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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.12『モルヒネが欲しい』

 ゼータは、行きつけの酒場に連れて行ってくれた。

 二人とも酒を飲まなかったから、果実のソーダを飲んでいた。

「娼館通いしてるらしいな。」

 串に刺さった肉を器用に食って、ゼータは面倒臭い笑みで聞いてきた。

 ゼータほどの人間を騙せているのだから、僕のカモフラージュの結果としては喜ばしかったのだけれど、それをこの場で肴にされるというのは、それはそれとして面倒だった。

「悪いか?」

「悪かないさ!聖人にも一つや二つ欲が無いと気味が悪いからな。」

 くつくつと嗤ったゼータを睨みつける。

「入れ込んでる女でもいるのか?身受けしようなんて思うなよ、女ってのは男のを握りたがるものだからな。お前にはまだ早い。」

「一体それはなんのメタファーなんだ。」

「おい下世話な話じゃないぞ?男の引き金を一緒に握りがるって話だ。」

 そういえば、ゼータからは妻子の話を聞いたことはなかった。

「あんたに女や子供がいないのも、それが理由か。」

「あぁ……?女なら居たさ。ガキもいたよ。生まれる前に死んじまったがな。」

「……躊躇、するようになるんだろう。女がいると。それに子供も。」

「俺は俺の意思だけで引き金を引くさ。それは変わらない。だがそれは、女を作るなってことじゃない。自分の意思でそいつを撃ち殺すことになっても構わないって、そういう人間であれって話だ。」

 それじゃあこいつは、自分の都合でその女と、そして子供を殺すことになったとしても、躊躇わないのだろうか。

「女の方は。なんで死んだんだ。」

「誰が死んだなんて言った。離婚調停中だ。」

「……ほぉ……」

 死んでいなかったのか。言い草的に、てっきり故人かと思っていた。それも、彼が片足を失う前の出来事だとばかり。

「はぁ!?結婚してるのか……!?」

「くくく……お前、そんなでかい声が出せたんだな、聖人。」

 何が面白いのか、ゼータは心底楽しそうに笑った。

 離婚調停中?それならば、今この男は、戸籍上妻を持ち、あるいは、とある女の夫であるということだ。ゼータにそんな続柄があるなど、マフィアの中では聞いたこともなかった。彼は天涯孤独、ただ、暴力のためだけにこのマフィアにいる。それが、ゼータという男のことを端的に語る口上であったはずだ。

「聞かれないから答えないだけだ。バルデリーニとかオースジジイは知ってるかもな。カルメアも、俺についちゃあ調べてるはずだ。」

 マフィアのボスであるバルデリーニ。オース、とは煙草密売部門の青写真をバルデリーニと描く、右腕のような存在の最古参の幹部だったはずだ。カルメアは情報局を統括する幹部。つまり、この秘密を老兵の口から割らせたのは、幹部連中くらいだということになる。

「……そりゃあ、あんたにそんなこと、聞いたりしないかもな。部隊の連中は。」

「あぁ、お前が初めてだ。」

「……なんで離婚するんだ。」

「やけに興味津々だな。今までの無関心はなんだったんだ?俺は嬉しいぜ」

「別にそんなに興味があるわけじゃない。言いたくないんなら言わなくていいさ。」

「そうかそうか。まぁ、俺が円満にあいつから離れられたら、笑い話として聞かせてやるさ。」

 ゼータはそう言ってソーダを呷り、料理をいくつか注文した。

 離婚を持ち掛けたのはあんたの方なんだな、となんとなく思った。



 その日、部隊にはある作戦が指令された。

 それは、この国の正規軍の精鋭、組織犯罪対策部隊と、警察権力の違法流通捜査室の混成部隊を殺戮しろ、という命令だった。

 彼らはどちらも、マフィア撲滅を職務上の理念に掲げる部隊であり、それ相応の武装を行っている。奴らが目的にしているのは、煙草密売によるマフィア利権の縮小であり、その手段として、彼らはバルデリーニに煙草の葉を卸している違法農業従事者を摘発しようというのだった。

 もちろん、現地でキャンプを組んだ彼らの通信は、マツシマのシステムによって傍受され、その作戦日時、部隊構成などは明らかにされていた。ゼータの話では、独自に調べていた情報局からもお墨付きをもらうような情報だったらしく、ほぼ確実ということでファクトチェックは終えられた。ゼータもゼータで読みを巡らせていたらしく、この国の部隊に限って欺瞞情報を流すようなことはないとつまらなそうに言った。

