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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.22『血と、暴力の病』

 ブラウナーの火から、正真正銘、今日、この日をもって、一年が経過した。

 僕の背中で燃えている火の燃料は、まだ十分にあるようだった。

 僕は、今日。この炎を、この世界の切れ()に着火する。燃え広がったそれが、きっと。この世界に、史上初めて姿を現す。



「貴方をマフィアのボスにできると言った根拠について、お話しします。」

 ステアリングを握ったマツシマは、ゆっくりと流れていく夜の景色を横目に言った。

 浄水場の竣工式は、今日の昼間、つつがなく終えられていた。

「ファミリア・ナイフの秘密について。」

「MSCSなんだろう。あれも。」

 マツシマは、多分驚いていた、と思う。

 しかし、それをこの場で論じるのが無駄だというのが、彼にも、僕にもわかっていた。

 バルデリーニは、僕のこの眼に、あのナイフを見せた。鋼のしなやかさと鋭さを持ち、しかし、そこには無機質な、言い換えれば無感動な輝きが同居している。僕はそういう武装に心当たりがあった。そして、この世界にはいろいろとトリッキーなMSCSが存在するという事にも、また心当たりがあった。

「さっきから喋りづらそうですが、大丈夫ですか。」

「ちょっとした事前準備だ。気にしないでくれ。突然頭のおかしいことを言い出すかもしれないけど、それも気にしないでくれ。ちゃんと頭は動いてる。」

「わかりました。」

 舌の上で、小さな紙片が唾液に浸されていた。

「これまで、ボスの世代交代は円滑に行われてきました。無能がボスになって、クーデターが起きたなんてことは、この長いマフィア史を見ても、一度もない。それは、彼らがあのナイフを信奉しているということのほかに、もう一つ理由がある。」

「それは。」

「誰も、新しいボスに懐疑を抱かない。

 懐疑を抱いていなかったボスが、新しいボスを選んだ。そして、そのボスがまた、次のボスを選んだ。それが全く正しい事実だから、誰も反感を抱かなかった。」

 彼が言った”正しい事実”という言葉に、どこか引っかかった。確かに、正しい継承、というのは存外難しい気がする。

 例えばボスの座を狙っていて、そのボスのことが気に喰わない奴が、突然ボスを殺して自分がボスの座を継承した、と言い出せば、ファミリアの分裂は必至。崩壊すらあり得るかもしれない。それは、正しい継承ではないだろう。

「正しくない継承ができない仕組みが、あのMSCSにはある。」

「えぇ。あのMSCSには、武装としての価値は毛ほどもない。カートリッジは換装できませんし、切れ味もよく切れる刀と変わらない。しかしあれは、私の先祖が作り出した、とある魔法を備えている。」

「……なるほど。」

「えぇ。あれは、認められた所有者が、認めた所有者の血液を刃に浸さなければ、鞘から抜けない。」

 バルデリーニが、わざわざナイフを鞘から抜いた理由に思い当たった。あれは、その権威を誇示するためのものだった。自分は選ばれた、正しく継承を行った。だからこそ、この剣を抜くことができる。

「資格がある者にしか抜けない剣、ね。」

「幹部は全員知っています。ですから、彼らはファミリア・ナイフを抜けるかどうかで、その世代交代を評価する。」

 バルデリーニは、その事実をまさしく僕に教えたことがあった。それは、そのナイフは、聖剣だと。

「ですから、バルデリーニさんが認めれば、次のボスに文句はつけられない。バルデリーニさんは、正しく継承されたボスだったから。」

「一体、どうやってあんたに継承させればいい。バルデリーニは、納得するか?」

「バルデリーニさんに、自分の意思でファミリア・ナイフのトリガーを引かせればいいんですよ。あのナイフには、所有者がどんな状況にあるのかを観測する器官も、判断能力もない。私しか知り得ない情報ですが。」

