第17話
(くそぉ……俺はここで死ぬのか……?)
小さいころ、俺を救ってくれた人に憧れて、俺は自分自身を鍛えることを続けまくった。
腕立て伏せもした、腹筋もした、スクワットもした。ランニングだってしたしプロテインだって飲みまくった。そして自分でもわかるくらい自分の身体がパワーアップしていることに気づいた。最初はそれがうれしかったし、今でも己を鍛えることは楽しいと思っている。
しかし今はなんだ? 桑名ってうちの教師がなんか無数の虫を出してきて、俺に襲いかかって来たじゃねぇかよ。
しまいには最近仲良くなった矢崎ってやつもなんか狼みたいな奴を出してきているし、まるでわけがわかんねー。
そして俺は今、桑名の野郎が出してきた無数の虫たちによって身体中を攻撃されまくっている。
体中が痛ぇ。皮膚の一つ一つを小さな牙で噛みついてきやがる。どんなに体を鍛えても噛みつかれちゃどうしようもねぇ。
くそっ。俺が今までしてきたとは何の意味もなかったってことなのか?
俺を助けてくれたあの人には近づけなかったってことか?
……ふざけんなよ。
俺はこんなところでくたばるわけにはいかねぇんだ。
勉強勉強って口うるさい先生には悪いけどよぉ、俺には俺の譲れないものってもんがあるんだよ。
人様の夢や目標も知らないで、てめーの都合を押し付けるしょうもない野郎なんかに俺の人生を終わらされてたまるかってんだっ!
「……!」
ふと気づくと俺の手に何かが握られていた。
よく見るとそれは一枚のカードだった。しかしなぜだろうか、俺はこのカードを初めてみる気がしない。
そういえば事故にあったあの時も、こんなカードを見たことがあるような……
「ああ、そうか……そういう、ことか」
俺の憧れの存在は、意外と近くにいたんだな……
なぁ、頼むよアンタ。
俺はアンタにはまだ程遠いかもしれないけどさ、今の俺かなりヤバイんだ。
だからあの時みたいに、力を……力を貸してくれぇぇぇ!
「筋肉の化身、しょぉぉぉぉぉかん!」
体中に纏わりついていた蝗の群れは、こいつの召喚とともに全部吹き飛んでしまった。
俺の後ろで仁王立ちをしているのは、二本足で立つ大きな存在だ。
身長は俺の倍はあるが、それ以上に特徴的なのが、筋肉だった。
大胸筋、腹筋、上腕二頭筋、大腿四頭筋……などなど、体中の筋肉発達していた。
そしてもう一つ目立つ特徴と言えば、角だ。
そいつの頭には二本の角が生えていた。相手を突き刺すかのように前方に向けられた先のとがった角だ。
こいつを召喚したと同時に、俺はこいつに関するあれこれが頭の中に一気に入り込んできた。
こいつはビーストと呼ばれる存在であること、そしてこいつの名前さえも一瞬で理解した。
「な、なんだ!? 何事だぁ!?」
「すげぇぜ井下……お前もビーストを!」
遠くで俺を見ている桑名と矢崎が俺のビーストを見て驚いていやがる。
よく見るとこいつがさっき吹き飛ばした蝗の群れが一ヵ所に集まって元の大きな蝗の姿に戻っていた。
「さっきはよくもやってくれたなぁ! こっから先はこいつの出番だぜ! やっちまえ! 牛のビースト・ミノタウロス!」
◆
なんと井下がビーストを召喚しやがった。
体は茶色で筋肉ムキムキの牛のビーストだ。
「あれはミノタウロス。パワーに特化したビーストだ」
召喚されたばかりのミノタウロスをチェックは静かに解説した。
パワーに特化しているってのは見た目通りかもしれないが、他にも何か特徴みたいなのはないのだろうか。
俺のフェンリルはスピードが速いうえに爪での攻撃は天下一品だ。
それと同じようにあのミノタウロスにも何か特殊能力があったりするのだろうか?
