Ep.25『Code:Z』
僕はゼータと相対して、久しぶりに億劫だった。最後の最後で結局、あんたを殺さなくちゃいけなくなるなんて。
「おい、湿っぽい顔すんなよ、卒業試験ってことじゃないか。俺は、お前がちゃんと俺の教えを守れるのか、それを期待してるんだ」
「んなこと言って、あんたが現在進行形でその教えを破ってる。」
ゼータは、殺し合いが始まる前とは思えないような気楽さで話す。きっと僕もそうだった。
「自分一人だけでトリガーを引く。頑張ってみたけど、なかなか難しいよ、ゼータ。」
「あぁ……そうだな。」
自分の意思だけ。それだけが、どんな社会的な繋がりをも超越して、トリガーを引く。そしてそれは、あんたとバルデリーニの関係にも当てはまる。
「なぁ、あんたは、バルデリーニを撃てるのか?撃てるべきだよな。だってあんたは、そういう柵に囚われないようにと言い聞かせてきた。」
「お前に最初にそれを聞かれたとき、なんて返したかな、俺は。」
「笑って誤魔化しやがったよ。」
「情けねぇな。」
「てめぇの話だ。」
ゼータは、相変わらずしゃがれた声で笑った。
僕は、あんたに突きつけてやる必要がある。ゼータ自身が抱えているその歪み。それは、物理的に左右対称でない片足のことであり、そして、そこに彼が仮託した、とある意思についてである。
「お前は、自分の女を撃てなくなったんだ。だから、離れる選択をした。珍しく気が緩んだな。あんたは自分の口で、俺は個人主義を辞めたくなったと溢しちまった。」
それは、アンピュテーションしたゼータの感情が、再び彼に芽生えたと換言できる。
切り離したのに、なんでだろうな。と、ゼータは腕を回して言った。
「バルデリーニについても同じだ。なんだかんだで、あんたは奴を慕ってた。だからこんな貧乏くじに、文句も言わない。」
「素晴らしい。アナリストとしてもやっていけそうだな。情報局で飼ってもらえ。」
「僕は優秀にやるだろうな。あいつはなんだかんだ女々しい老兵で、そのうち死ぬとか言いやがるくせに野菜を食って延命しようとしている。その上、自分の信念だと言って憚らなかったものを、人生の最期でやっと棄却できためんどくさいジジイだって。そんな分析ができるだろうさ。どうだ?」
「あぁ、存外、精度はいいな。」
くつくつと笑ったゼータの肩が、その笑い声に呼応して揺れる。それでも、奴の重心は一向に偏らないし、その片足はバランスを崩しもしない。
「僕はさ、ゼータ。あんたのその教えを、心の底から聞くつもりがなかった。なんせ必要ないからな。僕らは、武器に感触を仮託しなければ、誰かを守るために、仇討ちをするためにトリガーを引いていい。
それで躊躇して、そのお陰で、救えるものも、あったりする。」
ぱっくりと避けた肉の光沢。か細い少女の死に際の声を、僕は確かに追憶した。
「だが、今回だけは、あんたの教えに従おうと思うよ。なんてったって、卒業試験だからな。」
「あぁ、存分にやれ。」
「……僕は少なくとも、あんたを友だと思っているよ。」
「気持ちわりぃ。んなこと言っても手加減しねえぞ。」
「手加減なんて言葉、知ってるのか?ジジイ。」
あんたはまだ、その片足を失ってはいない。
だから、その精神的な歪みは、これまで一度たりとも僕の前で揺らがなかった。
そして、その物質的な身体の比重すらも、僕に、失った片足を幻視させるほどだった。
なぁ、そうなんだろう。ゼータ。
あんたはその片足と、そこに込められたメタファーについてを、まだ、失っていない。
体勢は低く構える。僕は剣術に明るくない。アンタゴニストは剣ではないし、武器としてそう使えたとしても、僕の技量では付け焼き刃だ。
ベルトに差していた拳銃を抜いた。
「あぁ、いい判断だ。」
うるせえ。
あんたのことを、マフィアの連中は散々な言葉で言ってたな。なんならあんただって、自分をそう表現したことがあったはずだ。
