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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第二部【道のり】

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Ep.26『Gateway』

※本作は、植物や違法薬物にまつわる描写が含まれますが、麻薬・麻薬戦争をモデルとした架空の物語であり、実態とは異なる部分があります。また、著者は本作により、麻薬に対するいかなるスタンスも表明しません。

 少年は、地平線の彼方まで広がる砂漠の中を歩いていた。傍らには兄がいて、遥か後方の国には家族がいた。

 母国はすり減っていくばかりだった。この国境さえ越えることができれば、資本主義というこの世界の真理に、アクセスする権利を得る。

 幼い二人は、その体力では規格外の距離を、(おの)が力のみで歩いてきた。彼らの達成感の割に、その距離は目標の到達地点の三分の一にも達してはいなかったが、子供心にそれは、自分たちだけでもやっていけるという全能感に繋がっていたし、それによって放出された脳内魔薬は、彼らの身体に素晴らしき忍耐力を齎した。

 霞む蜃気楼の向こう。少年は地図を取り出し、兄と眺めた。五百キロ先には、合法的な越境を行うパイプラインともいうべき三十五号線があるはずだ。唇を舐めたとき、ざらついた砂粒を飲んでしまった。貴重な水分を喉に溜めて、唾を吐き出す。

 ふと、見上げた地平に、巨大な建築物があった。

 それは、あり得ない光景だった。この辺りには、街はおろか村もなく、ふたりはそういう場所を選んで歩いてきた。しかし、彼らの目に飛び込んできたのは、巨大な防壁に囲まれ、その両端すら見えないほどに広大な人工建造物だった。

 全ての経済活動から隔たれている場所を選んで、少年は歩いてきたはずだった。しかしそれが、縦横無尽に張り巡らされた資本主義の、その重要地点を探し当てた。少年はそう直感した。そこは、金を生み出し、流す拠点。中間地点だ、と。

 防壁は、ところどころに壁の高さが違った。そして、一部は金網になっている部分もあった。彼らが歩いた限りでも、それは一つの街に相当するような巨大さだった。その全てを防壁で覆うほどの資源やコストに、妥当性は見いだせない。まさか、その妥当性に、偶然迷い込んだ密入国者予備軍の少年二人を含めることは、当然なかった。

 金網の上には有刺鉄線が張り巡らされていて、兄弟は仕方なく、金網を切断するような道具、もしくは侵入できるような穴を探した。もはやそれは、論理を超えた本能だった。

 気づけば二人は、小高い丘の上まで来ていて、その金網からは、巨大な基地を見下ろすことができた。そこには、歪な形の防壁に囲まれた、大農場が広がっていた。青々とした緑が、区画によっては人の背を超えるほどまでに生育している。その緑の最中を這いまわる人間は、信じられないほど小さく見えて、それが一体何百人、いや何千人いるのかわからなかった。

 畑の間に設けられた道には、バギーやピックアップトラックが往来し、そうした車両を運転する者や同乗する者は、総じてカスタムされたMSCSを持っている。だというのに、その基地には、国を示す国旗や、部隊を示す徽章、軍を指す軍旗の類が、どこを探しても掲げられていなかった。

 それは、()()の組織だった。

 それは、民間でありながら、ときに国を凌ぐような暴力を発現させ、あるいは、国に打撃を与えるような額の取引を行ったりする。しかし彼らは、どんな政治的思想も、思想的信念も持ち合わせてはおらず、その上、国家に紐づけられた組織でもない。

 そこにあったのは、営利企業の極地ともいえる組織だった。

 それは、莫大なカネを生み出し、ばら撒き、洗浄し、惜しげもなく使う。その、前哨基地だった。

「……大農場(プランテーション)。」

 呟いた瞬間に、兄の身体が大袈裟に吹き飛んだ。小さく嗚咽を漏らして、遅れて兄を案じた。彼の片腕は、指先から引き裂かれたように、綺麗に二筋に裂けていた。「うぁ、ぁ、わ……」噴き出した血は、その幾筋にもわたる血流によって流れを混濁し、あるいは互いにせき止め合い、あるいは融合して勢いを増した。そのせいで暴れた血液は、地面の砂粒の間にすぐに吸い込まれていった。

