第37話
真夜中のとある路地裏。
そこには裏社会の人間がとある薬を密かに売りさばいていた。
薬と言っても風邪薬といったチャチな代物ではない。
そもそも普通の薬局でも売っていそうな薬をわざわざ暗闇の路地裏で販売なんてするわけがない。
彼らが売っている薬というのは――
「突風をくれよ」
売人の前にかつての常連が現れた。少年は懐から出した数枚の一万円札を地面に投げ捨てながらそう言った。
「突風」と呼ばれているソレは摂取した瞬間に全身が強風に当たったかのような感覚になる薬だ。この薬を使用する者は一般人がほとんどだが、一部では作曲家や小説家と言った創作者たちがスランプに陥った時にこの薬を使用することもあるほどだ。
「お前か。久しぶりだな。ネンショーに入ったって噂で聞いていたが、なんでここにいるんだ? まさか脱走でもしたか?」
「突風をくれよ」
少年は売人の話など聞いていなかった。
「どこでこんな金を集めたんだ? まさか親父さんの財布からくすねたってわけじゃないよな?」
「突風をくれよ」
「まぁまぁそう急かすなよ。お互い積もる話もあるだろう。俺の部屋にこないか? 酒でもなんであるぜ?」
少年はしびれを切らしたのか、売人の胸ぐらを強く掴んだ。
「突風をくれよぉぉぉぉぉ! なぁぁぁぁぁぁ! あれがほしいんだよぉぉぉ! テメーの話なんかには一ミリの興味はないんだ! 俺は突風がほしいんだよ! 金なら用意したんだから黙って俺に突風を売ればいいんだよテメェはよぉぉぉぉぉ!」
「おおおお落ち着けバカ! こんな夜中に大声を出すなよ! 周りに気づかれたらどうするんだよ!」
「黙れよ! 黙れよ! 黙れよぉぉぉぉぉ! 突風よこせ! 突風よこせ! 突風よこせ! さもないと…………噛む!」
売人が押し付けられている壁から黒い影が蠢いていた。その黒い影は売人の首の近くまで移動してきた。
「な、なんだこれ?」
売人も突風を使用しているのでたまに幻覚作用が働くことがあるが、こんな幻覚を見たのは初めてだった。なんと影から数本の牙を生やした大きな口が飛び出してきたのだ。
「突風、突風、突風……よこさないとお前の首を噛む! 頭と体をバイバイさせてやる……!」
「わ、分かった! やるから! 命だけは! 命だけは勘弁してくれぇ!」
身の危険を感じた売人はポケットに入っていた小さな袋に入っている白い粉を少年に見せた。量こそは少ないがこれだけでも人を快楽へ誘うことができる危険な代物なのだ。
「はぁ!」
掴んでいた胸倉を離して売人を突き飛ばした後、少年は白い粉が入った袋を手にしたそれを執拗に頬ずりする。まるで新しく買ってもらったおもちゃを買ってもらった子供のような動作だ。
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」
もうこれ以上彼と一緒にいることが命に関わると察した売人は路地裏の奥へと去って行った。
「くくくく……これだ……これで俺は……フフフフフハハハハハハハハハ!」
◆
南高の屋上で俺と陽介、聖来、そしてチェックの三人と一匹が集まっていた。
昼休みを利用して俺たちは新しく現れたビースト使いについて話をしている。
「それで? 昨日の練習試合の時に、陽介の足元から何かが出てきた。それが新手のビースト使いってことか?」
俺が聖来に昨日の出来事を簡単に説明してやった。そんな聖来は小さな弁当箱に入っていたタコさんウィンナーを口に入れている。
「それお前が作ったのか? かわいいな」
ずいぶんとかわいい弁当だった。ダイエットなのかどうかは知らないが女子の弁当箱は大体ミニサイズだ。そのミニサイズの弁当箱の中にまるで宝物を詰め込んだかのように綺麗で繊細で上品な飾り付けをしている。俺の舌をうならせるほどのナポリタンを作った聖来だが、自分の弁当までもここまで上品に仕上げることができるとは思わなかった。
「見るんじゃねぇよバカ!」
俺が褒めると顔を真っ赤にして弁当箱を隠した。照れ屋な奴だ。本当にこの学校の生徒から恐れられているスケバンとは思えない反応だった。
「私の弁当なんかどうでもいいんだよ。それで? 陽介の足元から出てきたってのは一体なんだっただ?」
「例えるならあれは……巨大な虎ばさみだな」
被害に合いかけた陽介が腕を組みながらそう言った。
「そしてなんで陽介なんだ? お前その新手のビースト使いに恨まれることをしたんじゃ……?」
「それは昨日永一にも言われたけど心当たりが一ミリもねぇ。本当だ。俺は筋トレグッズをよく買うが恨みを買うようなことはしねぇよ」
「ふーん……ん?」
聖来がスマホをいじりながら陽介の話を聞いていると、急にスマホを操作していた指の動きが止まった。
