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【電子書籍化】ある日突然、夫が愛人を連れてくるものですから…  作者: 七瀬菜々
本編

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40:シエナの異変


 ヴィクトリアの引っ越しからさらに数日後。

 公爵家は夫人や息子の関与もあったためお家取り潰しののち、ステュアートは地獄の北方刑務所で終身刑。ハワードも同様に終身刑が決まった。

 これらの刑はスムーズに決まり、事件の後処理も順調に進んでいる。

 しかし、全てを早期に解決するには一つ大きな問題があった。それが『その他の人間』である。事件に関与した人物は予想していたよりもずっと多く、今は大小合わせて様々な罪状の人間が判決を待っている状態だ。

 故に執務の合間の休憩時間、ロイとアーノルドはサンドイッチ片手に頭を悩ませていた。


「……今回の件で議会が穏便な措置を求めている」

「薬物取引に手を染めた身内がいる貴族が多いからでしょうねぇ……」

「だろうな……。問題はどこで線引きするかだ」

「麻薬中毒者は更生施設に入れるとしても、密売人の方が中々難しい……」

「重い罰を与えても軽い罰を与えても不公平だと騒ぎ出しそうだしなぁ……」


 アーノルドは小さくため息をつき、サンドイッチを全部口の中に放り込むと、紅茶でそれを流し込むようにして飲み込んだ。

 そんな彼を見て、ロイはサンドイッチのパンをめくろうとする。


「やめておけ。食べられなくなるぞ」

「……味は?」

「少し臭みのあるたまごサンド」

「美味しい?」

「不味くはない」

「そっか……」


 サンドイッチの感想を聞いたロイは大きく息を吸い込むと、息を止めてギュッと目を閉じ、同じようにそのサンドイッチを一気に食べた。そして紅茶でそれを流し込む。


「何で僕は芋虫のサンドイッチなんか食べてるんだろう……」

「これを本人がいないところでも、ちゃんと出されたら食べるあたり、俺たちは調教されているということか」

「誤魔化すこともできそうですけど、誤魔化しても絶対にバレるという謎の信頼がありますからね」


 本当に恐ろしい、と若干涙目のロイはつぶやいた。

 これはおそらく彼女なりの八つ当たりだ。どこにもぶつけられない、毒を盛られた過去に対する怒りを二人に八つ当たりする形で発散しているのだろう。

 ロイは完全にとばっちりだが、アーノルドはこの八つ当たりを甘んじて受け入れた。

 ちなみに余談だが、ハワードにはタガメのフライがプレゼントされ、ステュアートには蜂の子の唐揚げが振る舞われたとの事。


「やはりシエナ様は鬼だった……。なんか最近、昔みたいになってません?」

「ただの空元気だろ」

「まあ、空元気と言われたらそんな感じもしますけど…」


 空元気というより、浮かれているような気もする。無駄に機嫌がよく、楽しそうな、そんな感じ。

 先ほどもサンドイッチだけ置いて、それと交換するように意気揚々とアーノルドの仕事の一部を持っていったところだ。


「ロイ。一応マーシャとエマに、注視するように伝えておいてくれ。ちょっと危うい」

「……なんか、そういうのじゃない気もしますけど、了解です。ところで、陛下」

「何だ?」

「大丈夫ですか?」


 シエナとは対照的に、こちらはかなり顔色が悪い。彼とて、母親を自らの手で幽閉したのだから精神的に参ってしまっているのかもしれない。ロイはアーノルドの顔を覗き込むと、心配そうに明らかに目の下のクマが酷くなっていることを指摘した。


「何か悩み事でも?」

「別に大した事ではない」

「大した事ではなくともちゃんと吐き出してください。今不安定なのはシエナ様だけではないことくらい、僕にもわかります」


 そう諭され、アーノルドは観念したようにため息をこぼした。


「実は……」

「実は?」

「シエナが一緒に寝てくれない」

「……は?」


 アーノルドは顔を両手で覆い項垂れた。予想外の悩みにロイは呆れ顔だ。

 彼曰く、ヴィクトリアの件が片付いたあたりから、シエナは毎晩夫婦の寝室に来ては小一時間ほど他愛もないおしゃべりをして、『それではまた明日』と彼の頬にキスを落として自分の部屋に帰るという生活を続けているらしい。

 アーノルドは自分の母親がしでかした過去のこともあり、そのせいで自分の側にいたくないのかもしれないと思ったが、それにしてはいつも以上に彼女からスキンシップを取ってくるような気がする。それに、話している限りでは自分や母を許しているようにも思える。

