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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.24『憂い揺蕩うマシンエルフ』

 バルデリーニ・ファミリーは、幹部会の承認によって、正式にマツシマをボスと認めた。

 人事担当ヴィオレタ・ホワイトの小さな抵抗はあったものの、ファミリア・ナイフを引き抜いて机に突き立てたマツシマのそれに、誰も意見は言えなかった。

「私の継承によって空席となった幹部の一席は現在後身を選任中。残念ながら凶刃に倒れたゼータ氏の後任については、とある腕利きの死刑執行人(エンフォーサー)を用意しています。ゴッゾ兄弟とリトン兄弟の代わりとなる護衛は、引き続きゼータから選任する。自死された情報局幹部カルメア・エテカレアの後任については、情報局の改編後選任予定です。失踪されたメル・ルム姉妹の空席については、我々の偽ブランド・偽宝飾品事業の解体が決定しましたので、欠番とします。そして、」

 扉が開かれ、マスクをつけた男が入ってくる。そのベルトには、奇妙な形のMSCSが下げられており、腰のホルスターにも拳銃が差してあった。男は、マツシマの隣の席に腰を下ろし、マスクを外した。潜めた驚愕が、小さな幹部会の中を染み渡った。

「先代、クァトロ・バルデリーニの意向により、リゼルキルト氏をゼータの教育幹部として迎えます。バルデリーニ氏は、呑み下さば、とおっしゃいました。バルデリーニ氏とリゼルキルト氏は和解された。我々は、この魔薬事業を呑み下し、世界に漕ぎ出す。」

 リゼルキルトは、財務担当幹部スウィフト、人事担当幹部ヴィオレタ・ホワイト、ファミリアのボス、マツシマを見渡して、その貧相な面子に貧乏ゆすりを始めた。それは、幹部会の縮小を厭うたからではなかった。そのうち、全ての幹部が顔を挿げ替えて、また出揃うことになる。

 彼が危惧していたのは、そんなことではなかった。

「煙草の密売事業を取り仕切っていた幹部がいたな。オース、とか呼ばれていた男だ。」

 三者三様の表情。しかし、その中に、リゼルキルトほど逼迫した表情をした者はいなかった。

「奴はどこに行った?」

「……失踪しました。孫娘も一緒に。バルデリーニ氏の死亡の報せが届いた日です。」

 彼が危惧していたのは、そんなことではなかった。

 それは、彼が受け継いだ、とある嗅覚であった。地面を叩く踵の音。静謐の中、心臓の鼓動に似たあるリズムが、リゼルキルトの頭の中を流れていた。

 それは、戦争の予感だ。



 巨大な高層ビルディングのロビー。僕は、もうスーツなどは着ていなくて。マフィアに与えられた───奪い取った───本部の部屋から、サイズが合うものを適当に着てきただけだった。それだというのに、前は狼狽えた受付嬢は、僕のセスタとの約束を、今度は清々しく了承した。

 僕が事実上のマフィアの王になってからは、国の中を中心にしてヘイローの流通が始まっている。僕らが放棄した社屋は、丸々を僕とアステアの住居に改造されて、余ったスペースは社員寮とした。アステアの退院が決まれば、彼女はその様変わりに驚くだろう。

 本格的な本社ビルは首都に設けたので、バハラータ共和国までのアクセスは悪くない。そのあたりの段取りは、全部セスタがやってくれた。その手間賃、というか手数料と利息含めて、魔薬の収益で彼女の投資はペイできたはずだ。

 これでようやっと僕は、ビジネスパートナーとしてセスタと歩んでいくことができる。そしてやっと、彼女の前にこの面を見せることができる。

「ボディチェックもなし、か。セキュリティに問題があるな。」

「怖いわぁ……!マフィアのボスに凄まれてしまったわ。アタシ、何をされてしまうのかしら?」

 扉の先、セスタ・クリスタルベリーは開口一番そんな軽口を叩いた。

「こんな血みどろの男はお呼びじゃなかったか?悪かったな。」

 僕は勧められてもいない応接セットにどっかりと座った。一対一、あるいは二対一くらいならば、そうそう殺されることはないと思っていたが、念には念を。買い上げたピカピカの装甲車の後部座席で、僕は哨戒のための先導車にノロノロとついて行く退屈な時間を強いられた。多少の行儀の悪さもご愛嬌といったところだ。