ゼータの呼吸の隙間、それは、彼の意識の繋ぎ目だ。強固に結束されたその狭間で、僕はゼータに肉薄した。その接敵には、一秒とかからなかった。
左の打撃から銃床のコンボに繋げ、その最中に照準した魔法を銃口に蓄える。奴の時代遅れの軍服から叩き出された空気が、空間を反響して炸裂音を鳴らす。
銃口は眼前、僕の攻撃を甘んじて全て受け止めたゼータに引き金を引く。手首を打った衝撃が、銃口を逸らし、激発した魔法が虚空を残響する。
───ゼータは、戦えない。
そう嘯いた奴らに、僕は今でも嘲笑をプレゼントできる。綺麗にデコレーションして、無骨なナイフを差し出して、それでは、彼と戦ってみろと言ってやれる。
あんたらは多分、誰一人として勝てないだろう。
「速い。スピードじゃ勝てないかもな。」
「カマトトぶんなよ。見えてるんだろ?」
「当たり前だ……!」
僕は、ゼータの片腕に足を浮かされていた。
彼は、片足の軸のみで僕を背負い、そして、その片腕のみで、僕を振りかぶった。
「馬鹿力が───!」
僕の体は面白いくらいに投げ出され、それはもう投げられたというより射出されたというほうが近かった。その片腕だけのカタパルトによって、僕は空中を走り、ゼータたちが晩酌をしていたテーブルの上を転がった。グラスや皿をぐしゃぐしゃにして、食器が割れる音が連鎖する。
飛び起きる前に机を掴み、起こしたそれを即席の盾とした。その表面に、破壊力が激突する。爆ぜたテーブルの破片が吹き飛ぶ。その衝撃から辛うじて僕を守ったボロボロの盾を放り捨てた。
「そうだよな、あんたはまだ、───その片足を失っていない。」
ゼータが持っていた松葉杖。それは、長さのいくらかを犠牲にして、ゼータの足に固着している。突貫工事の添え木じゃない。それは、そうされるように設計されたMSCSだ。それは、彼が片足を失っていなかったというメタファーだ。
それは。
「誰かのために引き金を引く気分はどうだ?ゼータ。」
「存外、悪くない。」
義足から伸びたケーブル。それは、ゼータの片手に繋がっていた。彼が握り込んでいるデバイスが、トリガーなのだろう。
カチ、という音がして、引き金が絞られる。発破した義足が生み出すのは、生身の片足では到底生み出すことのできない、推進力である。
「ぅ、あ……ッ!」
間一髪、振った首の傍を、死が通過していく。ただの拳だ。握り込んだ掌だ。それが、コンクリートにめり込んで、あまつさえ、そこに亀裂を走らせる。遅れて噴出した土煙をかき分けて、次の拳が飛んでくる。辛うじて、首の皮一枚を繋ぎ、九死に一生を得て、僕は、絶え間なく叩き込まれる死の側面を、幾度となく視認した。
奴の攻撃の痕跡は、まるで両の足で歩いた足跡のように縦横無尽に駆け巡り、死が吹き荒れる必殺の領域は、僕の移動範囲に否応なく追従した。
近接戦闘のレンジでゼータと渡り合うのは、いくらなんでも無茶だった。覚悟を決める。多少ダメージを覚悟してでも、ロングレンジに持ち込みたかった。
歯を食いしばり、そのエナメル質が軋む音を聞く。吸い込んだ空気は、肺腑をクッションのように膨らませ、取り込まれた酸素はこの早鐘を打つ戦時状態の心臓によって全筋肉へと浸透する。
次の一撃、組んだガードの上から、激突する。僕の構築した両の手二本のバリケード。吹き荒れる圧倒的暴力の気配が、その一撃に束ねられている。ゼータの義足が解き放った致死量のエネルギーが、生身の僕の両足が踏み締める力を超えて、吹き飛ばす。
僕は弾丸になったのか。異常な速度で空間を迸る肉体から、風切り音がなる。僕が無様に叩きつけられるまで、コンマ数秒とないだろう。依然痺れた片腕に、トリガーを引けと命じた。
僕は、あんたを見ているぞ、ゼータ。だからそこで、照準が完了する。