 僕たちはいつも通りに人員輸送車に六人ずつ詰め込まれ、件の農場までを悪路の中揺られた。

 二時間ほどそうしていただろうか。運転席と後部座席との仕切りが、顔が見えるくらいの大きさのぞき窓で空けられ、運転手が短く言った。「もう到着だ。」


 ゼータ部隊の装備は、この国の正規軍の精鋭が使用するような、最新鋭装備であった。

 タクティカルベストには、いくつかの軍用魔法のカートリッジが収納されており、体の大部分を覆い隠している。

 ベストは照準された瞬間にアラートを発するセンサーが内蔵されており、そのセンサーを思い切り殴ることで特定部位のベストや衣服を切り離すことができた。照準された魔法は、照準したものに真っ直ぐに飛んでくる。ベストや武器を照準されたのなら、それを切り離して放り投げてしまえば、魔法はそちらを追尾して着弾する。

 メインの武装は火薬式の時代で言う突撃銃に近いもので、排莢や装填の必要性がないことから、それよりは滑らかなフォルムをしている。サイドアームは一般的な拳銃で、そう呼ばれてはいるもののもちろんMSCSだった。作戦の性質に合わせてゴーグルや暗視スコープなども併用され、ヘルメットは数々のアタッチメントに対応できるようになっていた。

 全員がMSCSのツマミを回し、特定周波数に合わせる。それは、管制MSCSという代物に、MSCSを接続する作業だった。

 MSCSを支配下に置き、管制するMSCS。それは、ゼータからの指令や部隊員同士の通信も補助し、MSCSの演算を肩代わりして、カートリッジにはない魔法を発動させることも可能だった。

 マフィアであっても一台しか所有していない、紛れもない軍隊規格の代物。一介の犯罪組織が所有していいものではなかった。

「さぁお前ら、仕事だ。」


 僕が配置されたのは、畑から二分ほどのところにある農家の住まいだった。

 屋内でのMSCSの撃ち合いは、使用する魔法を間違えれば建物ごと倒壊させる可能性がある。必然、建物を壊すほどの威力はないが、人間の人体を壊せるくらいの威力がある魔法を選択せねばならず、その判断基準にとらわれ過ぎればナイフや徒手格闘などで足元を掬われるというなんとも頭の痛い問題に直面する。

 最古参である僕をそこに配置するというゼータの采配に異論はなかったものの、ほぼ確実に戦闘が発生するというのが、僕にはあまり望ましくなかった。

 作戦行動は既に開始されていた。おそらくは、隊列を組んだ軍用車が農場の前の丘を通りかかったところで爆破され、戦闘が開始されている頃だろう。それだけで車の全部を止められたとは思わないから、後続車たちは続々と農場に乗り入れてくる。

 窓の外、鉄板が弾ける音が透き通っていった。

 一度ステップを踏んで腰をかがめる。大きな窓、外からの死角になる場所に息を潜め、何気なく、目の前の戸棚の引き出しを開けてみる。農場主は既にマフィアによって避難させたあとだったから、特に躊躇はなかった。

 中には、服の類が整頓されて入っていて、しかし、その布のふくらみに違和感があった。二枚ほどめくってやると銃が出てくる。ベルトに固定していた粘着テープを千切って、銃を隣のテーブルの下に張り付けておいた。

『聖人、出番だ。』

「了解。」

 ゼータからの通信が入り、窓の外を窺う。敵は三人だったが、そのうちの一人は既に片腕を欠損していて、ぐるぐる巻きにした包帯がどす黒い血の色に染まっていた。重傷のその男と、完全装備の男の二人が正面を固め、別の戦闘服を着ていたもう一人が裏口に回ったようだった。おそらくは警察側の人間だろう。

 息を潜めて待つ数秒。吹き飛ばされた扉がひしゃげ、威勢のいい音を立ててリビングを横断していった。

 間髪入れずに立ち入ってきた男を照準する。場所が悪い。トリガーの二段目を引いた。ショートレンジミリタリープロッダーが、その定格スペック通りの発動速度で魔法を射出し、銃を持っていた男の両手が弾ける。

