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赫灼のアマランサス  作者: 海倉レノ
第二章「瘴気のゆりかご」
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第二章第九話「筋骨隆々」

 大広間にてパーティが行われている中、ローズとランスはマリーを迎える準備をしていた。もちろん、ランスの人見知りが治ったわけではない。

 しかし、マリーと対面したいという彼の思いを実現するために、ローブを用意したのだ。これがあればフードで顔をある程度隠せる。顔を見られることなく、直接会話ができるというわけだ。

 マリーの家であるウィンザー公爵家もパーティに招待されているのだが、ランスはさすがにまだパーティに参加できるような状態ではなかった。そこで、二人が小さな場所で話せる機会を作ろうということになったのだ。

 護衛としてそばにローズが待機している形ではあるものの、ランスからしたら初めての挑戦だ。緊張している様子が見て取れる。


 「ね、ねえローズ。マリーは本当にここに来るんだよね?」

 「……お手紙の返事はきたのでしょう? きっと、もうすぐいらっしゃるわ……」


 そんな話をしているうちに、メイドに案内されたマリーがティーガーデンに足を踏み入れた。ミルクティーのような柔らかい髪が、風でゆらゆらと靡く。綺麗な顔立ちがじっとこちらを見つめた。

 ランスがローズの背中に隠れたが、マリーがゆっくりと近づいてくる。ローズの背中にいるランスをじっと見つめると口を開いた。


 「殿下、本日はお誘いいただきありがとうございます。思っていたより、背がお高いんですね」

 「……こ、こちらこそ。その、きてくれてありがとう」


 ランスがドギマギしながら席に案内すると、マリーはランスの数歩そばに立っているローズに目を向けた。


 「茨の魔女様が護衛についていらっしゃるとは……殿下にも危険が降りかかる可能性はあるということですか?」

 「えっと、一応だよ。僕なんか、いてもいなくても変わらないし……。それにしても、ローズって有名な人だったんだね。知らなかった」

 「……」


 マリーが聞いているのは、良い噂と悪い噂のどちらなのだろうか。後者だとしたら、あまり印象は良くないだろう。

 ローズに関する噂はわりと有名な方だ。脚色はされているが。それにしても、やはり引きこもっていたことによる弊害はいくつかあるらしい。

 マリーが不安げな顔を浮かべていたからか、ランスが場の空気感を切り替えようとあたふたし出した。


 「えっと、マリーは何か僕に聞きたいこととかないの?」

 「聞きたいこと……その、どうして私を婚約者に選んでくださったのでしょうか? 初めて殿下とお会いした時の私は、ご無礼を働いてしまう未熟者だったのに」


 ランスが黙り込んだ。ランスの話によると、マリーと対面で会ったことはないとのことだったが……ローズがちらりとランスに視線を向けると、気まずそうに萎縮していた。

 まさか、本当は会ったことがあるのではないだろうか。それを、ランスはきっぱりすっきり忘れてしまっているというわけだ。

 そのことを隠すにせよ、顔が好みだったから選んだなどと本人の前で言えるわけもない。


 「……えっと、その……一目惚れだったんだ!」


 気合いで乗り切るつもりらしい。そんな生半可な言葉を求めていたわけではないようにも思えたが、マリーはクールな表情を和らげて可愛らしい笑みを見せた。


 「えっ、な、なんか変なこと言った?」

 「いえ。ただ、殿下の口からそんなお言葉が出てくるとは思わなかったのでびっくりして……」

 「……そうかな」


 護衛であるため離れることはできないのだが、ローズはせっかくの機会を邪魔してしまっているような気がしてならなかった。ただ、自分がこの中にいることが気まずいだけかもしれないが。

 それにしても、顔を見ていないとは言えど随分と話せるようになったものだ。短期間にしては、急成長を見せている。


 「殿下は、私に聞きたいことはないのですか?」

 「じゃあ、マリーの好きなものを教えてほしい。僕は、君が好きなものも、嫌いなものも何にも知らないから」

 「……その、お恥ずかしいのですが。流行りのドレスでしたり、お茶菓子でしたり、そういったものが好きです」


 貴族令嬢の大半は流行り物に敏感であるし、別に恥ずかしがるようなことではないように思える。ただ、クールな印象とはまた違った新たな一面であることは確かだった。


 「もしかして、前に僕に贈ってくれたお菓子とティーセットもそうなの?」

 「はい。大したものではないですが、少しでも外の空気を感じていただければと思いまして……」


 なるほど。確かに、引きこもりのランスが外の情報を知ることは難しい。人からの話を聞こうにも、人見知りな彼は一部の人しか自分の部屋の前に通さないだろう。

 そうなると、流行り物を贈るというのは、なかなかできた案だ。

 マリーのおかげで、気付かぬうちにランスは多少流行についていけていたらしい。


 「茨の魔女様にお伺いしたいのですが、現在の政情はどうなっていらっしゃるんでしょうか?」

 「……」


 第三王子を国王に据える形で十一魔賢が動いていることは知っているだろう。マリーが知りたがっているのは、それよりもっと先のことだ。しかし、機密的な情報をそう易々と話すことはできない。

