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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.16『アンタゴニスト』

 その後、妹からの視線は痛かったけれど、僕はそこそこに行程をこなしたはずだ。

 四日目、街角のショットバーでマツシマと合流した。

「元気そうでなによりですよ、アンタニオス氏。」

「あんたも相変わらず、出勤前みたいだ。」

 僕らが思っていたより円滑に再会の親睦を深めるから、姉妹はどこか釈然としない様子だった。彼女たちからしてみれば、僕とマツシマの関係は、ここ数日の中で一度会ったくらいの関係性のはずだ。

「それでは、乾杯しましょうか。」

「まだ朝だ。」

「酒を飲むんじゃないですよ。僕らの無事な再会に。」

 カウンターには、二人分のエスプレッソが用意された。マツシマはそこに砂糖をどっさりと入れて、有無を言わせず僕のものにも同じことをした。エチル・クフールよりもよほど呑み下しにくそうなそれを掲げて、マツシマは僕の杯を待っている。

 観念して(はい)を掲げて、こつりとカップをぶつける。憎たらしいアイコンタクトがうざったかったから、一息に飲み干した。

「私より仲良しなのね……男の人って、あんなものなの……?」

「どうでしょう。お姉さまは、……あんな野蛮なこと、しなくていいですからね……」

「え、えぇ…………」

「……」

「ね、ほんとにしない?」

「しません。」

「そう……」



「姉妹は?」

「着替えにホテルだ。三十分は戻ってこないさ。」

「仲良くやっているようでなによりですね。」

 僕は、マツシマの軽口に付き合ってやるのは時間の無駄だとそれを受け流して、仕事の話に取り掛かった。

 今回の仕事は、偽ブランドや偽宝飾品の密輸業者に、相乗りを持ち掛けられている。つまり、僕たちの荷物と、もう一人の依頼人の荷物を一緒くたに運んでしまい、その前金と保険金の支払いについては折半。しかし荷物が万が一露見してしまった場合の責任の所在についての折衝のために、依頼人同士で話し合いの場を持つ、ということだった。

 そこで、依頼人筆頭であるメル・ルム姉妹と、こちらの法律担当でマツシマが同席する。

「もう一人の依頼人は。」

「えぇ。ちゃんと話を通していますよ。えぇ、えぇ。」

「なに笑ってんだ、気色悪い。」

「いえ。彼女、先にこちらに合流するとのことだったので、ロビーに来てくれるらしいんです。そろそろ来ると思いますよ。」

 マツシマの腕時計は、純金でも宝石が埋め込まれているわけでもない、ラグジュアリーというよりはフォーマルなものだった。袖口から覗いてもわざとらしくないチョイスだ。しかし、実際の物はしっかりとしているのだろう。値段はそれなりのはずだ。

「あぁ、来ましたよ。」

 ロビーの回転扉がゆっくりと回る。依頼人のその所作には時代錯誤な扉へのぎこちなさはない。ああいった扉が設置されているような場所に、通いなれた身のこなし。華美ではなく、しかし質素でもないスーツは、女社長、というのが近いだろうか。営業社員という様相のマツシマとは、どこか違う。

 ゆるく結った明るい髪色と、綺麗に切りそろえられた前髪。その眦の傍を飾る、趣味の悪い花飾り。

「セスタ……」

 セスタ・クリスタルベリーが、気まずそうな顔でそこに立っていた。


「リゼルキルト氏、ご紹介しましょうか?」

「……勘弁してくれ。これも、あんたの差し金か……」

「違いますよ。本当に偶然です。」

 セスタは、もちろん今回の取引の相乗り相手がバルデリーニ・ファミリーであるということを知っていたはずだ。こうして顔を合わせて、その中に僕がいるともなれば、僕が組織の中に潜入しているというのを想像するのは不自然じゃない。セスタは僕と他人を装うだろう。

 リゼルキルトという存在とセスタ・クリスタルベリーが結ばれてしまえば、その線が描くのはヘイローというビジネスの輪郭だ。

 初見でマツシマが協力者であると気付くのは、流石のセスタにも無理なはずだった。マツシマは、わざわざ僕をリゼルキルトと呼んで、話のターンをセスタに投げた。彼女も、ちゃんとそれに気付いた。

