前半戦
「いっけぇ!」
スタートは一列、いや僅かにマカの船が遅れている。
「汗で手にくっついちゃったみたい」
「あー、よくやっちゃうよね」
ムムにも経験があった。
急がなきゃと焦るあまり、舟を叩きつけるように剥がして沈没したこともある。
それを考えれば、初心者ながらアクシデントにもあまり動じず、少し遅れるぐらいで済んだマカは優秀だろう。
「まぁ、勝負は既に決まったがな」
「ん?」
「まだ、はじまったばっかだよー?」
すると突然ジョンが勝ち誇りだした。まだ序盤も序盤。気が早すぎるだろう。マツがそれを指摘するとジョンは鼻で笑った。
「いいや、ベストポジションを取った俺の勝ちさ」
ジョンの舟はど真ん中を流れている。
「この水路はウイングモルフによって擬似的に流れが作られてる。だから、一番流れが速い箇所はすぐわかった。そこを抑えたらどうなるか。ここまで言えばわかるな?」
「つまり、真ん中が速いから絶対に抜かれないってわけね?」
マカの言葉に「ようやく気付いたようだな」と偉そうに頷いた。
ムムは思わず鼻で笑ってしまった。ネブサ舟競争はそんな一つの要素だけで勝負が決まってしまうような浅い代物ではない。
「たしかに真ん中は速いよ。でも、ここはダンジョン。そう簡単に行くと思う?」
「それはどういう――?」
次の瞬間、一艘を矢が貫いた。
「障害物が設置されているに決まってるじゃん」
川であれば岩や草、時には生き物が行く末を左右してくる。
ネブサ舟競争にはうるさいムムがそういう要素を用意しないはずがない。
今回発動したのは侵入者を撃ち抜く矢。単純かつベタながら効果的な罠である。
「ムムちゃんの舟……」
「あぁぁぁぁ!?」
貫かれたのはムムのネブサ舟だったわけだが。
肩を落としたムムに小さな手が添えられた。
「ムムおねーちゃん、すごい! すごいよ!」
「え?」
なぜだか、テンが興奮していた。
「あれ! あれ!」と、反対の手で指差されたそこにムムは信じられないものを見た。
「ムムデリシャス十四号……」
ムムの舟である。たしかに矢は直撃したが、沈みはしていなかったのだ。
船体は欠け、ビリになってしまっても、まだ流れに乗って前へ前へと進んでいた。
――まだ戦える。
そう、訴えかけているようであった。
「ふふーん。軽量化のおかげだね!」
これにはムムも復活だ。それどころか鼻を伸ばし胸を張り得意気である。
「ぐぁぁぁぁぁあ!」
そんなムムを矢が襲った。無防備となった胸元に突き刺さったのだ。
その体はぐらりと傾き、咄嗟にテンは支えようとしたものの重すぎて、筏に横たわる。
「ムムおねぇぇぇちゃぁぁぁぁぁっっっん!」
テンの慟哭が響きわたった。
マカも衝撃に事態に涙目で口を塞ぎ、サーソは周囲を警戒、ジョン呆然、五才の見習い治療師マツが冷静にムムの容態を確認しようと膝をついた。
「しんぞー、うごいてる」
矢を抜いて耳を当てると、生きている証が聞こえてくる。少し、速いが全く問題はない。
「つか、その矢、尖ってないな」
「あ、ほんとだ」
ジョンの指摘通り、矢は安全のために刺さらないようになっている。当たっても痛いで済むだろう。
だが、マツとテンは不思議だった。
「どーして、ムムおねーちゃん、あたったの?」
「ぼくたちあたったことないよ」
ネブサ舟は狙われまくるが人が狙われたことは今まで一度もなかった。まだ数回しか遊んでないから偶然運が良かった、わけではない。
「それはね。緑系の色に反応するようにしてたからだよ」
「ムムおねーちゃん、おきたぁ!」
「いたいとこない? まほうする?」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」
そもそもムムは頑丈なので本物の矢であろうとも無傷だったろう。
今回はちょっと驚いて転んだだけ。なかなか起きなかったのは、テンが抱き締めようとしてくれたのに対格差のせい――体重のせいではないらしい――で抱き締めてもらえず、ショックだったからだ。
