第36話
試合はまぁまぁな進み具合だった。
スポーツ強豪校と言われている西高野球部だが、俺たちの南高野球部もなかなか頑張っている。長い間休止となっていたブランクもあるのかもしれないが、今のところお互い点数は0点のまま試合は続いていた。
そんな状況の中、陽介がバッターボックスに入った。
「ふっふっふ。俺様の筋肉をフルに活用する場面がやってきたぜ!」
南高野球部のユニフォームに身を包んでいる陽介はブンブンとバットを振っている。見た目だけならバリバリのスラッガーだ。本当にホームランでも打ってしまうのではないだろうか。
「やっちまえー! 井下ー!」
「遠慮なんかしなくていいぞー!」
うちの野球部の他のメンバーが陽介を応援している。よっぽど陽介の力に期待をしているのだろう。ならば俺も応援してやらなくてはな。
「いったれー! 陽介ー!」
「おうよ!」
俺の声に反応して陽介がこっちを向いてくれた。しかしすぐに陽介の目線はマウンドに立っている相手投手に移った。
「へっへっへ。かかってきやがれ!」
◆
そこはかつて自分が通っていた場所だった。
懐かしい景色、懐かしい音、懐かしい……仲間たち。
お揃いのユニフォームに身を包んで切磋琢磨した日々。
あれから長いことみんなに会っていないが元気にしているだろうか。
「ファールボール!」
審判が飛んで行ったボールを見ながら叫んでいた。
見たところ今日は他校と練習試合をしているようだ。今バッターボックスに立っている男はなかなかの長身の男でパワーがありそうだ。
今のはフォールだったが、もしかしたらホームランを打たれる可能性もあるだろう。
今はお互い0点状態。先に点を取られては西高の名が廃ると言うものだ。
「ふふふ……手助けしてやるか」
あの時と同じようにこの野球部を勝利に導いてやることにした。
手の平に一枚のカードが出現させた。そして一言呟いた。
「噛め」
◆
「くそー惜しかったなー今の!」
陽介の打ったボールは大きくグラウンドの端の方へ飛んで行ってしまった。素人でもわかるぐらいのファールだが、同時にホームラン級の大きな打球でもあった。この威力のあるボールによって相手投手もビビりあがっているかもしれない。
「次行けるぞ! 陽介!」と俺は自然と大きな声で応援していた。それに応えるように陽介がこっちを見て「おう!」とガッツポーズを見せてくる。
その時だった。陽介が再びバットを構えてマウンドの方に目線を向けた瞬間、陽介の足元に黒い影がうごめいていたのだ。
影が黒いのは当たり前だが、俺の目に映る影は本当に真っ黒なのだ。まるで黒のペンキを地面にまき散らした感じの黒い何かがいつの間にバッターボックスに広がっていた。
せっかく陽介を応援したのに、俺はその黒すぎる影のみに注目してしまっている。
そしてその影から大きな牙が生えてきて、陽介の足元に襲いかかってきたのだ。
「陽介!」
俺は反射的にフェンリルを召喚した。フェンリルのスピードなら自分のいる場所からバッターボックスまで3秒もかからない。
「フェェェェェン!」と吠えながらフェンリルは自身の爪で地面の底から現れた「なにか」に攻撃した。
「おいおいなんだよなんだよ!」
襲われそうになっていた陽介はなんのことだか理解できていない様子でバッターボックスから離れていった。
「なんだなんだ?」
「なんでこんなところに狼が?」
「おい誰だよあんなの連れてきた奴は!」
南高野球部も西高野球部も俺の召喚したフェンリルにてんやわんやしている。いきなりビーストを召喚したらそうなるわな。
大事になる前に俺はフェンリルをさっさとカードに戻してグラウンドを離れた。陽介には後で説明してやろう。
◆
「だー! くそー! 今日は俺が大活躍できるかもしれない日だったかもなんだぜー!?」
ホームランを打つ気満々だった陽介は案の定ご立腹だ。
あれから試合は中止になってしまった。その原因は俺の召喚したフェンリルによって部員全員がパニックになってしまったからだ。
だが俺がフェンリルを召喚していなかったら陽介の足は間違いなくあの影から現れた大きな牙を持った口によって食いちぎられていたかもしれない。
「それにしてもよー! 誰だよ俺に不意打ちを仕掛けようとした奴はよー!」
「知らねぇよ。お前、誰かに恨みでも買ってんじゃねぇのか?」
「恨み? そんなの知らねーよ。つーかよ、お前が見たその影とか? 牙とか? 一体それが何なのかは知らねーけどよ、確実に言えることはただ一つだな」
「ああ。新手のビースト使いだ」




