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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.19『四十七個』

 これでもかと血液がこびりつき、粉砕された瓦礫がふりかけられている街路。飛び回った軌跡には、血液の雫と、誰のものかもわからない内臓の切れ端。頭皮ごとむしり取られた髪の束や、剥がされた生爪が散乱する。

 塗りたくられた血液と、散乱した人間のパーツをかき集めれば、人間二人を完成させることができるだろう。あまつさえ襲撃者の損傷具合さえわかるかもしれない。しかし二つの死は、かき集めるには、あまりにも膨大な範囲に撒き散らされている。

「あぁ、くそ……思いっきり締めやがって。」

 殺し合いなら当然か。

 既に固まり始めている腹の傷口。マツシマはこの場所まで来られない。自力で這いずってあの浄水場までいかなければならないというのが、億劫で仕方なかった。時間をかけすぎれば、ゲストとバルデリーニが外に出てきかねない。

 いつ事切れるかもわからないような足取りで、僕は帰路につく。

 小さな橋を渡って振り向いた先、戦闘の痕跡。頭を無くした死体が、俯いて佇んでいた。



「まさか、そうじゃないかとは思っていたんですが。」

 見た目だけはまともに見えるように身体を原状回復して、ただ天井を眺めていた僕に、マツシマは呆れたように言った。

「今までのも、全部一人でやっていたんですか。」

「別に、誰かに協力を頼むとは一言も言ってなかったはずだが。」

 なんとも形容しづらい感情を含んだ視線が、再び僕を見た。

 マツシマが力ずくで整えたせいで、僕はさっきから鼻腔の空気の通りが違和感でしかなかったから、わざわざ反応しないでおいた。

 珍しく、マツシマは黒い端末を操作していて、ボタンが押しづらかったのか、僕の傷口の処置のためにつけていたゴム手袋を外して投げ棄てた。

「リゼルキルトさん。」

「なんだ。」

「今まで、私は、マフィアに歯向かう敵の正体が、リゼルキルトと結びつくことを危惧していました。その要因はいくつかあるのですが、一番手前のことを言えば、それによって再びリゼルキルト・ファミリアのことを洗い直されて、貴方の顔が割れるのが好ましくない、ということになります。」

 真っ当な意見だと思った。僕も同じ理由で、バルデリーニの護衛のその全員を殺した凶刃についてを、リゼルキルトから遠ざけようと画策した。もちろん、それによって内部犯の疑惑と、マツシマのやり辛さはそれなりになった。が、謀略については彼の十八番だ。僕よりマツシマが背負う方が勝率が高い。

「しかしですね、私が心の奥で思っていたその原因を、今やっと、掴めた気がします。」

「教えてくれよ。あんたが何に気付いたのか。」

「これから、全ての犯行の容疑を、”リゼルキルト”に仮託しようと思います。」

 軽快な語りだった。何一つ、普段の理知的で論理的なマツシマと変わらなかった。しかし、その眼だけが、異様に一点を見つめていた。この世界のものではなく、もっと、深いところを見つめている。それは、そう───彼の思考が、世界から切り離され、隔絶しているような。そんな様子だった。

「情報局は、我々より一歩先を行っていた。リゼルキルトさんの犯行であることをわかっていながら、そこに内部の協力者がいることまで突き止めて、内通者をあぶり出そうとすらしていた。ですからここで、亡霊を見せつけてやろうかと思うんです。」

「内通者の線から目を逸らさせるためか?……僕は、あの女の目を誤魔化せるほど、達者な演技はできないが。」

 あの女、とは、もちろん情報局幹部のカルメアを指していた。

「それもあります。ですが、まぁ、それで私の負担がどうとかいうのは正直どうだっていい。情報局ごときが私を吊るし上げられるほどの論拠を出せるはずもない。疑惑の目が軽くなろうが重くなろうが大した問題じゃない。」

 妙に潔白だった今までのマツシマの言語エンジンからは、吐き出されないだろう語調。なにか、マツシマという男の言葉の調律が、狂っているように思えた。あるいはそれが、本当のマツシマだったのかもしれない。

