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赫灼のアマランサス  作者: 海倉レノ
第三章「不信の産声」
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第三章第八話「さようなら」

◆グロテスクな描写が含まれます◆

 お食事前や、直後は読むことを非推奨とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 街の風景は、すっかりお祭り騒ぎになっていた。まだ王城が改修中の王都でさえも、華やかに飾られている。


 「こんなタイミングで建国五百周年だなんて、不思議な話ですよね」


 ミラが隣でそう声を掛けてくる。こんなにも緊迫した状況であるはずなのに、人々の生活は穏やかに進んでいるのだ。

 それは、死の淵を歩いているイリアにとってひどい皮肉であるし、喜ばしいことでもあった。


 「ミラはお勤めがあるんだよね?」

 「ええ。聖女として、この喜ばしい日に祝辞を……と。お二方は、一度準備を整えた方がいいのでは? こういった騒がしい日には、皆様の欲が溢れ出てしまいますから」


 もとはここまで長期滞在する予定ではなかったこともあって、確かに準備が万全とは言えない状態だ。イリアがリズに目配せすると、リズはこくりと頷いた。


 「じゃあ、あとで合流ってことで。ミラ。勝手に動いたりしないでよね」

 「それはもちろん。私のような凡人では戦いになる前に死んでしまいますから」


 理解しているのかよく分からない整った笑みを浮かべて、ミラは歩いて行ってしまった。その背中を見ていると、追いかけなければいけないような気持ちにさせてくる。

 これは、聖女の力なのか。はたまた、悪い予感というやつなのか、今のイリアには判断ができない。


 「とりあえず家に帰ろう。私も杖取りに行かなきゃだし。イリア君だって、真剣は家に置きっぱなしだよね?」

 「うん」


 久しぶりのリズの家は、やはり心地良かった。教会にいた時の緊迫した感覚も、すっかり忘れることができる。

 久しぶりに握った真剣は、重みがあった。次こそは、守り切る。美食家の言葉に惑わされてはいけない。守ることだけに集中するんだ。

 剣を磨き終わって鞘に収めると、緊張感も取り戻せてきた。


 玄関に向かうと、ローブを被ったリズが待っている。大きな杖を片手に持って、いつも通りの任務に向かう時のリズだ。それなのに、ガラス玉のように煌びやかな瞳は、冷たい殺気を放っていた。胸に突き刺さってくるほどの冷たさに、思わず身震いする。


 「あっ、じゃあ行こっか」


 目がぱっちり合うと、いつも通りのリズにけろっと元通りになる。イリアは深呼吸をして、再び気合いを入れ直した。


◇◇◇


 「……さすがに混みすぎでしょ」


 リズの言う通り、王都は人がごった返していた。これほどの混み具合となると、ミラと気軽に合流できそうにもない。

 ちょっと他のことを考えている間に、人に押されて流されてしまいそうになる。

 咄嗟にリズの腕を掴んだから良かったものの、まともに動ける状況ではなかった。


 「ちょっと移動しよっか。ここからだと何にも分からないし」

 「そうだね」


 リズに引っ張られて人ごみの中を掻い潜っていくと、ちょうどミラが王城のバルコニーから祝辞を述べているところらしかった。ざわついていて、後方のイリアたちにはあまり声が聞こえない。

 話も終盤だったらしく、ミラが何かを言い終えたような雰囲気を見せると、拍手が湧き起こる。彼女をじっと見つめていると、こちらに向かって何かを呟いたようだった。声は聞こえないが、口元だけが動いている。


 「……イリア君。早く行こう」

 「えっ、どこに?」

 「とりあえず王城。いなかったらちょっと考えるってことで」


 イリアの手を掴む力が、先ほどより強くなった。急ぎ足で王城の入り口にはついたものの、警備が強化されていることもあって十一魔賢と言えど簡単には通してくれない。


 「少々お待ちください。確認を取っておりますので」


 そんなことを言われてから、数十分は経過していた。リズは苛立っているらしく、指を小刻みに動かしている。

 なぜそこまで焦っているのだろうか。イリアには意味が分からなかったが、もしかするとあの時にミラが呟いた言葉に何か意味があるのかもしれない。


 「……私たち、最初から騙されてた。ミラは美食家と私たちを戦わせる気なんてない。裏切られたんだよ」


 リズが何を言っているのか理解できず唖然としていると、それに気付いたのか、リズは一言付け足した。


 「一世一代の自殺に付き合わされてるってこと」


 ──自殺。


 その言葉が、イリアの頭の中に巣食い始めた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「お久しぶり……とまではいきませんね。あなたなら、私のところに来ると思っていましたよ」

 「あぁ、全てを見透かされているかのようなその瞳。懐かしい香り。生憎あなたの名前は思い出せないけれど、分かるわ。あなたは嗜好の食材。それも、今までに食べてきたどんな食事にも勝るほど」


