27:13番倉庫(1)
1から15まである倉庫のうち、6番倉庫で果物を拝借し、8番倉庫で水を拝借して腹を満たしたシエナは、10番倉庫で拝借したランプを片手に再び13番倉庫の扉の前に立っていた。
一応、端から端まで全ての倉庫の鍵を開け、地下も含め中を確認してきたが、未だヴィクトリアは見つかっていない。隠された地下通路があるのなら話は別だが、少なくとも見える範囲にはいなかった。
「まさか、同じ倉庫の中にいたとか……?」
そう呟きつつ、シエナは鍵穴に針金を突っ込むと、ものの三秒ほどで鍵を開けた。空き巣もびっくりの手際である。
いや、訂正しよう。中を警戒しながらランプの灯りを頼りに倉庫内を物色する様は間違いなく空き巣である。間違っても大国の皇后がすることではない。
一通り倉庫内を調べたシエナは置いてあった木箱に腰掛け、深く長いため息をこぼした。
「この倉庫にもいないって。ヴィクトリア様は一体どこにいらっしゃるのよ……」
これだけ探しても見つからないとなると、考えられるのはまだ彼女がハワード枢機卿と行動を共にしているという可能性だ。
「ハワード枢機卿が行きそうな場所って言うと……」
皇太后を連れて街の宿屋は、身元がばれやすい。
だとすると彼らの滞在先は匿ってくれそうな知り合いの邸か、もしくは教会に絞られる。そしてここはステュアート公爵領。馴染みの商会に身を潜めている可能性もなくはないが、この場合は公爵と枢機卿が繋がっていると考える方が自然だろう。二人ともここ数年怪しい動きがある。
領主邸、領主の別荘、それから公爵領にある教会。シエナは指を折りながら、彼らがいそうな場所を絞り込んだ。
「……ここから最も近いのは今は使われていない教会跡地、最も快適なのは領主邸、最も穴場はこの港から遠く離れた別荘ね」
宙に文字を書きながら位置関係を確認する。
片方の人質をこの倉庫に閉じ込めていながら、ここから遠い場所にある別荘にいるとは考えにくい。一番現実的なのは領主邸だが……。
「そもそも、なんで私だけ倉庫に放置したのかしら」
二人の人質にはそれぞれ違う役割を与えているということだろうか。
彼が『暗殺』ではなく『誘拐』という手段を用いたのは、人質を利用して交渉を優位に進めるためだ。そして皇后という立場の人間を誘拐したということは、彼が交渉したい相手は帝国そのものか、もしくは皇帝アーノルド個人。
要求する内容について、シエナには皆目見当もつかないが、もしかすると麻薬関係で何か要求するつもりなのかもしれない。
「アーノルドはそろそろ動いている頃でしょうね」
シエナにつけられていた影の気配がなくなっていることから、おそらく彼は誘拐の事実を伝えに城に戻ったのだろう。遅くとも、もうアーノルドの耳には届いているはずだ。
彼が行動を起こす前にヴィクトリアと合流した方が、救出する彼らの手間も省ける。そう考えたシエナは、木箱から飛び降りると次の倉庫へ向かおうとした。しかし、
「あれ?開いてるぞ?」
しゃがれた男の声が聞こえた。
見張りの男らしい人物が不思議そうに鍵を確認しながら、倉庫の扉を開けたのだ。二人の男は『閉めたはずなのに』と、特に警戒することなく奥へと入ってくる。
シエナはランプを消し、木箱の影に身を隠した。
「おい、この程度の量で良いのか?」
「大丈夫だ。あまり量が多いと事故に見せかけられないからな」
男たちは複数ある木箱の中のうち、一番入り口に近い場所の箱の中身を確認すると、『あとはこれを撒くだけだ』と言って謎の液体を倉庫内に撒き始めた。
(灯油……?)
シエナは倉庫内に充満する不快な匂いに鼻を覆った。彼らが撒いたのは間違いなく灯油だ。
なんとなく、嫌な予感がする。
「皇帝は本当にここに来るのか?」
「皇后がここにいるんだ。必ず来るさ」
彼らはアーノルドがシエナを救出するために複数人でこの倉庫に押し入るだろうと予測していた。そして、突入したタイミングを見計らってこの倉庫に火を放つ計画をしているらしい。
ご丁寧にシエナがいることも知らずに計画の段取りを声に出しながら確認した彼らは、約束の時間まで港の事務所で酒でも飲んでいようと言って倉庫を後にした。
人の気配がなくなったことを確認したシエナは物陰からひょこっと顔を出すと、奴らが見ていた木箱を開ける。
薄暗い中、小さな小窓から入る月明かりを頼りに中を確認すると、そこにはダイナマイトと思しき物体が敷き詰められていた。
「まさかの展開だわ」
皇帝の弑逆を企んでいたとは予想外だ。奴らは帝国そのものを潰すつもりなのだろうか。
シエナはしばらくの間、呆然と立ち尽くした。