「私は多分、貴方がリトン組を殺して、そしてその後一か月この場所を空けることを見越していたんでしょう。情報局は、リゼルキルトの犯行であるとわかれば、その諜報を開始する。もちろん、内部犯についても諜報するでしょうが、比重はリゼルキルトに傾くはずです。

 今まで逃げおおせてきた内部の人間より、少し前まで外部の人間だったリゼルキルトを拷問した方が、芋づる式に私に辿り着くのが容易だ。しかし、幸いにも貴方は一か月、この街を離れる。貴方が発ったあとに捜査が開始されれば、その手は少なくとも一か月、貴方に及ぶことはない。

 そして、内部犯に手を出してくるちょっかいは少なくなる。うんざりでしたよ、私の仕事部屋には四十七個に及ぶ盗聴器とセンサーが仕掛けてあった。もっと巧妙に隠してくれれば楽だったのに。」

 幹部である人間に、そこまでするか。僕が承知していなかった情報局の執念を思い知る。彼が言った盗聴器の()()に、冷や汗が垂れた。

「カルメア・エテカレアを使えると思ったのは、このときのためだった。奴は本気でこの街を探しますよ。リゼルキルトのいない街で、リゼルキルトの情報を探す。彼女をそう誘導できる、最後のチャンスだ。

 私も、そして貴方も。この計画を始めて以来、最も身軽に動けるタイミング。」

「……お前、正気か。」

「えぇ。むしろ貴方の方が正気じゃないんじゃないですか。このチャンスに、何をもたついてるんです。」

 マツシマは本気らしい。彼はしっかりと、自分の言葉で云ってくれた。

「メルを殺してください。そして、丸々空いた一か月で、二人で最後の調整に入る。貴方が正式に戻ってくるはずのタイミングで、戴冠式をやりましょう。ひと月、ひと月です。」

 待たされてばかりだ、と言ったセスタの表情を思い出した。

「ひと月後、貴方は、このファミリアの王になる。」



 リトン組の殺害を受け、マフィアは本格的に厳戒態勢に入った。

 情報局による全構成員の身辺が洗われ、しかし、彼らが作り上げた貧民街をはじめとする混沌のせいで、僕のような村人Aの身辺調査は不可能に近かった。情報局は幹部の内通者を見つける方針にシフトして、マツシマは引っぺがしてきた盗聴器が大量に浸された水入りのバケツを、浄水場の水流にぶちまけた。「明日には全部私の部屋に返ってきますよ。呪われているみたいでしょう?」と、マツシマは平然と言った。

 バルデリーニは、自分から一切の公的な外出を行わない、と宣言を出し、護衛の不在に不動の対処を強いられた。情報局は、少なくとも僕の素性について危機的な兆しは見出さなかったようで、むしろメル・ルム姉妹との結びつきを強くさせた。

 もしくは、カルメア・エテカレアは、彼女たちの無事を試金石に、僕を見定めようとしているのかもしれない。そんなことを、マツシマは当然の道理かのように言った。そうなれば、もちろんこの一か月、僕の動きは格段にやりやすくなる。一か月を使って見定めようというのなら、その試用期間の間に決定が下されることはないからだ。

 あの姉妹は、そんなにも戦術的に価値のない存在だろうかと、少し感傷した。

 姉妹と僕が旅立つ前日、マツシマは僕にヘイローの使用を申請した。了承した僕に彼は聞いた。

「この薬、致死量はどれくらいですか。」

 僕はその数値を数えて、浄水場に保管していた在庫の一瓶を渡した。

「僕がやっても構わないぞ。」

「……?あぁ、情報局についてはちゃんと対策しますよ。欺瞞情報は既に流してあります。」

「そうじゃない。」

 僕が一体何を言いたいのか、マツシマにはまるで伝わっていなかったから、少しばかり語調が強くなった。

「お前は、殺せる側の人間なのか。」

 彼の国は、暴力から比較的解放され、この最悪の病に罹患していない。マツシマはその典型で、マフィアでありながら礼儀礼節を重んじ、粗暴な振る舞いも粗野な物言いもしない。つまりそれは、血脈という理由だけでこの場所にいる彼が、まだ、死と憎悪から逃れられるかもしれない可能性を孕んでいるということだ。

