第一章第六話「罪の味」
ローズの元夫だという男性を応接間に案内すると、彼はじっとイリアのことを見つめる。
「……君は、機械人形に随分と優しくするんだね」
機械人形。
言われなくとも、人間でないことは何となく分かっていた。しかし、イリアにはあの子供たちをただの機械だとは思えなかったのだ。それぞれがものを考え、精一杯毎日を生きている。人間と何ら変わらない、尊い存在だ。
「……この子たちは、僕の家族です」
小さい身体が、イリアの足元に集まってきた。冷たい身体に変わらない表情。それでも、彼らが自分を慕ってくれていることだけは分かる。
「……なるほど。ローズが気に入ったわけだ」
彼は一呼吸置くと、再び口を開いた。
「今日は支援金の話をしにきた。申し訳ないけれど、来月から支援ができそうにないんだ。私がいつまでも未練たらしくしていると、家の評判が下がってしまうらしくてね」
支援金という言葉を聞いて子供たちに視線を向けると、一人の子供がイリアに耳打ちした。
「……お母様は、彼から多額の支援金を受け取っているのです。それが無くなるとなると、かなり痛手になります」
苦手な人から多額の支援金を受け取っている。それが、イリアには少し不思議だった。
「……失礼ですが、額を見直して支援を続けていただくことはできないんでしょうか?」
「無理だね。彼女本人が出てきてくれるのであれば少し考えなくもないけど、我が家も自分たちのことに資金を回さなければならない」
ローズが出てくるなら考えるというのも何だか卑怯な話に聞こえる。けれど、支援を受けている以上、彼女が一度も顔を合わせないというのも、確かに難しい話なのだろう。
「ローズは、元気にしているかい?」
「……僕は昨日ここに来たばかりですが、楽しく過ごしていらっしゃるように感じました。怖いところはあるけれど、みんなのことを大切にしてくださってます」
イリアは自分の素直な気持ちをふと口にしていた。それを聞いた彼は、口角をほんの少しだけ緩ませる。
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茨の魔女
茨道を抜けた先にある大きなお屋敷には、一人の魔女が住んでいました。
内気で人と話すことが苦手な彼女は、外出するときはローブを深くまで被り、目立つ鮮烈な赤毛を隠していたのです。
あれは、風の強い日でした。彼女が部屋に飾る花を買いに行った日でもありました。
花が折れないように優しく抱えて歩いていると、急に強い風が吹いたのです。
ローブがめくれ、鮮烈な赤毛が露わになってしまった彼女は、恥ずかしさに耐えきれず路地裏に駆け込みました。
地面に座り込み、呼吸を整えていると──自分と同じ歳くらいの青年がじっとこちらを見つめているではありませんか。
彼女は驚きのあまり、身体を強張らせました。
立派な衣服に身を包んだ彼は、興味深く彼女を見つめて言いました。
「……こんなに綺麗な髪は初めて見たよ。君、名前は?」
髪を綺麗だなんて言われたのは初めてで、彼女は熱くなる顔を隠そうと膝へ顔を伏せました。しばらくして、恐る恐る顔をあげると、彼はまだ彼女の目の前に座っていました。
「……ローズ」
そう答えると、青年は嬉しそうに朗らかな笑みを浮かべました。
それからというもの、ローズは彼と会うことが増えていきました。ローズが出かけると、不思議と彼に会うことができたのです。
ローズは、自分に優しくしてくれる彼に、次第に惹かれていきました。しかし、彼は貴族でした。身分の違いを理解していたローズは、その気持ちを胸の奥へしまい込むことにしました。
ところが、ある日を境に、青年は姿を見せなくなりました。
一日。
一週間。
一か月。
月日は流れ、最後に会ってから半年が経っていました。
もう二度と会えないのだろう。
そう思っていたある日、ローズが出かけると青年が真っ赤な薔薇の花束を抱えて現れたのです。
彼は、ローズに結婚を申し込みました。
あまりの出来事に、ローズはしばらくその場から動けませんでした。間を置いてこくりと頷くと、彼はあの笑顔でローズを抱きしめました。
