第101話
俺、井下陽介は走った。
まさか蝶のビーストの使い手である東高の会計の女がこれまでの窃盗事件の犯人だったとはな。
俺たちはてっきり徳名っていう贅肉野郎が全部やっていたことかと思っていたのだが、意外にも優等生が盗みを働くとは思ってもいなかった。
ビーストに掴まって空中を移動する奴を追いかけていくと、そこは東高だった。
「自分の学校に逃げやがったか」
俺はそのまま足を踏み入れると「待て」と見たことのある奴に足止めを食らってしまう。
「君は、彼の仲間の……井下か」
東高生徒会長の高渕だった。
「覚えてくれてサンキューな。でもこっちは急いでいるんだ。そこを通してくれ」
「規則上何の許可もなく校内に入るのは禁止されているのだよ。特にこの東高はな」
「そのエリートくん揃いの東高の生徒の中に犯罪者がいたとしても同じこと言えるのか?」
「なに? それはどういうことだ?」
「説明は後だ、そこを通してくれ」
「……今回だけだぞ」
◆
廊下を走ってはいけませんというルールがあるが、今はそれどころじゃねぇ。
俺は会長さんに事情を説明した後、学校の中をダッシュしていた。
「信じられないな。彼女がビーストの力で盗みを働くなんてな」
「俺だって信じられないぜ。ビーストってのは深い絶望に陥った人間の前に宿る代物だって前に聞いたんだがな」
俺も昔交通事故で死にかけになっていたことがあった。
そんな時にミノタウロスが現れて俺を助けてくれたんだ。
あの時は通りすがりの筋肉男が俺を救ってくれたと勘違いしていたが、死を目の前にした俺が無意識のうちに召喚した自分のビーストだってことが判明したんだ。
「だけどよぉ。お前ら生徒会の連中は『強い正義感』に認められてビーストを手に入れたんだろ? それなのに盗みを働くなんておかしくねぇか?」
「……過度な力を手に入れたものは、欲望を叶えるために自分自身を裏切ることもある」
「んだそりゃ?」
「彼女も間違いなく正義感溢れる人だった。しかしビーストを手に入れたことをきっかけに彼女の中に溜まっていたうっぷんが爆発したのだろう」
「お前、なんか知っているのか?」
「彼女は僕に並ぶほどに成績がいい。だが、彼女は勉学にすべてを注いでいる傾向にある」
「勉強できるのはうらやましいぜ」
俺はいつもテストは50点以上取れたことがないからな。体育のテストはいつも満点だったけど。
「その勉強につぎ込む時間が異常なんだ。聞いた話によると、彼女は家に帰ってからも常に勉強詰めの毎日を送っているらしい」
「熱心なんだな。俺が一生懸命になれるのは筋トレぐらいだ。」
「だが、その一生懸命すぎるストイックさ故になんらかのストレスが溜まってしまったのかもしれない」
「なるほど。それでそのストレスの発散のために盗みをねぇ……」
「君の話が本当ならば彼女を止めなければいけない。これ以上彼女に罪を重ねるわけには――!」
すると突然目の前に女子生徒が現れて俺たちは急ブレーキをかけた。
ブレーキをかけるタイミングを誤ったのか、会長さんはつまづいて倒れそうになる。
「あぶねぇ!」
転倒寸前の会長さんを何とか支えることに成功した。
「悪いな、俺たちゃ今急いでて――」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
耳がぶっ壊れるほどの絶叫。
よく見るとぶつかりそうになった女子生徒というのはこの学校の副会長さんだった。
その副会長さんは鼻から大量の血が流れている。
「おいおい! やっぱあんたどこかぶつかっちまったのか!?」
「い、いえ。お気になさらず……その代わりと言ってはなんですが、その状態のまま止まってくれてはくれませんか?」
その状態って……会長さんを抱えているこの状態をか?
この副会長さん、なぜかは知らないが鼻から血を流す時がある。
この間の嫁嫁クラブという怪しげな施設を壊滅しに行った時も鼻から血を流していたとかなんとか。
「いや俺たち急いでいるんだけど……」
「そうだ須藤くん。僕たちは急いで先に行かなければならないんだ」
会長さんが事情を説明すると、副会長さんは血が出ている両方の鼻にティッシュを詰め込みながら事情を理解してくれた。
「眞城さんがそんなことを……? 信じられませんが、直接会えばわかることですね」
こうして副会長さんも同行してくれることになったが、あんたは鼻にティッシュ詰めた状態のまま一緒に来るのか?
呼吸しづらくね?




