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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.14『毒を混ぜる機会を窺っている』

挿絵(By みてみん)

 バルデリーニの護衛は、ゴッゾ組の死亡によりリトン組が二人だけで務めることとなった。

 マツシマと話したところによると、幹部会ではもちろんリゼルキルトの名前が挙がり、再びブラウナーの火を、という意見すら出たようだった。しかし、意外にも口を挟んだのは情報局だったらしい。

───彼らを殺せるほどの人間が、あのとき、何もせずに見ていただけだというの?あれは、護衛の交代ルーティンを知り尽くした人間のやり口でしょう。情報局は内部犯の犯行に舵を切るわ。いいわよね?

 カルメア・エテカレアのその発言には、流石のマツシマを肝を冷やし、もちろん言葉通りの意味ではないだろうという結論になった。

 幹部会でそんな言い方をしたということは、リゼルキルトと通じている存在が幹部会にいることを知っている、と暗に牽制しているようにも捉えられる。もしくは、それを知ったうえでリゼルキルトという存在を捜査線上から消すことによって、ある種の油断を誘っている可能性もある。

 カルメアという女に限って、まさか本当にリゼルキルトが関与していないと思っている筈がない、とはマツシマの言であった。

「カルメアは、十分に、殺害の必要ありになった、と思うが。」

『……もう少し様子を見たい、ですね。』

「危ないのはあんただろう。」

『えぇ。ですが、カルメアさんはそもそもが難しい立ち位置だったんですよ。彼女の友情が、どれほどバルデリーニさんに入れ込んでいるかわからない。』

「どうしたいんだ。簡潔に言ってくれ。」

 マツシマは、絞り出すように言った。

『少しだけ、本当に少しだけ……なにかに、利用できそうな気がする。』



「おめでとう聖人。どでかい仕事だ。」

「やめてくれ。ここから良くなる未来が見えない。」

「当たり前だ。まだこっから良くなると思ってたのか……。可哀そうなやつだな。」

 隣のベッドの奴が枕元に置いていた日記帳をぶん投げたが、ゼータには当たらなかった。だが、ゼータの背後に控えていた女の顔面には、綺麗に当たったらしい。日頃の射撃訓練の成果が出たようでなによりであった。

「お姉さまの、……お顔に、……なにするんですか?」

 じっとりとした声が聞こえた。声が小さくて聞き取るのに苦労したが、それは日記帳を顔面に頂戴した女の隣に隠れるようにして立っていた、これまた女の声だった。見てみれば、日記帳は顔面に叩きつけられたというよりは、誰かの手に掴まれ、止められたという方が正しい。それは、重力に逆らって空中に留め置かれている。

「ねぇ、ゼータ。こんな野蛮なのが私の護衛?」

「一応、ウチで一番の腕前だ。殺すことに限ってはな。ボディーガードができるかは知らん。」

「はぁ?」

「じゃあ、あとは頼んだ。仲良くしろよ、聖人。」

 相変わらず傍若無人な奴である。「ちょっ!ゼータ!?」と叫んだ女は、それが何の意味もない行動だったとゼータの背中を見て悟ったらしく、わざわざ僕のベッドの前まで来て名乗った。といっても、彼女は僕が先に名乗って、光栄、だとか感激、だとかの言葉を吐くと思っていたようだったから、少しばかりの沈黙があった。

「はじめまして、殺し屋風情。私、メル。この子がルム。うちの妹に視線でも向けたら殺すから。あんたみたいなのが近くにいたら、変な病気に罹りそうだし。」

 研ぎ澄まされた暴言は、平時であれば相応に僕の苛立ちを誘ったかもしれないが、ここ最近の僕は常に有事である。僕はここで、ターゲットであるメル・ルム姉妹に遭遇できたことに、万感の喜びを湛えていた。今ならば、光栄です、と臆面もなく言えるかもしれない。

 別に言いはしなかったけれど。

「で、あんたの名前は?セイジン、ってのが名前なわけ?変な名前ね。」

「……あぁ。それで、護衛についてだが」

「絶対違うでしょ!?本名!!名乗るとこじゃん……!」

「あ、あぁ、……アンタニオスだ。」

 なんだ……?意外に面白い感じの奴なのか……?