 端的に言えば脅迫ですよ。とマツシマは臆面もなく言った。清々しい男である。

「だとしても、驚異的なMSCSだな。」

 ステアリングを繰るマツシマの視線の先、少しすれば、浄水場の駐車場が見えてくる。浄水場の建物自体は、もう目前まで迫っていた。

 駆動音が一際強く哭いて、マツシマの車は加速した。

「あれは、……この世界で最初に生まれた、MSCSですからね。」

 僕はなんとなく、ずっと思っていたことを思い出した。

 魔法とは、人を殺すのには絶好の手段。

 そんな魔法の始まりとなった武装は、今、この国に、武器に蓄積した呪いが転化した形として聳え立っている。マフィアという(かたち)を取って、この国に病を蔓延させている。武器の呪いはやがて、その感触を魔法に転嫁し始めた。あのナイフに、仮託し始めた。魔法に蓄積された、あのナイフに注ぎ込まれた呪いは次は、ある(かたち)をもってこの国に災いを呼び込む。

 それを持った人間が、リゼルキルトという名前をしていて。そして、その災いは、特効薬でもある。

 次の呪いは、もう誰にも転嫁することのできない感触をもたらす。呪いの連鎖は、病の連鎖は、ようやく終わる。始まるのは、終わることのない呪いだ。

 もう誰も、それに感情を仮託できない。魔薬に、感情を仮託できない。

 だってそれは、呪いを、苦痛を、蓄積させたりしない。魔薬とは、全ての苦痛を、取り払う薬だからだ。

 この国に次に蔓延する病を、僕は小さく呟いた。


「血と、暴力の病。」



 入り口の見張りは、マツシマの顔を見て表情を綻ばせ、リゼルキルトの顔を見て顔をひきつらせた。そうして、それと一緒にいるマツシマに壮絶な瞳を向ける。あえて言い表すのなら、それは絶望だった。

 駆動したアンタゴニストの闇色の刀身が、暗い夜の中を泳ぎ、その男の首を刎ねた。

「見た人は全員殺してくださいね。私、マスクつけたくないので。」

「……勝手なやつだな。」

「協力はしますよ。」

 小さな断末魔を聞いて、三人くらいだろうか、統率の取れていない足音が階段を駆け下りてくる。マツシマを追い越して、最前にいた男に組み付いた。実際よりも長く見えただろう僕の滞空時間は、その間に必要な加速度を十分に得て、飛びついた僕の足が男の首を極める。視線はもう一人の男を見ていて、一段目のトリガーを引いた。こちらを銃口がなぞる前に、アンタゴニストが放った魔法が窮屈そうに閉じ込められていた脳漿を解放させる。その反動のついでに、僕の下で伸びた男の眉間を、片手間に突き刺した。

 そんな数秒にも満たない虐殺のすぐ隣を、最後の一人はマツシマに向けて駆けだしていた。思考から行動までの反射神経が良い。もう少し時間があれば、彼はゼータに見初められていただろう。

 マツシマは、危なげなくその男のナイフの一撃を避けた。長い手足では、そうやって回避行動を取るのも億劫だろうと思った。小さく溜めた片足。

 無防備な脇腹を、マツシマは微笑みすら湛えたような顔で見ていた。ぎゅる、と回転するマツシマの身体は、そこに目いっぱいの遠心力と衝撃を伴って、討ち取るべき敵の腹を撃ち抜いた。吹き飛んだ男の身体は、鉄製の扉に面白いくらいに叩きつけられて、不自然な方向にへし折れた首は彼の死因になっただろう。自分が死んだことに気付いていない消化器系は、最期に、その口からぼとぼとと吐瀉物を垂らした。

「あまり筋肉があるようには見えなかったが。」

「実際あまりありませんよ。でも、MSCSなしの格闘戦なら、私もいいとこ行くんじゃないですかね。」

「ルムよりも強いか?」

「スウェフト氏がいるでしょう。」

 ルムが自分の強さを語るときに引き合いに出した、財務担当の幹部だった。

「そいつの片腕ハンデに一撃入れたのは、ルムだけだったそうじゃないか。」

 マツシマは呆気なくはい、そうですよ。と答えて、憎たらしい爽やかな笑みを模った。

「ハンデなしの彼に勝ったのは、私だけです。」


 浄水場に詰めている敵の数は、マツシマの通信システムによって大方予想がついていた。結局皆殺しにするのは決まっていたから、僕らは軽快な歩みで廊下を血に染め上げ、その感触を確かに自分で受け持った。

 バルデリーニは、この竣工式のあとに、浄水場でささやかな晩酌を楽しむらしい。マツシマが仕掛けていた盗聴器が、バルデリーニのそんな情報を拾った。マツシマがレクチャーしてくれた盗聴器やセンサーについてを、僕は中々に楽しんで聞いて、今日の準備が整うまでの間を、その実践に費やした。