「コーヒーでも出るか?忙しいなら帰るが。」

「もうっ!ちょっとくらい待って。」

 セスタは、内線で何かを告げて受話器を置いた。そうして、僕の隣にちょこんと座りその袖を握った。

「いてよ。……もっと、ゆっくりしていって。」

「あぁ。そうだな。」

 すぐに社長室の扉がノックされたので、セスタは手ずからドアを開けに行き、二人分のコーヒーを受け取った。

「なんで……すぐに会いに来なかったのよ。」

「少なくとも、君の投じた金額に見合うような事業規模になってから、と思った。」

「そんなこと、一回も求めてない。」

 柔らかな手は、僕を絡め取らんと広げられて、つまりは今彼女が何を求めているのかを端的に表明した。

「アタシは、はやく会いにきて、……ってお願いしたわ。」

 膨れた頬が、拗ねた色の不満を飛ばす。

 仕方がないので、その華奢な体を抱き締めて、僕の甲斐性に居た堪れなくなった果てに刺される未来を幻視したところで腕を解く。僕にしては長い時間、充分に互いの存在を確かめ合ったはずだ。

 それなのに、セスタがなかなか離さなかったから、最終的に取っ組み合いみたいになった。

「待ってたのよ……本当に。」

「あぁ。悪かった。予定よりは、だいぶ早かったんだが。」

「待たせすぎだわっ」

 セスタは恨めしそうにそう言って、でも、と言葉を繋いだ。その瞳は、しっかりと僕を見ている。今ここに存在する、リゼルキルトという人間を見ている。

「ちゃんと、アタシのところに戻ってきた。だから、許してあげるわ。」

 僕らはそんな小さな約束ごとを果たして、しばし歓談に興じた。その時間に、僕はなにか懐かしさを感じていた。

「ところで、お前が見つけてきたカラシナの農地、あれはどこなんだ。」

「あら、アタシが見つけたんじゃないわよ。……そうか、携帯持ってなかったのよね。メール、転送しておくわ。」

 ヘイローの基原植物であるカラシナは、もちろんいくつかの農場と契約を結び、マフィア利権の恩恵を酷使したわけだが、それよりも大量に運び込まれてくるカラシナは、バハラータ共和国産のものだった。

 端末に届いたメールを読む。

『一千万ダラじゃ俺の人生には足りなかったよ、リゼルキルトさん。』

 僕らは、かつての僕らを取り戻しつつある。添付された画像には、見渡す限りのカラシナ畑が広がっている。

『もう一度、俺を使ってくれないか?』

 異国の地、夕暮れ。自らが育て上げたその光景に、カメラを構えた一人の男の姿。それが、僕の脳裏には鮮明に写っていた。



 幾重ものセキュリティを超えて、僕は病院にしては豪華な個室の扉を開けた。広々とした空間の隅に、大きなベッドが置かれている。その上に、黒の彼女が眠っている。

 頬を少しばかり舐り、首筋から服の中に侵入している軌跡は、おそらく。彼女の全身をのたうち回って、どこか適当な場所で終息している。その火傷の痕こそが、僕の犯した唯一の過ちだ。