 だんまりしていると、ランスがじっとこちらを見つめた。ランスにだって、詳しい話はしていない。


 「……ごめんなさいね。詳しいことは、話せないの……」

 「いえ、無理を言ってしまいすみませんでした」


 マリーはただ純粋に、ランスの心配をしているようだった。引きこもっていた彼がいきなり王位継承の争いに巻き込まれるかもしれないとなれば、その気持ちにも頷ける。

 王妃になることは多くの令嬢にとって目標とされているが、マリーの態度はそういった野心からはかけ離れているように思えた。

 ガタイのいい執事がティートロリーを引いてこちらに向かってくる。そっと二人の前に紅茶と茶菓子を並べると、そっとその場を後にしようとした。

 ランスがティーカップを口に運ぶ前に、ローズはその手を止めさせる。


 「……あなた、止まりなさい。フレーバーティーかと思ったけれど、やっぱり違うわ……本物の、鈴蘭の香りがするもの……」


 執事が足を止めると、振り返ってローズをじっと見つめた。


 「不覚。さすが十一魔賢というだけはある」


 途端、勢いのある拳がローズの眼前に迫ってきた。反射で茨がローズから執事を引き剥がすように伸びていく。

 なんとか不意打ちを止めたものの、あまりにも速すぎるその動きについていける気がしなかった。今後も同じような攻撃が連続したとして、全てをかわせる自信がない。

 喰らっても大丈夫な一撃であれば話は別だが、鎧のように鍛え上げられた肉体は、どうもそんな生温い攻撃を入れてくれそうには思えないのだ。


 「驚愕。まさか、余の一撃を防がれるとは。愛い魔法使いよ。十一魔賢でなければ、妻として可愛がってやっても良かったのだがな」


 意味も分からず熱を帯びた視線を向けられて、ローズの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。


 「……気持ち悪い」


 向こうの攻撃に耐えられないと分かっているのであれば、こちらが一撃で仕留めにいけばいい。ランスとマリーを守りながら出せる最大限の力を調節しながら、ローズは口を開いた。


 「……トート」


 周りの景色が一瞬にして様変わりした。一帯には無数の赤い薔薇が咲き乱れており、強烈な香りが鼻腔をくすぐる。

 ローズのためだけに作り出されたこの空間では、生み出した植物をローズの思うままに操ることができる。

 杖を振ると、蔦がとてつもない勢いで執事を壁に叩きつけた。間髪入れずに鋭い茨を打ち込んでいく。今は情報だとか、その後のことを気にしている余裕など全くなかった。


 彼は運が悪い。他の十一魔賢であれば生け捕りを最優先しただろうが、ローズは手加減が苦手だ。

 やるなら零か百。運も実力のうちである。本気で、彼の息の根を止めるまで魔法を撃ち込み続けるはずだった。

 いつの間にか、視界からあの執事の姿が消えている。焦って周囲を見渡すと、腹部に強烈な痛みが走った。硬い拳が、めり込んでいる。肋骨がいくつか折れたのは確かだ。呼吸が上手くできない。息が通らない。


 「凡庸。汝は、魔法に囚われすぎだ。しかし、それもまた愛いことよ。この香りも嫌いではない」

 「……死になさい」


 上空から、数えきれないほどの茨が牙を向いた。さすがに上からの攻撃は予想していなかったようで、避ける間もなく目を丸くする。ローズの身体に無理やりのしかかってきたが、ただ重たいだけで痛みはない。

 腹部の痛みを堪えながらゆっくりと目を開くと、全ての攻撃を彼がその身体で受け止めていた。


 「不快。発想は悪くない。しかし、自身の身体までをも危険に晒すとは。大胆な娘はタイプであるが、こういったやり方は好まぬ」


 ローズを庇った。この男は、ローズを庇ってもなお、ぴんぴんとしていたのだ。

 これでランスたちに目を向けていたら絶望的な状況だったが、幸い彼はローズにしか興味がないようだ。


 「……殿下たちは、逃げなさい」

 「で、でもローズは……」

 「逃げなさい」


 今まで生きてきた中で、一番強い言葉だったに違いない。怯えていたランスはマリーの手を取って、その場から走り出した。この選択が正しいのかは分からない。もし、他にも彼のような人間がいたら終わりだ。

