第一章第八話「緩急」
リズの家に帰ってから、イリアは呆然と彼女の話を聞いていた。実際、話は耳を素通りしていたわけだから、それを聞いていたと言えるのかは怪しい。
「……聞こえてる?」
目の前にリズの顔が近づいてきて飛び退くと、彼女は頬をかいて微笑んだ。
「仕事が入っちゃったらなかなか暇もないからさ、デートしようよ」
──デート、という単語がイリアの頭の中でぐるぐると巡る。
「……えーっと、その、具体的に何をするの?」
「んー、お買い物とか何か食べに行ったりかな。エリザと行ったときはお洋服を見に行ったけど、それだとイリア君がつまらないでしょ?」
デートという言葉に身構えていた肩から、力が抜けた。どうりでリズも平然としているわけだ。
「そんなことはないけど、いいよ。行こうか」
リズがはにかむような笑顔を見せると、二人は家を後にして王都のど真ん中にやってきた。町や村とは違って、人もお店も多い。人混みに押されそうになると、リズがぎゅっと手を掴んできた。
「大丈夫?ごめんね、こんなに混んでると思わなくて」
「……うん、大丈夫」
ずっと人混みを彷徨うわけにもいかないので、二人はとりあえず一番近くにあったお店に入った。
魔道具店だが、アクセサリーも数多く並べられている。昔ながらの名店感があって、洒落ていた。店員らしき女性がこちらをちらりと見つめたが、声はかけてこない。
ふと銀製のバレッタが目に入る。細かな花の柄が入っていて、値段も買えなくはない感じだ。ローズはふわりと広がる髪をよく手で抑えているが、こういうものがあったら便利なのではないだろうか。
お手伝いのお礼として町の人から貰ったお金があるため、資金には多少余裕があった。バレッタを手に取ろうとすると、リズが覗きこむ。
「それ、可愛いね」
「ローズさんに買おうと思って」
「そうなんだ……」
イリアがそう言って微笑むと、リズも和やかな笑みを見せた。
「じゃあ、それ買ったら別のお店見に行こっか。ちょっと早いけど、お昼ご飯にしよう」
リズに連れられて入った店は、落ち着いていて人がやけに少ないカフェだった。店裏から癖のある茶髪に、猫背が特徴的な男性が出てくる。見覚えのある顔だった。
彼はリズとイリアを見つめると、優しげな笑みを浮かべた。常連なのか、慣れた様子でリズが口を開く。
「一週間ぶりだね、ルイズ。いつものやつ二人分お願い」
ルイズが二人のしっかりと握られた手を見つめると、リズの肩をちょんちょんと叩いた。
「……あの、何というか……ちょっと耳貸してくれない?」
彼がリズに何かを耳打ちすると、リズは顔を赤らめてぶんぶんと首を横に振った。ルイズはもう一言リズに何かを言うと、彼女の笑みがぎこちなくなった。ルイズは、そのままイリアをじっと見つめる。
「……その、君とまた話せて良かったよ。改めて。十一魔賢が一人、ルイズ・ヒューマー……です。じゃあ、えっと、お席にご案内します」
ルイズに連れられて席に腰掛けると、イリアは奥に戻って行く彼の背中を見つめた。エリザと仲が良さそうだった人だ。
そういえば、エリザは大丈夫だろうか。頬から血が垂れるのを最後に、イリアはエリザがどうなったのか知らない。
色々あったとはいえ、イリアの中でローズは悪い人ではなかった。しかし、あの行動に関してはイリアとしてもエリザに謝りたい気持ちがあったのだ。
「ねえ、エリザさんはあの後大丈夫だった?」
リズはイリアの声に気づいていないのか、窓の外をぼーっと見つめていた。イリアがじっとリズを見つめると、視線がこちらに向く。
「あっ、ごめん。なんか言った?」
「エリザさんは、あの後どうなったのかなって」
「あー、全然ぴんぴんしてたよ? ローズに口答えすればどうなるかは分かってただろうし、イリア君が気に病むことはないよ」
