幸運の使い
文字通り一人で突っ走るムムが異変を感じ取ったのは偶然だった。
たまたま蹴っ飛ばした枯れ木が、茂みに飛んでいく。
ムムは今、コアの魔力の一部をその身に移しており、身体強化に当てている。半年前よりも扱いが上手くなっていて、出力もかなり上がっている。
何気なく振り抜いたその足でさえ下位ランク相手なら軽く粉砕する威力が秘められていた。そんな脚力でシュートされた枯れ木も強烈だ。まるで鉈で刈ったように茂みが上下に千切られて飛んでいく。
――今誰かいなかった?
ムムはその中に人影を見た。
けれどそれは一瞬のことで、瞬き二つの合間に消え去ってしまっていた。
見間違いを疑うも、勘が誰かいたと全力で訴えかけてくる。
危険だ。危険だ。警鐘が頭の中で鳴り続けた。
ムムは地面を抉りながら止まり、通りすぎた茂み後へ体を向けてから耳を済ます。強化された聴覚が自然の中に異物が潜んでないか探りにかかる。
そしてムムは遂に気が付いた。
「ウモ君もお父さんもいなくない?」
今更すぎる気付きだった。
カナィド村からどれだけ離れていることだろう。戻るとなればかなりのタイムロスとなる。
戻ることをチラリと考えたが、すぐに捨てた。窮地に陥っているだろう人を一人でも救うために先を急ぐべきだと。
「きっと追い付いてくるしね!」
残念ながら村に閉じ込められて出られないので、来られない。
それと、ムムは人影のこともすっかり忘れてしまっていた。残念な子なのである。
また走り出そうと大地を蹴ったムム。
威勢はよかったのだが、
「ふぉっ!?」
そのまま大地を踏み抜いた。
どうやら下は空洞になっていて、ムムの重い踏み締めに耐えられなかったらしい。膝までずっぽり埋まって、流石の野生児ムムでも体制を崩してしまった。
だが、それが幸いする。
前のめりになったムムの頭上を白い閃光が駆け抜けた。もし、コケてなければ顔面直撃コースだ。
「ふぅ、危ない危ない」
ふーっ、と、ため息をついたムムのこの危ないは足下に対してで、閃光に狙われたことには全く気付いてなかった。
何事もなかったように――ムム視点では本当に何事もなかった――再出発。
場所も知らぬ開拓村へ向かわんと走り出した。
その道中、植物の蔓が脛付近へ水平に張られていたが力で引きちぎる。
固すぎる上に食べられない大きな木の実が不自然な速度で落ちてきたが、石頭と、日々モフ達を頭に乗せて鍛えられた首筋によりノーダメージ。
ただの熱湯が間欠泉のように噴き出してきたので喉を潤す。
枝で組み立てたような魔物がいたが、森の一部と認識して走り去った。
「いや、気付かなすぎじゃろう!?」
あからさまな罠にもめげないどころか、気にした風もないムムに、仕掛けた犯人が堪らず声を荒げる。
けれど、それもムムはそよ風が人の声に空耳しただけだと走るのを止めることはなかった。
「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃあいつわぁぁぁぁぁっ!」
犯人はジタバタ悔しげに悶えた。
たまたま近くにいたぶたこびっと三匹が、それを聞き付けてニタリと笑いながら木を登り始めたが、次の瞬間には頭が爆ぜて落下していく。
下手人は犯人で、つまらなさそうに出していた手を引っ込めた。
「なんじゃ、油断しておるなワシ」
雑魚のお陰で犯人は冷静さを取り戻していた。ムムが孤立し、絶好のチャンスだと浮かれていた自分を自覚したのだ。
「それに今のままの方が都合も良かろう」
ダンジョンコアから移しているとは言え、繋がっている訳ではないのだから魔力は有限である。
