ネブサ
ダンジョンキラーことジョンの一目惚れからの唐突な告白。集まっている村人達の殆どがぽかんとしている。
そんな衆目監視の中、ジョンはムムだけを真っ直ぐ見つめていた。その表情は鼻の穴を大きくしたりしていてキモく、握られた手は痛い。
告白も酷かったし、心の清らかさも感じられなかった。
ないわー、である。ムムの好みから大いに外れていた。それに心に決めた人が既にいるのだ。気持ちには応えられない。
心配そうにムムの服の袖を掴んでいるテンを見たことで、その気持ちは強くなった。
ということで断ろうとしたところ、
「絶対に嫁にやらんぞぉぉぉぉぉ!」
折檻されてオブジェクトと化していたウウが、娘の危機だとばかりに、復活した。
「ダンジョンのモンスターか。消してやる」
もふもふと筋肉と天使の羽に悪魔の羽、しまいには首を抱えているという異形の出で立ちを見て、警戒するのは当然だ。
ジョンはムムから離れ、腰に差していた短い槍を構えた。洗練されていて隙もなく、一目で手練れだとわかる。
「お父さん止めて!」
「娘さんを僕にください!」
そして次の瞬間には槍を投げ捨て土下座していた。全力で地面に頭を擦り付けている。
ウウはそんなジョンに吠えた。
「やらん! たかが人間に娘はやらん!」
最近まで人間だったことを忘れたかのような発言だ。
「ねぇねぇ」
「そこをなんとか!」
「断る!」
「……おい、こら」
「ですが!」
「ダメだッ」
勝手に盛り上がる二人。
なんか無視されているムムは覚めた表情でミミを見つめて、指二本で額を突き刺すジェスチャーで気持ちを伝えた。
――やっちゃって。
ミミは行動で答えた。
ウウの抱えている頭をインターセプトして芝生に転がしたのだ。
と、同時に口笛でラモビフト達に合図を出す。
ムムが「なにそれ格好いい!」と歓声をあげる間に、ウウの頭にラモビフト達が群がった。
「フンフンフーーーンッ!」
「ぬわぁぁぁぁっ!」
そして鼻息大合唱である。ウウの無防備となった顔面に容赦なく鼻息を吹き掛けたのだ。
嵐のようなそれを前にしたらば鍛えた筋肉であろうとも意味をなさない。というか怪我をさせられないので反撃できない。
瞼も開けられぬ乱気流に翻弄されるままウウは行動不能に追い込まれてしまった。
その憐れな姿に、マカや村人達が引く一方、ムムだけは声を弾ませていた。
「なにあれっ、合体技!? すごいすごい!」
「必殺技なら俺だってあるぞ」
ジョンが対抗してきたが、興奮するムムの耳には届いていない。
「ならば、魅せてやるよっ」
それで業を煮やしたのか、ジョンは披露すべく槍を拾い上げた。
彼が放たんとする必殺技の名は千仙華。仙のダンジョンマスターを打ち破る際に閃いた至上の乱れ突き。
一撃毎に威力が増し、さらには相手の苦手とする属性へ徐々に最適化していく大技だ。
仙のダンジョンマスターは幻属性という特殊な属性で無敵とも思える退避能力を持っていた。しかし、これまた特殊な現属性へとシフトしていった千仙華により破れ去ったのである。
ジョンはこの文字通りな必殺技でもってムムの気を引こうとした。
たしかに、この技は華を冠した通り華々しくあり、気を引くだけなら適切だろう。気を引くだけならば。
だが必殺技なのだ。文字通りなのだ。もし、それをこの村人がひしめく空間で使ったらばどうなるか。
必ず殺す技。
想像するまでもなく惨劇である。
ムムの気を引きたいがための暴挙、もはや錯乱だろう。
だが、それを止めようとする者がいた。
「めっ!」
まさかのテンである。
その小さな体で二人の間に入り、遮るように両手を広げた。
ジョンは値踏みするように目を細める。
「そこにいていいのか? 俺は老若男女問わない男だぞ」
邪魔だてするなら容赦はしない、という脅しである。子供相手に最低だ。
事態に気付いたマツや村人達が慌ててテンを回収しようとするが、ジョンは槍先を向けて牽制した。これ以上の乱入は許さないつもりのようだった。
