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アルカロイドに眠る妖精-Alkaloids of the gods-  作者: 可燃性少女
第一部【血と暴力の病】

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Ep.9『リゼルキルトはただ見ていた』

「彼らの商売が、どうしてああも上手く回るのか。」

 クァトロ・バルデリーニは、そんな調子で端的に聞いた。

 縁の細い眼鏡をかけた、煽情的に富んだ体躯の女は、気後れすることなく言った。

「殺しているのよ、バルデリーニ。」

「殺し、ですか。」

「えぇ。彼らも、優秀な市場戦略眼を持った人間を抱えている。というより、十中八九セスタ・クリスタルベリーでしょうね。

 貴方が彼女をこの街から締め出さなかった。原因の一端は、そこにもあるわ。」

 手厳しいね。とバルデリーニは低い声で笑った。そこには、少なくとも怒りや侮蔑の感情は含有されていなかった。

「彼らに見限られた市場は、すぐにでも取引を打ち切られる。それに抵抗しても、しなかったとしても、結局はヒットマンがやって来て、売人はぐちゃぐちゃにされて死ぬ。

 バラックの売人が死に物狂いで商売するのも納得だわ。一度あの組織のテリトリーに踏み入ってしまったら、殺されるか、利益を上げ続けるしかない。」

「そんな野蛮なやり方に、人が集まるものですか?」

「やり方が野蛮なら羽振りの良さも野蛮よ。それに、彼らの中には依存症も多い。稼がなければ殺される。稼がなければ薬を買えない。

 どう転んでも、コストカットと、支出した労務費の回帰によって、彼らのビジネスは成長する。」

 抵抗する売人を殺し、市場を効率化させれば、魔薬市場は成長する。成長した市場で大金を手にした売人は、再び、快楽を求めて薬を買う。その利益は、再びその循環の立役者のもとに還っていく。

「マフィアの流儀……?それとも、ただ怯えているだけかしら。相手は、暴力の具現化のような存在。

 勘違いしないことね、私たちは、汚れ切ったヘドロの中の、そのさらに奥にある汚泥と汚水の中を生きている。貴方は、あの空を目指すことを諦めた。

 いつまでも企業家気取りでは、貴方の命運もそこまでよ。」

 痛烈な指摘。刺すようなそれも、むしろ心地がいいとでも言わんばかりに、バルデリーニは瞠目し、微笑んだ。

「ありがとう、カルメア。」

 マフィアの情報局を監督する幹部、カルメア・エテカレアに、バルデリーニは全霊で敬意を示した。

「君の意見こそ、正しいのでしょう。私も全面的に賛成だ。暴力には、暴力しかない。」

 バルデリーニは、懐のナイフの柄をなぞった。

「最近、元気ないみたいじゃない。私どころか、誰も床に呼んでないそうね。機能不全を疑われたら、威厳の喪失は必至よ?適当な娼館にでも、せめて遊びに行ったらどう?」

 つい先ほどまでの張り詰めるような空気は霧散して、カルメアはまるで友人に接するようにバルデリーニを労った。バルデリーニも、それに倣うように相好を崩した。

「ちゃんと、通うようになったんですよ。一夜限りでは味気ない。」

「あらそう?たまには、メルにも手を付けてあげたら?」

「妹の方が怒るでしょう。姉妹なら、仲良くしていた方がいい。」

 そんな応酬の間に、ノックの音がした。

 バルデリーニが小さく頷いて、ひとりでに扉は開く。

「ゼータ、呼びつけてすみません。その足では、苦労するでしょう。」

「気にするな……トップが兵隊崩れのとこに直々にお越しに、なんて日には、あんたの格が揺らぐってもんだ。」

 扉を開けて入って来た男は、そこに居るのだ、と強く暗示しなければ見えないほど気配が薄く、またある者の目には、そこには居ないのだと催眠しなければならないほど、どす黒い気配を纏っていた。

