開戦準備
「できたぁっ!」
ムムは高らかに自信作のネブサ舟を掲げた。
マカに教えたりしていたので一番最後の完成である。
「ムムおねーちゃんは、けいりょーかたいぷ、だね!」
「ふっふー、これは早いぞー。マツは安定を取ったんだね」
ムムの舟は葉っぱを削って軽量化することで沈みにくくするチューニングを施してある。
対するマツは着水面積を広くして、多少障害物にぶつかろうが耐えるようにしてあった。
そのやりとりを聞いたマカは自身の舟に目を落とす。
「私のは何タイプ?」
「スタンダードだよ」
ムムが教えたのは基本的なネブサ舟であった。何事も基本は大事。応用するのは基本を理解してから、という理念の元からだ。遊びには真剣なムムである。
説明を聞いたマカは「奥が深い……」と処女作のネブサ舟を眺めながら顔を緩めた。城ではこういうものを作る機会もなかったので、なんだか新鮮で嬉しかったのだ。
「ムムねーちゃん、ぼくのもみて!」
「おぉ、カッコいいねー」
テンの舟は理論に基づかない見た目重視の舟であった。形はなにやら尖っているが、性能は尖っていないだろう。基本を疎かにしている典型である。
これじゃ勝つの難しいかな、と思いつつ、ジョンの舟を盗み見た。
「こそこそせず、堂々見ろよ」
首を伸ばし体操と言われてしまいそうな怪しい動きだったため、即バレであったが。
ムムは、なぜバレたのか、と驚きつつも許可されたので改めて堂々見た。
「うん、互角だ」
ムムの舟とではない。テンの舟と同等の性能だと、自称ネブサ舟マイスターは評価した。
ジョンの舟はゴテゴテとした武装や装飾が多く、実用からは程遠い。
「葉っぱの大砲とか十三才で卒業したよ」
大砲をつけても弾は発射できないと気付いたのがその年であった。
「さて、揃ったことだし行こっか」
「どこへ行く? 入口はこっちだぞ」
ムムが足を向けたのは階下だ。
たしかに外に出るなら逆方向である。外に出るならば、であるが。
ムムはよくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを深めた。
「外の川でやるのもいいけど、もっといい所があるよ」
「ムムねーちゃん、はんたいだよ」
それだけ言って歩き出したのだが、間違えて入口の方へ歩き出してしまい、マツに指摘されたのであった。
「本当に遊びに行きやがった」
そしてミミはおこであった。
ムムの明日は暗い。
そんなわけで六人――護衛としてサーソも着いてきた――がやってきたのは五階層。通称、アトラクションエリアだ。
ちなみに命名はツトである。もし、ムムや他の村人がつけていたら遊び場と呼ばれることとなっただろう。
そのアトラクションエリアだが、階段を降りてすぐ十字路に別れており、三方向にそれぞれ施設がある。
「こっちだよー」
そこを右折して少し歩くと水の匂いがしてきた。
「こんな地下に川があるんだね。あっ、地底湖ってやつ?」
「ううん、違うよ」
「あのねっ、あのねっ、すっごいんだよー!」
テンはキラキラした笑顔で両手を広げ無邪気にハードルをあげた。
「期待しててね! 私の自信作だから!」
ムムもあげた。もはや、潜り抜けられるのではないだろうか。
マツだけは、そんなにいわないほーがいいよ、という顔をしているが、空気を読んで口には出さなかった。
「ムムちゃん作なんだぁ! 楽しみっ」
マカの中で期待はうなぎ登りだ。
「おっ、見えてきた」
「なんだこれは……」
会話を盗み聞きして密かに気持ちをあげていたジョンは辿り着いたそれを見て落胆の声を出した。
弧を描いた二股の分かれ道。おそらくは、ぐるりと一周しているのだろう。その床はある程度深くなっており、透明度の高い水が湛えられている。
言ってしまえば――
「ただの水路だな」
「うん!」
あまりに普通だった。想像の範疇だったのだ。
「水が空中を駆け巡るとか、化け物が泳いでるとかあるだろ」
「夢見すぎー」
「なっ!?」
子供だね、と、ムムに言われてしまって顔が真っ赤なジョンである。なにか言い返そうとしたが上手く言葉が出てこなかった。これが恋なのか、とジョンは勘違いしているが、今のそれはただの屈辱であろう。
と、そこへ水路に躊躇なく手を突っ込んでいたマカが疑問の声をあげた。
「ひゃー、ちべたい。って、あれ? これ水が流れてないよ」
ただ溜まっているだけ。川のように流れてはいなかった。
これでは競争しようにもネブサ舟が浮かぶだけで終わってしまう。
「おっと、そうだったね。ウモくーん」
呼び掛けると蝶のような鳥の魔物――ウイングモルフのウモがやってきた。
「マカちゃん離れて。ウモくん、お願いねー」
ウモは一際強く羽ばたき、風魔法を発動する。
――ウインドバズーカ。
発射されるは風の塊。それは留まっていた水に突き刺さるように突入した。
「ひゃぁぁぁ!?」
「マカ様!?」
盛大に水飛沫が舞い、マカとサーソが驚きの声をあげる中、水路が穏やかに流れ始めた。
さらにウモは弱めの風魔法を定期的に撃ち込むことで流れを維持する。一度流れてしまえば簡単なものだ。
「ありがと。あとで美味しい木の実あげる」
ウモはダンジョン産の魔物なので食事は必要ないが嗜好品として食べることは可能だ。
好みの木の実を貰えると聞いて、ウモは嬉しそうにもふもふの羽でムムの頭をなぞるように撫でた。
「ふひひ、これで準備は――」
水路の向こうから筏が流れてきたのでムムは軽く踏んづけて止める。
「完了だね。やろっか」
「うん!」
「はーい」
「楽しみ」
テンもマツもマカも、一応ジョンも準備は万端だ。
五人は筏に乗り、それぞれのネブサ舟を水面ギリギリに構えた。
スタートダッシュの成否は勝負の行く末を大きく左右するため皆真剣である。
その肝となるスタートの合図はサーソの役目。彼女は今、筏が流れないよう抑えながら、後方で五人を見下ろしていた。
「用意はいいか」
「いいよー」
「いいよー」
「うん」
「いいよー」
「……あぁ」
問いかけに口々肯定の返事をしていく面々。
その中で特にムムは気持ちが高揚している。レースがこれから始まるからということもあるが、それ以上に先程の返事がテンと一緒だったからだ。運命を感じていた。やはり夫婦はこうでなくては、と。
マカも一緒であったことには気づいていなかった。
「それでは――」
さて、ネブサ舟レースだがルールはシンプル。最初に一周した者の勝ち。
速さこそが全てだ。
各自の技術と想いが込められた舟が――
「初め!」
今解き放たれた。




