Ep.18『引き金はシステマティックに』
二十三時四十四分。軍用MSCS特有の、超高弾速による魔素偏光の風切り音と、演算処理の電子音がリトン組の耳に入る。不審な気配に車の使用を断念し、ターゲットをセーフティールームまで送り届ける。表に出たところで、ロングレンジミリタリーボマーによる爆轟を聞く。ゴーグルの隙間から見た空に、燃え盛った車が翻っているのを見て、それぞれが警戒態勢に入る。
見たところによれば、前衛を細身のリリン・リトンが。後衛を、整えた口髭をたくわえるアンシェル・リトンが務めている。近隣家屋の屋根から、ロングレンジ系統での照準を試みるも、リリンが持ち出したつづら折りのアンキューイングシールドによって断念。
地面に激突した車両が一際大きく炎上し、いくらかの破片とプロミネンスを発生させて爆発四散する。
そうして、僕はリトン組と会敵した。
前衛のリリンは、ベルトから下げていたグリップを握り、一太刀振り下ろしてそのリーチを引き伸ばした。
───特殊警棒……?ナイフですらないのか。
他に何かしらのMSCSを携行しているのは間違いない筈だ。見かけの殺傷能力だけに脅威判定のリソースを費やしていれば、容易に足元をすくわれるだろう。その後ろ、アンシェルは自動照準器付の小銃を構えた。肩にかけているショルダーバッグは、その長身を以てして尚大きい。
臨戦態勢は充分か。
それじゃあ。
「アンタゴニスト。」
音声認識によって起動したアンタゴニストの魔法執行プログラムが、静かに駆動音を鳴らした。
一段目のトリガーを、素早く二回引く。
グリップから真っ直ぐに接続していた薄い直方体が、その表面に微かな一線を現し、それを起点としてゆっくりと左右に分かたれていく。やがて、その外装はグリップにひとりでに装着され、いわゆる鍔の体裁を取る。外装から露になったMSCSの内部構造。それが、同時ゆっくりと延伸して、それは、決してムーヴメントを露出させるような真似はしなかった。それは、今までずっと内部に格納されていながら、確かな刃渡りを持ち、黒く、鋭い輝きを放つ。
四角い刀身は、片手剣として不格好ではないような様相へと変貌し、そうしてアンタゴニストは、その真の姿を現した。
「剣……」
怪訝そうな顔をしたリリンは、しかし動揺はせず、僕の一挙手一投足から目を離さなかった。
剣、というのは、アンタゴニストの戦時形態を見ればいの一番に思い当たるモチーフだ。僕がそれを意図していないことを除けば、それは全く端的にこのMSCSの姿を形容している。
しかし、だからといってこのMSCSはショートレンジではない。
アンタゴニストの内部で、制御装置がカートリッジに接続する振動。一度目のトリガー。リリンを照準した。僕は、アンタゴニストの切っ先を、その顔面に突きつけて、僕らのロングレンジの間に輝きを呼び出した。
───ロングレンジミリタリーボマー。
軍事魔法は、アンタゴニストの切っ先から放たれた。
その弾速は、軍事魔法特有の高速で、実態としてそれは、音速で飛んでくる手榴弾である。夜闇に瞬いた一瞬の太陽は、確かに。アンタゴニストの刀身の切っ先にある、その銃口から射出された。
魔法に弾殻はない。破片による殺傷は、はなから期待されていない。魔法による爆発では、その爆風と衝撃波による内臓への攻撃と、手榴弾よりよほどド派手に炸裂する灼熱での高温が目玉。
喀血でもしてくれていれば幸運で、焼け死んでいてくれれば天文学的な悦びを得られるだろう。そしてもちろん、そんなわけがないことは、僕が一番よくわかっている。
カァン!と響いたのは、リリンの振り抜いた警棒を、僕が間一髪で防いだ鍔迫り合いの、僕と彼らの殺し合いの、その開幕を知らせるゴングだった。
───重い……!
