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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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12/27

Ep.11『楽園のマフィア』

 マフィアになってから、十ヶ月が経っていた。

 浄水場は竣工し、竣工式を待つばかり。小雨が降る夜。支給されていたサイドアームのMSCSと、自前の汎用型MSCSの二丁をベルトに挟み、こっそりと宿舎から抜け出した。

 手慣れたもので、門番とは顔見知りになった。僕が戻る時に襟元につけている口紅はカモフラージュで、夜な夜な歓楽街に遊びに行く色情魔くらいにしか思われていなかった。

 世間話をするようになると馴染みの娼館はどこなんだ、というようなことになったので、たまに本当に娼館に行くこともあった。そんなときは、やることをやってそそくさと帰り、時間が余っているとかなんとか言う不満気な女にチップを投げつけた。

 三度ほど通えばどれが人気の女なのかわかるようになり、門番にはそいつを紹介してやった。

 そんな面倒ごとを甘んじて受け入れたのは、僕が夜中に繰り出す理由───あの、浄水場に向かうためだった。

 ただ何気なく暮らしていたときと、マフィアになってから見る街並みは、あまりにも違う。そこに在るのであれば、僕たちにはそれを簒奪する権利があり、彼らには差し出す義務があった。

 その全能感に震えたときもあったが、自分の背から駆け抜けた熱風によって、それも瞬く間に空疎になってしまった。

 セスタが担当していた区画、彼女の隠し持っていた地下室で、僕はまた繰り返していた。かつてはアステアと一緒だった、薬の研究。

 カラシナから乗り換えて、僕はとうとう故郷の植物に狙いを定めた。両親が生きていた頃、彼らが生業としていた農作物。

 彼らの育てた麦。その一部からは、ミイラのような角が這い出して、それは猛毒だった。口にすればせん妄や灼熱感に襲われ、最後の方は四肢が壊死するらしい。

 つまりは、生物活性がある。

 古今東西全ての植物が魔薬の原料になるとは思ってない。でも、僕の病を治すための薬は、きっと、あの場所に咲いていたはずだ。

 病があるところに、薬がある。

 僕が患ったあの病の、その特効薬が、彼らの畑で朗らかに揺れていたはずだ。

 セスタから借りていた研究用のMSCSは、理論を担当するものも、実験を担当するものも、そこまでスペックの高いものじゃなかった。大型の筐体ともなれば、この場所まで運びこむことができない。

 毎日、着実に。僕はゆっくりとその植物と向き合った。

 その、アルカロイドと向き合った。

 アステアのための特効薬がモルヒネだったとしたら。これは、僕のための特効薬になるはずだ。


 その日は結局行き詰まり、夜中の三時には外に出た。深い夜闇の中、歓楽街も静寂に沈みつつある。舗装された道を鳴らす靴音に、微かな違和感。

 普段から死んでいるんじゃないかと思うほどの気配をしているゼータのせいで、僕の感覚は変に研ぎ澄まされていて。僕の靴音に合わせて歩くその痩身の正体についても、少しばかりは鼻が利いた。

「夜分遅くにすみませんね。アンタニオスさん。」

 男は、マフィアとは思えないほど常識人じみたスーツを着ていた。そして、マフィアとは思えないほど礼儀正しく、マツシマ、と名乗った。

 バルデリーニ・ファミリーの法律屋、兼金融屋幹部。マツシマが、そこにいた。



 それなりに上品で、それなりに静かなバーに入った。この区画で夜中まで営業できると言うのなら、よほど腕っぷしに自信があるか、マフィア御用達の店だったのだろう。

 そんな店のバーテンダーにも、マツシマはやけに礼儀正しかったのが気になった。

「さて、何から話しましょうかね。いやぁ、申し訳ない。正式なアポもなしに、それもこんな時間にお呼びたてして。」

「幹部なんだろう。僕は一端の構成員だ。顎で使うつもりでやらないと、威厳がないぞ。」

「えぇ、エテカレアさんにもよく言われます。でも、貴方だってゼータ氏直属の部隊にいる。ただのメンバーとは訳が違うでしょう。」

 マツシマはそう言ってショットグラスを飲み干した。一体どんな酒を呷ったのかは知らないが、なかなかにキツそうなにおいがした。

「私は、東の方にある楽園の国から来ましてね。」

「……まさか、東都国(とうとこく)の生まれなのか……?」

「えぇ。その呼び方は対外的なものですが、貴方の思っている国で間違いはありません。」

「何故……?あんな国から、わざわざこんな場所に、それも、マフィアをやりに来たのか……?」

 目の前にいる男が、果たしてどんな人生の道のりを辿ってきたのか、僕には想像することもできなかった。しかし、東の楽園と呼び声の高いあの国では、一生で一度も武装用MSCSを目にしないような人間がザラにいるという。