「どうした?」
「なんか少年院で脱走者が出たらしい」
「少年院から脱走か。そういえばこの間刑務所から脱走した受刑者が見つかったって聞いたことあるけど………………んん!?」
その瞬間、パズルのピースがピッタチはまったような感覚が頭の中に走った。
◆
「最初に言っておく。今日の俺は冴えている!」
「ふーん……」
「…………」
「なんだよそのリアクションはよぉ!」
今の俺ならテストで高得点を取れること間違いなしと言えるくらい俺の頭は絶好調な状態だった。なのに陽介は覇気のない返事をして聖来はガン無視してやがる。
「静かにしな。他の客に迷惑だろ」
そう言いながら安心地帯のマスターである玉地浩三さんは俺の好物のナポリタンを運んでくれた。
本来ならば熱いうちに食べるはずのナポリタンだが、俺はフォークに手を伸ばさず、ニュースで知った少年院からの脱走者の話をすることにした。
「今さっき入ってきた少年院からの脱走者のニュースだが、もしかしたらそいつが今回のビースト事件の犯人かもしれないんだ」
「なんでまたそう思ったんだ?」
陽介がそう言うもんだから俺は説明を始めた。
「まず、この間学校で刑務所から脱走したって話があっただろ?」
「ああ。でもすぐ捕まったって聞いたぜ」
「後で知った話なんだが、その刑務所から脱走した男はなんでも片足が切断されていたらしいんだ」
「おいおい片足がねぇってどういうことだよ」
風の噂で耳にしたその情報。初めて聞いた時はゾッした。
何か事故にあってしまったのかと思ったが、そこで俺はある可能性が頭に浮かんだ。
「片足が亡くなった原因はきっと、ビーストの仕業なんじゃないかって俺は思うんだ」
「ビーストの仕業って、足を切断するビーストでもいるっていうのかよ」
「切断する能力を持ったビーストと言えば……」
聖来が俺の方を見てきたので「違う違う」と言いながら俺は首を左右に振った。確かに俺のフェンリルは日本刀並みに切れ味がすぐれている。体の一部を一瞬で斬ることなど容易いことだが、俺は脱走犯をそんな目に合わせるほどクズじゃない。
「俺を勝手に犯罪者にするな! 切断って言ったけど、他にも足を切る、もしくはなくす方法があるんじゃないのか? 例えば、噛みちぎるとか」
「ああ!」
陽介が閃いたのか、急に立ち上がった。
「おいおいまさかその脱走犯を懲らしめた奴はもしかして!」
「そう! 手口が同じなら陽介の足を噛みつこうとしたビースト使いの可能性が高い」
「そしてそいつが少年院からの脱走者ってことか? ん? でもなんでまたソイツだって思ったんだ?」
「西高には事件を起こして少年院行きになった野球部員がいただろ? しかも薬をやっていたって話だ。そこでチェック、確認なんだが」
俺のカバンの中に入っているウサギが「なんだよ」ひょっこり顔をのぞかせた。
「ビーストカードって言うのはさ、深い絶望に陥った人間の目の前に現れるんだよな?」
ついこの間ビースト使いに覚醒した聖来も、中林の兄からの攻撃に耐えられなくなりそうになったことでヨルムンガルドのカードを入手した。俺も陽介も似たような過去があったからこそ、フェンリルとミノタウロスのカードを持っている。
「ああ。元々神が絶望に苦しんでいる人間に希望を与えるためにビーストカードをばらまいたんだ」
「そう、そこなんだよ。考えてみろ。今の今まで薬をやっていた奴が薬とは縁のない少年院にぶち込まれたんだろ? それってかなりの苦痛なんじゃないのかって」
「う~ん……ネンショーなんて行ったことねぇからあんまり想像つかねーなぁ?」
「あそこって基本私語は厳禁らしいぜ? 話をしたけりゃ教員にいちいち許可を取らないといけねぇそうだ」
ずいぶんと少年院に関することに詳しい聖来だった。
「入ったことあるの?」
「いや? 私の知り合いの知り合いの知り合いに聞いた体験談だ」
聖来の知り合いの知り合いの知り合いって一体何者? 少年院に入るほど恐ろしいスケバンか何かなのか?
「つまりエーイチが言いたいのは、そのネンショーってところに入れられた男が絶望して、それがきっかけでビースト使いになった。さらにビースト能力を使ってそこから逃亡し、今この町で暴れていると」
「ああ。その通りだぜ」
「てかさ? てかさ? 永一は西高の野球部員だった奴がビースト使いだって思っているのかよ? いくらなんでも偶然がすぎねぇか名探偵さんよ?」
「それはこれから調べていくつもりだ。放課後西高に行って、その少年院行きになった男の情報を集める。協力してくれるか?」
陽介、聖来、チェックは頷いてくれた。
待ってろよ、必ず見つけてとっちめてやるからな!