 人間の数が多くなったから、僕はマツシマを下がらせて、カートリッジに充填していた破壊力を解き放った。

 軍用の爆破魔法は、信管もなく発破して、いくらかの人間の身体を破裂させるのに飽き足らず、その肉片の奥にあった扉を吹き飛ばすに至った。

 そこに、バルデリーニとゼータがいた。あぁ、そういえば、ゼータは自分の端末を持っていなかったな。マツシマの情報網に引っかからなかったのも納得だった。彼は、ネットワークという集合体から解き放たれて、個人主義の世界を生きていくことに決めたのだ。あの、片足がない間は。

「あとは頼みます、ゼータ。すみませんね。」

「いいさ。馬鹿な生徒を叱りつけるのは、先生の役目だ。」

 バルデリーニはその奥の扉に姿を消して、ゼータはアンバランスな身体を驚くほど安定させて僕の前に立ちふさがった。

 マツシマを行かせる。バルデリーニが出て行った扉は、僕が一度奴と相対した薬品池の連絡通路に繋がっている。僕らの背後にある扉からも回り込むことができた。

 最後に僕はマツシマを呼び止めて、黒の端末を返した。マツシマは、それを大した確認もせずに受け取って、バルデリーニのもとへと走り出した。

 そうして僕は、この最悪の現実に決着をつけることにした。

「僕は、手塩にかけて育ててくれた上官に、躊躇しないぞ。」

「あぁ、そうするように育てた。」

 松葉杖代わりの小銃の残骸を放り投げて、ゼータはその両の足で立った。

 ゴングも何もなく、その師弟は殺し合いを始めた。勝った方が得られるのは、固い友情に結ばれた友を殺したという、血みどろの称号だ。



 夜風は穏やかで、むしろ蒸し暑いくらいだった。

 吹き荒れる風は、山脈に遮られてこの街には入ってこられない。凪いだ夜の静謐の中、バルデリーニは空を見上げた。

「珍しく、月が綺麗な夜ですよ、マツシマ。」

「えぇ。おっしゃる通りです。バルデリーニさん。」

 マツシマは、置いてきたリゼルキルトとゼータの戦闘が、いつ終わるのか。それだけが気がかりだった。

 ゼータには、片足がない。本人がそう自称するように、片足がないままでは、彼は戦えない。半面、リゼルキルトは、いまやマフィアの中で随一の腕前を持つ殺し屋。いや、死刑執行人(エンフォーサー)だった。

 リゼルキルトがこの場に訪れることは決定事項として、マツシマが考えていたのは、そのタイミングだった。

「私は、貴方のボスとして不足がありましたか。」

「貴方の人格に、何も問題はありませんでしたよ、バルデリーニさん。むしろ、貴方は尊敬すべき人間だった。私をこうも丁重に扱ったマフィアの人間は、貴方が初めてだった。」

「では、私の実務能力が足りませんでしたか。」

「えぇ。貴方は野心を抱かなくなった。酷いじゃないですか。貴方は私に、世界を見せてくれるはずだった。私の忌まわしき先祖が生み出した、有史以来最高の虐殺装置。その原典で以て、あの空の彼方の景色を見せてくれるはずだった。

 いつからでしたかね。貴方が、そう思わなくなったのは。」

 マツシマは考える。考えるまでもなかったが、思い出すような間を開けて、その実、バルデリーニに言わせるつもりだった。

「さぁ、いつからでしょう。」

「二年前だ!貴方が、この場所に通い始めてからだ!どこで牙を抜かれたんですか!一体どんな薬が、貴方をそんな腑抜けにした───!」

 バルデリーニの瞳が、マツシマではない何かを見ていた。

「その目を辞めろと言ってるんだ!───バルデリーニさん。ここで最後だ。もう一度、立ち上がってください。そうすれば、私は貴方に付き従う。私は、どこの誰とも知らない密売人に魂を売り渡さずに済む。もし、そうでないのなら。」