「いいぜ。やりたいことは大体わかる。あんたより二十年は生きてるからな。」

「それでは、貴方にお任せしたい。」

 しゃがれた声で話す男に、バルデリーニは短く告げた。


「魔薬ファミリアを、壊滅させる。」



 今日は、アステアが集金をまわる日だった。

 昨日から丸二日かけて社用車を乗り回した弊害で、僕は朝から休憩室のソファで売上のリストを眺めるだけの置き物になっていた。

 窓の外を眺める。今日は、いつもより喧騒が耳に入る。しかし少しばかりのその違和感も、僕の危機感を掻き立てるほどではなかった。

 だからだろうか、急に鳴り出した通信用MSCSのベルの音が、僕の意識を駆り立てる。

「はい、リゼルキルト。」

『セスタよ。今本社。そっち、大変なことになってない?』

「いや……待て、僕たちは何も把握できていない。」

『了解した。こっちはニュースにこそなってないけれど、情報機関が少し話題にしていた。ここ数十年で、初めての動きよ。

 バルデリーニ・ファミリーの乱心、って。』

 窓を開ける。破裂したビルの瓦礫が崩落し、二つほど先の通りにあるバラックに激突するのが見えた。下敷きになった人間は、原型も留めず死んだだろう。

「狙われてるのは、……僕たちか……?」

『当たり前でしょうッ!?どこまで楽観的なの、……アステアは……』

「悪い。すぐに対応する。」

『一つだけ。』

 セスタは、すぐにでも走り出そうとしていた僕の動きをぴたりと静止した。ただならない声音が、通信越しにもわかる。

『アタシはもう顔が割れている。大々的な動きはできない。目で見てわかるほどの動きがあったなら、軍事行動ではもう終局よ。

 もう手遅れかもしれない可能性を考えて……誰かに助けてもらえるかもしれないという楽観視を捨てて。この際言わせてもらうわ。もう君は、一般人なんて立場に甘えてられる人間じゃない。』

 セスタはそう言い残して通話を切った。僕も受話器を置く。

 顔が割れている、と言ったセスタ。それはつまり、僕はまだ顔が割れていない可能性がある、ということだ。裏社会に通じているセスタの予測なのであれば、賭けてみる価値がある。

 それに、集金のときに顔を覚えられないようにするのは、僕も、そしてアステアにも通ずる絶対的なルールだった。

 いつも処刑用に使っているオーダーメイドのMSCSを武装解除して、キーボードにパスワードを打ち込む。電子ロックの解錠するモーターの音を聞き終えてから、鍵付きの引き出しに突っ込んだ。代わりに、その中にあった銃を取り出す。

 汎用型のMSCSならば、僕を表すマークには直結しないだろう。

 アステアが回収に向かったバラックまでは、走れば五分とかからない。



「爆破ポイントは全て発破が完了しました。バラックには火を入れています。やはり化学繊維が多いようなので、準備していた油も使いました。

 見張りは中央通りから四ブロック圏内にしか配置していませんが……」

「充分だ。次、バラックで目立った行動をしたやつがいたら、そいつがリゼルキルトだ。攫って拷問にかける。絶対に見逃すな。」

「わかりました。ゼータさん。」

 ゼータは老兵であった。かつての戦役で足を負傷し、既に白兵戦に足る身体を持ち合わせてはいない。しかし、従軍中の彼の活躍は目覚ましく、また、その後の扱いは過酷であった。

 彼の脳に蓄えられているのは、戦争の中の軍事行動のノウハウと、戦争の後の酷薄な死生観。それが、マフィアの軍事顧問という肩書きにすっぽりと収まった。

 後は、見つけ出した災厄の種から、いずれ咲くだろう大輪の花をもぎ取るだけ。マフィアには、新たな産業がもたらされる。そしてそれは、過酷な拷問ののち、製薬の方法を引き摺り出すことで完遂される。

 老兵は斯く思考して、ボロボロの軍服に視線を落とした。逸る鼓動だけが、何かを暗示している。

 それは、戦争の予感だ。



 荒れ果てたバラックと街の惨状を見て、思考は身体を駆り立てる。しかし、巧妙に配置されたマフィアの構成員達は、隠すそぶりもなくMSCSを携行し、忙しなく民衆を監視した。

