第65話
午後一六時。
もうすぐ定時になる時間に私は彼に声をかけた。
「尾坂くん。少しいいかな」
私にとっても時間に余裕ができたので、丁度よかったのだ。
「なんすか?」
彼は一日中会社を歩き回っては見学していたらしい。
そして社員がミスを犯すたびに指をさして笑いまわっていたとのことだ。
どうやら彼の被害に会った者は私だけではなさそうだった。
私は彼を連れて会社の人気のない場所を移した。
「今日一日見学してどうだったかい?」
「まぁ一言でいうとクソっすね!」
遠慮のかけらもない回答だった。
「……どうしてそう思うのかな?」
「俺の親父が経営している会社の方が断然上すぎるからよくわかんないっすけど、社員全員がバカに見えてしょうがなかったですね」
「そんなことを言われると悲しいじゃないか。確かに君のお父さんの勤めている会社の社員さんの方が優秀な人がたくさんいるのかもしれない。だけどこの会社の人たちだってみんな必死で頑張っているんだ。誰だってミスはするし悔しい思いをすることもあるだろう。君も将来お父さんの会社の後を継ぐを考えているのならもっと仲間意識を――」
「え? なに? 説教すか? そんなのマジウザいんですけど」
「ウザ――」
私の心臓に一本の矢が刺さった。
それくらいの心の痛みが一瞬で走った。
「あんたさ、誰に向かって口きいてんの? 俺は大企業の社長の息子だぞ? 上級国民だぞ? それなのに何善人面しながら説教とかしちゃってんの? あんな何様?」
「私は君の将来を思って――」
「はいでたー! 『あなたのために言っているの』発言! マジウザい! その手のセリフを吐くやつは全員偽善者だから!」
「屁理屈を……」
今の私の顔は少し強張っているかもしれない。
すぐにそれを感じ取られたのか、尾坂くんは反論をしてきた。
「なんすかその顔、キレるんすか? 怒鳴るんすか? うわーやさしそうな面していると思ったらあんたパワハラ野郎だったのかよ! ないわーないわー」
やはりこうなってしまったか。
「違うよ。私はそんなんじゃ――」
私の言い分など少しも耳を傾けず、尾坂少年は後ずさりして私との距離を取ってきた。
「あんたが俺のしたこと全部親父に報告してやる!」
少年は自分の服の胸ポケットから小型の機械を取り出した。
「あんたと会話は録音させてもらったぜクソパワハラ社員! これをあんたの上司と親父にチクれば一瞬で解雇させることだってできるんだぜ! ざまーみろ! 上級国民に逆らった罰だよバーカ!」
「…………」
私は我慢強い方だと思っていたが、今回ばかりは無理そうだ。
私は目の前の上級国民を名乗る少年の顔を思い切り殴った。
「い、いい! いてぇぇ!」
彼は私が殴ったところを抑え込んでいる。
その拍子に録音機を落としたが、私はそれを容赦なく踏みつけた。
「お、お前! こんなことしてただで済むと――」
「黙りなさい」
しゃがみ込んでいる尾坂少年の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせた。
「私は君の将来のためを思って説教をするのではない、それはもうやめにした……私はこれから、自分自身の安眠のために君を殺すことに決めたよ」