振り出しの瞬間しか見えなかった。マスクと夜闇の視界不良を差し引いても、僕が掻き消えた警棒の行方を捉えたのは、その鋼鉄の暴力が僕に迫るゼロコンマ二秒前といったところだろうか。その早業を生み出す膂力。アンタゴニストを左手に持ち替えて、利き腕でない僕の膂力は当然の摂理で彼の力に負ける。
一瞬制御を失ったアンタゴニストの刀身、振り下ろされるリリンの一撃を半身で躱し、その超近接戦闘のレンジで脇腹に現れた空間。後ろ手に、MSCSは利き手に。アンタゴニストは、僕の体を公転してあるべき腕に戻る。その、超近接戦闘のレンジで、空いた左腕。アンタゴニストの重りから解放されたその膂力の遊びが、十分な溜めになる。引き絞った筋肉が脈動し、リリンの腹をぶん殴った。
「っ、鉄板───。」
およそ人間の肉体が破壊された時には出ない、金属がひしゃげる音。奇妙な殴り心地は、リリンがスーツに仕込んでいた鉄板の仕業だった。リリンは、鉄板を曲げて見せた僕の打撃にか、貫通してきたダメージにか、あまりいい顔はしなかった。でもその顔が、僕はハグしたくなるほど見たかった。多少は、動揺してくれた。
アンタゴニストの黒き輝きは、夜の帳の中を、今こそ自由である、と泳ぎ回り、リリンの眼前僅か数センチを空振り───。
僕はそのひと振りの間に、一段目のトリガーを引いている。
───得物が剣なら、斬撃を警戒するのは当然だよな。
あんたは勘違いしているんだ。今あんたがやったのは、間一髪の回避行動じゃない。そんでもって、僕がやったのも、斬撃の空振りじゃない。これは、マフィアが銃口を突きつける動作と変わらない。
あんたがするべきなのは、スレスレの殺傷力を避けられたことに安堵することでも、剣との戦闘パターンを構築することでもない。
目の前につきつけられた銃口を、正確に恐れることだ。アンタゴニストの銃口は、リリンの眼前にある。
───耳鳴り。
面白いくらいに滑らかに口腔から流れ出る血が、歯根の間をすり抜けていった。頬の古傷が開いて、そこから抜ける空気が間抜けな音を鳴らしていた。一体、いつ?
僕の真正面で炸裂したのは、確かに魔法だった。
しかし、僕はいつ照準されたのだろうか。アラートは鳴らなかった。そもそも、この暗闇なら確実にデコイが照準を引き付けるはずだ。そうなれば、アラートはけたたましく鳴く。また照準なしの魔法だろうか。いや、結局あれは、技術的に実用に足るものじゃないという結論が出たはずだ。
ぶつ切りの意識の最後、飛来する魔法の魔素偏光が見えた。発動者は十中八九後衛のアンシェルだ。ならば、彼はどうやって照準を───そこまで考えたところで、ぶり返してきた血の泡が弾けた。唾液と混ざり合ったそれが喉元に引っかかって鬱陶しかったから吐き棄てる。
リリン・リトンと、その手に握られた、殺傷力のない鉄の塊。そうして僕は、納得を得た。
「あぁ、それ、MSCSなのか」
蹲る僕を見て、継戦は不要と判断したのだろうリリンが持っていた警棒を見やった。
御見逸れした。そんなトリッキーなMSCSを、まさかマフィアが扱うとは思っていなかった。馬鹿だった。ついこの前、メルが妙な魔法を使ったのを見たばかりだったというのに。
身体を転がして路地に入る。照準は一撃につき一回。ホーミングにも限界はある。およそ数秒の安息の間、思考を回す。
奴らの前衛・後衛のスタイルは、このワンショットのためのものだ。接触型照準とでも言うべきか。あの警棒型MSCSと接触し、照準されれば、視覚による遠隔の照準でないためデコイは所定の性能を発揮しない。
接触型照準の情報は、連携した後衛、アンシェルの自動照準器に送信され、後衛は、ある程度の狙いをつけてワンショット限りの引き金を引く。
思考は終わりだ、行動に移す。
アンタゴニストを握りしめ、僕の疾駆は想像以上に軽快にスタートする。激痛というアラートは、もちろん未だに生命の危機を発し続け、萎えそうになる警戒心を刻一刻と刺激する。ゼータ仕込みの肉体は、むしろ冴え渡るように動いた。
