通じない
なに言っているのかわからない。
それは相手が魔物であるのだから当たり前かもしれない。
人間同士だって扱える言語が違えば通じなくなるのだ。魔物なら尚更だ、と。
しかし、ダンジョンマスターであるムムは人間の心を持ちながら魔物としての性質を持っている。それもダンジョンという、とびきりイレギュラーな魔物の性質を。
その力のおかげで、眷属の魔物に限るが気持ちが何となくわかる。
好きな食べ物とか、好物とか、最近ハマっている食べ物とか、なんでもござれだった。
それなのに、目の前のサデウフフサからは今何が食べたいかが伝わってこない。まるで、お腹が空いていないかのようだった。
「そんなこと……あるはずないよね」
本当にそうであるならムムの蓄えられた知識にない未知の存在。ハイパーサデウフフサになってしまう。
ムムは恐れ戦いた。
ちなみにサデウフフサの上位種はサデウモモサで、腕の毛量がパワーアップしたモフモフだ。ハイパーサデウフフサはムムの単なる妄想である。
「くっ、何が目的なの? ぶたこびっとのステーキ? リトワニの卵の目玉焼き? ……まさかムムスペシャル!?」
「サデウフフサは木の実や果実が主食だったような」
「キュケキッ!」
「そう言えばそうだった!」
ラギリに言われるまですっかり失念していたムムだった。
サデウフフサ達も肉も卵もキノコも食えねーよ的に呆れている。
「って、あれ? ねぇ、あなた誰くん?」
「サデウフフサだろ」
「そうじゃなくてさ」
そんなことはオクビに言われずとも見ればわかる。聞きたいのはそこではないのだ。
ムムは一歩前に出ているボス格のサデウフフサを指差す。
「私が知りたいのはその子の名前だよ」
「名前?」
「うん、名前」
「そういうことか……」
「はあ?」
ラギリは察したようだった。対してオクビはまださっぱりなようだが、それは仕方のないことだろう。
召喚された魔物全てに名前を付けているとは知らないのだから。
三桁、いや四桁に迫った子達に、カナィドの村民総出で名前を付けている。
名前かぶりな子も結構いるが、そういう時は特徴を頭に乗せて、例えば肩テシテシのテカちゃんと満面笑顔のテカちゃん、呼び分けていた。
それでもあまりの数に把握できなくなる村人が続出しているわけだが、ムムは全ての子を覚えていて見分けられるのだ。
その記憶力を他に活かせればとか思わなくもないだろうが、それは諦めて欲しい。理由は彼女がムムだからに尽きる。
話を戻すが、全ての子を覚えているということは知らない子はいないということ。見間違いなんかもない。
物陰に隠れていようが、顔に群がられていようが、絶対である。
ならば、目の前にいるボス格っぽいサデウフフサは誰なのか。
ムムが知らないということは――
「君は他所から来たんだよね?」
「キュケキッ」
ボス格の子は可愛く鳴きながら頷いてくれた。
しかし、ムムの表情は曇ったまま。
「やっぱ、なに言ってんのかわかんないよ……」
もふもふマイスターとして初めて味わう敗北に肩を落としているのだ。
心の繋がりが無ければ意思を汲み取れない。ダンジョンコアの力に胡座をかいていた自分を恥じ、これからは独力でも皆と話せるようになろうと決意したのだった。
「まずは最初の一歩! 君からいくよ!」
「キュケキッ!」
ムムはラモビフトのように鼻息を荒くして考える。
まず前提条件として、彼はお腹がいっぱいだ。ご飯の話を出しても食いつきが悪かったし、ソワソワすらしなかった。
それに、お腹がぺこぺこならヨダレが出るはず。ムムは自身の経験から、それが絶対だと確信がある。
ここで改めてボス格の子を見れば、口をしっかり閉じていた。
「やっぱ、お腹いっぱいだよね。我ながら完璧な理論だ」
なら、目的は何なのか。
選択肢は大分削れた、その数なんと一つ、ので正解は目前だ。
ムムはこの大一番を乗り越えるべく、癒しを求めにいく。それはサデウフフサの豊かな腕毛。
もふもふしよう――として弾かれた。
「キュケキィヤッ!」
翻訳せずとも、触んなと言っているのがわかるだろう。
ムムは雷に射たれたように衝撃を受けた。
しかし、その刺激が全身を駆け巡ってくれたおかげで脳が覚醒する。
もふもふ。
知らない子。
お腹いっぱい。
パンチ。
全てが繋がった。意味不明だった要素が形となった。
と、同時に、まさかの答えに震えてしまう。ムムとしては、オススメできない目的なのだ。
「お父さんみたいになりたかったなんて……」
「キュケキッ!?」
「どうしたら、そんな結論に至れるのか謎なんだけど」
オクビの言葉に共感したように、サデウフフサは頷いた。
「そもそも、こいつの目的は乗っ取りだしな」
「あっ、お父さん。と、知らない人」
「くっ、離せ!」
ムムの父であり、ウウハーンでもあるウウの登場だ。その太い腕で男をがっちり挟んでおり、暴れているがビクともしていない。
「その人は?」
「ブリーダーらしいぞ」
「ブリッター?」
「菓子屋かなんか?」
「そういうことか」
頭にはてなを生やす二人を尻目に、ラギリはあのボス格の子の正体を理解した。
モンスターブリーダー。魔物を卵から孵して使役する者のことである。
モンスターを捕まえて調教するモンスターテイマーとは似て非なる存在だ。
魔物の生態は殆ど解明されておらず、長い月日を経て培われたその技術は門外不出の秘伝として受け継がれている事が多い。
彼はその力でもって高ランクの冒険者となっていたわけだが……。
「ゆくゆくはダンジョンを乗っとるつもりだったんだね?」
「えっ!」
ラギリの言い放った言葉にムムは顔を赤らめた。
「またモテちゃったかー」
乗っ取りに一番手っ取り早いのは、結婚してから家を牛耳ること。
男が口説きにやって来たのだとムムは勘違いしたのだ。
もちろん、それは無い。




