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赫灼のアマランサス  作者: 海倉レノ
第二章「瘴気のゆりかご」
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第二章第五話「キザ」

 「……私も、人と話すのは得意じゃないの。練習に付き合ってあげることはできても、教えるのは……」

 「それでもいいよ。外に出て人と顔を合わせて話せるだけでも、僕にとっては本当に……本当に凄いことだから」


 押し切られてしまい、ローズは膝に顔を埋めた。この手のことは、向いていない自覚がある。イリアが屋敷にいた時だって、好きなものの話をしただけで場の空気を凍らせたくらいだ。

 少し前までの自分であれば、そんなこと全く気にしなかっただろう。死ぬまで子供のことを考えていたかもしれない。

 しかし、周りから純粋な感謝を向けられる中でやはりこのままではいけないと思うようになったのだ。子供が一番大切。それでも、今はこちらから歩み寄る努力はいつだって必要なのだと思っている。

 端的に言うなれば、人の目を気にし始めたということだ。壁越しとはいえど、第二王子の前で失敗するわけにはいかない。


 「話している時に緊張しない方法ってあるのかな?僕は、いつも緊張して上手く話せなくなっちゃうんだけど……」

 「……私は、相手によるわ。歳下なら基本的に緊張することはないけれど……その、殿下は今緊張しているの?」

 「緊張はしてないかも……確かに、僕も相手によるんだ。マリーが来た時は、壁越しでも上手く話せなくて……」


 確か、第二王子の婚約者がそのような感じの名前だった記憶がある。


 「……よく分からないけれど、高位の貴族は幼い頃から定期的に婚約者と会うものじゃないの? それだったら……」

 「マリーとは、一度も顔を合わせたことがなくて……肖像画を見て一目惚れしたから婚約を結んだけど、今までまともに話せたことはないんだ」


 恋愛の形に文句を言うつもりはないが、それはほとんど他人のようなものではないかと思ってしまった。

 しかし、正直そこまで冷め切った関係となるとマリーは第二王子に対して嫌悪感を抱いている可能性すらある。

 少しばかり貴族社会を知っている身からすると、社交界でそういった出来事は話題にされやすい。第二王子に相手にされない令嬢として噂されていたとしたら、婚約破棄を願っていてもおかしくはない。

 

 「……殿下。最後にマリー様とお会いしたのはいつなの……?」

 「数ヶ月前だったかな。で、でも。つい最近手紙が来て……僕を心配してくれていたんだ。とても綺麗な字だったな……」


 惚気話を聞きたいわけではないのだが、第二王子はことの重大さを全く分かっていないようだ。


 「まずはマリーと話せるようになりたい……顔を合わせられなくてもいいから。手伝ってくれる?」

 「……ええ。何をすればいいの?」


 それからしばらくは、ローズをマリーに見立てた謎の訓練が行われた。

 マリーがどういう雰囲気の令嬢なのか全く見当もつかなかったため、練習になっているのかは分からない。正直、全く心に響かないキザなセリフの羅列を聞かされて、ローズは何とも言えない気持ちになっていた。

 指摘した方がいいような気もするのだが、本人はそれが良いと思っていそうで気まずい。しかし、ここで大人のローズが言わなければ第二王子が後々苦労することになるだろう。


 「……あの。所々にある決めゼリフみたいなのは、無くしたほうがいいと思うわ……あんまり格好良くないし……」

 「あっ、そうだよね。僕なんかが、変に格好つけようとしても……」


 やはりなかなか気に入っていたらしく、第二王子の声には自虐のようなマイナスな感情が込もっていた。

 元気を失ってしまったのか、それ以降一言も聞こえてこない。今日はもう話してくれないだろうと思っていると、廊下の方から足音が聞こえてきた。

 誰が来るのだろうかとじっと見ていると、背中をくっつけていた扉が急に開いてローズを中に引きずり込む。

 床にばたりと倒れたローズの瞳に、真紅の瞳が一瞬映った。柔らかそうな綺麗な金髪が、力強い目といいバランスをとっている。

 ローズがじっと見つめていると、第二王子は毛布に包まってしまった。


 「ランス殿下、連絡もなしに来てしまいすみません。マリーです。お怪我はないと聞いておりますが、お身体は大丈夫ですか?」


 淡々とした女性の声が扉越しに聞こえてきた。思っていたよりもクールな声だ。何となく、可愛い系の令嬢なのかと思っていた。

 ランスは毛布にくるまったままじっとしている。いつもこんな調子なのだろうか。


 「まだ不安な気持ちが大きいことは存じております。私が必ず殿下をお守りいたしますので、ご安心ください」


 ランスに比べて、マリーは随分と頼もしそうだ。返事をする気がなさそうなランスを見ていると、むず痒さでどうにかなりそうだった。

 人見知りが強かった頃のローズでも、もう少しは話せていたはずだ。どうしたらいいかとでも言いたげな顔で毛布の隙間からローズを見つめるランスを見て、思わずため息をつきそうになる。