 恍惚な笑みを浮かべた美食家の瞳は、ぎらぎらと輝いていた。教会の大窓から入り込む風が、ミラと彼女の髪を揺らす。

 美食家は、片目が鮮烈な赤眼へと変わっていた。互いに瞳を見合わせて、その場の空気感をゆったりと感じ取る。


 「……残念ですが。あなたにシリウスが残っている限り、私だけは食べられませんよ」

 「あぁ、一途に信じているのね。愛が食欲に勝るわけがないじゃない」


 余裕の笑みを見せる彼女を前にしても、ミラは穏やかな様子でじっとその場から動かなかった。美食家は、気の抜けた様子でこちらを見つめてくる。


 「ずっと、思っていたんです。シリウスの意思を裏切り続けるあなたは殺さなければならないと。これ以上シリウスを穢そうとするのであれば、手段は問いません」

 「あぁ、健気なのね。可哀想に。私は私のおかげであなたと再会できた。あなたが大好きなシリウスは、あなたが食べたくて仕方ないっていうのに。一人でいいの? あなただけじゃ戦いにもならないわ」

 「そうですね。少し前に、親友ができたんです。お友達をこのような醜い戦いには巻き込めませんから。では。さようなら、私だけの星(シリウス)」


 一冊の魔法書を開いて、そう口にした。まっさらな頁(ページ)が続いていたが、胸の奥に虫が湧いたような恐怖が襲ってくる。

 込み上げてくる何かを吐き出すと、鮮烈な血反吐が床に散らばった。


 「……やはり、私ではダメですか。お前までも私を凡人だと言うのですね。では、私の全部を差し上げましょう。ええ。力を貸せと言っているのです」


 自分でも、何と話しているのか分からない。恐怖。闇との会話だ。こんなことをしなくても力が手に入るなら良かったが、暗闇までもミラ・グレイスを不要と判断したらしい。

 どんな手を使ってでも、この力を手に入れなければ困る。ミラ・グレイスなんてどうでもいい。星(シリウス)に敵う輝きが必要なのだ。  

 イリアには悪いことをしてしまった。凡人は、自分だけだった。そう思うと、あまりにもミラという人間が滑稽で、どうしようもない笑いが込み上げてくる。


 「あーあ。気持ち悪いわね。せっかくの食材も、腐ったら意味がないじゃない」

 「……食べる方が腐っているのですから、最初からその食事に意味はありませんよ」


 発した声と同時に、ミラは美食家を床に叩きつける。正確には、暗闇が避ける隙もないほどのスピードで美食家に襲いかかっていた。


 「……スピアレーゼ」


 無数の光の矢が、動けなくなっている彼女の身体に突き刺さる。不思議と胸は痛まなかった。ずっと凡人であった自分が憧れることしかできなかった星(シリウス)を一方的に蹂躙できる。これほどの悦びに、どうして今まで気づけなかったのだろう。

 頭がかち割れそうになるほど痛む。瞳からは、どろどろと血涙が流れ出ていた。


 「……あぁ、こんなの想定外よ。でも、食材に狩られそうになるなんて初めて。どれだけ質が落ちても、しっかり私が食べてあげる」

 「死人に食べる口なんてありませんよ」


 暗闇が勢いよく美食家を横切った。彼女は驚いた顔で、自分の腹部に注目する。時間差で、ずるりと下半身から上半身がズレて転がり落ちた。


 「……ぁ、っいだい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!」


 陸に打ち上げられた魚のように暴れ狂うそれを見つめ、ミラの心の中は変な達成感で満たされていった。ゆっくりと美食家に近づいていく。

 膝を曲げて、ぴちぴちと跳ねる上半身をじっと見つめた。口元からは血が流れ出ている。ミラは、優しくその唇をなぞった。


 「っぐ、だ、なんでこんなことできるのよ……あなだは、あだしの中にいる人間のことが……」

 「……愛しているから、殺すんです。ねえ、シリウス。私たちは、きっとずっと間違えていたのですよ。私は、あなたの夢を応援してはいけなかったし、あなたは夢を追ってはいけなかった」


 ぴたりと動きを止めたと思った瞬間、美食家はミラの首元に両腕で掴み掛かった。下半身を失っているとは思えないほどの力だが、今のミラにはその痛みや苦しみさえも感じることができない。


 「……っは、話しにくいのですが」


 淡々とそう口にすると、美食家はその手をゆっくり離した。見開いた瞳は、懐かしさを感じさせる。


 「……何で、勝手に手が。どうして、涙が出るの」

 「……シリウスは、優しいのですね。愚かな私を許してくれますか? ごめんなさい。あなたはこんなこと望んでいなかったはずなのに。でも、私を置いていかないで」


 縋るようにその上半身を抱きしめた。固まってしまった彼女の頬を伝う涙は、生温かくて優しい。落ち着いた息が、頬をくすぐる。一瞬だけ、柔らかな唇が触れ合った。初めての接吻は、血の味がする。

 再び唇を運ぼうとした瞬間、ミラの心臓に正確な一撃が入った。

 じんわりと意識が遠のいていく。見覚えのある魔法攻撃だ。


 「凡人にはお似合いの死に様だね」


 ──そうか。


 ミラが聖女に、十一魔賢に就任した時点で、喉元にナイフは突き立てられていたらしい。最後くらいは、強がっていたい。


 ミラ・グレイスは、満足そうに笑ってみせた。

さようなら。

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― 新着の感想 ―
ええええええΣ(゜д゜;)!! ここで退場!? そんなことないですよね!? 何となくですがうっすらこの展開を予想してましたけど、 実際に起こり得ると感極まってしまう……!
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