襲撃
「もっふもふ、もっふもふ、もっふもふもー♪」
「フンフンフンッ」
「もっふもふ、もっふもふ、もっふもふもー♪」
「フンフンフンッ」
鼻唄ムム。合いの鼻息ラモ達。
一行はご機嫌に第三階層を散歩している。
ここはダンジョンの中だと思えないほど空気が美味しい。天気も常に晴れ渡っているので最高だ。
「もふふふふ、もふふふふ♪」
「フンフンフンッ」
「もふんっ、もふんっ、ももももふんっ」
「フンフンフンッ」
陽気な声に釣られて、魔物やら客やらもどんどん合流してくる。
それはさながら、魔物が氾濫するスタンピードのようだ。何も知らない人間が見つければ卒倒ものだろう。
「あや、お客さんだ」
ふとムムが見つけたのは、うつ伏せに寝そべっている女性の冒険者だった。
目を瞑っているが狸寝入りだろう。
なんとなく横顔が期待していた。
声をかけるか、無視するか。ラギリに診てもらうのもいいだろう。散歩に誘ったり、耳に息をかけたり、と、他にも色々な選択肢がある。
だが、ムムは迷わなかった。
半年以上も名目上の主としてダンジョンリゾートの運営を手伝っていたのだ。
あの客が望んでいることは手に取るようにわかる。
『ムム仕事よ。そこで寝てる人に――』
何せ、母ミミから通信が入るのだから。
仕事内容を聞き、ムムはうんと頷いた。これまで何度もやってきた簡単なサービスだ。
ムムは自信満々に女性を指差す。
「いっけー!」
その合図で襲いかかったのは五匹のラモビフト達だった。
野生の如き全力疾走で飛び付くと、その無防備な背中を蹂躙する。
「フンフンフーーーンッ!」
「ありがとうございます!」
だが、それだけでは終わらない。
「第二陣、いけぇぇ!」
「フンフンフンッ」
六匹のラモビフターが素早さ一割増しで飛び出した。いや、正確には五匹のラモビフターと一匹のラモビフトである。
紛れたラモビフトは自分のことをラモビフターと勘違いしている子なのだ。
「フンフーンッ!」
「ありがとうございます!」
そんな六匹の参入に女性はますます嬉しそうに感謝の声をあげる。
さらには、この一年で増えた新たなモフ達まで加わって揉みくちゃにされれば、もう言葉すら出ない。四方八方モフだらけの天国だ。
愛らしい姿。触れるモフモフ。香しい野生。耳を蕩かす鼻息。時おり口に入る抜け毛。女性はされるがままに、五感をフルモッフにされていた。もう昇天は間近だろう。
ムムはここでダメ押しを仕掛けることにした。
「最後は私も――」
「あ、それは勘弁してください」
「混じって……え?」
「勘弁してください」
顔をあげた彼女は真剣そのものだった。完全拒絶である。
ムムとの触れ合いにリラクゼーション効果はないのだ。
「ありがとうございました。これお代です」
「うん……」
もふもふサプライズ、フラッシュモフは石貨五十枚也。注文するとその日の内に、しかし時間を知らされずに実施されるサービスである。
中銀貨五枚相当、地球であれば万札五枚分ぐらいと中々な値段なのだが、艶々している女性冒険者は笑顔で支払った。
さすがは上級ランクと言ったところだろう。このぐらい余裕なのだ。
まだ釈然としてない顔のムムは受け取った代金を集金所へワープしてから振り返った。
「それじゃ、案内続けるねっ、人多っ!?」
ムムの後ろには歌に釣られた魔物達と、そんな子達に釣られた人間達がまだ待機している。
「いつからいたの!?」
「まさか、気付いてなかったのか?」
「えーと、そのぉー、あははは」
そのまさかである。のんびり散歩していただけなのに、振り返れば大群。びっくりであった。
ムムのすぐ後ろを歩いていたため少し、いや大分恥ずかしかったラギリ達からすればいい迷惑だ。
「はい、解散!」
ムムが手をパンと鳴らせば、モフ達が残念そうに離れ、それを追って客も散り散りに去っていく。
ラギリやオクビも――
「まだ案内終わってないよ?」
捕まった。
自由にモフ達と触れ合おう計画は未遂に終わったのだ。
ムムが次に案内したのは同階層にある緑が茂った山だった。徒歩二時間で辿り着ける頂上までは道が完備されており、登山初心者でも安心だ。
仮に遭難してもムムがコアでひょひょいと助けられるし、襲ってくる魔物もいない。酸素供給もバッチリで高山病とも無縁。危険度ゼロの山なのである。
「いや、ダンジョンの中に山とか意味わかんねぇぞ」
「今さらじゃないか?」
太陽まで再現されているダンジョンである。本当に今さらだろう。
オクビも、それもそーだな、と納得した。
「それで、どうしてここへ来たんだ?」
森やら水場やら、第三階層には色んな環境がある。わざわざ山へ来たからには理由があるはずとラギリは考えたのだ。
ムムはニヤリと笑った。
「ふっふー、鋭いね。でも、秘密! 頂上の景色を見てからのお楽しみだよ!」
ほぼ言ってしまったムムである。
秘密にしたかったのは、山頂から見下ろす景色。地下ダンジョンらしからぬ光景は隠れた名所となっているのだ。
早く見せてあげようとムムが、二人から生暖かい視線を貰いながら、道を進もうとすると小さな影が横切った。
それは数を増していき、道を塞いでいく。
「ありゃ?」
予想外の行動にムムは首を傾げた。
瞬く間に道を占拠した彼らは明らかに敵対の意思を瞳に宿している。ダンジョンマスターであるムムに対して、だ。
ムムは眷属たる魔物達の行動を縛ったりはしていない。ラモビフトをもふもふし過ぎて頭突かれたことも一度や二度ではなかった。
だからと言って、何もしてないのに敵意をぶつけられるのはおかしい。
ダンジョンの性質を考えれば有り得ないはずだった。
以前に何かやらかしている線もあるが、可能性は低いだろう。ムムが召喚する魔物は、誰かさんの影響か、気楽な子が多い。根に持たず寝たら忘れてしまう子ばかり。
ゼロとは言えないが、三人が並んで歩いても余裕がある道を塞ぐ程の数はいくらなんでも多すぎだ。
「みんな、どうしたの?」
戸惑うムムが問いかけると、一匹が前に出た。
ふさふさな毛で太く見える腕を道に突いて歩く。地球で言えばゴリラに似た歩き方だが、その顔は子猿のように可愛らしい。
小ささと相まって中々人気な魔物だ。
その名はサデウフフサ。ランクは10の雑魚である。群れて暮らす魔物で、このダンジョンでは山や森といった木々が多い所に住んでいる。
前に出た子はリーダー格なのだろう。
一際鋭い視線でムムを見上げると歯を剥き出しにして唸るように喋った。
「キュケキッ!」
「なっ!?」
まさかの一言にムムは目を見開いた。今日一番の衝撃である。
「おい、何て言ったんだよ」
絶句するムムに業を煮やしたオクビが問い質すと、関節が壊れかけたゴーレムのようにグギギと首を動かした。
その表情を驚きに染めたまま、絞り出すように呟く。
「なんて言ってんのか、わかんない」