リリンは目前、僕の思わぬ俊敏さは、彼の意識に穿たれた微かな動揺に身体を滑り込ませる。彼のすぐそばをスルーする。そこに伴った警棒の一撃は、目端で回避していた。
ならば、後衛を先に。僕のその発想は、すぐ背後でサイドアームの拳銃を構えたリリンにも、まだ幾許か先にいる、照準器を覗き込んだアンシェルにも共有される。身体を前進させる慣性はそのままに、地面を蹴る。空中を翻った僕の身体は、僕から放たれた視線を、リリンの視線とかち合わせるに至る。
ベストのアラートが鳴った。軍用魔法の弾速は大体音速と同じだった。敵は既に二段目のトリガーに指先をかけている。一方、僕はまだ抜いてない。照準の時間はない。脳裏、なにか、五月蠅い声。「運任せなんだよ。」
───怖がるな。信じろ。妄信しろ
MSCSは、脳を拡張し、そしてその異能は、僕の脳みその出来に依存する。
───祈る時間すら勿体ないから、システマティックに引き金を引け。
ホルスターから抜いた拳銃。アンタゴニストがあるから、僕は不器用な左手で銃口を向けるほかなかった。
空中で、僕の体はまだ浮いている。
───自分が当てたいとそう思う意思以外に、邪魔なもんを考えるな。
変な予感がある。僕の体が、ぐちゃぐちゃになって弾け飛ぶ想像が、できないんだ。僕の仲間は、一体何人がこのMSCSとかいう武器のせいで挽き肉になったか。それなのに、僕はその肉塊と、この自分の体が、どうしても同じものだと思えない。
だから、多分。端的に言えば。
───そうすりゃ、大体は当たる。
僕は、当たると思った。
*
吹き飛んだリリンの左腕が、中空をぐるぐると回って、無慈悲に地面に落ちた。
それを、僕は背後の音として聞いていただけだった。
だってその時の僕は、見当違いの方向に放たれ、空中で残響を演じたリリンの魔法の微かな魔素偏光に照らされながら、アンシェルのもとへと駆けだしていたから。
拳銃はどこかの空中に置いてきたから、今頃リリンの腕みたいに地面を転がっている筈だ。逆手に構えてデコイを引き千切り、僕が放り投げたそれを追ったアンシェルの魔法が、眼前でぎゅんと軌道を変えて通り過ぎて行った。
───この距離で、長物は使いづらいだろう。
押しのけた銃口。アンシェルの銃口は今、既に僕の後ろにある。トリガーを引く。僕の視界は、眼前でアンシェルのその身体を知覚している。照準は完璧、二段目のトリガーが、その銃口から火の花を咲かせる。アンタゴニストの黒鉄の斬撃が、爆轟を纏ってアンシェルの身体に侵入した。触れる度、爆轟はアンシェルの肉を破裂させ、その断面をウェルダンに焼け焦がし、いい具合だと僕が凶悪に嗤った頃には、爆発が始まっている。
アンシェルの身体を斜めに斬り上げたアンタゴニストは、つまり大の男を真っ二つにして、そしてその死体は、爆撃を纏った斬撃によって、爆炎を撒き散らしながら四散した。
爆風は、もちろん僕の内臓に支障をきたし、体の空洞を好き勝手に暴れまわった衝撃波は、最後は喀血となって僕の口から吐き出された。
刀身に微かな残り火を灯したアンタゴニストのそれを吹き消して、アンシェルの死体から使えそうなものを捜索する。
視線を戻したその先に、簡単な止血措置を施したリリンが立っている。彼は、動揺した素振りはなく、ただ、数秒瞠目して俯いた。
あとは、彼の戦となったのだろうか。アンシェルはもう喋らないのだから、その解釈についての答えを僕らは持たない。しかし、僕らはどちらともなく武器を携え、寸分の狂いなく、暴力装置を執行した。
後衛を亡くしたリリンにとって、その警棒型MSCSは既にただの玩具になり果てている。地面を転がったのは、武装でもなんでもない、ただの鉄の棒である。彼は、つい先ほどまで切り落とされた自分の左腕が持っていた銃を右手で構えて、その銃口を僕へと向けた。