「ここでは、なんて呼ばれているの……?」

「アンタニオス。もしくは聖人だ。これが協力者のマツシマ。」

 僕が指すと、マツシマは無害そうな顔で会釈した。名刺でも取り出しそうな感じである。

「今から来る女二人は僕らのことを知らない。悪いが、触らないでおいてくれるか。」

「それは……いいけど……また、女の子……?」

 ゆくゆくは、そいつらを殺すつもりなんだ。と言ってやりたかったが、エレベーターの音がしたので黙った。案の定、降りてきたのは余所行きの格好をしたメル・ルム姉妹で、その美貌を目端で捉えたセスタは、何か言いたげな表情で僕を見た。視線については鋭い奴がいるので、僕はそれに何も返さなかった。あと面倒くさかった。


「なにしてるのよ!リゼルキルトくん!」

 武器商社クリスタル・メスと、バルデリーニ・ファミリー偽ブランド品・偽宝飾品部門の話し合いは、つつがなく終えられた。姉妹はそのまま部屋に帰るというので、僕はマツシマをホテルまで護衛すると言い残してロビーを出た。

 「旧交を温めるのなら、今のうちではないですか?セスタ女史。」なんて言いながらタクシーを拾ったマツシマは、僕らを置いてさっさと帰った。護衛対象に逃げられてしまったのでは仕方ない、とホテルに踵を返そうとしたが、もちろんセスタにそんなことが通用するはずもなく、運転手付きの彼女の車に拉致されて今に至る。

「事業立て直しのためだ。バルデリーニを殺す。そのために、潜入している。」

「……そ、それはっ……そう、だろうけど……!あれから、全然顔を見せないし、電話も通じないし……本当、どうしちゃったんだろうって、心配していたのよ……!?」

「投資家に損切りとまで言わせた金融商品が、のこのこ会いに行けるわけないだろ。それに、電話を捨てろと言ったのはお前だ。あれ以降は、マフィアの端末しか持ってない。というかいい加減下りてくれないか?」

 僕の上に乗って必死に両腕を押さえつけるセスタに、なんとなく動物のマウンティングを想像した。セスタは動物に例えたら狐だろうな、と思った。

「あぅ、……うぅ……やっぱり、怒ってる……?」

 少し前は生物学的な筋力差でセスタに負けることはなかったが、今の僕はそれなりに苛酷な筋肉のつき方をしている。たとえセスタが男だったとしても、負けることはなかっただろう。真っ白の肌を走った鳥肌を思い出して、なんとなく肌に触れないようにセスタを地面にエスコートした。といっても、彼女が両足をつけたのは走行中の車の床なのだが。

 相変わらず、規格外の金の使い方をしてある。クロスシートじゃない車など、僕は少なくとも初めて見た。

「怒るのはむしろ君のほうだろう。僕は、セスタ・クリスタルベリーからの投資をドブに捨てようとしている。」

「……そんなの、そんなのは怒る理由にならないわ。……金は金よ。でも、リゼルキルトくんの命は、貨幣換算できないでしょぉ……」

「それはどうも。」

 久しぶりに聞いた、心の底から僕を案じる声。

 策略と謀略ばかりだったこの約一年で、僕は久しぶりに、心を安らげた気がした。あの小さな社屋に詰めて、セスタとアステアの下らない言い合いを聞いていたときが懐かしい。少なくともあの時間は、あの場所、あのメンバーは、僕たちの始まり。始発点といえた。

 僕と、アステアと、セスタと、コンドル。僕の我儘のせいで、今はもう一人になってしまった魔薬株式会社は、まだ、その社屋にシャッターを下ろしている。

「あの、あのね……リゼルキルトくん。」

「なんだ……?」

「……い、一度だけ……ちゃんと、抱きしめてもいい……?」

 僕は、あぁ、ともやめろ、とも言えず、口に出すのが照れ臭かったのか、適当に頷いたと思う。ふわりと翻ったセスタの綺麗な髪を眺めている頃には、彼女は僕の胸の中に収まって、ひとりでに、僕の腕も彼女を抱きしめていた。

