第15話
身を隠すことに成功したが、見つかるのも時間の問題だ。
公園にはすでに大量に分裂したアバドンが飛び回っている。おそらく俺を探しているのだろう。
「小さい虫とはいえあんなにも大群じゃあなぁ……」
一対一なら自身があるし、一対三でも負けることはない俺でも百や二百以上の軍勢相手じゃ絶対に勝てない。
百人以上の中学生と喧嘩しても絶対に勝てないのと同じだ。俺は無双ゲームのキャラクターじゃねぇ。
だから今は身を隠し逃げる方法を探す。そして対策を考える。無理とはわかっているが教育委員会ってところに行って桑名の悪行を報告するのもアリか?
「だいぶ苦戦しているな」
「ああ。こんなに鼓動が激しくなるのは久しぶりってもんだぜ……ってお前!」
俺の隣にはちょこんと座っているチェックの姿があった。
「おいおいあんまり大きな声を出すなよ。あいつらに見つかるぜ?」
「だったら神出鬼没なことをするな! 口から心臓が出てきそうになったぞオイ!」
「すまねぇな。オレっちもビーストを回収する神の使いとしてあのアバドンのカードを回収したいんだが、あの手の能力を持っているビーストはなかなかやっかいでな」
「お前のビーストでも勝てないのか?」
こいつのビーストはたしか「ネメア」というライオンのビーストだ。前方に攻撃を反射するバリアを発生させる能力だったはず。
「オレっちのネメアは守りに特化したビーストだからな。攻撃手段はあまり持っていないんだ」
百獣の王であるライオンがまさか戦いに不向きだなんてお笑いだ。
「こういう時は本体をなんとかすればいい」
本体。つまり桑名自身を攻撃してアバドンの指示を狂わせればいいというわけか。
「でもあいつは今は学校に……」
「いや。今そこにいるぜ」
「なに?」
こっそりのぞき込むと、確かに桑名の姿があった。ポケットに手をツッコみながら悪い目つきで公園の中をキョロキョロと見まわしている。
「俺を探しているのか?」
「おそらくな。ずいぶんなお前にご執心じゃないか」
「よせやい。あいつは俺に虫を食わそうとしているんだぞ?」
「小さく分裂するアバドンの能力を体内の攻撃に利用するとはな……はやり人間は放っておいてはいけない存在だ」
チェックは未だに人間を良くない存在だと思っているようだ。まぁ確かに俺だって桑名の今の姿を見て「いい奴」という印象は抱くことはできない。
「おぉい! 隠れてないで出てこいよ! みっちり指導してやるからよぉ!」
普段は落ち着きのある口調が特徴だった桑名だが、アバドンから逃げ惑う俺を弱い人間と認識したのか、急に大声を出して強気な態度をとってきた。
「出てこい」と言われて出てくるアホなんているわけない。出てきた瞬間に分裂したアバドンの餌食になるのは明白だ。
「おーい。呼んだか~?」
その時だった。遠くからその声が聞こえてきたのは。
目の前にいたのは井下の姿だった。
「なんでアイツがここにいるんだ!?」
今すぐにでも助けにいきたかった。今の桑名は危険すぎる。ビースト能力を持っていない井下がアバドンの力に敵うはずがない。しかし迂闊に出ればアバドンに襲われてしまうだろう。
「おやおや君は井下陽介くんじゃないか」
「あ……桑名センセ……」
井下は気まずそうな顔をしながらペコリと頭を下げた。
「君はこんなところで何をしているんだい?」
「こ、ここの公園の鉄棒で懸垂するのが俺の日課なんスよ」
「はぁ……なにをそんな無駄な時間を使っているんだい?」
「無駄な時間?」
井下は少しムッとした表情をした。
「いいかい? ただでさえ君も成績が悪いんだ。今日君に提出した課題を提出できるように今から家に帰って勉学に励むべきなんじゃないのかい? 体ばかり鍛えてそんなんだから脳みそまで筋肉がついて僕の授業もついてこれないんだよ?」
桑名は言いたい放題だった。
アバドンのカードを手に入れる前の桑名だったら絶対にあんな上から目線で相手を傷つけるようなことは言わなかっただろう。
たしかに井下は筋肉筋肉ばかりの筋肉バカだ。もしかしたら本当に脳みそにも筋肉がついているのかもしれない。
だけどあいつには目的があるんだ。それのためにひたむきに努力をしている人間を馬鹿にする権利がアンタにはあるのか? 教師だから何を言ってもいいのか? 井下の過去も知らないで、井下の思いも知らないで、なんでそんないけしゃあしゃあと悪い言葉が出てくるんだ?