 そんな、暴力から比較的解放された国から、なぜわざわざ。

「ま、バルデリーニ氏と少し縁があったというだけですよ。それに、我々の人種は他より少しばかり信用されやすい。裏社会では舐められるだけでしょうが、表舞台で動くには、格好の出自という訳です。」

 彼の言い分には全く正当性があった。

 彼が統括するのは、マフィアのフロント企業や、帳簿上の所得隠し。戦う相手は野蛮なごろつきではなく、法律に則り審判を下す、行政や司法である。


「さて、突然なんですがね、リゼルキルトさん。」


 引き抜いた銃を奴のこめかみに突きつけるのに、僕は理論値に限りなく近い速度を叩き出したはずだ。

 視線だけでバーテンダーをはけさせる。マツシマは、自分の命に頓着する様子もなく、ショットグラスを満たしてから出て行くように頼んだ。僕も、それくらいは待ってやった。

 代わりに、トリガーの一段目を引いて、マツシマの頭を照準した。これで、引き金さえ引けば、魔法はホーミングしてくれる。

「ファミリアがこの国の中で燻っている遠因。それは、バルデリーニ氏にあります。」

 マツシマは酒で唇を湿らせて言った。

「彼が一兵卒からトップに成り上がった理由がわかりますか?兄弟を殺したんです。組織の意向に沿わなかった兄二人。彼は、自分の欲望だけで引き金を引くことができた。

 それで、ですよ。彼は、心の底から望んだ世界を手に入れた。組織の頂点に上り詰め、今後食うには困らない。人生の安寧を手に入れました。彼の人生どころか、彼の囲っている女、果てはその子孫まで脈々と、バルデリーニという人物の資産は、彼の家系図を肥えさせ続けることでしょう。

 そこで、彼は満足してしまった。あとは内政をしようとしたんです。越境しない。侵略しない。彼の逆流への挑戦は、もう既に遂げられてしまった。」

 悲劇を語るように、マツシマは滔々と語った。こめかみにある銃口と或る死に様についてを、彼は全く恐れていないようだった。

「私は、それが惜しい。都市型犯罪組織のロールモデル。私たちの組織は、まさしくそれです。幹部十三人が各々に役割を持ち、領分を跨ぐならばバルデリーニ氏が仲介する。

 部門ごとに事業があり、その端はこの国の国境を超えた先に接続している。それなのに、彼らはこの星どころか、この国を出るつもりがない。

 勿体無い、とは……思いませんか?リゼルキルト氏。」

 彼の言い分は、約一年前、ブラウナーの火で危惧された想定と、そうはならなかった現実、その原因についてを、まさしく説明している。

「貴方には、マフィアに組み込まれ、円滑に魔薬売買事業を行う選択肢があった。けれどそうしなかったのは、増長すればマフィアに抑えられるとわかっていたからだ。つまり貴方は、この国の中で小手先の商売をするつもりなど、甚だなかった。」