「頬、どうしてしまったの……?」

「警察と殺し合った。そのうち目立たなくなるから。」

「筋肉、前よりついたのね……」

「背丈も少し伸びたよ。ありがたいことにな。」

「今日は……優しいのね。」

「いつも優しいつもりだ。僕は、優しくて理想的な友人だろう?」

「……前は、そんな軽口言わなかったわ。」

「誰かに吹きこまれたかな。」

 セスタは、怒っているような、でも、安らいでいるような、そんなどっちつかずの表情をしていて、どちらでもないそれを、きっと人は切なそうな顔、と感じるんだろう。僕は、君の知らない僕の歴史を、この一年間、書き記し続けてきた。

「連絡先、ちょうだい?」

「駄目だ。情報局に勘付かれたら僕もマツシマも詰む。」

「じゃあ、キミに会いたくなったら、話したくなったら、どうしたらいい……?」

 片手間にセスタの髪に触れながら考えたけれど、そんな都合のいいデバイスには心当たりがなかった。そして、そんな都合のいいシナリオについても、僕には覚えがない。

「ちゃんと全部終わったら、君のところに行くよ。」

「……どれくらい、待ってればいいのかしら……」

 メル・ルム姉妹を殺す。護衛のリトン組を殺す。干渉次第でゼータを殺す。全ての工程に繰り上げて、情報局に攻撃の必要が生じれば、カルメアを手にかける。マフィア内の均衡を慎重に吟味し、バルデリーニを殺す。

 どれくらいかかるだろうか。一体、どれだけ、彼女を待たせることになるだろうか。

 まだ、清潔な病室で眠っているアステアの、昏い瞳を思い出す。

「堪え性のない女は嫌いだ。」

 僕はセスタからの質問に、真っ向から逃げたけれど、彼女はそれも可笑しいというように笑って言った。

「もう……!アタシ、キミに待たされてばかりだわ……っ」



『セスタ女史とはどんな話を?』

 フロントも引き揚げたホテルのロビーで、正面玄関を睨んでいたときだった。ふざけたメールが届いた。

 オーダーメイドで、デザインキャストを頼んだ。そう簡潔に返信した。間違ってはいない。僕らは健全に旧交を温め、そして、その後にプラグマティックな仕事の話をした。

『私は先に本部に戻ります。貴方が帰ってきたら、一つ、私の秘密を打ち明けます。』

 そのメールは、良いとも悪いともとれるような書き方で、僕はその疑心暗鬼の世界に戻ってきたのだと、疲れ果てたような安堵を得た。女絡みで死ぬマフィアの数は多い。気を引き締めなおす。

 懐から小さなビニールのパッケージを取り出した。中には、切手くらいの紙が二枚ほど収められている。

「キュルケー。」

 僕は小さく呟いて、とある少女のことを想った。それは、セスタでも、アステアでも、メルや、ルムでもない。


 一週間に渡る姉妹の護衛。その成果に満足したマフィア本部は、僕に心ばかりの賛美と臨時報酬を送った。そして、心ばかりでは申し訳がないからと、へとへとの僕に新たな部屋を用意した。

「アンタニオスさん、でしたね。この度は、よくぞ二人を無事に連れ帰ってきてくれました。ありがとうございます。」

 これでもかと悪趣味な装飾が施された縦長の部屋。

 僕は、クァトロ・バルデリーニと相対していた。

「過分なご高配、感謝します。」

 吐いた言葉はからからに乾いていたから、感情が沁みだすようなことはなかった。応接用のテーブルの短辺に陣取ったバルデリーニは、僕に席を促した。そしてそれは、情報局担当幹部、カルメア・エテカレアが腰を据える、その対面であった。

 余計な遠慮は怪しまれるだろう。意識的な視線の制御を行わないようにして、質のよさそうなソファに腰を下ろす。

 くすんだ金髪を掻き上げて、長いそれは無造作に結われている。金属製のフレームのわざとらしい眼鏡をかけて、その様はまるで大学教授だ。しかし、それと一線を画すのは、肉体的に研ぎ澄まされた精力と、その分厚いレンズの奥にある岩のような重厚さを孕んだ瞳。