地面を擦りながら衝撃を殺した、しかし、殺しきれなかった手負いのそれは、容易に僕を弾き飛ばした。僕は、ゴロゴロと転がったうえでけたたましい音を立てて終着する。その悪足掻きの合間に、撃ち放ったトリガー。
ロングレンジショックウェーバーが、ゼータの顔面へと射撃される。その直前───ゼータが、トリガーを引くのが見えた。
あんたは今、一体、なにを照準したんだ。聞かせてくれ、見せてくれ。たわんだあんたの足が、今から何を蹴り砕くのか。それは、音速にほど近い速度に拮抗し得るものなのか。全身で湧き上がる歓喜。くたくたに疲れた脳が感じた錯覚だろうか。受容体から拡散した欺瞞の感情が、僕にその悦びを与えるのだろうか。
違う。違う、と僕は、確かに言える。
彼の片足に宿った、恐るべき真髄。それは、僕が撃ち放った魔法に接触し、ゼータは凶悪に嗤って再びトリガーを引いた。そのときに、僕の拡張された脳のメタファーである魔法と、彼の拡張された脳のメタファーである義足がかちあった。
それは、自分の目的のためだけにのみトリガーを引いた僕の覚悟を、文字通り、粉々に打ち砕いた。
魔法が、弾ける様。ひとりでに爆炎を撒き散らすでも、有効射程を超えて霧散するでもない。力づくで握りつぶされて、悲鳴を上げながら、自らの本懐を達することもなく、有り余るエネルギーに分解されていく、解体されていく恐怖。つんざくように哭いたそれが、僕には、魔法の断末魔のように思えてならなかった。
「レッスンだ、聖人。いいや、リゼルキルト。魔法は振動波だ。同じ振動数で、撃ち消せる。」
「誰ができんだよ、馬鹿。」
甘んじて受け入れたゼータの鉄拳制裁のお陰で、僕は今、やっと彼の射程圏内から脱している。
立ち上がり、次の手を考えながら、どんな戦闘推移の構築にも対応できる付け焼刃を振りかざせ。力を込める。地面を踏みしめる足。
欠片ほども、僕を立ち上がらせてはくれない、その両足。
「ぐふ……ッ、ぉ、ぁ……」
古傷の頬はぱっくりと裂けてしまって、そこに僕が吐血してしまったものだから、荒い呼吸に膨らんだ血液は、僕の頬に空いた穴から弾けてこぼれ落ちた。一撃、たった一撃だ。それなのに、どういう原理なのか身体が動かない。
内臓のどこかしらが異常をきたしているのは覚悟しなければならない。おそらく腕の骨は粉々に砕けている。筋肉も少しばかり引きちぎられたかもしれない。既に真っ青に腫れているそこが、奴の蹴りを受け止めた場所だ。
ずっと、ずっと言っていたじゃないか。今の僕では、ゼータに勝てない。いや、一体このマフィアにいる誰が、全力のこの男に勝てるというのだろう。あぁ、殺したくてたまらない。認めて欲しい。ねじふせてやりたい。最期まで楽しみたい。
これは、愉悦だ。
だから僕は、あんたから教えて貰ったその力を使うことにする。それなら僕は、あんたにだって敗けないよ。親愛なる、コード・ゼータ───。
*
一瞬だ。一瞬、あのゼータという男から、一瞬の停滞を引き出したい。決着には、一瞬の停滞が必要になる。
───それだってのに。
「元気だなぁ!!クソジジイ!!」
「当たり前だぁ!!リゼルキルト!!」
僕の頭上をすり抜けていった神速の拳が、蹴散らした空気を衝撃波に変えるまでの一瞬、既にゼータの蹴りは僕の脇腹に突き刺さっていて、僕が吐いた血の煙幕を引き裂いて、その血を纏い、次の一撃が鳩尾を抉る。僕がそれに耐えれば、凄絶な瞳のゼータと目が合った。僕と奴は通じ合い、その次の手を直感する。
襟を掴まれれば、投げられる。組み伏せられれば、回避行動は途端にやりづらい。そこから僕が飛び上がるまで、このライフが残っている保証はない。伸びてくるゼータの手を振り払い、いくつかの攻防の末、僕が先に手札を変える。