 ただ、ここにいれば絶対に終わりなのは確かだった。肌がぴりつくような感覚が、この人は危険だと警報を鳴らしている。

 ローズが死ねば、彼はランスたちを追いにいくだろう。ここで、止めなければならない。


 「……ふざけないで」

 「妙味。ふざけてなどおらぬ。確かに余はあの令子を狙ったが、余は奴の命など全く持ってどうでもいい。余が求めるのは、芯の強さ。故に汝が気に入った。殺すのには惜しい」


 まだ魔法自体は解けていない。思考する隙を彼が与えてくれなかったがために、失敗はしてしまったが。終わってはいないし、負けてもいない。

 ローズは彼の額に杖を向けて、笑ってみせた。


 「……そう。寂しい人なのね……一人ぼっちは可哀想だけれど、私はもう満たされているの……。あなたの相手は、してあげられないわ……」


 ローズが放った魔法と、彼の渾身の一振りが同時に放たれた。凄まじい爆風が芝生を揺らす。ローズはその場に膝をついた。彼は確かに手を出したはずなのに、ローズに向かってきたのは蹴りだった。

 左腕で庇おうとしたが、庇いきれなかった。それは、見事に折れ曲がっている。どの骨も綺麗に折られているらしく、臓器に刺さるような事態には陥っていない。

 彼も無傷というわけではなく、身体中から血を垂れ流している。ローズが変に手加減しなかったこともあって、相当な怪我を負っているようだ。


 「笑止。余を未完全なものとして扱ったのは、汝が初よ。決めた。汝はこれより余のものだ。誰がなんと言おうと、その決断は揺らがぬ。余の名はゲイル。汝は余のそばで花を愛で、可憐な笑みを浮かべておればそれで良い」

 「……」


 急激なストレス負荷がかかったからか、音が良く聞こえなかった。ただ、そのゲイルという名だけはなんとか拾いとる。

 何を話しているかは分からないが、腹立たしいことを言われているのは確かだ。妙に偉そうな態度と、ローズを見つめるその熱い瞳がさらに苛立ちを加速させる。

 ゲイルがローズを担ぎ上げた瞬間、ローズはロングスカートを手繰り上げて小さなナイフを彼の背中に突き刺した。何度も、何度も同じ動きを繰り返す。


 「痛快。まだ諦めぬとは。愛い心意気よ。しかし、このまま暴れ続けられるのは困る。出来ればその身体は完全な状態で持ち帰りたかったのだがな」


 ゲイルが、ローズの折れ曲がった左腕を力強く握りつぶした。骨が粉々に砕けてだらんと垂れる。とてつもない痛みに、手足をバタバタとさせ、彼を憎しみのこもった目で見つめた。


 「勧告。それ以上暴れるつもりなのであれば、次はもう一方の手を、その次に足を同じようにする他ない。余は汝に四肢を失っては欲しくはない。故に、チャンスを与えているのだ」


 激痛で抵抗するような余力は残っていなかったが、その言葉を聞いてより一層抗う気もなくなった。

 四肢を失うかもしれないという恐怖が、ローズの動きをぴたりと止めたのだ。恐怖。十一魔賢としての皮を無理やり剥がされたような感覚だった。茨の魔女は、ここまで弱くない。

 死ぬ覚悟すら出来ていたはずなのに、いつからここまでこの心は弱くなってしまったのだろうか。


 「満悦。それで良い。余は気に入った相手には優しくするものよ。汝があの令子を守りたがっているのは見れば分かる。故に、余はあれに手を出すつもりなど当にない」

 「……あなたは、ネームレスの人間なのよね……?」

 「至言。いかにも、余はその組織に入っておる。しかし、王国の崩壊も、魔法使いの殲滅も、余からしてみればどうでもいいことよ。余は自由に動き回るのみ」


 ゲイルがローズを担ぎ直すと、機嫌良さそうに指をパチンと鳴らした。それが合図だったのか、目の前に転移ゲートが現れる。

 最悪だ。ランスを守ることを放棄し、物理攻撃特化の、魔法使いにとって最悪であろう相手に敗北した。

 しかも、敵の手に渡ろうとしている。辱めにもほどがあるほどの屈辱だ。

 普段危険な業務を任されることはないため、対人戦闘には不慣れだった。だとしても、さすがにこの惨状は予想していない。


 「スピアレーゼ」


 その声が聞こえた途端、数えきれないほどの光の槍がゲイルのみに焦点を当てて迫ってきた。顔を上げると、見覚えのある二人が視界に映る。


 「その人を、離してください……!」


 片腕が暗闇に包まれたイリアが、ゲイルに剣を構えて足を踏み締めた。

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