 僕がここで行動を起こせば、リゼルキルトという反乱分子のシンボルが、この身体に顕在化する。彼らも、それを思っての作戦であろう。

 ゆっくりと、野次馬のように怯えた振りをして、僕は雑踏を進んだ。

 彼らの暴虐が、農場にまで手を伸ばせば、事業の修復は絶望的。コンドルへの連絡は済ませていた。残るは、アステアだけ。

 路地を抜けたその先にあったバラックは、辛うじて岩塊の直撃を避けたものの、飛散した瓦礫に支柱を折られ、無惨に倒壊していた。

 僕は、何をするでもなく、そのバラックを見ていた。

 灰色のタンクからばしゃばしゃと油を撒き散らすマフィアの男が、怪訝そうな顔で僕を見る。

 しかし、男にとってそれは重要なことではなかった。きっと、自分の商売の場所が荒れ果て、それに絶望しているバラックの持ち主とでも見做されたのだろう。

 巨視的に見ればそれは正しい。しかし、微視的に観測した彼には、僕の正体が見破れなかったというだけだった。

 男は次にオイルライターで布に火をつけ、息を吹きつけて炎を生んだ。それが、バラックの中に投げ込まれる。

 油に引火した炎は、高温の空気を僕の頬に撫でつけ、燻された雑踏の空気が、突如に炎色(ほむらいろ)に染色される。

 僕は、ただ見ていた。

 ただ、ただ、見ていた。

 セスタはきっと、その行動を、なんの臆面もなく評価してくれるだろう。

 しかし、しかし。

 僕はただ、見ていた。

 瓦礫に押し潰され、まだ息のあるアステアが、か細い視線を僕に投げかけるのを。目が合った。僕は、何もしなかった。声すら上げず、ただ見つめ合っていた。

 アステアは、その小さな口で呟いた。炎が彼女を覆い尽くす、その一瞬前だった。


「にげて」



 アステアを助け出せたのは結局、マフィアが引き上げて、民衆が瓦礫の掃除を始めるような頃だった。彼女の腕には、モルヒネのシレットが刺さっていて、痛みを一切感じないまま、焼かれていた。

 か細い息。体重のいくらかを、あの熱に燃焼させてしまったのか、軽い肢体を拾い上げ、ただ呆然と歩いた。

 路上に駐車してあった車のガラスを叩き割り、持ち主だったのだろう男が詰め寄って来たので額に魔法を撃ち込んで黙らせる。頭蓋をぐちゃぐちゃに掻き回された男は、開放した脳髄をぶちまけて地面に突っ伏する。

 アステアは助手席に乗せた。ステアリングを握り、アクセルを踏む。マフィアの手が入らないような鉄道の駅近くまで運転して、富裕層向けの病院に担ぎ込んだ。

 治療を渋る医者に、アステアが集めていた金の束を二、三投げつけてやると、ようやく大人しく治療を始めた。

 受付には、最高の治療と、最高の個室を用意しろ、と伝えて、示された金額にいくらか上乗せした小切手を書いた。

 セスタに連絡すると、彼女は沈んだ声で通信用端末を捨てろと言った。僕は、アステアの個室につける護衛用の傭兵の手配だけ頼んで、端末をコンクリートに叩きつけた。

 僕が事務所に戻った頃、二階の職員から伝言を預かった。社長室からコンドルに連絡した。

『農場も焼かれました。雇っていた従業員も。どうしますか?リゼルキルトさん。俺はもう、やめたっていいですよ。』

 自暴自棄なコンドルの声に、僕は何も返せなかった。

 僕の通信端末は、彼らの情報網に通信を乗せてしまったらしい。セスタのセキュリティシステムが幸いして、社屋備え付けの端末は傍受されなかったが、僕の端末から農場に伝わった連絡は、少なからずマフィアに疑念を持たせたらしく、疑わしきを燃やしたその英断が、僕の敗北を決定的にした。

 それは、僕が、あの農場を焼いた、といって差し支えない、致命的なミスだった。



 ヘイローの流通による売上はゼロ。僕たちは、完全に稼ぎ口をなくした。預金残高に余裕があるとはいえ、それがマフィアに到底及ばないことは自明。ただただ、アステアの見舞いに通うだけの毎日だった。