罠を歯牙にもかけてないように見えているが確実に魔力を消費しているのだ。
「コアが一級じゃろうと、ひよっこダンジョンマスター。内包可能な魔力も少ないはずじゃ」
このまま事が進めば遠くない内に枯渇する。
そうなれば勝利は揺るぎない。
老人は逸る気持ちを抑えるよう自分に言い聞かせた。
焦らずともまだまだ時間はたっぷりある。このまま堅実にやれば勝つのは自分だ、と。
「うー、こっちの方はあんまり来ないから知らなかったけど走り辛いなー」
そうとは知らないムムは罠を罠と認識せず、力で罠をねじ伏せる乙女解除で突き進んでいく。
数が数だけに疲労も蓄積してきた。
それでも休むことはない。
――早く、早く。
使命感にも似た気持ちが前へ進む力へと変換されていく。
「ここって、石も急成長するんだね! とりやぁっっっっっあ!」
眼前にあった石ころがむくむく肥大化して進路を塞いできたので、拳で砕きにかかったその時、視界の端に一匹のラモビフトの姿を見つけてしまった。
知らない子。場所からして、野生のラモビフトだろう。
出会えて嬉しかった。しかし、手放しでは喜べなかった。
居る場所が――正確には跳ねた先が危険なのだ。
そこは殴り付けようとしている岩の真横だった。
砕いてしまえば、ラモビフトに破片が降りかかるだろう。あの小さな体で受けてしまえば、どれ程の怪我を負ってしまうか。
ムムは咄嗟に魔力を拳から腕から全身から、体の中心へ集めるようなイメージで一気に回収する。
そうなったムムのパンチは村娘のそれでしかなく、
「イッタぁぁぁぁっっっっ!」
逆に拳を割られる結果となった。流血である。
でも、得るものはあった。
「フンフンフンッ」
「イテッって、あぁ……」
無傷のラモビフトが驚いた表情で頭突きをかまし、そのままどこかへ逃げてしまう。
小突かれたことはショックであったが、無事な姿を見れただけで、よかったぁ、と一安心するムムであった。
「ほうほう、魔力が尽きたようじゃのう」
と、そこへ背後から嗄れた老人の声。毛が逆立つような悍ましさを覚えた。
最近、それも極最近、どこかで聞いたことがあるような気がしたが思い出せない。だが、それは些細なことだろう。重要なのはその正体だ。
「あなた何者?」
「お前に預けたアレを返して貰いに来た者じゃよ」
口調は穏やかだが、明確な敵意を向けられているのがわかる。
「あれって?」
「コアじゃよ」
「コアってダンジョンコア?」
「そうじゃ。ワシのダンジョンコアじゃ」
老人もまたコアを狙う輩らしい。
しかも既に自分の物扱いだ。
「渡さないよ。ダンジョンは皆のだから」
「威勢がいいのぅ。しかし今のお主に何ができる?」
老人が手を掲げると、周囲に無数の木や石の槍が展開される。ムムの周囲をぐるっと囲んでいるため、逃げ場はない。
「ほれ、死んでみぃ」
老人が握りつぶすように手を閉じた瞬間、背中を向けたままのムムへ数多の槍が殺到し、地面が弾けた。
「せーとーぼうえぃぃぃっ!」
「ぐぼぉぅぅぅ!?」
吹き飛んだるは老人。その頬には拳が突き刺さっている。
ムムはあの刹那に振り向きながら飛び掛かり、魔力をふんだんに注ぎ込んだ全開出力の一撃を繰り出したのだ。
最短距離を突いた拳。
老人は先程の岩への攻撃を見て、ムムの魔力が尽きていると思い込んでいため、反応できなかったのだ。
もし、あの野生のラモビフトがいなければこのような偶然は起きなかっただろう。そして老人の思惑通りに事は進み、魔力が尽きたところを狙われていたはずだ。
ムムがラモビフトを助けたのではない。
ラモビフトにムムは助けられたのだ。




