法などは学ぶことなどなく、むしろオレが指摘をしてやるくらいだった。すぐに卒業して、DEA情報捜査官専門課程を二週間で修了した。学ぶことはまだあった。しかし、現場はいつでも人を求めていた。

 そしてオレは或る再会を果たすことになる。


「よろしくお願いします、キルマーさん。」


 DEA捜査本部 第三捜査チーム所属。ドロキシ・トリプター。

 彼が、オレたちのボスだった。



 オレが所属してからの第三捜査チームは、専らが殺人事件の捜査だった。そのせいで、魔薬の流れを追う手掛かりになるような情報提供者との面談もできなかったし、オレが探している大農園についても調べられなかった。

 魔法を撃ち込まれまくって元の生物がなんだったのかもわからないくらいになった人間の死体を見続ける生活。それに、ようやく慣れた頃だった。

「ロキシーさん、それって。」

「えぇ。大農場(プランテーション)計画についてです。」

 ロキシーさん───ドロキシ・トリプター───は、そんな爆弾発言をした。

「我々が目下捜査している魔薬カルテルについては、承知ですよね。」

「はい。ロス・アンタニオスっす。オレだって、ずっと調べてます。」

「その由来を知っていますか?」

 もったいぶって、ロキシーさんはオレに問題を出した。この人はこういうところがある。尊敬しているのは前提として、ちょっと意地悪だ。

「わかんないっすけど……」

「普通の犯罪組織を相手にするなら、それで何も問題はありません。むしろ、君のそれは優先順位をわかっているということですから、優秀とすら言えるでしょう。ですが、こと独占企業体(カルテル)においては、それが重大な手掛かりになることがある。」

 ロキシーさんは、そこそこに年齢を感じさせる表情でオレを見た。学校の先生みたいな人だと、オレはこの人に抱いていた既視感の正体に思い当たる。

「彼らの構成員を一人、捕まえたことがあります。」

「密売人をですか……?」

「えぇ。スパー語はあまり得意じゃないんです。ですから、君の方が向いているかもしれません。彼らは自らの組織の仲間のことを、こう呼びました。」


───家族(ファミリア)


 ロキシーさんの言った言葉。それをこの国の公用語に置き換えれば、そんな単語になる。

 家族?犯罪組織の構成員が、そんな平和と平穏の最中にある概念を模しているというのだろうか。

「彼らは、自らの組織を家族と考え、そして、その仲間を家族の一員と見做しています。そして、その名前に重大な意味を込める。」

「……コードネームじゃなくて、親愛なる家族を呼ぶような……愛称、ってことすか。」

「そう考えた方がいいでしょう。必然、そこから読み解ける情報がたくさんあります。さて、彼らの組織名の由来が、わかりますか?」

「……ぇ、っと……」

 ロキシーさんは、同じ質問をした。この人は、言葉の裏を読むように、と言っているんだ。

 こうしろ、と指示を出すんじゃなく、その裏側を読んで、その意図を探し出せ、と。だからこの人は、オレが自分で考えて、その答えに辿り着くことを望んでいる。

 オレに、考えろ、と言っている。

「アンタニオスって言われて一番に思い浮かぶのは、聖教の聖アンタニオスです。でも、奴らは聖教と密接なわけじゃない。」

「素晴らしい。彼らの言うアンタニオスは、聖人のことで間違いない。」

 だから。とロキシーさんは一拍置いて、オレに答案を見せる。

失われた聖人(ロス・アンタニオス)。それが、彼らの信奉する聖書、というわけでしょう。」

「失われた、……聖人。」

 オレの頭の中で思い出されたのは、密輸の最中でぶち壊された教会の数々だ。でも、そんな所業を成したのは奴ら自身だった。失われた、という言い方に逃げるのは、虫が良すぎる。

「私はそこに、彼らの謎を解く鍵がある、と勝手に想像している。それだけの話ですよ。すみませんね、変な話に付き合わせて。」

「いえ……勉強になるっす。」

 この人は、多分すごい優秀だ。オレにはない、俯瞰する力がある。

 オレが一つの微視的な事件を見ている間に、この人はその事件をアップロードして、巨大なネットワークの巨視的な世界を見ようとしている。この人の思考は、システムみたいだ。

「あぁ、そう。大農場についてでした。」

「ロキシーさんは、信じるんすか。砂漠の中の大農場。何千人って人間がそこで働いていて、そこで作られた魔薬は、アメリクスに密輸されるものの約二割を占める。」

「魔薬の出所を探すのは一苦労です。関わっている国は、アメリクスとメヒクトだけではない。ニキラノア、オンドゥラ、グランナダラ。バハラータや、シェンロウ、シニカ、DPNKも。全ての生産地を特定するのは、容易ではない。しかし、ここ数年のヒュドラの需要は、目を見張るものがある。彼らが一枚噛もうとするのも、納得です。」