元気そうなら安心したが、気にしないというのも無理な話だ。資格試験ではエリザに何度も助けられた。それに、あの時の言葉があったからこそ、「誰かの手助けをしたい」という目標も見つかったのだ。
暗い気持ちになっていると、ルイズがパンケーキをテーブルに運びに来た。バターとはちみつがたっぷりのっており、プレートにチョコレートソースで可愛らしい猫の絵が描いてある。
「……リズが言う通り、その、君がそこまで思い詰めなくても大丈夫だよ。エリザは十一魔賢の中だったら、ローズと仲は良い方だし……。多分、えっと、ローズが謝りに行くんじゃないかな」
ルイズの言葉を聞いて、イリアは少し安心した気持ちでパンケーキを口に運んだ。
リズに目を向けると、パンケーキには、まだほとんど手がつけられていなかった。リズはどこか上の空で、皿を見つめたまま動かない。
「あの、大丈夫?具合悪かったら言ってね」
「全然大丈夫だよ!冷める前に食べないとね」
パンケーキを口に運ぶ様子に無理をしているような感じはなく、具合が悪そうには見えない。どうやら、イリアの早とちりだったようだ。
「イリア君は、どこか行きたい場所ある?」
「……王都は初めてだからよく分からなくて」
「じゃあ、せっかくだし色々回ろっか」
パンケーキを食べ終わった後、イリアはリズに連れられて王都の様々な店を見て回った。リズがショーウィンドウの前で足を止める。見てみると、ひらひらとした真っ白なワンピースが飾られていた。王都にある服屋というだけあって、なかなか手が出せそうにないお値段だ。
「……この後行きたい場所があるんだけど、イリア君は入りにくいと思うからここら辺で待ってて」
「……?うん、分かった」
イリアはもう一度ショーウィンドウに目を向けた。とても手が届くような値段ではない。
一番最初に訪れた魔道具店はそう離れていなかったので、早足で再び店に入った。
ついローズへのプレゼントのみで済ませてしまったが、イリアはリズにお世話になってばかりだ。村にいたときは、子供向けの歴史書を作ったりしてぼちぼち稼いでいたが、今は収入がない。
それはこれからどうにかするにしても、自分と歳が変わらない女の子の家に居候するというだけでも大迷惑だろう。あのワンピースは買えないにしても、何かしら感謝を形にしたい。
「お兄さん、また来るのではないかと思っていましたよ。ええ、そうでしょう。彼女の前で他の女へのプレゼントを選び始めた時は、うわっ、こいつやっべぇと思ったものですが…。
今ならまだ挽回もきくというものです。何をお探しですかね?」
無口だと思っていた店員が、イリアを見るなりマシンガントークをきめてきた。
呆然と突っ立っていると、そそくさとおすすめ商品を提示してくる。
「こちらは、運命の指輪でございます。これをつけた男女はどんな手を使ってでも結ばれる優れもの!ちなみにつけたら一生外せないのでお気をつけて!そして、次に!うちの店一番の裏商品がこちらです!」
店員が木箱を机に置くと、ごとっと大きな音が鳴った。割れ物注意のステッカーが貼ってある。
「……あの、僕」
「よくぞ聞いてくれました!こちらの商品はですね、東方から伝わる秘伝の……」
「あの!もっと普通の商品を見せてくれませんか?」
イリアの覇気のこもった声に目を丸くすると、店員はおすすめ商品を店裏に戻していった。
表に出ている商品からいくつかを手に取ると、それをイリアの前に持ってくる。
「……こちらの商品は、どれもあなたのお連れ様が五秒以上見つめていらっしゃったものです。ここから選べば、まず間違いないでしょうね。くれぐれも、私がピックアップしたなどと口にしてはいけませんよ」
可愛らしいデザインのネックレスや髪飾りやらがばっとテーブルに置かれた。