 月明かりに照らされたように。眠っているアステアからは、人間の熱が感じられない。それなのに、そんなにも安らいだ顔をしているから、君の姿は魅力的に見える。

 ゆっくりと瞼を開けたアステアは、本当に微かに、その目許を綻ばせた。

「お寝坊さんだな、アステア。」

「あなたが待たせすぎるからでしょ……一年間も、なにしてたの?」

 呆れたような、困ったような。それでも、優しい瞳で、アステアは僕に自分史を求めた。

 僕たちの再会は、ここが初めてなのだろうか。バルデリーニと浄水場で出会った日、確かに僕を立ち上がらせたのは君の声だった。君が吸っている煙草の香りだった。

 では、あれは幻聴で、幻覚だっただろうか。誰もその正解を知らないから、僕は彼女に語って聞かせることにする。

 君の知らない僕の歴史を。君のために行われた、君の知らない世界史を。


 アステアは、煙草を吸いながら僕の話を聞いた。僕が簡潔にまとめるからか、アステアはたびたび口を挟んだ。特に、メルやルムについての話は一小節ごとに指摘が入り、「ふーん……助けてあげるんだ、その子たちのこと。」と総評が述べられた。

 一介の殺し屋部隊が、マフィアを自らの傀儡に変えるゴッドファーザー・ストーリーだったわけだが、深く語ろうとしない僕と、マフィアの連中に大した興味を抱かないアステアのせいで、びっくりするほど呆気なく、僕の一年は露呈した。

「ごめんね。リゼルキルト。」

「なんで……」

 謝るのは、僕の方だろう。その言葉は、何故だか言えなかった。僕らが、運命共同体だからだろうか。その単語の響きに、何か恐ろしい意味があるように感じた。

「あなたが好きだった綺麗な肌に、痕が残ってしまったから。」

 病衣の紐を解き、アステアはその肌を晒す。開かれた真っ白な肌を、少なくない割合で埋める傷痕。

「お前の裸体が好きだと公言したことはない。」

「あなたの視線はずっとそう言ってたよ。すけべ。」

 馴れ初めのせいで、今更強く否定できなかった。べ、と舌を出すアステア。僕だけが知る初対面、彼女の姿はいたく扇情的だった。

 アステアに何を話しても彼女の言動を思った通りにできたことはない。諦めて、僕はいつかのように、彼女の手を握っていた。

「あなたはまだ、……わたしに、触れてくれるんだ。」

「君の視線が触れろと言ったんだ。」

「やっと気づいてくれたか。遅かったね、リゼルキルト。今度からはもっとたくさん触れて。」

 言質だけは取られないようにしようと、曖昧に誤魔化した。

「これからもずっと、わたしの手を握っていてね、リゼルキルト。だってわたしたちは、固く結ばれた、ビジネスパートナー、なんでしょ。」

 アステアは揶揄うような笑みを浮かべた。そんな笑みを、また僕に向けてくれた。

 彼女はビジネスパートナー。それについて、僕は別に何の問題もないと思ったけれど、僕はとあるうるさい老兵のせいで、アステアやセスタのことを形容する、或る言葉を得てしまったのだ。

「君はビジネスパートナーであり、そして、僕にとって、いや僕が認めた仲間だ。今は、……それくらいしか言えない。」

 アステアは、僕が顔を逸らしたから、それを覗き込もうとベッドの上を些かダイナミックに滑った。病人なんだから大人しくしろ、という僕に、アステアはもう治りかけだと言って聞かなかった。