 少年は咄嗟に兄を背負いあげようと、その背中に潜り込んだ。次の瞬間に、小さな衝撃があった。硝煙も榴弾も、銃声もない静寂の中で、人間の身体がこうも悪戯に損壊させられていく状況に、身がすくんだ。しかし、少年は息も絶え絶えの兄を必死に担ぎ、その砂漠の中を、目指すべき方向もわからずに逃げ出した。

 自分が今、どこにいるのか。あるいはこれからどこに行くのか。なにより、自分が果たしてどこから来たのかも、少年にはわからなくなっていた。

 防壁の姿が随分と遠くに見えたところで、少年は担いでいた兄を几帳面に横たえた。しかし、兄の頭は既にそこになかった。頭皮と搔き乱された血の色をした毛髪だけが、陥没した頭蓋に詰まっていて、本来中に在るはずの脳漿や顔面の器官などは、吹き飛ばされたかどこかに落としてきてしまったようだった。

 それは、恐ろしい暴力の、執行であった。彼らは、執行(エンフォース)したに過ぎない。ただ、法や掟、マニュアルのようなものに則って、暴力を執行した。キティ・キルマーの兄を殺したのは、そんな、ただのシステムだった。


 ある、噂があった。

 アメリクス大陸の中央部にある独裁国家、メヒクト合衆国。そして、その北に接する資本主義の帝王、アメリクス合衆国。その間に強いられた国境線の長さは、三千キロメートルに渡る。その間に設置される入国ゲートは、もちろん三千キロメートルという長さを網羅するには至らず、密入国や密輸が横行していた。

 そんな国境地帯のある一角に、巨大な農場が存在している。

 そこには、五千人を超える農場労働者がおり、居住や消費、生産に至る生活の全てを、その場所で完結させていると。そこには独立した社会が存在し、その内政にはどんな国でも干渉できなかった。誰も、場所を知らなかった。

 メヒクト共和国の腐敗した政治・警察機構ならいざ知らず、アメリクス合衆国の現地捜査官ですら、その尻尾もつかめなかった。やがて、人々はそれを魔薬というものに対する過剰な猜疑心が生み出した幻想であると結論付け、確かに空想として償却した。

 自分はそれを見つけた、と喧伝する少年のことも、また、同じく。


挿絵(By みてみん)


MIS・・・ニキラノア共和国反政府組織 MISURANIA(ミスラニア)

IMFT・・・国際MSCS送金通信協会 (Inter MSCS Financial Telecommunications.)

CIM・・・アメリクス中央情報局

IROL・・・聖教銀行、聖アンタニオス・バンク


 マツシマから送られてきたメールの文面には、わけのわからない組織名と、その略称が示されている。と言いたいところだったが、残念ながら僕はその組織の概要だとか組織図についてを色々と了解してしまっている。昔みたいに「散らかってきたな。」とコーヒーをぐいっと飲み干すことはできなかった。アステアとかがこれを読むのなら、是非ともそうしてほしいところだった。

『これからの利害関係者といえば、これくらいでしょうか。』

 とは、添付されていたマツシマの言葉だった。ファミリアの運営は、ようやくシステマティックに回り始めたらしい。幹部は全員が揃い、マツシマの護衛とゼータについては僕が鍛えた。ここ一年は顔を出していないが、ファミリアの運営に心配は要らないだろう。なにより、僕たちのカルテルの二割の資金洗浄を行っているのは、ファミリアの財務幹部であるスウィフトである。彼なしには、僕らの事業も立ち行かない。

「まだ電波は入るか。……いや、奴らが何か気を利かしてるか……どっちでもいいが。」

 先ほど渡されたペットボトルの水は、随分となくなっている。風に吹かれれば簡単に倒れてしまうだろう。

 コンテナの上で水平線を眺める。

 照りつける陽は、流石アメリクス大陸といったところだろうか。絶え間なく流れる汗に、麻の服を着てきてよかったと思った。

「まだ何か用か?二代目。」

「名前でお呼びくださいリゼルキルト殿!この身、この人生、ボクの全ては、貴方に捧げるように、と父から仰せつかっています。貴方には、ボクを使っていただかなければ……!」

 僕が心底面倒くさそうな顔をしたのは、あまり効果がなかったらしい。

 彼女が着ている軍服は、この世界に存在する国家の正規軍の中には存在しないものだ。必然、それは軍ではないということになる。しかし、彼女は歴とした軍人であり、彼女が纏っているのは軍服である。

