第35話
ここは西高。
簡単に言えばスポーツ大好き野郎たちが集まる場所で、ほとんどの部活動はインターハイ出場を経験しているとのことだ。
俺は青春の全てをスポーツに捧げるほどストイックな性格をしていないので、この学校に入学して何かの部活に入って全国一になれなんて言われても絶対に無理である。
朝練なんかしたくないし休日まで学校に来てまで部活に参加なんかしたくない。そんなことのために貴重な時間を消費するぐらいならゆっくり時間をかけてナポリタンをすすっている方が自分にとって有意義だ。
まぁ別にスポーツに一生懸命な奴らを否定しているわけではない。将来はオリンピックとか夢見ている奴らは身を粉にして頑張っているのだろうからな。
そんな西高の校門に近づいただけで体育会系共の声が聞こえてくる。体育会からはキュッキュッとシューズの音も聞こえて「ああ、やっぱりみんな頑張ってんだな」と感心する。
「ええとグラウンド……グラウンド……っと」
今日は陽介が野球部の助っ人として練習試合に参加するとのことなので応援にやってきたわけだが、初めて来る場所なので少し迷っている。
「君」
すると俺を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、ジャージ姿の若くて美人な女教師が立っていた。
「見たところうちの生徒じゃないな。何の用だ?」
「えーと、グラウンドってどっちかなーと思いまして……」
「ああ。グラウンドならここをまっすぐ行ったら見えてくるぞ」
「あ、どもっす」
随分と親切な教師だ。軽くあいさつをして振り向いた瞬間「待て」と急に止められる。
「なんだその態度は。きちんと『ありがとうございます』と言わんか!」
大声で怒鳴られてしまったので心臓が急に飛び跳ねてしまった。
「あ、ありがとうございます!」
「うむ。それでいい」
反射的に礼を言うと納得したように女教師は頷いた後、踵を返して去っていった。
「こえ~……」
西高の教師はどうも他校の生徒にも説教する傾向があるようだ。ナポリタン大好き不良である俺でもこればっかりは恐れを感じだ。
もしかしてこの学校の部活動の指導者もあんな感じの鬼コーチなのだろうか。
「なんにせよあんなキツイ性格じゃ一生独り身だな」
ふと心の中で思ったことを口にしてしまう。すると去って行った先にいるあの女教師がこっちを振り向いてきた。まずいと思った俺はさっさとその場から立ち去ることにした。
聞こえていたりしたら徹底的に問い詰められるかもしれない。命の危険を感じた俺はさっさとグラウンドに向かうことにした。
◆
「よう! 遅かったな永一!」
グラウンドに向かうとユニフォーム姿の陽介の姿があった。野球の経験はあまりないらしいが、バットをぶんぶん振り回していつでもホームランを打つぞという勢いと気迫があり、実はこいつ野球の経験あるんじゃないかと思う。
「ところでさ永一、ボールって打ったら右に走るんだっけ? 左に走るんだっけ?」
前言撤回。こいつ野球全然知らねぇ。
「よくもまぁこんなアホをメンバーにスカウトしたもんだな」
「ん? 何か言ったか」
「別に」
「ところでさところでさ。お前知っているか? 俺もさっき初めて聞いたんだけどさ」
「なんだよ?」
「ここの野球部ってつい最近活動が再開したって話だよ」
「……ああ」
それなら風の噂で耳にしたことがある。
去年のできごとだが、西高野球部の部員の一人が問題を起こしたらしい。なんでもある生徒の家に侵入し、バットで襲撃して全治6ヶ月にしてしまったらしい。
その被害に合った生徒というのが県大会で戦うことになる対戦相手のエースだったのだ。案の定その生徒は傷害で逮捕され学校は退学となり、現在は少年院に入っているとのことだ。去年の今頃ぐらいに一時的に盛り上がった事件であり、1~2週間はワイドショーに出っぱなしになるぐらいだった。
しかしなぜ襲撃した生徒がそのような行動を起こしたかは謎のままだった。まぁ当時はそんなに興味がなかったし「近所でこんなことがあったのか……」と思う程度だったので正直どうでもよかった。
「襲撃した生徒がきっかけで野球部は1年間の活動を休止するハメになったんだよな? 迷惑な話だよな。西高はスポーツ大好きボーイズ&ガールズの巣窟だっていうのに、部活動の花形である野球部が活動をストップされるなんてな。野球部全員から恨まれているんじゃねぇの、そいつ」
「それでよぉ。こいつは俺も小耳に挟んだ話だから真実かどうかはわかんねぇけどさ……」
ちょいちょいと手招きする陽介のそばに近づき耳を傾ける。
「薬をやってたって話だぜ、その問題児」
「なっ……」
薬ってなんの薬なんだ? とは聞かなかった。薬と言われて一番最初に思い浮かべるものはたった一つ。
ヤバイ薬。
ガキの頃から学校の視聴覚室で散々見せられた「ダメ! 絶対」的な教育ビデオの内容がフラッシュバックする。
一度だけなら……と言ってどんどんのめり込んでしまうアレのことだ。
「マジかよそれ」ともっと詳しい話を聞きたかったが、うちの学校の野球部員が陽介を呼んでいたので話はここで打ち切られた。
もうすぐ試合が始まるのだろう。薬をやっていたという話の続きはこの試合が終わってからにしよう。