 揶揄おうと思って、というよりは、これとの会話を面倒臭く感じて省略しただけだったのだが、どこかセスタと同じような匂いを感じて急に親近感が沸いた。

「そ。じゃあアンタニオス。話は察したでしょう?あんたは今日から私たちの護衛よ。妹に傷一つでもつけてみなさい。私があんたを殺してあげるわ。」

「あぁ。よろしく頼む。妹の方も、よろしく。」

 じと……、と僕を見た妹が不機嫌そうな顔をしたからか、メルの手が僕をぶった。案外優しい叩き方だったのは、筋力不足か手加減なのかどちらだったのだろう。



 姉妹の役割はバランスが取れていて、金額交渉や流通経路についての青写真は妹が描き、姉の方は宝石やブランド品の目利きに抜群の審美眼を発揮した。妹の方が出先の業者と話を始めると、姉は用済みなので暇になり、周囲を警戒しているふりをしながら何かの間違いで殺されてくれないかと考えている僕の方に世間話をしに来る。

「あんたって、なんでマフィアに入ったの?殺し屋部隊から引き抜かれたんでしょう?」

「……会いたい女がいるんだ。」

「え……え!?なにそれ、ロマンチックじゃん!なに、誰!?なんで会えなくなったの?聞きたい聞きたい!」

 僕が心底面倒くさそうな顔をしているのが見えていないのか、メルは妹にちょっと分けてやって欲しいくらい元気にはしゃぐ。この姉妹のバランスが取れているのは、偽ブランドや偽宝飾品の事業に限った話ではない。姉は、底抜けの明るさを持つが少々脳味噌が残念で、妹の方は生来の根暗だが頭が切れる。ある状況において、どちらの手札も切れる、というのは、こういった交渉事を主とする人間にとっては大きいだろう。

「でね?バルデリーニ様はね?」

 僕が姉妹を分析している間に、姉の頭は自分のロマンティックを語る方にシフトしたらしく、無作為に抽出した会話の切れ目に相槌を差し込むだけでいいので格段に楽になる。

「最近はずっと……バルデリーニ様、私のこと呼んでくれないし。……他の女も呼ばれてないっていうから、体調、悪いのかな、って思ったりもして。それに、メアが話してるのを聞いたんだけど、」

 メア、という名前で思い当たるのは、情報局幹部のカルメアだろうか。メルは、本心から心配そうにバルデリーニについて語った。


「バルデリーニ様は、通うような女が出来たんだ、って。」


 表情に出さないように苦労した。

 僕の内心には、燃えるような愉悦が湧き上がっていた。マツシマと話していたのは、いつも幹部の殺害計画ばかりだった。しかし、最終的にはバルデリーニ本人を殺さなければならない。そうなれば、マフィアの隊列を率いてしか外出しないバルデリーニの行動パターンは純金に等しい情報価値を持つ。

 僕がゼータに入ってからというもの、バルデリーニが女のもとに通っているなんて話は聞いたことがない。つまり、バルデリーニは単身、もしくは少数で女のもとに通っている可能性が高い。

 もう少し話を聞き出したかったが、妹の方が話を終えたので会話は中断してしまった。しかし、これはチャンスだった。

 マツシマがあの言葉を言った時の心情が、ほんの少しだけわかった気がする。

 こいつは、殺すより先に、利用できる。


 翌日から、メル・ルム姉妹は州の外にある街へ出張する、とのことだった。

 そもそも、彼女たちはあまり本部にいない。一般の構成員が幹部の顔を見るのは稀であるとはいえ、彼女たちのことは後ろ姿でさえ見かけたことがなかった。それは、彼女たちが出張族であり、幹部会に顔を見せるときぐらいしか本部に戻らないからだった。

 姉妹にとっては青天の霹靂だっただろう。幹部会の出席のために久しぶりに戻ったら、幹部の数が二人減っているのだから。マフィア側の対応も順当だ。幹部が狙われている中、女二人は出張に本拠地から発つ。バルデリーニの護衛を引き剥がすわけにはいかないから、暴力装置の中の精鋭、ゼータ部隊から選りすぐりをあてがう。