 つまりそれは、反政府軍。ニキラノア共和国反政府組織、MISURANIA(ミスラニア)の隊服なのだということになる。

 僕は自分の故郷でもなんでもない国のマフィアに喧嘩を吹っ掛けた勢いのまま、これまたよく知らない国の反政府組織と親交を持つまでに至ったのだった。

「勘違いするなよ、僕がお前に求めているのは、お前の人生でも身体でもなんでもない。お前の父親であり、MISURANIAの指導者であるゼンドーア・ヴェスタの踏み石だ。」

「あぁ……!ボクなんて、利用する価値もないんですね……!その目……ゾクゾクします……!」

 セスタとは違う意味で話が通じず、メルとは違う意味でやかましく、ルムとは違う意味で厄介で、アステアと同じくらい手がつけられない。

 どうせこいつも花の趣味が悪く、取っ組み合いをしかけてくるような女なんだろう。僕を好いている女は大体その特徴に当てはまる。

 そうだろう───アザルベーダ。

「お任せください、リゼルキルト殿。MISURANIAは、リゼルキルト殿の宿願を、必ずや果たして見せます。」

 アザルベーダは、その豊満な胸を窮屈そうに軍服に仕舞って、芝居がかった仕草の笑みを浮かべた。頬は紅潮していて台無しだったが、しかし、その被虐的な瞳の奥にある冷たい感触は、流石反政府組織トップの一人娘である。

「ボクが貴方を守りましょう、リゼルキルト殿。この命に代えても、ボクが貴方を王にする。」

 血みどろの場所から来て、血みどろの僕らと手を組み、血みどろの結末へと向かっていく女。彼女は、手にしていた棒───MSCSらしい───をくるりと回した。



「MISURANIAの一人娘の輸送……?どこでそんな胡散臭い話を見つけてくるんですか。」

「胡散臭いのは重々承知だ。あのゼンドーアのやることだしな。ただ、MISRANIAとの繋がりは欲しい。大農場(プランテーション)計画は聞いてるな?」

「えぇ。ファミリアにはほとんど情報は来てませんがね。それに、ロールモデルもない。」

「砂漠の中の大農園の話、聞いたことはないか?絵空事かもしれないが。」

「それではモデルにならないでしょう。」

 マツシマは、片手間にダーツを投げてブルに入れた。

 僕がカルテルとファミリアをほとんど同化させていないのは、マツシマにもわかってしまうらしい。隠すつもりもなかったから当然ではあるが。

 僕が結局見つけ出せなかった大農園についてを、マツシマはつまらなそうに受け流した。

「まぁ、資金が必要、ということだ。」

「今だって稼いでいるでしょう。うちの財務を通っているだけでも中々の額です。そっちの”アイスクリーム屋さん”でも、随分な金額を資金洗浄しているでしょう。」

「あぁ。だが、更に必要だ。賄賂用の資金は、いくらあっても足りないくらいだと思っておいた方がいい。」

「……では、本命の計画に必要なその資金を、どこから調達しようというんです。」

 懐疑的なマツシマのそれも納得だった。今、政府機関を除いて、僕らほど成長見込みのある事業者は存在しない。どんな大企業であっても、アメリクスの最先端インフラ企業であっても、それは同じだ。相当なイノベーションでも起こらなければ、彼らは僕らにとって取るに足らない存在である。

 だから、僕らはその必然に標的を定めたのだ。

「国だよ。国家から、資金をふんだくる。」

「……は、……っ、マフィアのときとは違うんですよ?潜入でもするつもりですか、私にまた内通者をやれとでも……?」

「それもいい手だな。考えておこう。」

 マツシマは、もう恒例になった呆れたような目で僕を見た。

 潜入は僕らの十八番だ。実例は一つしかないが、少なくともマツシマは中々上手くやることがわかっている。僕の腕前については述べないでおくが、中々いい提案だと思った。彼はきっと戸籍も綺麗だろう。