 彼女の肌には、もう修復不可能な火傷の痕が残り、その範囲からして、皮膚の移植も有効的な治療になり得ないと診断が下った。

 煙と熱を吸い込んだ喉は、しばらくの間、痛々しい掠れ声しか出せないらしい。


 アステアの見舞いを終えて、駐車場に停めてあった車に乗る。社用車は集金の過程で見られている可能性があると言われ、社屋の駐車場でシートをかけて放置していた。乗り換えた車に、トラップ機構はついていない。ごく普通の、ただの自家用車。

 アクセルを踏んで、州高速に出る。国境を渡ったそこが、バハラータ共和国。僕と、セスタの故郷がある国だった。


 吹き抜けのだだっ広いロビー。カウンターでセスタ・クリスタルベリーと約束している、と伝えた。一応の礼儀を弁えて着ていたスーツも、受付嬢には通じなかった。

 しばらくぎこちなかった彼女達も、幾許かすると落ち着きを取り戻し、そのうちの一人が案内役として着いてきた。

 エレベーターは、小さめの工業機械くらいなら入りそうな広さで、エレベーターというよりは昇降機械という感じであったし、ガラス張りの上昇過程は、これから向かうのが社長室ではなく展望台なのではという趣きだった。

 高層ビルが立ち並び、高級車が行き交う光景。最上階に、セスタは居る。彼女はそんな、天上の人だった。それは、最初からそうだったはずだ。

 二つほどセキュリティを抜けて、最後は僕だけの通過が許された。扉の前に控えていた女がボディーチェックを担当し、前もって渡した銃以外に武装がないことを確認する。

 結局、銃は簡単に僕に返されてしまい、白亜の扉が開かれる。その先で、セスタが待っていた。

 これはつまり、株主総会というやつなんだろう。出資者であるセスタに、僕は事業の展望と、現状の報告を行わなければならない。

 損益計算書も貸借対照表も決算報告書もなにもない。手ぶらの僕には、随分と荷が重い会合であった。

「直接会うのは久しぶりね。リゼルキルトくん。」

 セスタは、このところの魔薬事業の体たらくに頓着していないような、明るい声音をしていた。その表情も、どこか安堵したような温かな感情を湛えている。

「あぁ。久しぶりだな。」

「元気がないわぁ……どうしたの?」

 いつも通り、いつも通りの声音。」


「全部燃やされて、牙引っこ抜かれた?」


 それが、こんなにも早く冷えるんだな、と。僕は随分と冷静に俯瞰した。

「やめるなら今だよ。全部ほっぽり出して、貧民街の捨て猫ちゃんも見捨てて、全部アタシに任せてあんな国を出る。

 温かく迎えてあげる。惜しみなく満たしてあげる。貨幣価値を忘れさせてあげる。キミの目的を、果たしてあげる。

 二人で暮らそっか。もう何も燃えない清潔な部屋で、合法的なお金だけで出来上がった清廉潔白な暮らしをする。アタシと結婚してくれれば、資産も共有できるわ。」

 僕の周りを取り囲む、全てが違った。

 この街には、死体がない。この部屋には、血痕がない。この女には、悲壮がない。この国は、死と憎悪の病に罹患していない。

 ただ、くだらないイタチごっこの恨みだけが死を生み出し、それ以外にはなにも生み出さない、ただ疲弊していくだけの場所を、この国では想像することもできないだろう。

「僕は……」

「勘違いしたら駄目だからね?リゼルキルトくん。」

 それでも、僕は遠く、彼女に及ばない。

 僕らと彼女たちでは、レベルが違う。

「この事業がうまくいかないのなら、アタシたちは正当にこの投資を評価する。」

 いつか、彼女が言っていたことを思い出した。いつか、自分がやってきたことを思い出した。

 そうだ。いつかは全部、自分に返ってくる。その覚悟と、それを耐え忍ぶだけの、ただ純粋な力が、僕たちには必要だと。

「アタシはちゃんと、損切りするよ。」

 セスタはうんと明るい表情で告げた。それは、ある種無慈悲な響きを持っていて、しかし、用法と容量は、言葉通りの意味を投げかける。

「だから。絶対、立て直してね。」

 残酷な言葉は、どこまでも。僕を鼓舞するためだけに、囁かれる。

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