 マツシマは、心底意味がわからないという表情をしていた。

「私が殺せなかったら、貴方が私を殺してください。」

 翌日、出発前に聞いた。

 マツシマをベッドに誘った女は、以前からヘイローを使用していて、マツシマにもそれを勧めようとしたこと。

 断ったマツシマに、女は自分の身体を実験台にしたこと。

 新参者だった女は、以前、マフィアとは縁もゆかりもない場所に住んでいたこと。それゆえに、リゼルキルトの手先だと疑われていたこと。

 注射器から注入されたヘイローは、彼女の脳を焼き切り、その命を絶やしたこと。

 特に覚えておく必要もないかと思ったが、その女の名前は、ルミエッタと言ったらしい。



 マツシマが講じた策は、随分と上手いものだと思った。

 隣にはルムが座っていて、後部座席ではメルが寝息を立てている。

 ルミエッタ、という女は、ヘイローの依存症になり、貧民街のバラックで死んだように座り込んでいたのを見つけたらしい。ブラウナーの火から一年。市場に出回るヘイローの量は激減した。僕が残してきた在庫も、おそらくは底をついたのだろう。この国で、ヘイローはゆっくりとその灯火を吹き消された。

 そこで、マツシマはその女を拾い、僕から貰ったヘイローを分け与えてやったらしい。そして、その実物を論拠に、彼女がリゼルキルトである可能性。あるいは、彼女がリゼルキルトの手先である可能性をささやかに流した。彼が風上で呟いたそれは、風の噂となってマフィアの中の公然の噂となり、そしてそれは、マツシマが川の上流で流した毒でもあった。

 彼女はヘイローを求めてマツシマを誘い、彼はその誘いに乗った。内通者を暴き出すため、という理屈で、その行動は正当化されるだろう。そして、マツシマは彼女に致死量のヘイローを与えて殺した。それは、今まで起こり得なかった、マフィア内部での魔薬関連事件である。

 今朝の情報局は、混乱の渦中にあった。マツシマは事細かに状況を説明し、そして、彼女が内通者なのでは?とまでは言わなかった。情報局は、リゼルキルトの本格的な反撃が始まったと、あるいは、リゼルキルトの尻尾を掴んだと、自分で導き出したように錯誤し、更に、その状況に遭遇し、事細かに証拠まで持ってきてくれたマツシマへの警戒を、深層心理で緩めただろう。

 情報局は、リゼルキルト捜索に本格的に舵を切った。マツシマは身軽になり、僕はそもそも本部にいない。

 カルメア・エテカレアを欺くことが、情報局を欺くことになる。マツシマは賭けに勝った。

 次は、僕が勝負を仕掛ける番だった。

 ルムは、忙しなくMSCSを弄りながら、今までよりは柔らかな声色で言った。

「一度も、お姉さまに毒を盛ろうとしなかった……。」

 本当に疑っていたんだな。彼女はずっと、それとなく僕を見張っていたのだろう。

「責任が取れない言葉は、吐かないようにしてるんだ。」

「……何故……?」

「いざ責任を取れと言われたときに、面倒くさいから。」

「…………そ。」

 姉には手を出さない。僕は確かそんなことを言ったな。つまり僕は、責任が取れない言葉を、既にお前に吐いていた。自分でも気持ち悪いくらいの真っ赤な嘘。でも、僕はこの姉妹を助けるとは言わなかった。中途半端な義侠心か、それとも、僕は一貫しないサイコ野郎になってしまったのか。

