老人
突如として現れた老人を殴り飛ばしたムムだったが、未だに警戒を解かないでいた。
手に残る感触からしてクリーンヒットしたのは間違いない。それでも倒せたとは思えなかった。
そもそも、正当防衛とは言え、初対面で知性ある相手に初っぱなから全力で殴り付けるなんてムムらしくない。普段なら、手加減して相手を吹っ飛ばしたことだろう。
けれど、今回の相手からは全力を選んでしまうほどの力を感じ取っていた。
チャクマと同等、とまではいかなくても近しいものを持っているのではないだろうか。
その証拠に老人はゆっくりと起き上がってきた。その顔は腫れているものの、まだまだ余裕がありそうである。
痛みではなく、怒りで顔を歪ませて。
「いきなり殴るとはなんてやつじゃ!」
「えー」
死ねとか言って襲いかかってきことは棚上げだ。
これにはムムも嫌悪の混じった呆れた表情を返した。
「そもそもじゃ、あのコアはワシのもの。叡智の集合体で最高傑作なのじゃ! それをなんじゃあ、安売りしおって。あいつは人々から魔力と畏怖と憧れを毟り取ってこそ輝くのじゃぞ」
「はぁ」
老人が持論を展開するも、ムムに届くはずもなく。なに言ってんだコイツ的な顔をしていた。
口には出さなかったのは成長の証だろう。
「全く、ワシの計画が台無しじゃ。いったいいくつ運良く切り抜ければ気が済むんじゃよ。当時一番マシじゃったボロ家に崩壊の落とし穴を仕込んでも他の奴がかかるわ、厠に魔力を枯渇させる呪いの糞を混ぜても他の奴がかかるわ、魔物にのみ効く毒キノコを食わせても耐えるわ、焚き付けたダンジョンマスターごっこをする若造に策を授けても先に潰しおって! さらにここ半年チクチク仕込んでおいた罠まで力業で解除とは何様のつもりじゃ!」
「ムムだよ」
「そういうことを聞いたんじゃないわ!」
ペラペラと悪事を吐いてくれた老人は癇癪を起こして地団駄を踏んだ。まるで子供のようだ。
それはともかくとして、この老人は様々な事件に関わりがあったらしい。
まず、ウゴヨクが落ちた村長宅ごとの巨大落とし穴。ウゴヨクはツトの知恵だと思っていだろう。
そしてムムたちは何らかの魔法で穴を掘ってダンジョンに突入してきたと思っていた。ダンジョンの壁が高速で再生することを考えれば違うとわかっただろうが、終わったことなので誰も考えていなかったのだ。
本来ならば、ラモビフトはもう少し安全な逃げ場のある場所で遭遇させる予定だった。
だがウゴヨク達は入口を探しも見つけもせずに、飛び降りてきたのだ。
奇襲に驚いただろうラモビフト達は、すぐに駆け付け、勇敢にも愛嬌を振り撒いてくれていた。そして逃げ場がなく……。
――この人のせいで。
ムムは怒りで身を焦がしそうだった。荒れ狂う感情がコントロールできない。
無意識に魔力を乗せた拳を握り混み一歩踏み出す。さらにもう一歩。
そしてさらにもう一歩進んだその時、ふいに一つの約束が脳裏に過った。
『私、優しいダンジョンマスターになるからっ!』
ラモビフトに無理をさせてしまったあの時、宣言したあの言葉。
それは村でつくりあげるダンジョンの目標となり、今日まで頑張ってきている。
「ふぅぬぬぅふぇぁぁ……」
ムムは大きく息を吐き、体から力も魔力も抜いていく。
そんな姿に、いつの間にか隙無く構えていた、老人は拍子抜けしたような声をあげた。
「なんじゃ、殺り合わんのか?」
「殺さないよ」
「ふむ、じゃあどうするつもりかの?」
「捕まえる!」
ムムの答えに老人は大笑いした。