ゼータの眼前で発破した魔法が当然の如く避けられ、次の瞬間には銃が奪われている。足元のテーブルの残骸を一か八かで踏み込んで、上手く浮いてくれたそれを掴み取って眼前に掲げたとき、奴が撃った魔法がそれを粉々にぶち壊す。
その鼻っ柱を折ろうと繰り出した拳が、避けられて極められることはわかっていた。だから、推進力を重力で添加して、その真下にあった銃身へ振り下ろす。奴の手中で回転した銃口は、弧を描いて、僕の拳が届かなかった場所に。ゼータの、その顔面へと矛先を向ける。辛うじて引っかかっていたゼータの指先にトリガーを引かせた。
自分が構えていた銃だ。それは、敵に突きつけられるそれより、よほど近距離。ぐわんと折れたゼータの上体、その鼻先を擦るような場所を、魔法の軌跡の魔素偏向が瞬く。そしてそれは、これまでゼータが見せた挙動の中で、最も大きな回避行動だった。
さぁ、勝負だゼータ。
我が物顔で手中に収めていたその銃は、もう。僕の手の中にある。
「ッ───!」
初めて見せた焦りの色。あんたにとっては取るに足らないその焦燥を、僕はここまでの数分間で幾度味わった。人間の暴力衝動の真髄は、魔法だ。強く、殺したいと願うなら。強く、戦わなければと祈るのなら。祈る時間すら勿体ないから、僕らはみんな、トリガーを引く。
ゼータの義足が蹴りのモーションを始めたのが、僕の銃口が奴の頭に狙いを定める少し前。一段目のトリガーの引き代は、緩慢に奴の蹴りを見送るだろう。魔法を激発させる義足は、次の瞬間には僕の頭蓋を打ち砕いていて、小気味良い破裂音が脳漿の花を咲かせる。それじゃあ僕は、信じてトリガーを引くしかない。
照準さえも不必要で、神に祈るのも勿体ない。信奉するそれに思いを馳せる、その間もなくトリガーが沈み込む。意思を超えた本能が、僕にそうさせる。そうして僕は、気まぐれな魔法と心が通ったようになる。
そうして僕は、そんなおまじないの言葉を吐く。
───当たる。
魔法は、照準なしでも綺麗に撃ち出された。でも、間に合わない。既に彼の足は、僕を殺すための加速を終えている。次のゼータの攻撃に、僕はノーガード。時間稼ぎもできなければ、命乞いすらままならない。死んでもそんなことをするつもりはなかったから、僕はやはり、祈るしかない。
何かの間違いで、ゼータの動きがコンマ一秒でも遅れないものか。この部屋に散乱している何かが、或る天文学的確率によって、想像もしえない本懐を思い出し、その利害が僕と一致しないものか。劇的に僕の才能が開花して、痛快に彼を倒せないものか。
僕の脳内のフローチャートが、どんな選択肢の先にもノーを示す。
僕らは、積み重ねてきたものだけで、戦わなければならない。突如開花する才能も、行間に挟み込まれていたどんでん返しも、強引に引き絞る風呂敷も、ここにはない。現実にはない。戦闘にはない。だから、思い出して。これまでのあんたとの、最高の日々の中に、あるはずだ。
ゼータの蹴りが僕を捉えるその前に、僕のトリガーが完全に沈み込んだ。それは、魔法が完結したことを示している。
「躊躇したからだ。馬鹿が。」
コマ送りの世界の映写機が、調律を取り戻し、厳格な物理法則による時間の流れに合流する。その衝撃は、音となり、この世界の被膜を切り裂くような壮絶な音を、太陽を呼び出したような閃光を顕現させる。
やっと、当てられたな。
首を穴だらけにした血まみれのゼータが、随分と遠くの場所で横たわっていた。
*
「僕は、あんたの奥さんと同じくらいに想われてたんだな。光栄だよ。」
「うるせぇ……やっぱり、間違いだった。こんな足は、ぶった斬っちまった方がよかった。それだったら、俺ぁ……もっと軽いトリガーを引けたのにな。」
だくだくと血液を抽送しつづける首筋の弾痕に、ゼータは酷く無関心だった。
「見下げるんじゃねぇよ。」
「僕が勝ったんだから当然の権利だ。」
彼の足元にしゃがみこみ、僕は視界に入り込んできた血液を拭った。