で、剥き出しの敵意を向けられたテンはというと、
「ろーなくなんにょ?」
「私だけじゃなくテンまで狙ってるの!?」
首を傾げていた。難しい言葉で遠回しに言われても伝わるはずかないのだ。
それとなぜだか、ラモビフト達に夢中だったはずのムムも反応していた。
「絶世の美女と美少年を選ぶなんて見る目はある」
的外れな理解で、うんうん頷いてはいるのはご愛敬ということにして欲しい。
ジョンはその愛敬ゆえか、ニタリと笑った。
「ようやく俺を見たか。さぁ、結婚するぞ」
「え? しないよ? ぶたこびっとのステーキを食べさせてくれたって……しないよ」
ムムは迷いなく断った。例え好物を貢がれても揺るぎはしない。
「俺の稼ぎがあれば一日三枚だって食えるぞ」
「……しないからっ!」
完全に迷いなどないムムは煩悩を捨て去るかの如く大声で再び断る。
それでもジョンは折れなかった。
「五枚!」「八枚!」「十三枚!」
「どんなに」「増やしたって」「無駄だよ! やば、よだれっ」
しつこくしつこくステーキの枚数を増やしていき揺さぶりにかかる。
ムムはその度その度、欲望を振り払いながら断った。
諦めないジョンと鉄の意思を持つムム。終わりのないやりとりだ。
「七十――」
「こらーっ!」
それを止めたのはまたしてもテンであった。半分無視されていたためか、両の拳を突き上げ頬を膨らませている。
「ムムおねーちゃん」
「なぁに?」
「ぼくにまかせて」
「んひゃっ!?」
テンが見せた男らしさにきゅんとした。こっそり膨らませている頬を突こうとしていたが、そんな気は失せてしまった。
テンが改めて、ジョンを見上げる。
その背中は小さいながらも、ウウの筋肉よりも頼もしい。
「坊主、邪魔をするなと警告したはずだぞ」
再度の脅し。
だが、テンは視線を逸らさず懐からとある品物を取り出した。
「これでしょーぶ!」
ネブサという長細い葉っぱを編んで作った舟で、カナィドの子供はよく川に浮かべて遊ぶ。
テンはこれでレースしようとジョンに持ちかけたわけだ。
「面白いやってやろう。俺が勝ったら口出しするなよ」
「そっちこそムムおねーちゃんとけっこんしないよ!」
「いいだろう」
話は決まった。
「じゃ、材料を探してくる」
「それならあるよ」
ムムが服を振ると、編まれていないネブサがばさばさ落ちてきた。
「こんなこともあろうかと用意してた!」
「あんた仕事サボって遊ぶつもりだったわね」
ミミが鋭い指摘を飛ばしてきたが、ムムは笑って誤魔化した。
「さぁ、好きなのを選ぶといいよ。テンもこれから新しいのを作ること」
それがフェアだ。
了承した二人は思い思いにネブサを選ぶ中、ムムもしゃがんでそれに混じる。
「お前もやるのか?」
「もちろん。マツもやろー?」
「うんっ」
「私もやりたい!」
マツに続いてマカまで参戦だ。
「これは男と男の勝負だ。お前らの勝敗は関係ないからな」
「わかってるってー」
「ムムちゃん、舟はどうやって作るの?」
「えっとねー」
こうして五人は着々と準備を進めていたのだが、ミミから待ったがかかった。
「その前に王様に挨拶しないと。もう来てんだよ? 今は村長達に対応してもらってるけどダンジョンの責任者のあんたが行かないでどうするのよ」
「そういえばそうだった! じゃあ勝負は後で――」
「あんなの放っておけばいいのよ」
マカがぴしゃりと切り捨てた。普段から父である王様をぞんざいに扱っている様子が窺える一言だった。
おそらく、王様とウウは気が合うことだろう。
「わかったー」
遊びたかったムムはあっさりそれを受け入れた。
これで後顧の憂いは無い。
存分にネブサ舟レースが出来るというもの。
「うぉぉぉぉ、燃えてきた!」
ムムはダンジョンを乗っ取られていることを完全に忘れ、舟作りに情熱を注ぐのであった。