 年輪と共に刻んだ皺を見るに、その年齢はゼータより二回りほど下だろうか。しかし、それなりの年齢である。早めの隠居をしても、バチは当たらないだろう。

 観察するつもりもなかったが、バルデリーニは僕が彼のことを表面上理解するほどの最適な時間を空け、懐からナイフを取り出した。

 ぴくり、と所作未満の微かな反射が、カルメアから見て取れた。

 僕だってそれくらい知っていた。

 マフィアの連中が、もしバルデリーニを信奉していないのなら。彼らが信奉しているのは、このナイフだ。白銀の太刀筋は、この国に何世代にもわたって一筋の傷跡を刻み続け、その末端は、今もなお、この男の手によって引き続けられている。

 ファミリア・ナイフ。

「戦い続けるためには、心の拠り所が必要です。アンタニオスさん、信教は?」

「ありません。」

「では、」

「とある女を、信仰している。」

 バルデリーニは、少なくともその白銀のナイフで僕を切り裂くには至らなかった。表面上で読み取る分には穏やかで、機嫌を損ねた様子もない。というよりむしろ、僕のその答えに、どこか楽しそうな含み笑いを湛えている。

「では、それが貴方の依り代、ということですね。」

「そう言えると思います。」

 カルメアの表情は、伺い知る余裕がなかった。その視線は、一度も絶えることなく僕を射抜き続けている。

「依り代は、全ての苦痛を、恐怖を、取り込みます。それは、呪いのようにも思えるでしょう。人を殴り殺した感覚。切りつけた感覚。撃ち殺した感覚。そして、その代わりに、私たちに勇気を与えてくれる。死に際には、理由を与えてくれる。」

「取り込まれた呪いは、一体どこに。」

「ずっと、その依り代が在り続ける限り、次の世代に繰り越されていく。

 私はその在り方が、武器に相応しいと思っています。いつ殺されるか、いつ裏切られるか、いつ死ぬか。神経をすり減らし続ける日々の中、その不安は武器が吸い込んでくれる。そして代わりに、蓋然性と、納得を、転じて勇気をもたらしてくれる。」

「……それは、理想的です。」

 バルデリーニは、その白銀のナイフを抜いた。露になった刀身が、鋼、あるいはプラスチックのような、無機質な感動を輻射した。

「聖剣。この世界にいるのならば、誰もが、そんな自分の象徴となる聖剣を持っている。」

「えぇ。それは……もう。」

「私と、そしてこのファミリアにとっては、このナイフがそうです。」

 代々、ファミリア創設以来、その創始者から歴代のボスに継承され続けてきた聖剣。それは、人を殺してしまった、病を蔓延させてしまったという罪過を、注ぎ込まれ、際限のない勇気と安寧を持ち主に提供し続けてきた。蓄積した呪いは、世代交代とともに繰り越されていき、その最新鋭が、今、バルデリーニの手の中にある。

「いつか、その中にある災厄が、解き放たれるとは思いませんか。」

 カルメアの視線が、一際鋭くなったのを感じる。

「僕は、それが怖い。」

 怖い?笑わせるな。もう手遅れだ。怖くなんてない。むしろ僕は、それを一身に浴びてやる。

 バルデリーニ。お前は、その覚悟があるのか。お前が父と、そして祖父と、そう敬ってきた先代、先々代───遥か過去迄遡行する呪いの全ては、いつか、お前に返ってくる。それを、お前は耐え忍ぶことができるか。

「アンタニオスさん。この中にある呪いは、どんな形をして私たちを襲うと思いますか。この国と、この平穏を作り上げた私たちに、どんな形で、牙を剥くと思いますか。」

 バルデリーニ。お前は、一体どんな心境でそう聞いているんだろう。

 さぁ、わかりません。と僕は答えて、内心で言ってやった。


「それは、注射器に入った、特効薬の形をしている。」



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