「うおおおお! やっちまえやぁ!」「ミノォォォォォ!」
井下がミノタウロスに指示を出した。それに応じるようにミノタウロスもドスドスと大きな音を出して走りだした。どうもスピードは遅いようだ。
独特の鳴き声を上げながらミノタウロスは右手を握りしめ、アバドンに向かってパンチを繰り出した。
しかしアバドンは当たる直前に自分の身体を分裂させて、攻撃を回避。ミノタウロスの周りには複数の小さなアバドンが飛び回っている。
「うおおおお! またかよ!」
ミノタウロスの周りに纏わり始めた複数のアバドンたち。
「こなくそぉ! うっとうしいぜこの羽虫がよぉ!」
ぶんぶんと力いっぱいに腕を振るいまくるが、それだけだ。ミノタウロスはただそれだけをするだけで、特別なことは一切しない。
「なぁチェック。なんでミノタウロスは特殊な力を使わないんだ?」
「特殊な力? 何を言っているんだ? さっきも言っただろ。『パワーに特化したビースト』だって」
「いやそれはさっき言ったけどさ……あれ? もしかしてあいつはソレしかないのか?」
「そうだ。ミノタウロスは純粋なパワーだけが取り柄のビーストだ。フェンリルのような鋭い爪やオレっちのネメアのようなバリアを出す能力なんて持っちゃいない。シンプルに力が強くシンプルに己が肉体を武器に暴れ回る。それがミノタウロスの能力だ」
なるほどな・まぁ要するに……
「ただの脳みそ筋肉じゃねぇかぁぁぁぁぁ!」
なんてこった。ビーストにはみんな一体一体に何かしらの特殊な力を持っているものだと思い込んでいたが、そんなビーストばかりじゃないのか。よく思い出してみれば以前戦ったクラーケンという蛸のビーストも自分の触手をうねうね動かすだけで、なにも口からビーム出すとかビックリするような力は持っていなかったじゃないか。
誤算だった。新しいビーストの登場で勝利フラグが立ったと思ったが、あのビーストは召喚した井下と同じように筋肉でしか戦う術を知らないんだ。
「こうしちゃいられねぇ!」
今もなおピンチの状態であるミノタウロスを助けるために俺とフェンリルは前に出ようとする。
しかし他のアバドンの群れによって行動を阻止されてしまう。
「お前らまとめて潰してやる!」
くそ……こっちが優位に立っていることにニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる桑名の顔面を思い切りぶん殴りたいが、俺もフェンリルも身体中アバドンたちが纏わりついて一歩も踏み出すことすらできない。
このままでは俺も井下もやられてしまう。
「くっそぉぉぉぉぉ! なめんなぁぁぁぁぁ!」
突然井下が吠えだした。あいつはこんな状況でも諦めていないというのか。
「ちょこまかちょこまかうっとうしいぜ! 完全にドタマにきたっ! もう許さねぇ! こいつら全員とっちめてやる!」
そう言うと井下はアバドンが纏わりついている状態で、ある場所までダッシュしていく。
その場所とは、シーソーがあるところだった。
「ミノタウロス! こっちだ!」と手招きをするとミノタウロスもシーソーのところまでドスドスと近づいていく。
「こいつをひっぺがしちまえ!」「ミノォォォォォ!」
井下の指示通り、ミノタウロスはシーソーの板をたった片手ではがした。
「なんちゅうパワーじゃ……」
ミノタウロスはシーソーの板を両手で持ち、群がっているアバドンたちに向かって、バシン! と力強く振り下ろした。
今の光景を何か見たことがある。あれだ、ハエたたきだ。部屋の中をうろちょろと素早く動き回るハエに向かってプラスチック製のハエたたきでバシバシ叩くあれに似ている。
まぁもっともミノタウロスが持っているのはハエたたきではなくシーソーの板で、叩き潰す対象はハエではなく蝗であるが……
「おりゃおりゃおりゃ~!」
バシン! バシン! とシーソーの板をアバドンたちに向かって振るい続けるミノタウロスの姿はダイナミックというかインパクトがあるというか……荒っぽい行為ではあるが、確実にアバドンたちにプチプチ潰していることは確かだ。脳みそ筋肉だからこその戦闘スタイルと言えよう。
「ア、アバドンたちが~!」
これにはさすがの桑名も顔面蒼白だ。自分のビーストの分裂体が少しずつやられてしまっているのだから。
「戻れっ! アバドン!」
桑名の指示の通り、アバドンの群れは一ヵ所に集まって本来の姿である人並みの大きな蝗の姿に……戻らなかった。
見た目は蝗のままなのだが、大きさに変化が見えた。小学生くらいの大きさまで縮んでしまっていたのだ。
「くっ! 他のアバドンの分裂体がやられたから元の大きさにはならなかったのか!」
突然桑名は踵を返して公園を後にしようとした。
あいつ逃げる気か!