「はい……!ぁ、でもオレが言ってんのは……」

「君は、大農場を見たことがある、と言ったそうですね。」

 思わず言葉が詰まって、次の言葉が出てこなかった。そりゃあ、ロキシーさんはオレたちのボスだ。人事にだって関わっている筈だ。オレが面接でどんな世迷い事を吐いたのかも、当然知ってるだろう。もしくは、このお喋り野郎ばっかりの組織で、変な噂になっているか。

「私は、間違っていないと思いますよ。」

「え……マジすか。でも、オレが子供のときっすよ。まだ、あの頃、ロス・アンタニオスはなかった。」

「えぇ。彼らの農場ではなかったのでしょう。でも、彼らより前に、あの砂漠のどこかに、人知れず農場を作り、そして、それを流通させ、あるいは流通させる準備をしていた場所が存在した。魔薬戦争の変数は、あまりにも膨大で複雑だ。だから、データだけで一概には言えない。

 しかしだからこそ、あの莫大な需要に応える相応の準備を、誰かがしていたとしてもおかしくはない。」

「……奴らよりも前に、この国に目を付けていた奴がいたってことすか。」

「そうかもしれません。」

 オレは、あの砂漠の荒野を、今でも鮮明に思い出すことができた。

 太陽は燦燦と照り付けている。明るく、闇に何かを紛れさせることなんてできないような場所。それなのに、そこにはこの世の中で最も邪悪な何かが、人知れず蠢いている。それは、オレたちがこの眼で見ているロス・アンタニオスですらない、得体の知れない何か。

 オレたちがまだ、名前すら与えていないような、そんな存在。

「それに、そういう都市伝説が本当だった方が、ワクワクするでしょう?」

「……ロキシーさん、案外悪い奴っすね。」

「あの砂漠に何もなかった、とわかったとき、私は心の底から、落胆するでしょうからね。」



 ロキシーさんが見ていた資料は、ロス・アンタニオスが計画する大農場(プランテーション)計画の一部だった。巧妙な暗号化のお陰で、大した情報はない、と結論付けられたが、オレはそれを情報価値無しと一蹴することはできなかった。それは、オレ以外にもあの農場に想いを馳せた奴がいたという証拠だ。

 ロス・アンタニオスの誰かも、あの謎の農場についてを見たか、もしくは夢想したんだ。だから、それを実現させようとした。

 それは、大農園を巡るフォークロアなのかもしれない。あの場所を見つける。そのために、必要になる。

 次の盗聴に必要になる捜査宣誓書を狂的にタイプした。あと四十八時間、もしくは七十二時間で、奴らの連絡システムにはリセットが入る。日付を越(リセット)したばかりの四桁の数字を示すデジタル時計を睨んだ。

 オレたちが記録用紙(ログ・ロール)と呼んでいる週末の買い物のレシートみたいな長さの紙。それは、通信傍受した奴らのメールの内容が記されている。

 DEA捜査本部第四のチーム、暗号解読班によって解読されたログは、リアルタイムでこの事務所に送信され、ちまっこいプリンターは勤勉にそれを吐き出す。何百キロと離れた場所で、オレと一緒に戦っている仲間がいる。

 アメリクスの言葉を話しながらスパー語を考える脳みそが、そのスパー語の羅列を読み解いていく。

『黄金をそっちに運ぶ。港に賄賂の準備を頼む。』

 黄金。奴らの使う隠語は、市井にあるだけでも数種類。カルテルの内部では数百種類にも及ぶ。薬物という商品の性質上、意味が混同したり、あるいは分離したり、逆に、全く違う名前が使われることもある。黄金、それが一体なにを意味しているのか。

 徹夜続きの脳は、声をあげるほど熱いシャワーと、ふかふかのベッドを求めている。残念ながらそれはお預けだから、熱々のコーヒーで我慢してもらうことにした。コーヒーメーカーの隣には、職員の持ってきた土産物がある。

 それは確か、メヒクトのビーチに遊びに行った職員が持ってきた土産だった。チョコレートが贅沢に挟まれた、分厚いクッキーだった。コーヒーができるまでの間、そのパッケージを千切って一口齧った。甘みと絶妙な塩分が、脳にエネルギーを直送する。

 家族旅行だったのだろう。現地で撮った彼らの写真が添えられていた。人の臓物とか得体の知れない化学物質ばかり見ることになるオレたちにとって、それはありがたい目の保養だった。

 家族写真の表面には、「黄金のような君。」と走り書きしてある。

「……なるほどな。言葉通りな筈はないと思ってたけど。」

 オレはすぐにデスクに戻り、ロキシーさんに電話をかけた。盗聴の可能性を考慮して、暗号化されたソフトを使った。

 ロキシーさんからすぐさまに管制本部へと情報が上げられ、アメリクス・メヒクト海軍省へと通達が入る。

「港で押さえる。」

 それは、ロス・アンタニオスの暗部に踏み入る、ある一筋の道であった。

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