 しかし、ならばと逆にアーノルドの方からシエナに触れようとするとそれは断固拒否されるらしく、彼は妻のことがわからないと嘆いた。


「何かしたんですか?」

「してない。でも、俺の母はやらかした」

「まあ、そうですね」

「正直、嫌われていてもおかしくはないから困っている」

「うーん。僕がシエナ様の態度を見る限りでは、むしろ前より愛に溢れている気がしますが」

「そうかな…」

「直接聞いてみたらどうです?」

「何て聞くんだよ」

「俺のことどう思ってるんだ、って」

「それで『嫌い』って言われたら立ち直れないだろう」

「その時は仕方がないのでアメリの姿になって慰めてあげます」

「結構だ」


 アーノルドはウインクするロイの額をグーで小突くと、休憩は終わりだと言って仕事に戻った。 


 ***


 夕方、噂をすれば何とやら。最近ご機嫌なシエナが皇帝の執務室を訪れた。彼女は終えた仕事を夫の前におくと、爽やかな笑顔で『ごきげんよう』と挨拶する。


「美味しかったですか?」

「……不味くはなかった」

「イナゴノクギニは美味しかったそうですよ?」

「そ、そうか……」


 聞いてはいたが、本当に食べさせたのかとアーノルドは少し引いた。シエナはニコニコと話しかけながら、困惑する彼の隣に椅子を持っていき、そこにちょこんと座る。

 そして、ふふっと嬉しそうに笑みをこぼすと、『何かお困りですか?』と上目遣いでアーノルドの瞳をじーっと見つめた。

 アーノルドはその彼女の表情が可愛くて、思わず顔を赤らめた。


「し、処分について、少しな」

「ああ、その件ですか」


さすがはシエナ。『処分』だけで大体を察した彼女は顎に手を当て、うーんと考え始めた。アーノルドは彼女にも判断も仰いでおくべきかと考え、意見が聞きたいと伝える。


「ある程度議会の要望を聞いて判断しようかと思っているのだが……」

「なら、とりあえず主犯二人以外は処刑や幽閉を回避する方向で話を進めていきますか?」

「そうだな。ここは穏便に行こうかと思っ……」

「では穏便に、死んだ方がマシだと思うくらいに働かせましょう」


 シエナはニコッと微笑むと、最近北の炭鉱が人手不足なのだと言う。


「……」

「……」

「穏便って言葉の意味知ってる?」

「シエナ様。穏便とは、事件を処理する方法や態度が穏やかであることを意味する言葉ですよ?」

「知ってるけれど?」

「良かった。知ってるんだ」


妃教育では『穏便』という言葉を習う機会がないのかと思ったとロイは胸を撫で下ろす。

 シエナは失礼なやつらだと口を尖らせた。 


「そのくらい知っています。しかしこれは本来なら国家動乱罪に値する大罪ですから、あまり甘い判断もできませんし……」


 全員まとめて強制労働。それが妥当なところだと彼女は主張する。

 刑罰の名前自体は皆同じだが、取引の重要度を考慮して囚人たちの配属先を決定すれば罪に応じた罰にすることもできるからだ。


「それに強制労働は受刑者の態度が良ければ環境の良い場所に移動できますし、かなり穏便な措置でありませんか?」

「……そ、そうだな」

「陛下は議会に恩を売っておきたいのでしょうけど、あまり彼らの要望を聞き入れすぎるとなめられますよ?何事もバランスが大事です」

「はい……」


 顔は笑顔なのに言うことはど正論。アーノルドは妻の指摘を体を小さくして頷いた。

 思っていたよりも、貴族連中を制御できていなかったことで自分の判断に自信を無くしているのだろう。

 シエナはクスッと笑みをこぼした。


「公国との会談は明日なのでしょう?」

「ああ」

「あんまり自信のない顔をされていても困ります」

「わかっている」

「貴方はこの国の頂点なのですよ?」

「わかってる、大丈夫だ」


 シエナからの言葉にアーノルドはただ『大丈夫、わかっている』と返したが、彼女の表情や声色と言葉が噛み合っていないので調子が狂う。

 するとシエナはスッと立ち上がり、右手の親指を立てて、その先を窓の外へと向けた。


「ねぇ、陛下。少し散歩に行きませんか?」


 その誘い方はもはや喧嘩する時に『ちょっと表に出ろや』の仕草である。アーノルドは『ういっす』と小声で返事をすると妻の後について席を立った。

マーシャは護衛を皇帝の近衛に任せ、行ってらっしゃいませと頭を下げて彼らを見送った。


「……え?あれ、止めなくてもいいの?」

「一発、喝を入れるだけかと思いますが」

「喝って……殴り合い?」

「『合い』ではなく一方的に、ですかね?」

「様子見てきていい?」

「バレた時に庇わなくてよろしいのなら、ご自由に」

「や、やめとく」

「ふふっ。冗談ですよ」


マーシャは窓枠にもたれかかり、外を眺めながら穏やかに微笑む。心配するロイをよそに、彼女はどこか余裕そうだ。

 主人が夫を連れ出した理由がわかっているのか、彼女は『そんなに心配しなくても大丈夫ですよ』と言った。







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