彼は両親を説得していたようで、彼らの家族は目一杯ローズに優しくしてくれます。
このときまでは。
ずっと、こんな暮らしが続くのだと思っていました。
ローズが妊娠してから、青年はいっそうローズに優しくしてくれました。
子供が大好きな彼は、生まれてくる子供を心から楽しみにしていました。ローズも、彼ほどではないにせよ、彼の喜ぶ顔を見るたびに、少しずつ期待に胸を膨らませていきました。
彼は心配性だったので、ローズは定期的に主治医に身体の様子を診てもらっていました。
その日も、いつものように診察を受けたのですが、何やら様子が少し変でした。主治医は彼を部屋の隅へ呼び、小さな声で何かを告げました。その顔から、みるみる血の気が引いていきます。
彼は、何も言わずにローズを見ました。
まるで、化け物を見るような目でした。
子供は、お腹の中で亡くなっていました。
ローズは、生まれつき膨大な魔力を持っていました。それに加えて、周囲にある魔力を吸い上げてしまう、凄まじい力も持っていました。それは魔法使いとして、類稀なる才能でした。
けれど──お腹の中にいた子供にとって、それは毒でした。
ローズの魔力に、小さな子供は耐え切れなかったのです。
その事実を聞かされたローズは、部屋に閉じこもりました。彼女は、心のどこかで彼が来てくれるのを待っていました。毎日毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日。何日経っても、彼が声をかけてくれることはありませんでした。次に彼と顔を合わせた時には、離婚の話が進んでいました。ローズは何も言わず、それを受け入れると茨のお屋敷に一人で帰りました。
子供が産めていれば。
子供が産めていれば、こうはならなかった。
ローズにとって、子供はいなくてはならない存在になったのです。
ローズの屋敷には、一人、また一人と子供が増えていきました。
いつしか、屋敷には子供たちを抱えた茨の魔女が住んでいる──そんな噂が広まります。
彼女の魔力は、屋敷全体を覆うほど膨大でした。周囲の魔力を吸い上げ、それを糧に子供たちを動かす力は、十一魔賢ですら恐怖を覚えるほどだったといいます。けれどその力は、放っておくにはあまりにも惜しい才能でもありました。その後、前任者が引退して空席になっていたところに、彼女を据えることが決まったのです。
こうして──
十一魔賢、ローズ・グレイベルが誕生しました。
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「ローズが子供に執着するのを見て、ずっと罪の味を感じていたんだ。私が彼女を傷つけなければ、彼女が十一魔賢になることも、周囲から怖がられる存在になることもなかった。私が彼女を壊していなければ……」
イリアは言葉を失った。かける言葉も見つからない。
「……彼女が、君たちを大切にしているのは分かってるんだ。今まで、無礼な態度を取ってしまい……すまなかった。もう、私がここに来ることはないから、安心したまえ」
彼は、やけにゆっくりと席を立った。額には、汗が滲んでいる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。最近目眩が多くてね」
子供たちに連れられて、彼は部屋を後にした。長い階段を下る途中で、彼は子供たちに声をかける。
「ずっと彼女と一緒にいてあげてほしい。ああ見えても、ローズは寂しがりやだから」
「はい」
無機質な表情だ。けれど、その返事には確かに意思が宿っているように思える。
次の瞬間、彼が足を踏み外した。急な階段だ。落っこちたら、軽い怪我では済まないだろう。
イリアの身体が咄嗟に動き、彼の身体を支えた。
──ふと、イリアは気づいた。
いつの間にか、一番下の段に降りている。
「お兄様、その足……」
子供たちの視線に当てられて、足を見てみると真っ黒な何かがイリアの膝下まで絡みついていた。それは煙のように揺らめきながら、イリアの足に這い上がっていく。驚いて足を振り払うと、黒い何かは影の中に消える。その瞬間、支えきれなくなった彼の身体がイリアに倒れ込み、二人はそのまま床に倒れた。
