第12話
「そうか、そんなことがあったんだな……」
俺は井下の過去を聞いた。
事故にあったこと、家族が亡くなったこと、そしてある人に助けてもらったこと。
「それにしてもすごいなその人。壊れた車のドアを引っぺがすなんてよ。実は何か道具でも使ったんじゃないのか?」
「いや。たしかにあの時俺の視界はぼやぼやしていたが、あれは間違いなく筋肉のなせる技だったぜ」
そんなことができる人間がいるだなんて驚きだ。世の中は広いもんだな。
「だから俺は俺を助けてくれたその人に憧れるようになったんだ! あの人に近づくためにもっと筋肉をつけて、そしてもう一度あの人に会って助けてもらった礼を言いてえんだ!」
「…………」
こいつは基本アホだが、強い志しを持っていやがる。
自分が「コレだ!」と思ったらそれを実現させるためにひたむきに努力するやつは純粋にスゲーと思う。
なんだか不思議と応援したくなってくるじゃあねぇか。
「会えるといいな、その人に。でもだからって学校にダンベルはダメっしょ」
「んだよ。グラビア雑誌ならいいのかよ」
「おっと。そいつを言われると返す言葉がねぇ」
「「はははははは!」」
俺たちは笑った。
そんなこんなで昼休みの時間が終わりを告げようと予鈴のチャイムが鳴り響く。
「おっと、もうこんな時間か。そろそろ行こうぜ」
「ああ」
こうして俺たちは屋上を後にした。
◆
「えーと、君。そこの君」
放課後、陽介はある人物に声をかけられて足を止めた。
このあと家に帰って今日も筋肉に磨きをかけようと思っていたのに急に呼び止められて少しイラッとしている。
「……なんスか?」
陽介が振り返るとそこには一人の教師がいた。
陽介ほど背は高くなく、体つきも陽介と正反対で、簡単に押し倒せばポッキリ折れてしまうのではないかと思うくらい細い体形だ。
「君は、井下陽介くんだよね?」
「ええ。まぁ」
「君さ~今朝の持ち物検査でさ。学校には関係のないもの持ってきちゃったでしょ? そのことで話があるんだけどいいかなぁ?」
「なんスか? 俺、急いでいるんスよ」
めんどくさい教師に呼び止められてしまった。さっさと家に帰ってトレーニングを始めたいのに貴重な時間が奪われていく。
「な~に、時間は取らせないよ。話す場所もここでいい」
他にも帰っている生徒が大勢いるにも関わらず、ここで話をしようと目の前の教師は言ってきた。こういう生徒と教師の話し合いっていうのは生徒指導室などで行うものなのだろうがどうも様子がおかしい。
「君は知らないだろうけどさ、この学校には何人かの問題児がいるんだよ。そのうちの中に君も含まれているんだ。そこらへん自覚、あるかな?」
「問題児ッスか? 俺が? なんで?」
「あー自覚がないんだね……まぁたしかに君はこれといってこの学校で目立った問題を起こしてはいない。問題児というか問題児予備軍と言ったほうがいいだろう」
「予備軍ならいいじゃないッスか。話はそれだけッスか? なら俺はこれで」
「おっとまだ話は終わっていないよ。たしかに君は問題児予備軍だ、でもそれはいずれ問題児になる可能性を秘めているということでもある。だから不安の芽は早めに摘んでおかないと……ねぇ?」
◆
翌日。
「よう! 井下」
朝の登校時にすっかり見慣れた大きな背中が見えたので声をかけてみた。
「お、おう……」
振り返った井下の顔は真っ青だった。悪いものでも口にしたのか、さっきから腹ばかりをさすってばかりいる。
「どうした? 腹の具合でも悪いのか?」
「あ、ああ。なんかこう……内側から何かに噛みつかれているようによぅ……痛えんだよ」
「そうか、大丈夫か? もしもガチでやばかったら保健室行った方がいいんじゃねぇか?」
「いやっ! これは俺の腹の筋肉がおろそかな証拠! 鍛え直しをしなければ!」
いくらなんでも腹筋を鍛えたところで腹痛に強くなるとは思えない。素直に痛み止めの薬を飲んだほうが利口だと思うが、この男に何を言っても無駄なようだ。
「やぁ井下くん、おはよう」
すると後ろからスーツ姿の男が声をかけてきた。最初は「誰だ?」と思ったら、よく見たら俺の通っている学校の教師、桑名礼介だった。
「あ……はよざすっ」
早口なあいさつを交わした井下を見て桑名は「はぁ……」とため息をついた。
「井下くんさぁ……あいさつぐらいまともにできないのかね?」
「ぐっ……うぅ……!」
井下は腹を抱えながら急にその場に座り込んだ。必死に痛みを耐えているのか、顔から汗が数滴垂れている。
「さぁもう一度あいさつだ。おはよう」
「お、お……おはよう、ございます」
痛みによって少し粗削りな声になってしまっているが、ちゃんとあいさつをできたことがよかったのか、桑名はニマリと笑いながら「はぁい。よくできました」と言って校舎の方へ去って行った。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ……」
痛みが引いたのか、すぐその場から立ち上がって歩みを始める井下。
それにしてもさっきの桑名の様子はおかしかった。
腹痛でうずくまっている生徒に対して何の心配もしていないのだ。井下が痛みを訴えていなくでも、様子がおかしかったら何かしろ声をかけるはずだが、桑名はあいさつを強制させた。俺にはそう見えた。
「なんだか怪しいな」
これは俺の声ではない。俺のカバンの中にひょっこりと顔を出している自称神の使い、チェックの声だった。
「つーかなんで俺のカバンの中に入っているんだよ。お気に入りか? 俺のカバンの中がそんなにお気に入りなのか?」
「オレっちとしてはあんまり一目を避けたいんだよ。学校のど真ん中でウサギがひょこひょこ移動していたらみんな珍しがるだろ?」
確かに学校のグラウンドに野良犬が一匹入ってきただけでも教室内は不思議なテンションになって授業どころではなくなる。それと同じものと考えればいいのか?
「それよりも気になるのがあの二人だ」
「井下と桑名のことか?」
「ああ。井下って筋肉野郎は桑名って野郎に『何か』をされている」
「『何か』って?」
「そこまではわからん。だが一つだけ言えることはある。あの桑名って奴は……ビースト使いだ」