無様に寝転んだ老人に、僕は敬老の精神もなにもない言葉を吐いた。ゼータは楽しそうに嗤った。
「最期に、俺の人生が間違ってなかったのがわかってよかったよ。俺は、最強のミサイルを作り上げた。」
屈強な敵の装甲に、どがんとぶち当たり、風穴を空ける。あと数分の命のあんたが死ねば、僕は晴れてマフィア中最強の人間になれるだろう。しかし、そのマフィアすら、またその数分後には僕のものになる。僕はミサイルではなくて、それを撃ち放つシステムの方になるわけだ。
「これから、どうするつもりだ。」
ゼータは、再び僕に聞いた。奴の首筋の穴から漏れた血液が、ドス黒い血溜まりに波紋を打った。
これから僕は、バルデリーニを殺し、その座をマツシマに継承させ、悲願の再会を果たす。けれど、彼が聞いたのはそういうことではなかっただろう。だから僕は、そのいい加減なコミュニケーションしかしない老人の意図を、親切にも汲んでやった。
「一生使っても余るくらいの大金を手に入れて、顔のいい姉妹を侍らせる。暇になったらそいつらのアイスクリーム屋でナンパを蹴散らして、気が向いたら経営者をやる。たまにマフィアに遊びに来て、逃げ出したり死んじまったりしないような顔の奴を集めて、こう言ってやる。
お前たちはミサイルだ。どがんとぶち当たって、敵に風穴を空ける。そして、そのトリガーは、」
ゼータは、言葉を切った僕に、あぁ、と相槌を打った。
「そのトリガーは、誰かを守るために存分に躊躇して撃てと伝える。俺はお前たちをそういう風に育てた、って。最後まで、したり顔でそう言って、そして、……そうだな。クソほど味気ないステーキを、一人で喰う。」
「ドアホ、飯ってのは、一人で味わって食うのが一番旨い。」
「あぁ、そうだな。
これ以上の幸せはないってほど旨いステーキを一人で喰う。切り分けた肉の断面がいい具合だって、僕は誰も座っていない対面に見せてやって、誰にとられるわけでもないのに警戒しながら肉を喰う。誰も食べてくれない野菜を残して、何故だか二つ注文してしまったコーヒーを流し込む。」
ゼータはしゃがれた声を、更に枯れさせて、最高の喜劇映画を見たかのように堪え切れない笑みを漏らした。
「クソ味気ない昼飯しか食えなくなっちまったよ、ゼータ。」
「あぁ。……お前が無残におっ死んじまうそのときまで、俺は一人を満喫させてもらう。感謝の一言もねぇクソガキに、奢ってやらなくて済むからな。」
「最後は奢ってやっただろ。」
「あんなんで足りるか。俺はあのあと追加注文したんだ。」
口の端から垂れた粟立った唾液。ゼータの呼吸は、人間の身体の仕組みなんて毛ほどもわからない僕でもわかるくらい、死に近づいていた。
「それと、一つだけ、決めたことがあるんだよ、ゼータ。聞いてくれるか。」
「あぁ。そろそろ逝くから、さっさと言って出て行ってくれ。お前に見送られるなんてごめんだ。」
「そうかよ。その時代遅れの軍服、いつまで着てるんだ。」
「死ぬまでだクソ野郎。」
どちらともなく笑って、息を継いで、やがて沈黙が落ちる。
生きているんだか死んでるんだかよくわからないゼータに、僕は告げておくことにした。あんたのお陰で、決心できたんだから。それは、これまでのゼータの人生の全てを無に帰して、無駄だった、と突きつけるような言葉だった。
生きてるんだか死んでるんだかわからないような気配をしていたゼータは、やっと身体の方がそれに追いついた。
じゃあな、ゼータ。
「僕が心の底から仲間だと認めた奴を殺すのは、あんたで最後だ。」
ゼータは、吊り上げた手をぶらぶらと振って、出ていけとジェスチャーした。
最後にひと蹴り入れて、僕はゼータが守った扉へと歩き出した。
「元気でな、クソジジイ。」
僕は何も考えず、ただ歩き続けた。ただ、歩き続ける。
この道を、歩き続ける。




