28:13番倉庫(2)
あたりが闇に包まれる午前2時より少し前。皇帝アーノルドは誘拐犯が指定した港に到着した。満点の星空が彼らを迎える。月明かりの下、アーノルドはどこまでも続く水平線を眺めた。水面に映る月がゆらゆらと不吉に揺れる。
「はあ……」
さて、これからどうするべきか。
途中で別行動となった軍の人間は数名をシエナ救出のために置いていこうとしていたが、彼はそれを強く拒否した。陣頭指揮を取るイーサンも流石に皇帝の身を案じて渋い顔をしていたが、アーノルドは『シエナに夢を見ていたいのなら教会の方へ向かうべきだ』と彼を追い払った。
彼の言葉の意味が理解できなかったイーサンは首を傾げつつも、自分のすべき任務を遂行するために教会跡地へと急いだという次第だ。
「イーサンを追い払ったのは正解ですね」
「あいつは皇后をしている時のシエナしか知らないからな」
才色兼備の淑女としてのシエナに想いを寄せるイーサンに、この誘拐という特殊な状況下でおそらく野生児と化しているシエナを見せるのはあまりに不憫だ。
アーノルドは、自分は友の心を守ったのだと自画自賛した。しかし、そんな彼にマーシャは冷めた視線を送る。
「そんなこと言って、実の所は本来の天真爛漫なシエナ様を他の男に見せたくないだけなのでは?」
「……そんなことは、ある」
「あるんかい」
ただでさえ独占欲の強い男だ。『皇后の仮面を脱ぎ捨て、自由奔放に振る舞う可愛らしい妻をみられるのは自分だけの特権だ』とでも思っていたいのだろう。
呆れたようにため息をつくマーシャに、アーノルドは『独占欲が強くて何が悪い』と開き直ると、大きく背伸びをした。
「では、その野生児と化した俺の可愛らしいお姫様を救出しにいこうか。諸君」
「捕獲の間違いでは?野生児なんでしょ?」
「ロイ様、その発言は全裸で逆さ吊りの刑になるかと」
「き、救出って言いますけど、これって誘拐犯が出てくるのを待つ感じですか?」
誘拐犯よりも何よりもシエナが怖いロイは、誤魔化すようにアーノルドに尋ねた。マーシャはそんな彼を半眼で見る。
だが確かに、港に人の気配が全くなく、どうすれば良いかわからないのは事実だ。尋ねられたアーノルドはどうしたものかと首を傾げた。
「もしかして僕らが来ていることに気づいていないんでしょうか?」
「どうする?呼ぶ?」
「呼ぶって、どうやって?」
「誘拐犯さーんと叫ぶ」
「なんと間抜けな」
現代風に言うと、友達の家の前まで来て『○○くーん、あーそーぼー』と叫ぶのと同じような光景を誘拐犯と大国の皇帝で再現することになる。なんと緊張感のかけらもない誘拐事件だろうか。絵面的に美しくない。
「とりあえず、倉庫を一つ一つ調べていきましょうよ」
顔を見合わせてうーんと悩む二人に、マーシャは呆れたように息を吐き出した。誘拐犯の姿が見えないのなら、どこかに隠れている可能性も高い。あちらが動かないのならこちらから動こうと彼女は二人の尻を蹴飛ばした。
「あなた達三人は一番倉庫から、私と皇帝陛下とおまけのロイ様は一五番倉庫から調べます」
「了解しました」
「基本的に派手に立ち回らず、シエナ様の捜索を最優先してください。仮に誘拐犯の仲間と出くわしても、応戦の必要がなければ退避して」
「はい」
「『誘拐』という手段を用いている以上、誘拐犯の目的は皇帝陛下と交渉することにあります。皇帝陛下がここに来ていることが確認できるまではシエナ様に危害を加えることはありませんから、焦らず、慎重にお願いします」
「はい」
「何かあれば、合図の花火を打ち上げてください」
「はい」
皇帝の護衛騎士たちはマーシャに敬礼すると、あたりを警戒しながら端の倉庫を調べ始めた。
マーシャは自分の両頬を叩き、気合を入れるとアーノルドとロイを置いて15番倉庫の方へと走る。二人もすかさず彼女の後を追いかけた。
「おまけのロイは無理せず物陰に隠れていても良いんだぞ?」
「こんな暗くて人気のない場所で一人になる方が怖いでしょうが」
「足を引っ張らないでくださいね」
「マーシャまでひどい!僕だってやればできるからね⁉︎ほら、倉庫の鍵開けとか!」
倉庫の前に着くと、ロイは隠し持っていた針金を取り出した。彼もまた、シエナと同じ技術を習得しているらしい。多分アーノルドとともに折檻部屋に入れられることが多かった時代に身につけたサバイバル術なのだろう。
マーシャはあの城で育つとこうなるのか、と今はまだ見ぬ未来の皇帝の教育環境が心配になった。
「あれ?開いてる?」
鍵穴に針金を突っ込んだロイは鍵の感触に違和感を覚え、試しに扉を押してみた。
すると何故か扉が開いた。鍵は確かに開けていないはずなのに。
「閉め忘れか?」
「不用心ですね」
「とりあえず中に入ってみましょう」
三人は誰かが中にいる可能性も考えつつ、自動拳銃を構え、物音を立てないように中へと入る。
だが、中には誰もいなかった。いや、正確には誰もいないというより、何もないと表現する方が正しいのかも知れない。
何故かもぬけの殻状態の倉庫にアーノルドは首を傾げた。
「強盗でも入ったのか?」
「さあ?僕、隣も見てきます」
ロイはマーシャと共に隣の倉庫に移動するが、やはり、そこにも荷物はなかった。
「どうなってるんだ?」
「誘拐犯が根こそぎ持っていった、とかでしょうか?」
「誘拐犯は雇われた海賊ってことか?」
「まあ、無い話ではないかと思いますが。とりあえず、隣も見てみましょう」
「そうだな」
一行はさらに隣の13番倉庫へ移動すると、ゆっくりとその扉を開けた。