「貴方は……無暗に言い切ったりしないし……それに、……勢いに任せて啖呵を切らない。……それは、信用している。」

「……どうも。」

 見る目がない。

 視線を司る君が、そんなにも僕の視線に無頓着だというのは、少しばかり寂しいような気もするけれど、僕の殺意を気取られなかったというだけで別にいい。

「だから、貴方が珍しくはっきりと言った……貴方の目的……。貴方が会いたがっている人に、……興味がある。」

 横目に見たルムは、珍しく、真っ直ぐな目で僕を見ていた。よそ見運転をしていても、事故を起こすようなことは万が一にもないと自負していたが、その目を真っ向から見つめ返すのが億劫で、僕はずっと前を見ていた。

 僕はお前たちに責任を取れない。だから、助ける、とも、解放してやる、とも言わなかった。そう言おうとした感情を、死後の世界に繰り越した。だから、僕はこの姉妹の暗殺を無感動に遂行するし、涙も流さないと思う。でも、僕が死後の世界に繰り越した言葉の責任は、死後の世界で遂げられる必要がある。

 だから、メルを殺したら。ルムも、殺してやるつもりだった。

 妻と息子に先立たれた男の死に様を見た。

 兄弟を殺された男の死に方を見た。

 俯いた首のない死体の姿が、瞼の裏側にある。

 この話を、冥途の土産にしてくれ。

「フラクタルという女だった。綺麗な銀の長い髪をしていて、線の細い、握りしめたら折れてしまうような、そんな儚い風貌の女。いつもふわふわ揺蕩うように生きていて、思わず目を瞑りたくなるような綺麗な声をしていた。」

「いつ、……生き別れてしまったの。」

「両親が死んだときだ。教会の連中が両親を殺して、麦畑と家に火をつけた。痛快に燃えたよ。でも、彼女は生き残ってくれた。僕は安心して、次に瞼を開けたとき、彼女はもういなかった。そのとき気付いたんだけどな。彼女、僕にしか見えてなかったんだ。」

 戸籍謄本でも家系図でも、僕の肉親は両親だけ。あの家には、三人しか住んでいなかったし、食卓には三人前しか並ばなかった。

「僕の幻覚だったのか?でも、それって誰が証明できるんだ?……それならもう、信じるしかないだろ。誰も答えを与えてくれないんだから、僕は、自分が信じたいものを信じるしかないだろう。だから、僕は彼女が存在していると思うことにした。

 それからずっと、彼女がまた、僕の目の前に現れてくれることを、夢見ている。」

 ルムは、形容しづらい表情をしていた。気まずそうでもあったけれど、なにか、そう、面白そうな装丁の本を開いて、そのプロローグを読んだ時のような、そんな高揚を表していたと思う。

 僕がステアリングを切ったときに、いつも通り、聞こえづらい小声で、ルムは訊いた。

「アンタニオス。私たちを、……助けてくれる……?」

 もちろん、僕は答えた。

「お断りだ。」



 僕が出発前にマフィアの車庫を見学したのは、とある一縷の望みをかけていたからだ。

 マツシマがそれを発見したとき、僕は自分の勘が間違っていなかったことに歓喜した。その車には、トラップ機構が搭載されていた。

 後部座席も広く、幹部を乗せて運ぶのに不足のないスペックを持っていた。

 姉妹をホテルに送り届け、僕は、自分で車を駐車してくるといって彼女たちと別れた。駐車場に車を停めて、ハザードを炊きながらドリンクホルダーに偽装されたレバーを倒す。シフトレバーのすぐそばの偽装された扉がひとりでに開き、その縦長のスペースに、アンタゴニストが収められている。平時形態では本当にコンパクトで助かる。

 わざわざ、露店が立ち並ぶ人だかりの出来た道を通ってきた甲斐あって、メルはその通りに行きたがった。ルムは、僕に気を遣って道中一度も眠らなかったから、二十時を回った今、既に床に就くと言っていた。

 絶好の機会だった。

 ベルトにアンタゴニストを吊るし、玄関のロータリーでメルと合流した。

 和やかに会話して、メルは嬉しそうに相槌を打つ。

 そうして僕は、メルの暗殺計画を開始した。

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