「っ、ぐぁッ!」

 ぱちゅ、と爆ぜた血肉の合間を縫って、前傾に倒れた男が地面に激突する前に、頸動脈にナイフを突き立てる。噴き出した血液が部屋の中を凄惨に染め上げ、壁と天井を縦横無尽に走ったそれが、男の倒れる軌跡を記述する。

 「ぅ、ぅお、ぉ、ぉお」と自分の呼吸に溺れるようだった片腕のないもう一人は、見立て通り既に武器は持っていなかった。メインのMSCSを構えて照準し、屋外に後ずさるその頭部に、二段目の引き金を───。

「ッ!」

 ズダン!と壁を削ぐ衝撃の音。

 裏口から入ってきた男だろうか。しかし、その姿は未だに見えない。

 本能的に避けた僕の頭がさっきまであったところには、ずたずたになった壁の無残な姿がある。

───どうやって照準したんだ。まだ、視程内には入っていないはず。

 互いに敵がいることを認識したのなら、もう待ち伏せなんて甘っちょろいことは考えるな、というのがゼータの教えだった。メインのMSCSからカートリッジを全て抜き、管制MSCSからも遮断した。鹵獲して使われることのないように工作し、それを床に放り投げた。長物は室内じゃ扱いづらい。

 サイドアームをホルスターから抜き、躊躇いはなく、扉を開ける。クリアリングは最小限に、勇み足で進んでいった。そして、裏口からすぐの場所で、会敵する。こういった狭い屋内での遭遇では、互いの距離が平気で一メートル圏内に入る。

 フルフェイスの不気味なヘルメットを照準したところで、腹部に鈍痛が走る。照門の先にある敵の顔に、僕は向かっていったはずだった。しかし、僕の視界はズームアウトするように敵から引き離され、その不可解の合間に、身体の真芯を冷やすような粘性の冷たさを知覚する。

「ぐふっ」

 二枚くらいは壁を突き破っただろうか、ショートしたように明滅する頭を振って、自分が叩きつけられた壁から転がった。

───いつ照準したんだあの野郎。

 魔法の発動までの時間が短すぎた。あれではまるで、照準していないような速度だった。照準しない魔法は、火薬式の銃のように、綺麗に真っ直ぐは飛んでくれない。その軌道は不規則で、照準による補助がなければ自爆すらありえる。照準のプロセスを省略したとは考えにくい。

 近場のテーブルをひっくり返して即席の盾を作り、そのテーブルの裏に銃が張り付けてあるのを見つけた。吹き飛ばされた僕は、最初の部屋に戻ってきていたようだった。

 地面には血液がこびりついていて、既に固まり始めた赤茶色の上に、赤々とした新鮮な色味が上塗りされていく。

「そりゃ、食らってるか。」

 裂けた腹から血液が零れ落ちている。感じるところでは内臓に傷がついているような感覚はないが、血液に混じって傷口に溜まっている透明な液体の正体が何なのかによって、予後は変わってくるだろう。

「あぁ……モルヒネが欲しい。」

 ごっそりと削られた体力の残りかすを使って、視界は半分が使い物にならない。ああ、これは、視覚を司るのが眼球だけじゃないことの全く実践的な証明だ、と思った。脳みそがイカれちまえば、その他の器官の正常さはあてにならない。

 ゆっくりと、気配が近づいてくる。さて、この感覚は一体、どの器官が知覚しているものだろうか。トリガーはずっと軽い。

 もしMSCSを使えば、照準をする一段目のトリガーの分、僕の方が敵より重いトリガーを引くことになる。

 居る。そこにいる。僕は撃ち負けるだろうか。同じクールタイムを共有して、この引き金の引き代が同じなら、僕はきっと負けない。それならば。

 互いに、銃口を向けたのは同じようなタイミングだった。

 微かに顔を逸らしながら、しかし、照準は敵の顔面を正確に狙っている。

 引き金を絞り、甲高い炸裂の音。少し遅れて、僕の頬の少しばかりを抉り取った衝撃が、背後の壁に激突した。硝煙が銃口からこぼれて、部屋の中を揺蕩った。

「こんな時代錯誤のものに助けられるなんて。」

 実物の弾丸を頭に受けて、敵は受け身も取らずに地面に叩きつけられた。

 テープで貼り付けていた銃は、この農家が護身用に持っていたものだろう。何世代も前の、火薬の発破によって実弾を飛ばす、時代錯誤のハンドガン。

 しかしそのトリガーには、照準という躊躇がない。



 掻っ捌かれた腹は、僕の見立て通り内臓が零れるようなことにはなっていなかった。綺麗に継ぎ接いでくれたおかげで命に別状はない。魔法で抉られた頬のせいで顔面のガラの悪さはそれなりで、ウェイターは先ほどから目を合わせてはくれない。