 今も彼の懐にあるであろうファミリア・ナイフを想って、マツシマは云った。

「私に、貴方が捨てた夢をください。そのナイフが辿るべきだった道程については、見るべきだった景色には、辿り着くべき場所には、私が連れていく。」

 バルデリーニは煙草に火をつけた。

 オーダーメイドのスーツに着込んだ茶色のコートに、小さな火花が跳ねていった。

「どこまで、貴方の策略だったんですか。カルメアは、随分と困っていましたよ。ここ最近の晩酌では、彼女の方が愚痴をこぼすことが多かった。見事です。さすがは、彼の息子だ。」

「当たり前だ。あんな女が、私を出し抜けるわけはないでしょう。全て、ここまでの御膳立ては私がやった。全ては、私がこのマフィアを乗っ取るためだ。貴方の護衛を殺させたのも私だ。欺瞞情報を流したのも、リゼルキルトを垂らし込んだのも私だ。ここまで、何人もの仲間を死体に変えてきた。

 全部、私のためだ。」

 それでも、バルデリーニはマツシマに手を差し伸べなかった。

 金網を踏む音がして、マツシマの背後の扉が静かに開けられる。

「そうですか……貴方が勝ちましたか。」

 全身を血に染めたリゼルキルトが、そこにいた。

「首尾はどうだ、マツシマ。」

「……バルデリーニさんは、ここで下りてもらう。」

 平和と安寧。笑顔に満ちた素晴らしき世界の、その裏側。その荒波の中を泳ぎ続けてきたファミリアの乾舷は、今はひどく浮き上がっている。積み込んだ野望も、重く落ちる野心も、もう、このファミリアには積み込まれていなかった。

 錨を下ろしてはいけないのだ。この船は、大海へと進み続けなければならない。破砕船のように、全てを砕きながら、豪華客船のように、煌びやかに発光しながら。

 頷いたリゼルキルトは、そっと舌を出した。

 マツシマはそれを、何かのジェスチャーか、ともすればリゼルキルト自身の儀式かとも思ったが、すぐに違うとわかった。その舌の上に、小さな紙切れが乗っている。彼は、自分の舌先に乗ったそれを吐き棄てて、奇妙な形のMSCSを手にした。

「バルデリーニ。あんたは、そのナイフに込められた呪いが牙を剥くとしたら、どんな形をしているのか。聞いたよな。」

「えぇ。貴方は、わからないと答えた。」

「僕はあのとき、あんたの答えを聞きそびれたんだ。一体、何だと思う?」

 バルデリーニの瞳は、リゼルキルトを見ていた。

「なにも。なにも、存在しない。このナイフはこれからも、たとえ私が死んだとしても。例えばマツシマに、例えば貴方に受け継がれて、その呪いをため込み続ける。病は、そうやって続いていく。何も、連れてはこない。」

「いいや、違う。もうそいつは、僕を呼びよせたぞ。いいや、僕が手にした力を、呼び寄せた。その発端となったのは、あんたらが虐げ続けた、病に罹ったある少女だ。そいつが、ヘイローを作り出し、この世界に、とある毒を、あるいは薬を復権させた。

 あんたらが病を撒いたんだ。そこに、薬が現れない道理はないんだよ。」

 マツシマには、リゼルキルトのいう寓話的な話が、まるで理解できなかった。リゼルキルトは続ける。

「そのナイフは、あんたらの呪いを一心に引き受けて、その呪いを返すことに決めた。それは、或る特効薬を生み出し、そして、それは注射器の(かたち)を持って現れた。」

「ヘイローのことですか。」

「いいや、そうじゃない。もっと、巨大な概念だ。」

 それは、ため込んだ呪いをすぐさまに取り払い、全ての苦痛を無き物とする。故に、それがもたらした惨状に、代償が返ってくることを決して許さない。それを、血と憎悪の病と呼び、そしてそれは、これからこの国を、この世界を、永遠に蝕み続ける。

「アンタゴニスト。」

 リゼルキルトは、そのMSCSの真四角の切っ先をバルデリーニに向けた。

 そうして、リゼルキルトの瞳は、バルデリーニではない何かを見ていた。これまでに見たことのない、心の底からの歓喜を湛えて、リゼルキルトは呟いた。

「討て。聖火の守護聖人(マシンエルフ)。」

 そこでマツシマは気付いた。彼のそのMSCSが、何を模しているのかを。

───あぁ、それは、……注射器だったのか。

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