それにしても、リズのことをよく見ている店員だ。五秒以上……そういう心理的傾向があるのだろうか。とにかく、ここまで絞れれば選ぶのはだいぶ楽になる。
「ありがとうございます」
イリアは中からリズの白い肌に映えそうなブレスレットを選ぶと、店員に会計をお願いした。綺麗な見た目のブレスレットというだけあって、バレッタよりも幾分か高い。
所持金を確認すると、不幸なことに銅貨二枚分足りなかった。
「タイムセール!」
店員の生き生きとした声が店中に響き渡った。イリアは呆然と店員の顔を見つめる。
「現在より、店内全商品を10%引きで購入出来ます。はい、ということで銅貨二枚のおつりです」
「え、でも」
「お兄さん。時には恥を捨ててでもやらなきゃいけないことがあるんですよ。これからもご贔屓にしていただければ、私も満足です!それに、一度こういうのやってみたかったんですよね。恋のキューピッド的な!」
彼女の話にはついていけなかったが、ありがたくイリアは値引きしてもらった。魔道具を買うことがあれば、次からはこの店に赴こう。
急いでショーウィンドウの前に戻ると、ちょうどリズがこちらに向かってきていた。両手いっぱいに紙袋を抱えていて、なかなか重そうだ。
「荷物持とうか?」
「いいの?結構買い物したし、そろそろ帰ろっか」
リズは半分をイリアに手渡すと、先行して歩き始めた。混んでいた王都も、日が暮れたからか人がだいぶ減っている。
家に戻ってくると、部屋はやけに静まり返っていた。
「そういえば、エリザさん迎えに行かなくていいの?」
リズはきょとんとした顔を浮かべた後、目を泳がせて気まずそうに口を開いた。
「言ってなかったんだけど、エリザは仕事でしばらくいないんだよね。だから、その……」
「あっ、そうなんだ……」
──二人っきりということだ。
「夜ご飯準備するから自由に過ごしててね」
部屋に入ると、イリアは渡すタイミングを完全に見失ってしまったブレスレットに目を向けた。考えなしに買ってしまったが、ローズにバレッタを渡すのとリズにブレスレットを渡すのとでは、何というか、違う感じがする。
友人相手でも渡すか迷うようなものなのに、イリアは以前、彼女に「知り合いくらいなら」と距離を引いてしまったのだから尚難しい。それに、女性相手にアクセサリーなんて、重い気がする。
しばらく考えた末、覚悟を決めて紙袋を手に取るとリズが夕飯を食卓に並べているところだった。
「あっ、ちょうど良かった。夜ご飯にしよう」
二人が腰掛けると、イリアはぎこちなく紙袋をリズに差し出した。
「あの、全然大したものじゃないんだけど。僕、リズさんに色々してもらってばっかだから」
リズは口をぽかりと開けて紙袋を受け取ると、中に入っていたブレスレットをじっと見つめた。
「これ、私が見てたやつだ……気づいてたの?」
「えっと、まぁ、その……」
店員の助言通りに選んだだけなのだが、それを口にしてはいけない理由がイリアにはよく分からなかった。リズははにかむような笑みを見せると、ブレスレットを腕につける。照明がブレスレットを照らし、きらきらと輝いていた。
「ありがとう。嬉しい」
そう言って笑う彼女から、イリアは目を逸らした。ふわふわとした雰囲気に浸っていると、窓をこんこんと叩くような音が聞こえてくる。
リズの表情から、温かさが消えた。彼女が窓を開けると、魔法で作られた梟が部屋の中に入ってくる。足元には、手紙らしきものが巻き付けられていた。
リズは何も言わずに手紙を開くと、小さく息をついた。中身を確認して、イリアを見つめる。
「全然休みがなくてごめんね。早朝に出発しないと」
「……何かあるの?」
「お仕事の依頼が入ったんだよ」
──自ら危険に向かっている。イリアは、ローズに言われたことを噛み締めるのだった。