「……イリア君、怪我はない?」
鮮烈な赤毛を揺らして、ローズがイリアを覗き込む。イリアが咄嗟に腕に抱える彼を見ると、眠っているようだった。
「……後のことは、私がやるわ……。その足のことは、また後で……あなたたちも、今日はゆっくり休みなさい」
ローズはそう言うと、彼を魔法で軽くして担いでいった。
◇
懐かしい顔をしばらく見つめていると、瞼がぴくぴくと動く。ゆったりと彼の瞳が開くのを、ローズはじっと待っていた。
「……夢かな。七年経っても、君は美しいままなんだね」
「……お世辞はいらないわ。それから、あの子たちにああいう話はしないで……」
ローズは彼から目を逸らすと、花瓶に飾ってある枯れた一本の薔薇に目を向けた。
「……あなた、どこか悪いの?」
「さぁ、どうだろうね」
誤魔化そうとする彼を見て、ローズは俯く。温かい手が、ローズの手を握った。
「……ずっと謝りたかったんだ。君を傷付けたことを、君の人生を壊してしまったことを。あの時、君に出会っていたのが僕でなければ、きっと君は今も穏やかに過ごせていた」
ローズの視界がぼやけていった。彼が寂しそうな笑顔を浮かべて、ローズの目元に溜まる涙を拭う。
「君を怖がるなんて、本当に見る目がないね。欲を言えば、最後に君に会いたかった。時間はかかっちゃったけど、顔を見られてよかったよ。当主の座は養子に譲ることになってね。支援もできなくなってしまった。僕が君にしてあげられることなんて、それくらいしかなかったのに」
「……そんなの、要らないわよ。さっきから、勝手なことばっかり……今更そんなこと言われても……」
「ローズ」
昔のように明るく自分を呼ぶ声に、ローズは顔を上げた。
「自分を大切にね」
「……あなたに言われたくないわ」
彼は帰ると言い出したので、ローズは屋敷の前まで付き添った。馬車に乗る手前で、彼が口を開く。
「やっぱりまた会いたいって言うのは、ダメかな?」
「……好きにしたら」
彼の朗らかな笑顔を見て、ローズの口角が緩んだ。
彼を見送った後、ローズはイリアの部屋に向かった。扉を何度か叩いたが、返事がない。
ゆっくり扉を開けると、ベッドですやすやと眠っている姿が目に入り、胸を撫で下ろす。
彼の頭を撫でようとすると、背筋に悪寒が走った。イリアの影から、何かがじっとローズを見つめている。ゆっくり杖を構えると、綺麗に杖だけが弾き飛ばされた。敵意は感じられないことから、しばらくそれと見つめ合っていると、イリアがあくびをしながらゆっくり目を開いた。何かが影に戻っていく。
「……ん?」
イリアは自分の部屋にローズがいることに驚いて、ベッドから転げ落ちかけた。床に折れ曲がった杖が落ちているのを見て、首を傾げる。
「あの、何かあったんですか?」
「……何でもないわ。イリア君の寝顔が可愛くて、気持ちが昂っちゃったみたい……」
ローズは杖を拾い上げると、そばにある棚の上に置いた。
「……」
冗談ではなさそうな雰囲気に、イリアは何とも言えない顔をする。
「……あの話ですよね。僕、少し考えたんです。あの時、僕の足は自分の意思で動かすことができました。僕がこの力で人を殺してしまったことは変わりません。でも、この力で救えるものがあるなら、僕は今後この力を使っていくのもいいのかな……って」
「……自分なりに考えたのね。応援してあげたいところだけれど、私の口から許可はしてあげられないわ……。あなたが力に呑まれてしまった時、私の力では止めてあげられない気がするの……人を助けるっていうのは、本来リスクを無視してまでやるべきことではないのよ……」
イリアが顔を沈めると、ローズは続けて言った。
「……でも、あなたが誰かの力になりたいなら他の方法をいくらでも考えてあげるわ……」
顔を上げると、穏やかな笑みを浮かべたローズがイリアの顔を見つめていた。
「……ありがとうございます!」
──彼女は確かに、母親だった。