 荷造りをしながら、旅程についてを簡単に反復する。まずは州都でフロント企業の視察。そこから隣街まで走ってホテルにチェックインする。翌日、現地の密輸業者と荷物の確認をして、今後の輸送ルートについての打ち合わせ。午後からは───。

「でよぉ、その技師がMSCSってのは案外金が掛かるんですよ、とか抜かしやがってな。」

「うるせぇな。今考え事してるから後にしてもらえるか?」

 クソ暇そうな軍服のジジイは、暇なら暇で一人で退屈していればいいものを、新聞の片隅にも載らないような内容の話をダラダラと語り掛けてくる。丁度話していた内容が存外身に覚えがあることだったのも癪だった。そういえば、あのMSCSはセスタに預けたままだ。セスタは元気にしているだろうか。

「明日からか。期間は。」

「一週間。ほぼ国土横断だ。可愛い顔して、結構無茶な働き方してるな、あの姉妹。」

「あぁ……俺は気が狂っちまうから無理だな。あんなのは。……で、姉と妹はどっちがタイプだ?」

 さっさと荷造りを終わらせて寝てしまおう。会話を終わらせるようにぶっきらぼうに返した。

「いい年して恥ずかしくないのか?…………妹の方だ。」

「あ~……なるほどな。」

「殺すぞ。」



 その日は何とも不気味なことに、ファミリア本部でマツシマに話しかけられた。随分と他人行儀なよそよそしい挨拶をするから、そういうことかと理解して、僕も適当に挨拶をした。ようやっと個室に入って、その真意を問うた。

「四日目の彼女たちの仕事は、私も一緒に参加することになっています。ですので、その日の私の護衛は、貴方に担当してもらうことになりました。簡単な打ち合わせをしたかったんです。正式なアポも取らずに申し訳ありません。」

『本部の中はどこに情報局の盗聴器があるかわからない。』それは、マツシマがテーブルの中央に置いた携帯端末の画面に表示されていた文章だった。

「構わない。移動ルートの地図を見せてくれ。」

「ええ。これです。」

 マツシマは、一体何の資料だかもわからない妙なグラフが書かれた紙をいくつかテーブルに置いた。僕は、それを読み込むフリをして端末に文字を打った。黒い方の端末を使った。

『なにがしたい?』

『二人の様子はどうですか?』

『姉の方はすぐに殺せる。が、妹の方が鋭い。一緒にいられると無理だ。』

『ではこの一週間で、その対策を見つけてください。彼女たちは次に、一か月単位の出張を予定している。日程の最初で殺して、それを隠蔽できれば、マフィアの警戒を一か月は欺くことができるでしょう。』

『了解した。決行はそのときに。』

 殺害計画の打ち合わせはそれで終わって、どちらともなく端末を引いた。

「大方把握した。それじゃあ、打ち合わせを始めようか。」

 そうして僕たちは、盗聴器越しに聞いている、誰とも知れない奴らのために、護衛計画の打ち合わせを始めた。


 出発の前、ゼータは、その足で歩くのは億劫だろうにわざわざ見送りに来た。

 いつも通りにその足を揶揄して、軽口を交わし合った。

「そうだ聖人。お前がお熱のあの妹の方、気をつけろよ。」

「あ?僕には、姉の方が危なっかしく見えるが。」

「俺は優しくて理想的な上官だからな、心配してやってるのはお前の方だ。」

 僕は何度となくお前の命令で殺しに来た仲間に殺されかかっているのだが、優しくて理想的な上官は冗談ではなく本気で口にしているらしかった。

「お前が企んでる良くないこと。妹の方はちゃんと勘付いてるぞ。」

 これから一週間も神経をすり減らすことになるというのに、このジジイはどうしてそんなカミングアウトを今するのか。

「あんた、どこまでわかってんだ。」

「さぁな。お前がまだ生きてんのが答えだろう。」

「クソジジイ。……安心しろよ。あんな可愛い顔の奴に殺されるほど、あんたが育てた兵隊は弱くない。はずだ。」

「それもそうだな。おら、行ってこい。」

 どん、と背中を叩かれて、MSCSがかたり、と音を立てる。

 僕は、どうしても、考えずにはいられなかった。マツシマから渡された資料に記された一文を。

 武装・部隊教育担当 ゼータ (障害になれば殺害の必要、あるいは事前の殺害が必要。)