「アメリクスの国家資金をいくらか流して貰えば、僕らの計画も現実味が出るだろう。保守・管理含めてな。」

「しかもアメリクスですか……!彼らは、帝王ですよ。この資本主義の頂点にいる。」

「あぁ。だが、いずれその帝位は退いてもらう。」

「貴方の厄介なところは、詰めが甘い癖に筋道立てている計画を立てることです。それを詰めるのは結局私の仕事だった。」

「誉め言葉だな。」

「まだ終わってません。」

 ホワイトベリーを弄りながら聞いていた僕に、マツシマはいつも通り強そうな酒を呷った。

「最近の貴方の厄介なところは、その詰めの甘さが、なくなりつつあるところです。」

 やっぱり誉め言葉じゃないか。

 不服そうなマツシマは、しかし次にはこう言った。

「で、プランは。」

 切り替えが早いのは美徳である。彼の苦労性の性根は、こういうところにあるのだろう。

 僕は、アメリクス・ジャーナルとアメリクス大陸を写した地図をテーブルに置いた。僕が話し出すころ、既にマツシマはそれを検めている。

「アメリクスの下、ここだ。」

「ニキラノア……でしたかね。確か、サルヴァティエ民族解放戦線革命党の一党独裁で、共産主義のきらいがある。」

 僕はこういった政治的な思想だとかとは全く独立していた方がいい、と思っていたから、僕と同じく犯罪組織のトップであるマツシマが、正確に説明してみせたのに少しばかり驚いた。やはり、朝から経済新聞などを読んでいるのだろうか。

「あぁ、MISURANIAは、ニキラノアの反政府組織でしたね。」

「そうだ。潜伏場所こそ隣国のオンドゥラだが、彼らが打倒すべし、としているのはニキラノア政府。」

 どうやら話が少し読まれたらしいが、マツシマはまだ聞いてくれるらしい。テーブルに置いていたアメリクス・ジャーナルの記事を指した。

「アメリクスのお家芸だ。傀儡国家を作りたがる。」

「まぁ、わからなくはないですがね。貴方もそういうタイプだ。」

 小さな嫌味は欠かさない。東都国(とうとこく)のジョークの特性が見えてきた気がする。

「傀儡国家の条件はわかるか?」

「……経済的に豊かでなく、対アメリクスを現実的に考えられるほどの武力を持っていないこと、でしょうか。」

「その通り。素晴らしい回答だ。」

「それで、私が当てられなかった最後の条件はなんですか?」

 僕が持って回ったような言い回しをしたので、マツシマにはまんまと思惑がバレたらしい。

 せっかく僕がマツシマを出し抜いたんだから、僕は少しばかり勿体ぶってから教えてやった。傀儡国家に必要な条件。

「共産主義でないこと。」

 アメリクス・ジャーナルには、ニキラノアに及んだ共産主義革命の伝播についてが記されている。

 傀儡国家の鎖とは、経済による依存である。しかし、そこから脱しようとする共産主義国家は、その末路はどうあれ資本主義の帝王を忌み嫌うし、往々にして、最高指導者がアメリクスの思ったように動いてくれたことはない。

 地図に焦点を戻す。

「地政学的に見れば、アメリクスからして、ニキラノアは傀儡国家として欲しいものだったんだろう。世界の帝王は、ニキラノア政府が好きじゃない。」

「……このところの革命は、……クィーバ共和国からのものですかね。性質も、反アメリクスに寄っている。アメリクスとキツィリト連邦は依然犬猿の仲。連邦からすれば、今のニキラノアを支援したいところでしょうが……」

「そう。アメリクスも、それは同じだ。奴らは必ず、政府を打倒すべしとするニキラノア反政府組織を支援する。」

「代理戦争……ですか。頭が痛くなる。」

「素晴らしいことに、僕らは当事者じゃない。こんなにもありがたいことはないさ。だから、その隙間に布石を置いておくことにする。」

 僕が言った、MISURANIAと関係を持つ、ということの意味を、彼は全く理解しただろう。

 此度の、MISURANIA首領の一人娘を護送するという任務を達成し、MISURANIAとの関係を保つことができれば。MISURANIAに流れ込んでくるアメリクス合衆国の資金を、僕らのカルテルで呑み下すことができる。

「金というものがどこから来て、どこに手に入れ、どこに行くのか。その全部を、僕らは考え抜くべきだ。だろ?マツシマ。」

 マツシマの視線は、既に。僕が辿るのであろう護衛経路の海域に延びている。

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