ンセニ
老人の正体は、三大ダンジョンの一つである“仙人住まいし幻の里”のマスターだった。
それを知らされたムムは驚きでうち震えた。
「呼びにくい!」
ンセニという発音し難い名前が存在することに。
発音せずとも噛んでしまう未来が容易に想像できる。
「んじゃとおッ!」
「それはそうと――」
名前を否定された形となったンセニが怒りを露わにしたが、ムムの興味は突如乱入してきた二人へと移っていた。
「久しぶりだね。助けに来てくれたの?」
「んなわけあるか」
即座に否定したチャクマは悪魔のような笑みを浮かべる。
「懐かしい気配を見つけたからな。大急ぎで遊びに来ただけだ」
そう言って、チャクマはンセニを見据えた。
彼の遊びとは暴れること。すなわちバトる気満々だ。
そんな好戦的な態度に、ンセニと天使長はやれやれと言わんばかりな態度で肩を竦めた。
そして睨み合う。
「なに真似しているんですか?」
「こちらの台詞じゃわい」
どうやら仲が悪いらしい。一触即発の雰囲気だ。
ただ、ムムにとってはどうでもいいことだった。
「じゃ、急いでるから行くね!」
ムムの目的は最初から窮地の人々を助けに行くことであり、彼らの戯れなんて二の次だ。
足止めされてしまったので、早く行かなくちゃ、と、全力で駆け出した。
「意外です」
「なにがじゃ?」
それを普通に見送ったンセニに、天使長は疑問の言葉を投げ掛けた。
それも取っ組み合いながら。
両手を握り合い、相手の手を握りつぶさんと全力だ。
「うおらぁっ!」
さらにチャクマの飛び蹴り付きである。
「あの子を見逃したことですよ。貴方の執念深さを考えればあり得ないことです」
「ふぁっふぁっふぁっ、おっと」
「もしかして、この先にも罠を仕掛けているのですか?」
「おや、気になるかね」
アースバレットよりも早い悪魔の弾丸を弾いたり避けたりしながら、二人は普通に会話を続けた。三大ダンジョンのマスターの名は伊達ではないのだ。
「なんなら助けに行っても良いんじゃぞ?」
「はっ、ご冗談を」
ンセニの提言を天使長は一笑に付にした。
そもそも前提が可笑しいのだ。
「あの子がどうなろうが、私には関係ありません」
「同感だぜぇッ!」
彼らにとってムムは面白い存在であるが仲間ではない。
野垂れ死ぬならそれまでの器だったと納得するだけ。
生き残ったならまた遊びに行く。
それが我が道を行く二人の考えだった。
「ですが――」
「だがな――」
声を合わせた二人は玩具を得た子供のような笑みを浮かべていた。
そうは言ってもわかっているのだ。
『ムムは一筋縄じゃ行かねーぞ』
ムムが陰湿なンセニの罠ごときにやられる奴ではないと。
「なんじゃなんじゃ、ひゃっふぁっしゃっしゃっ」
今度はンセニが笑う番だった。
左腕をへし折られながら、天使長の左の指を砕き、勘違いする二人に挑発的などや顔ぶつける。
「たしかに生き残るじゃろう。命は残る。……じゃが、大きく失うじゃろうて」
ンセニはこの半年の間ずっと観察し、とある大きな弱点を見抜いていた。
ムムが向かった先には、それを突く特大の罠がある。そして、絶対に嵌まってくれるという自信があった。
「あやつがあやつで無くなれば、簡単にコアを取り戻せる。楽しみじゃのう」
「なんか、うぜぇ」
「同感です」
ンセニは、チャクマの踵落としで地面にめり込みながらも反撃で空高く弾き返し、愉快そうに笑い続けるのだった。
「あっ」
走りに走り、ついにムムの鼻が焦げたような臭いを捉えた。
探している開拓村がすぐ近くにある。
そう確信したムムは嗅覚を魔力で強化し、臭いの方角にアタリをつけた。
「こっちだ!」
嫌な臭いである。だからこそ辿りやすくもあり、程なくして盆地に広がる開拓村に辿り着いた。
「なにこれ……」
家という家が火を吹き、畑は荒らされ、様々な魔物が闊歩していたが。
ムムが特にショックを受けたのは魔物のその顔だ。
ラモビフトやサデウフフサといった馴染みのある子も沢山いたものの、その表情に現れているのは怒り、渇望、破壊衝動といった負のもの。
村にいる子の穏やかな感じとは余りにも違っていた。
ただ、彼らが異常なのではない。
あの感情は野生の魔物として生活するためには必須な感情。
――喰うか喰われるか。
古来よりある、絶対のルールだ。彼らは生きるため、他者を害してでも食べ物や安全を得んとしている。
それを成すため、心を奮い立たせるため、負の感情を爆発させて戦っているのだ。
そんな当たり前が、ムムには当たり前でなかった。
村で過ごしている魔物たちは気を張ることなく、もむもむ食事している。お腹を晒して寝ている。種族の垣根を全て越えて仲良くしているのだ。
だからこそ思った。
「……こんなの間違ってる」
ムムは奥歯をぎゅっと噛み締め、また走り出した。
行先は他と比べて頑丈そうな石造りの家。大分年季の入った建物で、この開拓村はあれを中心に作られていたらしい。
ムムの知識にはないがいわゆる砦である。
そこに人が集まって、魔物に抗っている姿がムムには見えていた。
「すぐに助けるから!」