「あ、あなたがっ……そんな可愛い顔するからだよ……!」

「してない……!目が怖いんだよお前ッ!」

 僕らは取っ組み合いのような感じになり、僕の周りの女はなんで取っ組み合いを仕掛けてくるような女ばかりなのかとため息が出た。

 やっとのことでアステアのご乱心が治まったので、僕は遂に次の話題に移ることができる。引き裂かれかけた自分の服の胸元が、引き伸ばされて緩くなっているのが見えた。

「本社と支社。僕たちが使っていたあのビル。君が知っている諸々が、色々変わった。コンドルも復帰してくれる。今はバハラータで農場をやってくれているよ。

 今後は、もっと大きなプランテーションを作って、彼に任せるつもりだ。」

 僕の語った展望に、アステアは随分と興味がなさそうだった。今にも「ふーん」と会話を打ち切ってしまいそうな表情で、僕の指先を弄んでいる。

「僕は当分こっちの国にいるつもりだ。家もこっちになる。」

「そ……っか。」

 アステアはその身をベッドに投げ出して、そっぽを向いてしまった。流石に飽きただろうが。そうかもしれない。きっと、僕はそんなに話が上手くない。

「ちょっとは、考えてくれてると思ってた。わたしたち、一緒に暮らそうって、言ってたのに。」

 僕が口下手なせいで、アステアは形容し難い声色を見せて、僕はその始末に追われることになる。

「わたしは……もう要らない?」

 きっとその表情は、むすっと膨れて拗ねている。

「社長室。君と住むための家に改装したんだ。だから、君がそれでいいのなら、一緒に住もう。」

 アステアは、こちらに顔を向けてくれることはなかったけれど、後ろ手に僕の手を絡めとり、シーツの中で更に深く絡めた。

 後ろから見えた彼女の耳が、少しばかり赤くなっている。

「それは……毎日寝食あなたと一緒、ってこと……?」

「飯は好きなタイミングで食べるし寝室は別だ。」

 アステアは器用にシーツで顔を隠し、不満です、と言いたげな瞳を向けた。こいつは口も達者な癖にその綺麗な瞳も大概お喋りである。

「身体の調子はどうだ……」

 僕は今の今まで言えなかった心配の言葉を、やっとそこで吐いた。それは、彼女の病についてのことで、必然、表層化した火傷について触れることでもあった。

 アステアの手が、繋いだ僕の手をぎゅっと握る。

「少し前。とある夜だった。何かが、変わったような気がした。」

 アステアは、繋いでいない方の手でカレンダーの日付を指した。

「あの日から、発作が出ない。」

 僕の手を名残惜しそうに離し、君は煙草に火をつけた。それは、今までに見たものとは違う。密売煙草でも、専売公社のそれでもなかった。

 見たこともない銘柄。煙草を包んだパッケージには、手書きの筆記体でゴールドオピオンと記してある。

 はっとして、天井を見た。その空に、月が輝く夜空が広がっていた。今は昼だ。そう思おうと、周囲を見渡す。アステアは、カラシナのベッドに横たわっていて、つまりそれは、あの花畑の顕現であった。

「きっと、あなたのお陰なんでしょ。」

 片眼を隠したアステアの額から、真っ白の角がせり出している。彼女の指したカレンダーの日付は、僕が、死と憎悪の病に、特効薬を注射した日付と一致する。



 翌年。ヘイロー、キュルケーを含む薬物はバハラータ共和国で魔薬取締法によって規制された。次いで、アメリクス大陸諸国、タリャーリナ共和国が先導した西洋諸国、シニカ、東都国などのエイジア諸国。国は違えど、その危機感は世界各国に共有され、現在の国際連帯組織である国際政府機関は、本年度の議題に得体の知れない薬の報告書を提出した。

 病は、着々と広がっている。それは、血と暴力の病であった。とある国に蔓延した呪いが、この世界に呼び出した、特効薬にして病、あるいは薬理作用にして後遺症。

 やがて僕たちは魔薬カルテルと呼ばれるに至る。

 青空は澄み渡り、巨人に千切られたように散らばった雲が、不規則な波を演じていた。

 航海速力のその全力を出して、船は進む。

「体調は万全でありますか?リゼルキルト殿。」

 真新しい軍服に身を包み、少しばかり邪な思いを想起させる豊満な胸を携えた女は、僕を案じて高らかと問うた。クソまずい缶詰のペーストを飲み干して、骨みたいなパンを咀嚼する。満足そうな女が差し出したペットボトルの水は飲みかけで、これを飲んでやったらこいつを喜ばせるだけなんだろうと嫌気がさした。しかし、脱水症状はそれなりに深刻だ。抗生物質と一緒に、その女の唾液を幾許か付着させた水を飲み干した。

「散らかってきたな……」

 携帯端末が鳴った。どうせマツシマからだろう。通話ボタンを押して立ち上がる。コンテナの上からは、神経のように張り巡らせた流通経路が幻視できる。

 巨大な甲板から大海を見渡して、太陽照る海原の上で呟いた。


「討て。聖火の守護聖人(マシンエルフ)。」


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