「敵、多分警察側の方だが、妙な間合いのせいで調子が狂った。技量で言えば僕の方が上だったはずだ。あんたの教育は行き届いていたよ。僕の力不足だった。」

「そんなにナーバスになるなよ。勝ったのはお前だ。それに、最後に撃ち勝ったんなら、お前の方が扱いが上手かったってことだ。その頬で飯が食えるのか?」

 ゼータは、ステーキを切り分けてその断面の具合に凶悪に微笑んだ。

「照準なしで魔法が撃てると思うか?」

「できるだろうな。超至近距離に限るだろうが。」

「至近距離でも、敵に当たる直前にそっぽを向く可能性はあるだろう。」

 僕だって、指針を持たない魔法の気まぐれさは知っているつもりだった。それこそ、一メートルというレンジであっても、彼らは容易に発動者の思惑を裏切り、全く見当違いの場所で結実する。

「そいつがやってたのは照準の省略じゃあないだろうな。恐らく、一段目のトリガーを引いてから、二段目に入れるのが馬鹿みたいに速い。それだけのことだ。空間認識の能力が高ければ、照準が完了するまでの時間は極わずかだ。MSCSの照準の性能は、そいつの脳味噌の出来に依存する。」

 ゼータは見てもいないのにそう断定した。そして、僕もその意見に不満はなかった。軍側ならまだしも、警察側がそんな驚異的なMSCSを開発しているとは思えなかったからだ。

「視程外の敵を照準するのも、可能か?壁の先にいるような敵だ。」

「軍用魔法の精密演算ありきではあるが、出来なくはないだろう。ロングレンジ系統の魔法は、ショートレンジ系統の魔法をいくつにも分割して、振動数の減退を最小限にすることで射程距離を稼ぐ。最終的に同じ場所に、同じタイミングで弾着するから威力も申し分ない。が、その途中で敵に着弾すれば、弾着場所、タイミングのズレで大した威力にはならない。

 なにが言いたいかっていうと、魔法は分割可能という点だ。」

「つまり、どういうことだよ。」

「そいつは照準してなかった。なんとなくお前の位置をわかっていたから、ニュートラルで狙い撃った。」

「照準なしの魔法を、あんな入り組んだ通路の中で通したっていうのか。」

「ロングレンジ系統の魔法を放つ。そのうちのいくつかは、自分が意図した方向に飛んでいく。そのラッキーな魔法を、”照準”する。そして、二発目のロングレンジ系統を撃つ。魔法を追尾する魔法だ。照準した対象のことは、MSCSのお陰である程度知覚できるからな。それを繰り返して、意図した場所にロングレンジ系統をぶっ放したのが種だろう。

 んな気が狂うような作業、俺はごめんだがな。」

 半笑いで締めくくり、ゼータは「気味が悪いぜ」と付け加えた。

「あまり、参考になりそうじゃないな。」

 確かに今回の敵は、魔法という技術において僕より上だった。あの火薬式の銃がなければ、撃ち負けていた可能性は十二分にあった。しかし、そこから何かを学べるようなことはないようだ。

「いいや、照準を省略できるか、ってのは、重要な問いだと思うがな。」

「あ?できないって話だっただろ。」

「だから超至近距離ならできるって言ってんだろ。」

「そりゃあどうやって。敵の直前で見当違いの方向に逸れたらどうする。」

 ゼータは薄く笑う。

「それが躊躇だって言ってんだ。運任せなんだよ。いいか、怖がるな。信じろ。妄信しろ。これは絶対に当たる。そう信じて、祈る時間すら勿体ないから、システマティックに引き金を引け。自分が当てたいとそう思う意思以外に、邪魔なもんを考えるな。そうすりゃ、大体は当たる。」

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