───障害になれば殺害の必要、あるいは事前の殺害が必要。


 あんまり、下手な真似をしないでくれよ。

 僕はまだ、あんたを殺せるとは、到底思えないから。



 姉妹を乗せた車に乗り込んだ。もちろん、ステアリングを握るのは僕の仕事だった。

 姉の方は広い後部座席をベッド代わりにして眠っていて、妹の方が助手席に乗っていた。カーステレオなら、聞き取りやすい方が嬉しいのだが、今更ルムが姉の眠りを邪魔するわけもないから諦めた。

 「出発するぞ。」と言った僕の言葉に、妹は何も返さなかった。いや、返していたのかもしれないけれど、後部座席から聞こえた「うぁ~い」という寝ぼけ眼の返事の方がでかかった。寝ているときもうるさいな、と思った。

 州高速に乗ったところで、妹の方がポツリと言った。

「貴方の強さは、ちゃんと評価している。」

 それが、どういった意味を持っていて、僕にどう受け取ってほしいのかわからなかったから、少しばかり返答に窮した。考えるのが面倒くさくなったから、聞こえなかったふりをしようとしたところで、追撃が来る。

「でも、お姉さまを狙っていることも、わかっている。」

 まさかこれが、僕がメルを性的に狙っている、という冗談なわけもないだろう。こればっかりは、ゼータの忠告に感謝する。突然言われていれば、僕は相応に動揺しただろうから。

 そして、その丁寧な誘導のお陰で、ルムが何を言いたくて、僕にどう受け取ってほしいのかを理解した。

「お前がいる限り、僕が姉を殺せないのもわかるだろう。」

「うん。……それに、ここで貴方を殺したら……」

「お前たちの護衛もいなくなるな。僕の仲間は、虎視眈々とお前たちを狙っている。」

 車線変更のついで、助手席のルムの足元を見た。そんな華奢な腕で扱えるのか、小銃タイプのMSCSが置いてある。グリップには、おそらく本物の宝石が埋め込まれているから、彼女の愛銃なのだろう。

 そして、思い出すのは僕たちの初対面。投げつけた日記帳は、平面で、かつ空気の抵抗でそれなりに空中を羽ばたいた。最終的に姉の顔面に届いたのはおそらく偶然で、しかし、ルムはそれを寸分違わず防ぎ、あまつさえ掴み取った。

「それなりに強いんだろう、お前。」

「片腕ハンデのスウィフトに一発入れられたのは……今のところ、私だけ。」

 スウィフト、という名前は、ちゃんと僕の脳内ストレージに記録されていた。財務担当幹部、スウィフト。殺害の必要なしだった。

 彼女の口ぶりからするに、それなりに格闘戦に通じているのだろう、その財務担当は。

「貴方の目的は、なに。」

「会いたい女がいる。そして、そのために、殺さなければならない奴がいる。」

「……ロマンチスト……。」

「姉妹で同じこと言うんだな。」

 その実、僕はよく考えていなかった。

 僕の企みを暴いたマフィアの幹部は、今この瞬間を以て三人目である。うち二人はそのカミングアウトを今日してきたわけで、厄日と言わざるを得ない。この分では、情報局の女幹部には接触するだけで露見の危機があるだろう。

「協力してくれるなら、お前の姉に手は出さない。」

「まだ、要求できる側にいれると思ってる……?」

「これから一週間、大いに警戒してくれ。僕はお前の姉の飲む飲料全てに毒を混ぜる機会を窺っているし、今この瞬間も急ブレーキを踏んで、この車の後ろがぺしゃんこに潰れるように画策している。お前が眠ったらナイフを片手に姉のもとに向かうだろうし、お前がトイレに立ったら戻ってきたときに姉は肉の塊になっているかもしれない。」

 ルムは取り乱すこともなく小さく思考したようだった。ただ感情が表に出ないだけではないようで、随分と肝が据わっている。

「いいよ。……協力してあげる。貴方の殺人と、……ロマンチックのために。」

 州高速の標識は、数百メートル先に州都を示した。

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