第104話
「ちょ……あなた何してんのよ!」
眠気を一気に吹き飛ばすために眠っているミノタウロスの角に手の平を刺した俺は、流れる血を舌で舐めながら眞城に近づく。
「自分だってわかってんだよ。今の俺の行いがアホなことだってな」
右手の痛みを我慢する代わりに、左手の拳を強く握った。
「けどなぁ。ここであんたを逃がしちまったら仲間たちに申し訳ないんでな。結構無茶させてもらったぜ」
残り一メートルくらいのところまで近づいたところで、眞城はもう一つの巾着を投げてきた。
だが同じ手は食らわない。
俺はそれをはたき落とす。巾着の中に集められていた粉が床に散らばった。
「くっ……プシュケー!」
「プシュー!」
蝶のビーストが鱗粉を降らそうとしている。
しかし羽からは何も落ちてはこなかった。
「そんな……まさか力を使い果たしたっていうの!?」
俺を眠らせるために強力な鱗粉を使用したとか言っていたからな。その時のツケが回ってきたようだ。
あのビーストは相手を眠らせるだけの能力を持っているだけであって、直接的なダメージを与えるだけの力はないとみた。
ならば眞城が取るべき選択はこの屋上から逃亡することのみだろうが、そんなことはさせない。
なぜなら俺はもう眞城に十分近づいているからだ。
どうしようが絶対に逃げられないこの状況に眞城は諦めたのか、その場にペタンと座り込んだ。
「わ、わたしの負けよ……」
そう言いながら眞城は自分のビーストをカードの中に戻した。
「ああ。俺の勝ちだな。けどな、ケジメはつけてもらうぜ」
俺自身としては女を殴ることは心苦しいことであるが、こいつがやってきたことは簡単には許されないことだ。
だから俺は通常の半分の力で眞城の頭にゲンコツを食らわせた。
「っ――!」
目尻に涙を浮かべながら、眞城は頭を抱えた。
◆
「つーことは陽介一人で眞城を止めたってことか?」
眞城のビーストによって眠らされた俺は聖来のビンタでなんとか正気を取り戻した後、に東高にやってくると、戦いはもう終わっていた。
屋上で陽介が大きく手を振っているのを見たので、俺たちも屋上に行くことにした。
「ほらよ永一」
陽介の手には眞城のビーストであるプシュケーが描かれたカードが握られている。
「これが勝利した証だぜ」
「ああ、大したもんだよ」
「ていうかお前その手はどうしたんだ? もしかしてあいつにやられたのか」
聖来が包帯でグルグル巻きになっている陽介の右手に注目していた。
「これか? これは自分で刺したんだ」
「え? お前マゾなん?」
「うわっお前マゾなのかよ」
「むぬぬ……陽介殿はマゾなのでつね」
「なんでお前一斉に俺のこと変態呼ばわりしてんだよ! ていうかなに平然と徳名もいるんだよ! マゾはそいつだけで十分だろうが!」
徳名は勝手に俺たちについてきたのだ。
「むぬぬ……人をマゾ呼ばわりとは失礼な。僕は聖来殿に蹴られることを喜びとしている健全なる日本男児でつよ!」
「それを変態っていうんだよ! なぁ永一! そうだよな、俺は間違っていないよな!?」
「ああ間違ってない間違ってない」
「ところでよ。窃盗事件の犯人である眞城はどこにいったんだよ」
「それならよ、ほら」
陽介が指さす先に今回の事件のもう一人の実行犯、眞城咲が立っていた。
その隣には生徒会長の高渕と副会長の須藤が立っている。
「どうしてこんなことをしたんだ?」
高渕は激しく眞城を責める様子はなく、ただ純粋に理由を聞いている様子だ。
「……勉強勉強勉強で、イライラしていたから」
「そうか……やはり君は相当のストレスを感じていたのだな。だが安心しろ。これからは僕たちが君の助けになる。僕たち生徒会は仲間じゃないか」
「そうですよ。ですがその前に自分の行ったことに対しての償いを――」
「いえ、もう結構です」
そう言った後、眞城は急に振り返った。
ここは屋上なので様々な景色を見ることも、校庭を見下ろすことができる。
だが俺はなんだか嫌な予感がしてしょうがなかった。
「ビーストを失った私は生徒会にもいられませんし、罪を償わなくてはいけません。なのでみなさん。さようなら」
眞城は素早くフェンスをまたいで、なんの躊躇もなく屋上から飛び降りた。




