第22話
永一たちがナポリタンを堪能していた放課後、そことは違う場所で一人の少女が絶望していた。
「はぁ……」
見るからに幸せが逃げてしまいそうな暗くて重い溜ため息。
学校にいる分には平気なのだが、放課後が訪れるのが怖くなってしまっている。
(今日は何をされるのだろう……)
できることなら何もされない方がいいが、そんな日は月に数回程度である。
そんなことを考えながら帰路を歩いているとあっという間に自宅についてしまった。
この時間は父も母も共働きで二人ともいない。二人がいない間は自分が彼との相手をしなければならないのだ。
「ただいま……」
部屋には灯りはついていない。
静寂な空間が広がっているかと思ったら、二階からドン! と床を叩く音が響いてきた。
「ひぃ!」
心臓は飛び跳ねる。前触れもなく大きな音が耳に入るのは精神的に持たないし、全然慣れることもできない。
どうして。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
自分は何も悪いことなんてしていない。自分が何かを間違ったことなんかしていない。
いたって真面目に生活していただけなのに、なんでこんなにも緊張しなければならない毎日を送らなければならないのだろう。
ドン! と二階からまた音がしてきた。今度は床を叩いたような音ではなく、荒々しく扉が開いた音だった。
そしてドシドシ苛立ちをぶつけながら階段を降りてくる一人の男の姿が。
「なんだ。帰ってたのか」
「……うん」
「なんだそのシケた顔はよ……俺を舐めてんのか? あぁ?」
「そ、そんなんじゃ!」
「いーや。その顔は俺舐めているそして俺を馬鹿にしている間違いない。お前は俺がダメでクズな人間様だって思ってんだろなぁ! オイ!」
階段から降りて玄関に向かい、その男は彼女の胸ぐらを掴んで引っ張ってから床に叩きつけた。そして腰に巻いていたベルトを解いて、それを右手で思い切り握りしめ、鞭のように彼女に向かって叩きつけた。
「ああああああああああ! むしゃくしゃするむしゃくしゃするむしゃくしゃする! 気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ! ふざけるなふざけるなふざけるな! どうなってんだよこの世の中はよぉ! なんで俺が! なんで俺が! クソ! クソ! クソォォォォォ!」
男は怒声を家中にまき散らしながらベルトの鞭を何度も振るった。
◆
男の暴走が落ち着いて自室へ戻っていったことを確認すると、彼女はようやく理不尽な暴力から解放された。
心の底からほっとした。残っているのはわずかな恐怖の意識とベルトで叩かれ続けて痣だらけになった身体だけだ。
「いっ……た……」
口の中も少し切ってしまったようだ。今日は特に容赦がなかった。
明日には蚯蚓腫れになっているだろうが、彼女はそんな心配は少しもしていなかった。
「来て……」
彼女の手にしていたのは一枚のカード。
カードが光り輝き、そこから一体の獣が召喚された。
そう、彼女もビーストカードを持つ者だったのだ。
数日前、繰り返される暴行に絶望したことをきっかけに、彼女の目の前にこのカードが現れたのだ。
そのカードから召喚された獣は痣だらけの少女の身体を綺麗に消し去ってくれた。
癒しの力。それがこのビーストの力なのだ。
この力のおかげでどんなに暴行を受けても元の身体の状態に戻してくれるのだ。
だがたまに、ふとたまに思うことがある。
なぜ「癒す」力なのだろう。いっそのこと彼を「殺す」力だったら……
「い、いけない!」
自分は何を恐ろしいことを考えてしまっているのだろう。
暴力を繰り返す男ではあるが、自分の家族であることには変わりない。そんな家族を死んでしまえと思うだなんて最低な考えを持ってしまっている自分をよくないと思う。
もう二度とこんなことを考えることをやめようと思っても、週に二、三回は同じことが頭をよぎってしまう。
自分はなんて悪い人間なのだろう。最低だ。
今日は特別調子が良くないだけであって、いつかあの頃のようにやさしい兄に戻ってくれるに違いない。
そう願った彼女は静かに立ち上がり、夕食を作ることにした。