「あぁ、そうだよ。もちろん僕はここでいみじく死んでやるつもりはなかった。あんたの言う通りだ。

 でも、あんたが僕に持ち掛けようとしていることの全てを信じる道理は、全くない。」

 懇切丁寧に説明して見せたのは、彼がビジネスに一際近い存在だからか。セスタも、似たような会話の誘導をすることがあった。

「手を組みましょう、リゼルキルト氏。私は貴方を、ファミリアのボスにすることができる。」

 嘘を言っている様子はなかった。

 彼の国の人間は、口八丁で錯誤させることはあっても、真っ赤な嘘を吐くことはないらしい。それが、彼ら人種の共有する、ある原罪なのかもしれない。

 もちろん、そんな通説を信じてやる道理も、またなかった。

「お互いに、手札を見せ合う必要がある。」

「ええ。もちろんです。私はそのために、今日ここへ来た。互いに出せる手札の役は、釣り合わなければなりません。貴方は私に、何を見せてくれますか。」

 少しばかり考えた。そして、二番目を決めた。

「二番目だ。僕は、自分が出せる二番目の情報を教えよう。優先順位だ。」

「では、それは一体?」

 突きつけていたMSCSをカウンターに置き、視線だけは逸らさずに、すかした横顔を見ていた。

「ヘイローの製法を教えてやる。」

 マツシマは、微かに睫毛を震わせた。動揺を冷静に装い直すのに、きっと一秒とかからなかった。

「二番目、ですか。それが。」

 含みのある問い。それもそのはずだ。ヘイローは、僕たちに莫大な富をもたらし、膨れ上がったその金額は、マフィアに火を打たせるに至った。

「貴方は何を知りたいですか。何を見せれば、私を信頼してもらえますか?」

 マツシマは言う。背中を焦がす灼熱、その燃え滓が、視界をきり、と横切った。

「あんた達の通信傍受システムと、暗号通信システムについて。」

 ほぉ、と小さく呟いたマツシマは、少し躊躇したようだった。しかし、彼の天秤はすぐさまに傾き、脳内の演算機はリスクマネジメントに奔走する。

「次の休暇はいつですか?」

「決まった日取りはない。」

「では、これで私に連絡してください。休みの日、午前十一時から、次は私のヤサに招待します。」

 マツシマは、小さな黒い通信端末を差し出した。側面に貼られたラベルに『0002』と記載がある。三十個ほどのボタンと、大きくはない液晶ディスプレイ。手のひらの中に収まるようなそれが、彼への直通の連絡手段となる。

「私たちは、いい同盟になれそうですよね。」

 マツシマはそうして、刃のように鋭い瞳を、高揚に和ませた。



 それからの数週間。休みは訪れず、ひたすらに訓練の日々と、たまの実戦の日々。一般的な程度だった筋肉が、久しぶりに見た鏡の中では、さも歴戦の猛者のように隆起していた。それでようやっと、自分が特殊部隊のミサイル足る存在になれたのだと自覚した。

 研究は続けていた。しかし、マツシマから時たま届くメールには、『今日は浄水場には行かないでください。』というようなものが紛れていて、僕は大人しくその指示に従った。

 その日、僕はゼータから休みを言い渡された。またしても誘われたランチのお誘いも、ぞんざいにするのが悪かったので時間をずらして食わせてもらうことにした。

 マツシマにメールを送る。すぐに返信があった。


『二時間後、待ち合わせ場所については別の端末に連絡させます。』



 ゼータが僕を昼飯に誘った際、僕に端末が渡された。ホワイトベリーTTPS-2.00。それは、最下層の殺し屋集団には持たされない、正式なマフィアのメンバーに貸与される端末だった。ゼータの部隊員には、ゼータ本人からの言伝や、部隊行動専用の管制MSCSによって連絡が伝達される。ランクを飛び級した僕はここでようやっと、バルデリーニ・ファミリーという巨大なネットワークの、その一端にアクセスする権利を得た。

 その端末には、暗号化された電話番号からメールが届き、そこに記されていたマツシマとの待ち合わせ場所は、とある自動車ディーラーの前だった。


「待たせたか?悪いな。」

「いいえ。時間ぴったりです。では、行きましょうか。」

 マツシマは、紙のカップに入っていたコーヒーをぐっと飲み干して、律義にそのゴミを自分の鞄の中に入れた。相変わらず礼儀がいい奴だと思った。

 僕は自前の車で来ていたが、マツシマは自分の車に乗れと言って、僕はその助手席に乗った。マツシマの車は、その謙虚さとは裏腹にセスタが乗っていたようなハイクラスの車で、気付かれないように叩いたボディには恐らく防弾用の鉄板が入っていた。この分なら、薄いスモークがかけられたガラスも防弾仕様だろう。

 マツシマは、危なげなくステアリングを繰り、クラクション一つ鳴らさずにマフィアの邸宅が並ぶ区画を通り抜けた。その先の貧民街の入り組んだ裏道を迷いなく進んでいき、目立たないような場所にあった地下駐車場に乗り入れた。駐車場の入り口に立っていた男に、チップを渡しているのが見えた。

 地下駐車場から直接エレベーターでアクセスできる部屋は、広い一間の部屋で、綺麗にシーツが整えられたベッドや、或る壁の一面を覆う本棚、書斎を兼ねた一角など、マツシマらしい様相を見せていた。

