第48話
今から十年前。
俺がフェンリルのビーストカードを手にしてしまったことをきっかけに、虐待を繰り返す父親を殺害し、同時に母親を入院させてしまった。
このことにより両親がいなくなった俺はしばらくこの教会でお世話になったのだ。
その時俺の面倒を見てくれたのが彼女、ヒロ姉ちゃんこと薬島博美さんだった。
当時五歳の時の記憶が一気に蘇ってきた。
ここで遊んだこと、ここで食事をしたこと、ここで眠ったこと。色んな思い出が頭の中から続々と溢れかえってきた。
「いやー懐かしいなー。なんかここらへん来たことがあるなーと思ったら、そうかここだったんだな、俺がチビの頃に世話になったところは」
「忘れるのも無理ないよ。十年も前の頃だからね」
「でも博美さんは俺のことを覚えていたんですね」
「そりゃ一番印象が強かった子ですからね」
「え? 一番印象が強かった?」
「ええ。遊ぶ時はとことん遊んで食べる時はとことん食べるパワフルな子だったわ。とくにナポリタンの日は近所の家まで声が届いているんじゃないかってくらい発狂していたんですもの」
パワフルとか発狂とか言われると確かにそんな風にテンションが高い幼少時代を送っていたかもしれない。
「なるほど。永一のナポリタンフェチの原点はここだったんだな」
「フェチって言うな」
陽介の存在に気づいた博美さんが「その方は?」と首を傾げる。
「ああ。俺と同じ高校に通っている友達だ」
「ども。井下陽介ッス」
軽く頭を下げる陽介を見て博美さんはペタペタと陽介の体に触れてきた。
「な、な、なんスか! いきなり俺の体を!」
許可の下りていないボディタッチに陽介は戸惑う。
「あなたいい身体しているわね。最近の高校生は筋肉質な子が多いのかしら?」
「違う違う、こいつはただの筋肉バカなだけ」
自分の肉体を褒められた陽介はまんざらでもない笑みを密かに浮かべながらボディビルダーがよくする様々なポーズを次々と博美さんに見せつけていた。
「おいおいあんまり調子に乗るなよ……ん?」
教会の扉の隙間から俺たちの様子を見ている者がいた。
そいつは俺たちよりも背の低い子供に見えた。
「なんだよ博美さん。今でも子供の面倒を見ているのか?」
「え!?」
慌てた素振りで博美さんは後ろに振り向く。
すると扉から俺たちの様子を見ていた子どもがさっと姿を消した。
「な、なんのこと? この教会は私が管理しているのよ? ここにいるのは私だけ。確かに昔は行き場所のない子供たちの面倒を見ていた時期があったけど、今は違うわ」
「あっそう……」
どうやら俺の見間違いらしい。
「そーれーよーりーもー。さっきから私のことを呼ぶのに遠慮しすぎじゃない?」
「へ?」
「一番最初に私のこと『ヒロ姉ちゃん』って呼んでいたのにさっきから『博美さん』なんてかしこまっちゃって。昔みたいに呼んでもいいのよ? ヒロ姉ちゃんって」
確かに彼女のことを思い出した時思わずヒロ姉ちゃんと呼んでしまったが、正直恥ずかしかったから今は「博美さん」と呼んでいる。
それなのに博美さんは遠慮なく昔ながらの呼び方を求めているようだ。
「よせよ。ハズいだろ、今さらそんなの」
「あらあら。随分と風変りしちゃったのね。昔は私にひっきりなしにくっついていたのに~」
「ちょっ!」
少しずつ思い出していく微かな記憶の数々。
確かに俺はチビの頃、博美さんにベッタリだったことがあるのは確かだが今はその話をする時じゃないだろ。
「おいおい永一~お前以外とスケベだったんだな~。もしかしてあれか? 一緒に風呂でも入ったってか? シスターさんのナイスバディを凝視してたんだろ、この変態ナポリタン野郎!」
ニヤニヤしながら肘で俺の腕をつついてくる陽介がうっとうしい。
「しししししししししてねーし! 風呂に入ったことなんて一回もないし! ほんとだよほんとだよ! なっなっな!?」
「えー? 何言ってるの永一くん。一緒のお風呂入って背中を流し合いっこしたじゃない忘れちゃったの?」
「あぁぁぁぁぁ知らないぃぃぃぃぃ! 俺はそこんところは記憶喪失になっているから分からないぃぃぃぃぃ!」
この人は何を考えているんだ! 同年代の男が隣にいるのになんでそんな大胆カミングアウトしてしまうんだ!
「見苦しいぞ永一! 認めろ! お前はガキであったことをいいことにお姉さんの裸体を脳内に焼き付けていたんだろ! 自分がスケベだということを認めるんだ、このエロティックヤンキーナポリタン!」
「今日のお前どうした!? ウザいぞ! 今まで以上にウザイ人間になっているぞ! 普段の筋肉キャラはどうしたんだ!」
こいつ明日以降しばらくからかい続けるだろ。
博美さんと昔風呂に入っていたことをネタに学校でからかってくるだろ絶対。
「風呂の話はガキの時の話なんだよ、それを他の奴らにしゃべってみろや一瞬でぶち殺すからな!」
眉間にしわを寄せまくった俺は陽介の胸ぐらを力いっぱい握りながら忠告をした。
陽介もそこまで本気じゃなかったのか「しないしない」と言っているが正直信用できない。
「こーら! そんな物騒な言葉使っちゃだめでしょ? あーあ昔の永一くんはこんなんじゃなかったのにな~」
残念そうな顔で俺を見つめる博美さんだった。