ムムがピンピンしているよアピールをすると華のような二輪の笑顔が咲いた。
「それで緑色がどうしたの?」
「刺さらない矢でも目に当たったら危ないじゃん? だから人に極力当たらないように、矢が迎撃するのは緑色って設定してたんだよね。でも、うっかりしてた」
ムムは再度飛んできた矢を掴んだ。
「今日の服、緑だ」
幸いなことに他の五人の服は緑ではなかったので矢が飛んでくることはない。ムムだけがターゲットである。
「そういうことなら上着を貸そう」
「これを着ろ」
「ありがとー」
気を利かせてくれてサーソが服を貸してくれたのでムムに矢が降り注ぐこともなくなり、一件落着である。
ジョンが何事も無かったように脱いだ服を着て、耳を赤くしていたことは余談だろう。
それはそれとして、ネブサ舟はこの間もしのぎを削っていた。
現在はテン、ジョン、マツの順番で差はほぼない。そこから少し遅れてマカ、圧倒的ビリがムムの舟である。
そんな五艘に次なる試練が待ち構えていた。
一早く気付いたテンが声をあげる。
「がんしょーえりあだー!」
岩礁エリア。水中から柱が生えており、進路を妨害してくる第二関門だ。岩礁ではないが岩礁エリアなのである。
六人が乗っている筏も妨害されてしまうが、あらかじめ迂回路が用意されており、ムムは壁を蹴ってそこへ入って回避した。
最初に突入したのはテンの舟。
流れに任せた航行のため回避行動はとれないが、掠る程度で止まることはなかった。
逆に二位だったジョンの舟は悲惨だ。
「なにをしている! 動け! 動くんだ! 栄光丸!」
柱の一つの真正面に進んでしまい、引っ掛かったのだ。
次々抜かれ順位を落としてしまう。
「これがムムデリシャス十四号の底力!」
「くそぉっ!」
そしてビリだったムムの舟までもやってきた。このまま抜き去られるかと思われたのだが――
「あっ、ムムちゃんの舟がぶつかったよ」
「しょーとつ!」
「ムムデリシャス十四号のばかぁ……」
「ふっ、ありがとな」
「くぅぅぅっ!」
ムムの舟が押し出す形となり、ジョンの舟も流れ出した。
「ここから巻き返すぞ。栄光丸!」
「行けぇ! ムムデリシャス十四号!」
「にげきれ! ガオガオン!」
「なんか皆名前つけてるんだね」
私もつけた方がいいのかな、と考えたマカがちらりとマツを見ると「ネーぴょんごー」と小声で教えてくれた。
「可愛い名前だね」
「うん」
恥ずかしそうに頷く姿は愛らしい。
と、そこでマカはなにやら違和感を覚えた。
岩礁エリアを抜けて、筏は本流に戻ったわけだが先程と何かが違う。
なにが違うんだろうと考えていると、周囲の様子を窺っていたサーソが口を開いた。
「なんか傾いてないか?」
「うん、少し上ってるからね」
「水の音もしている」
「そりゃあね」
さらりと肯定したムムはとある一点を見つめていた。
それを目で追ったマカは見てしまった。
「ねぇ、ムムちゃん」
「なぁに?」
「途切れてない?」
ずっと続いていた水路がとある地点からばっさり消えている。
ちょうど先頭のテンの舟がそこへ差し掛かり――
「ねぇ、いなくなっちゃったんだけど!?」
「安心して。途切れてはないよ。途切れてはね」
いなくなってもないよ、とムムが付け加えたがその答えはマカが望むものではなかった。
ざぁざぁ流れ落ちる水の音が近づいてくる。
「この音ってそういうことだよね!? ヤバイよね!?」
「ヤバくない。ヤバくない」
マツの舟が境目を越え、マカの舟も落ちた。
もう、間違いない。
「滝じゃん! なんで滝があるの!?」
ジョンとムムの舟も落ちていく。
「そろそろだから、みんなどっか掴まっててねー」
「はーい」
「はーい」
「ふん」
「マカ様、危ないですからお手を!」
「やっぱり危ないんじゃぁぁぁぁん!」
マカの叫びが反響する中、筏は急降下していったのだった。