だんだん腹が立ってきた。対策なんて一つも考えちゃいない。馬鹿正直に突っ込めば分裂したアバドンの大群と対面するだろう。
しかし、どうにも我慢できなかった。これじゃあ俺もたいがい脳みそ筋肉じゃないかと思ったが、そんなことどうでもよかった。
「いくぞ、フェンリル!」「フェェェェェン!」
我がビーストに一声かけて外へ出ようとした瞬間――
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
井下が吠えた。
それにより俺の動きもピタリと止まる。
「確かに俺は頭が良くないさ。だが俺には体を鍛えなきゃいけねぇわけがわるんだ! 先生よぉ。アンタには悪いが俺の人生の邪魔はさせねぇぞ! 宿題はこの後ちゃんとやる! なるだけやる! だからアンタは黙っていてくれ!」
ビーストの力を手に入れた桑名は言いたい放題だったが、井下も負けずと言いたい放題だった。
こいつはただ筋肉だけが取り柄の男じゃねぇ。体だけでなく心までもが鍛えぬかれている。
自分の未来のために突っ走れる強い心の持ち主だ。
……この男には敵わんかもな。力的にも、人間的にも。
「…………今まで色んな劣等生を見てきたけど、君はたいがいの大馬鹿野郎だよ、井下君。君には昨日の数倍の痛みを与えないといけないようだねぇ」
やはり桑名は井下の分裂させたアバドンの一部を体内に入れていたのか。
「昨日は痛かっただろう? だけどもう勘弁ならない。今日は徹底的に指導してやる!」
分裂した数体の小さなアバドンが井下の口の中に入り込んだ。
「ぐふぅ……」
苦いものを飲み込んだような顔をした井下は、腹をかかえながらその場にしゃがみこんだ。
「いぎゃああ!」
体内に入ったアバドンが攻撃を初めたのか、井下の表情が険しいものになった。額から大量の汗が出ている。
「ほらほら今から家に帰って勉学に励むんだ。そうすれば痛みから解放してあげるよ? 痛いのは嫌だろう? 苦しいだろう? だった大人しく僕の言うことをさ」
「……あんたは痛みでしか人を動かせないのかよ。あいにく俺は他の連中と違って我慢強い方なんでね! こんなもん痛くもかゆくもないぜ! 筋肉痛の方が全然いてぇよバーカ!」
表情こそは苦痛を表しているが、井下の心までは折れていない。
「あんたがいったいどんなトリックを使っているかはわからねぇ。けどさしずめ察しはつくぜ。俺の体の中に何か入れたんだろ? 人の目には見えない速度でよ?」
「……だったらどうなの?」
「こうするのさ!」
両手を握りしめた井下は突然自分の腹部を殴り始めた。
「な!」
突然の自傷行為。まさかアイツ自分の身体を殴って体内にいるアバドンに攻撃しているのか?
「オラオラ! 俺の中に入り込んでいるヤツ! これでもか! これでもか!」
何発も何発も自分の腹にパンチを繰り返す井下。傍から見ればバカバカしい光景ではあるが、これは俺にとってチャンスだった。
なぜなら井下の突然のおかしな行動に、桑名はポカーンと呆けているからだ。さすずめ「なにやってんだ」と思っているのだろうが、そのスキが命とりだぜ!
「くらえぇ! クソ教師ぃ!」
猛ダッシュで飛び出した俺は、桑名の横っ面に向かって飛び蹴りを食らわせた。




