第63話
平日の朝一で、部長がこんな話をし始めた。
「今日は社長の知り合いの息子である尾坂くんが来ていらっしゃる。みんな、失礼のないようにな」
尾坂と言えば大企業の社長で有名な名前だ。
その大企業の社長の息子がなぜ一般的な会社に顔を見せに来ているのだろうか。
「なんでまた?」
私と同じ疑問を抱いていた者がいたのか、私の代わりに質問をしてくれた。
「なんでも社会見学とのことだ。その子は次期社長になることはほぼ確定だからな。今の内に社会の何たるかを勉強させておきたいとのことだ」
大企業の跡取りを自分の息子に継がせる。よくある話だ。
「自分自身の会社以外の会社を見て回ることも勉強のうちだろうとのことで、しばらくの間その子がこの会社に来ることになった。念を押すが、粗相のないようにな」
さっき部長も言っていたが私が勤めている会社の社長と大企業の社長、尾崎は昔馴染みだということだ。
会社としての規模は間違いなく尾坂の方が上だろう。
上級階級の人間と言っても過言ではない。
そんな目上過ぎる存在のご子息がやってくるんだ。
面倒ごとが起きれば旧友の仲と言ってもどんな仕打ちが待っていることやら。
「それで、その息子さんってのはどちらに?」
「ふむ……そろそろ来るころなんだと思うけど……」
始業開始の時刻である八時三〇分はとっくに過ぎている。
なのに当の本人が姿を現さないとは……
その時バタン! と大きな音が聞こえた。
「あ、すみませ~ん遅れました~」
この男が大企業の社長の息子、尾坂遊太郎くんか。
社会経験が皆無に等しいらしいが、初日からなかなか見せつけてくれるじゃないか。
常識が抜けている行動だということは皆同じ思いかもしれないが、彼は大企業の社長の息子、言うなれば上級国民と言うべき存在だ。
いらぬことを言えば起こせばどんな処罰が下るかわからない。
それが他者を導くための叱責だとしても、この手の子供は「パワハラだ」と言って陥れるかもしれない。
彼らはそういう優位な立ち位置であり、私たちは理不尽ながらも頭を下げなければならないのだ。
やれやれ。せっかく平和で安心なホワイト企業に就職したのにこんなトラブルは勘弁してほしいものだ。
「それじゃあ自由に見て回ってくれたまえ」
「了解で~す」
礼儀の欠片もない返事に少しだけイラつきが増す。
しかしここは我慢だ。
彼とは極力関わらない方が自分のためになるだろう。
しかし颯爽と彼は私のデスクに近づいて、パソコンの画面を凝視し始めた。
「む……」
そんな時、パソコンが急に固まって動かなくなってしまったのだ。
一般的なワード入力は苦手ではないが、こんなことが起こると壊してしまったのではないかと戸惑ってしまう。
私はそこまでパソコンに詳しい方ではないからな。
まぁこの手のトラブルは放置していおけば再び動くようになるのだが……
「ぷっ! なにやってんすか!」
尾坂くんが私の後ろで笑い始めたのだ。
「いやなに……私は何もしていないのだが……」
パソコンの画面が急に動かなくなってしまったことがそんなにもおかしいことなのだろうか?
「あんたが変なボタンとか押しちゃったんじゃないッスか!? ぎゃはははは!」
「…………」
なんとも失礼な少年なのだろうか。
周りの目線が気になってしょうがないではないか。
こんなに注目されてしまうと余計にストレスを感じてしまう。
早くここから離れたい気持ちでいっぱいになってしまった。
胸がムカムカしていると、ディスプレイのカーソルを動かすことができるようになった。
「ああ、ようやく動いたよ」
「あっはは! あんたきっと機械に嫌われているんすよ!」
「……そうかもしれないね」
たかがパソコンが動かなくなっただけでなぜこんなにも言われなければならないのだろうか。
この少年に粗相を起こすなと言われていたが、このような少年にはやはり説教が必要だな。