回避行動に駆けだした僕の足跡に、彼の放った魔法が追従する。アラートは、鼓膜を突き破りそうなほどに鳴動している。デコイを飛ばし、間一髪で直撃を避ける。すぐ傍で、デコイは爆炎に呑まれて跡形もなく消えた。
距離を取られた状態でのMSCSの一対一は、こうした膠着状態に陥る。僕は、照準をどうにかデコイに擦り付けるために飛び回ることになり、そして、リリンはただ照準して魔法を放つ。もちろん、どちらが肉体的負担が大きいのかは自明である。
「アンタゴニスト。」
アラートの中、最後のデコイを投げ捨てて、アンタゴニストに命令した。平時形態へと戻ったアンタゴニストをベルトに下げ、回避行動に専念した。目前に迫った花壇を乗り越えて、僕らはぐるりと一周したらしい。辿り着いた場所に、リリンの片腕と、僕が落としてきたMSCSがあった。
振り返った僕のアンタゴニストと、リリンのMSCS。その銃口が、互いに照準を完了した。僕にはもう、デコイはなく、そしてリリンもそれは同じだった。
互いに、二段目の引き金を絞ったのは同時だった。音速の魔法が中空を迸り、そして、それは互いに、ロングレンジ系統の魔法だった。分割された魔法は、双方向から絡まり合い、同時に走り出していた僕たちのレンジの真ん中で爆発した。熱風と衝撃波に疾風が吹き荒れて、僕の手からアンタゴニストが吹き飛ばされる。
しかし、止まれば格好の的だった。まだ炎の熱に焦がされた空気に飛び込んで、暴れまわる粒子のせいでゆらめいたリリンに飛びかかる。リリンがMSCSにセットしているカートリッジは、ロングレンジ系統の、それも爆撃を顕現させる魔法だ。接近戦ならば、容易には使えまい。
───もし、相討ちなどと考えなければ。
咄嗟、足元に落ちていた何かを拾った。リリンが捨てた警棒だった。こちらを向いていた銃口を弾き飛ばし、MSCSは爆炎を吐くことなく沈黙する。返す二撃目の警棒が、リリンの顎を打ち砕き、欠けた歯とねばついた血液が煌めいて舞った。
その返礼に、リリンの放った右ストレートが、僕の鼻っ柱を叩き折る。柔らかい粉砕音が脳髄にダイレクトに届いて、遅れて遡行してきた激痛が神経を震わせる。取り落した警棒が、面白いくらいに転がって、夜の闇の中に消える。
僕たちは、互いに武器もないまま掴み合い、その腕力の許す限りで打撃を交わし合った。しかし、それでは埒が明かないというのはすぐに理解できて、互いに意識を落とすための締め技に移行する。
リリンの筋力は、僕と同等か少し上。身のこなしに関しては、文句なしに彼の方が上だった。蛇のように絡みついた細い腕が、僕の首を完璧に極める。
この具合なら、どれくらい意識が持つ───もし落とされれば、もう目を覚ますことは───血液が回らなくなれば思考もまとまらなく───アステアとセスタを、悲しませることになる。
僕らが這いずり回ったあとには、その格闘の泥臭さを物語るように血痕が伸びていて、それは結構な距離を持っていた。
「わが……わがった、がら……」
しゃがれて、ひび割れた声が出る。
ねばついた血肉が側頭部を濡らしたところで、勝ちを確信した。
「じゃあな、グゾ……ッマフィア───!!」
そこには、アンシェルのMSCSが落ちている。恐らくは、ロングレンジミリタリープロッダーのカートリッジが挿入されたもの。
モノクロになり始めた意識の中で、自問自答する。僕は、こいつを殴ったよな?大丈夫なはずだ。まだ頭はイカれちまってないはずだ。
もがいた手が、アンシェルのMSCSのグリップを握りしめた。既に視界はほぼ死んでいたから、照準などは出来るはずもなかったが問題はなかった。照準は済んでいる。引き金は軽い。トリガーを引いた。奴の警棒は今、リリン・リトンを照準している。
なんの引っかかりもなく絞られたトリガーと、一瞬遅れて。
ぺしゃんこに潰れたリリンの脳漿が、僕に降り注いだ。