「コーヒーでいいですか?アイスでよければすぐに用意できます。」

「ホットしか飲まないんだ。」

「では、少し時間をください。」

 マツシマは、嫌な顔一つせずにメーカーにポットをセットして、二つ分のマグカップを戸棚から取り出した。

「ベリーは、基本的に全て暗号化が施されています。種類は二種類。一つは、ベリー本体が提供している、一般的なセキュリティ。もちろん、一般のものより強固なものを積ませています。もう一つが、マフィア内でだけ使用されている暗号化アルゴリズム。

 解読にはある方程式が必要ですが、それを知るものはこのシステムの管理者だけです。暗号化と、その解読は、システムの方が勝手にやってくれます。使用者は方程式についてを一切知ることなくその恩恵を受けられますし、各端末同士の通信に暗号化がかけられますから、同じネットワークの中にあるマフィアの端末でも傍受は不可能です。

 基本的に、端末は二週間ごとに新しくなりますから、内蔵バッテリーが切れたら壊すなり水に浸すなりして廃棄してください。貴方のところには、毎回新しいものを届けさせます。」

「こっちの方は。」

 僕は、あの日、バーで渡された黒い端末を見せた。

「そちらは二か月に一回で構いません。存在を知っている者すら少ない、そういう端末ですから。」

 マツシマは二人分のコーヒーを注いでそれぞれのテーブルに置いた。

 彼が座ったのに倣って、対面に腰を下ろした。僕は持参した厚い封筒と、その中の資料とをテーブルに置き、マツシマもそうした。彼は、裸の分厚い資料と、二つの通信端末。そして小さな液晶ディスプレイを置いた。

「どうぞ。」

「あぁ。」

 互いに自分の持ち寄ったそれらを差し出して、そして受け取った。

 それから、一時間あまり。僕らは文書化された互いの腹の内を読み合い、そしてその内容について幾許かの思考を行った。

 マツシマの資料。マフィアの通信傍受と暗号化セキュリティについては、通信手段についてを知り尽くした緻密な意匠が凝らされたものだった。僕が思わず感嘆したのと同じように、マツシマも吐息を漏らした。

「アルカロイド……ですか。」

 僕が提供した、一つの薬についての概要よりも、いくつもの製品を媒介する集合体たるシステムの資料の方が、読み終えるのに時間がかかった。

「この通信傍受の手法はつまり、セキュリティレベルを三世代後退させる、ということか。」

「えぇ。もしMSCSの端末を使っていれば、操作はさらにプロセスを踏む必要はありますが、セキュリティーホールがあることには変わりありません。」

「キャッチャーシステムがデコイポイントを作り出し、そこに接続した端末に対して、セキュリティのダウングレードを強制する。」

「Gen.2レベルまで落とせれば、暗号化された通信の解読は容易になります。ポイントから各端末には、それぞれ識別番号が割り振られます。ポイントの射程圏内から外れれば、端末は別のポイントの射程圏内に入る。そうすれば、識別番号は再び振りなおされて変更されます。

 このうち、デコイポイントが識別番号を振れば、私たちはそれを把握することができる。識別番号が変わらなければ、デコイポイントを設置したあたりに留まっていることになりますし、別のデコイポイントの射程圏内に入って識別番号が変われば、対象は移動していることになります。

 ですからつまり、このシステムがあれば、一般人レベルの通信は傍受できますし、その位置情報も、よほどの辺境の区画でない限り把握することができる。規格外のネットワークシステムを使われていなければ、という枕詞は付きますがね。」

 コンドルの農場が焼かれた理由にも、これで説明がついた。

 僕の通信はもちろん盗聴されていたし、それがリゼルキルトかどうか判断できなかったマフィアは、その通信先の端末の識別番号を確認した。農場の近くに設置してあったデコイポイントは、コンドルの端末に識別番号を割り振っていて、それを頼りにマフィアはコンドルの居場所を特定し、焼き払った。

「この国の中だけでやっていこうと思っている犯罪組織にしては、やりすぎなくらいだ。」

「えぇ。そうでしょうね。この国の、それも、この地区の警察権力は死んでいると言っていい。首都であろうとそれは同じです。こんなことをせずとも、彼らに私たちのネットワークを傍受しようという気概はないでしょう。」

 しかし。マツシマは、この男だけは、この国の中で終わろうとは思っていない。

 だからこそ。

「国際指名手配レベルの犯罪組織。そうなれば、このシステムは、」

 なければならない。必要最低限と言い換えてもいいかもしれない。


「私はこれで満足です。貴方はどうですか?リゼルキルト氏。

 私を、世界に連れて行ってくれますか。」


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