「ふぁっふぁっふぁっ! 笑えない冗談じゃな! いくらコアを失った今のワシでも、新人ぐらいなら捻り潰せるぞ!」
その言葉は嘘ではないだろう。
ムムは五感、いや六感全てで実力の隔たりを感じ取っていた。
一人なら絶対に勝てない。
一人ならば。
ムムには頼れる仲間がいる。
経営面なら母ミミや金の亡者ツト、他にもいっぱい。
戦闘面なら父ウウやウイング・モルフのウモ、冒険者達だって力を貸してくれるかもしれない。
一丸となれば、少なくともウウとウモが合流してくれれば勝機はある。
これもまた、六感が導きだした答えである。
まぁ、来ないわけだが。
そうとは知らないムムは会話で時間稼ぎにかかる。
「私のキノコ部屋に毒キノコ混ぜるような卑怯者に負けるはずがない!」
「……は? お主の毒キノコ部屋なぞ知らん」
「え、さっき毒キノコ植えたって」
「村の周囲にな」
「でも……」
「言っておくがダンジョン内にキノコ部屋とやらがあるなら絶対に無理じゃぞ。何度かダンジョンに干渉しようと分身を送ったりもしたのじゃが、領域に入ると接続が切れてしまって殆ど何もできんかったからのぅ」
つまり、あのムムスペシャルの件はムムのせいなのである。
「そもそも、コアにはワシの記した叡智が記録されておろう。それを読めば毒キノコなぞ生やすわけがないのじゃが」
「そんなのイチイチ読んでられるかぁぁぁぁぁ!」
「そんなのじゃと! イチイチじゃと! 許さぬぞ!」
逆ギレしたムムはうっかり地雷を踏んでしまったらしい。
老人が魔力を練り始めた。
もはや言葉では時間稼ぎは出来ないだろう。当たり前だが、ウウとウモはまだ来ない。
「一人でやるしかない!」
勝てる気はしないが、逃げられそうにもない。
ムムは悲壮な決意を決め突撃する。
あの魔力を使われたら確実に負ける。ならば先手あるのみだ。
「青いのぅ」
だが、読まれていた。
ニヤリと笑みを浮かべた老人は口から球体を吐き出した。
それは小さいながらもダンジョンコアやダミーコアと良く似ていて――
「まさか!?」
「そのまさかじゃよ」
練っている魔力は囮。本命はこのミニダミーコアで、ムムがうっかり何度かやったように魔力を暴走させて爆発させるつもりだった。
小さいため、威力は落ちるだろう。
ならば、指向性を持たせて威力を集中させめ近距離で爆発させればいい。
その為に老人は囮魔法を練っていたのだ。
仮に、ムムが接近してこなければ魔法をぶっ放せばいい。
ムムは最初から詰んでいたのだ。
「さよならじゃ!」
「ぬぁぁぁぁぁっ!」
「ぐぇぇぇぇ!?」
そして老人が殴り飛ばされる。
先程の再現のように、その身で地面を華麗に抉った。
「え?」
これにはムムも驚きを隠せない。
視線を落とせば、命を刈り取るはずだったミニダミーコアは真っ二つなって転がっていた。込められていた魔力も消し飛んでいるらしい。
ムムではこんな芸当は出来ない。
可能性があるとしたら、彼らしかいない。
ムムが周囲を探すと、二つの人影がやってきた。
「ウモ君! お父さ……あれ?」
「よぅ」
「こんにちは」
「あ、こんちはー」
現れたのは天使長とチャクマだった。
挨拶をしながらも二人の視線は老人へ向けられている。
「懐かしい顔ですね。見たくありませんでした」
「やっぱ、くたばってなかったかジジイ」
「知り合いなの?」
ムムの問いに、天使長は嫌そうな顔で口を閉ざした。知り合いと思われたくないらしい。
チャクマはというと、「そうだぜ」と肯定してから何でもないように一言つけ加えた。
「あれが、地天仙の三大ダンジョンの最後の一人、仙人のンセニだ」