 毛布越しにランスの背中を優しく撫でた。ローズが指示を出して言わせた言葉ではダメなのだ。結局のところ、自分で何とかするしかない。


 「では、私は帰りますね。また近いうちに尋ねます。いつか殿下のお隣を歩けるように、これからも精進して参ります」

 「……待って!」


 ランスが口を開いたことにローズが目を丸くすると、彼は自信なさげに口を開いた。


 「……その、いっ、いつもありがとう。僕、マリーに追いつけるように頑張るから……!」

 「……はい」


 足音が完全に無くなるまで、ランスは毛布に包まっていた。落ち着いたらしく、毛布から少し顔を出すとローズをじっと見て再び毛布に戻る。


 「……ありがとう。いきなり引っ張り込んじゃったのに、黙っていてくれて」

 「……別に、当然のことをしただけよ。じゃあ、私はまた出るから……」


 扉の前にちょこんと座ると、ローズはひどく疲れを感じていた。しかし、何年も引きこもりだったランスがまさか部屋に入ることを許すとは……。

 マリーに護衛をつけていることを悟られたくないがためかもしれないが、いざとなった時の行動力はあるという新たな一面を知ることができた。

 それに、マリーと話せたではないか。一日目の成果としてはあまりにも大きい。このままこの部屋から出られるようになれば……。

 一つだけ懸念があるとすれば、ランスが外を出られるようになれば、彼が王に相応しくない理由の大きな一つがなくなってしまうことだ。 

 ランスが王になることを望んでいるのなら、ローズはそれを止めない。しかし、今のところ彼はそんな野望を口にしていないし、そういう政には興味がないように見える。

 外を知ったばかりのランスを政治に巻き込もうとする者が現れた場合、彼を守るために手を汚すこともローズは視野に入れるのだった。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 リリメルの指導を受けてから、イリアは少しずつ剣術と騎士道を身につけていった。

 かといって、元々全くなかった体力はそう簡単には手に入らない。やっと剣の振り方が様になってきた程度の成長だ。

 しかし、騎士道精神というものについてはなかなかの手応えを感じていた。


 「卿は覚えが早い。剣においても、騎士道においても、あとは行動に移すことができればなかなか良いものになるだろう。まぁ、私には到底敵わないがな」

 「……行動。僕からすると、それが一番難しいんですけど」

 「それもそうだろう。卿にとってだけではない。誰しも、学んだことを発揮することは難しいものだ。さて、今日は対人戦から始めるとするか」


 そう言って、リリメルが木刀を構えた。彼女の動きはあまりにも早い。片足が前に出た瞬間にはイリアの頭に鋭い一振りが浴びせられる。  


 見てから動くのでは遅すぎるのだ。


 稽古をつけてもらってから、もう何度も何度も一撃で倒されてきた。しかし、その中で得た学びもある。

 リリメルは剣を振る一瞬の隙に手首を少し捻る癖がある。必要な動きなのかは分からないが、そこで少しだけ動きが遅くなるのは確かだった。

 迷ってはいけない。彼女が足を踏み出す瞬間に一撃を受け止めようと剣を動かす。頭を狙って振り下ろされる一撃を、イリアは横薙ぎに剣を差し込んで受けようとした。


 いける。


 そう思った瞬間、イリアの剣が腕から吹っ飛んだ。受け止め切れるほどの力が足りなかったらしい。

 強烈な一撃を喰らって、イリアの意識は遠のいていった。


 妙に柔らかい感触が手を包んでいる。温かいその感覚にしばらく浸っていたが、ふと目を覚ますと目の前には青い空……ではなく、知らない天井があった。

 ちらりと横に視線を向けてみると、アリスがイリアの手を握ったままぱちくりと目を見開いた。彼女が勢いよく手を離すと、寝ぼけていたイリアの意識も完全に戻ってくる。


 「あれ、どうしてこんなところに……」

 「リリメルが強く打ち込みすぎたのか、あなたが全然目を覚まさなかったから医務室に連れてきましたの」


 なるほど。どうりで頭のてっぺんがひりひりするわけだ。どうやら、アリスを心配させてしまったらしい。そっぽを向いて気にもしていないような顔をしているが、こういう時のアリスは素直ではない。


 「……それで、もう具合は平気ですの?」

 「アリス様がそばにいてくださったからか、すっかり治りました」


 アリスは顔を赤らめると、椅子から腰を下ろしてぷいっと背中を向けてしまった。イリアが騎士道を学び始めてから、こうなることが増えた気がする。

 そういう意味での手応えもあった。強気なアリスが、以前のように怒った様子で言い返してこなくなったのだ。

 出会ったばかりの頃のアリスであれば、イリアは今頃ぼこぼこにされていただろう。

 騎士道はここまで自分を変えてくれた。実際の強さはほとんど変わっていないかもしれないが、精神の在り方の大切さを思い知らされたのだった。


 「今日はもう稽古は禁止とリリメルに言いつけましたので。あなた、少しついてきなさいな」


 久しぶりの感覚だ。アリスがリリメルにイリアのことを頼み込んでくれてから、稽古以外のことは全くしていなかった。

 アリスからしてみれば、毎日待つだけの退屈な時間だっただろう。息抜きがあったほうが、イリアとしても気分転換になるかもしれない。

 ティーガーデンに到着すると、アリスはメイドに紅茶と茶菓子を準備させた。銀製のティースプーンを使うところは変わっていないが、それくらいの警戒は常にしておいた方がいい。

 アリスのメイドを見る視線が以前より柔らかくなったからか、やけに穏やかな空気が流れていた。


 「何だか懐かしいですね。アリス様とここでお話したのが、もう随分前のことのように思えます」

 「……そうですわね」


 アリスは顔を綻ばせた。ティーカップを口に運ぶと、一息ついてイリアの瞳を見つめる。


 「私(わたくし)、来週十三歳になりますの。お父様が屋敷の人たちだけでお祝いをしようって……私(わたくし)は、別にそんなことしなくてもいいと言ったのですが。それで……その、私(わたくし)をエスコートしてくださいませんか?ほっ、本当に小規模な催しではありますけれど」


 顔を朱に染めて、アリスはこちらの返事を待つように両手の指先を合わせた。


 「……僕でいいんですか? きっと、公爵様もやりたがると思うのですが」


 純粋な質問だったのだが、アリスは身体をぴくぴくと震わせて立ち上がる。


 「もう! あなたがいいと言っているんです……! 察しが悪い男は嫌われますわよ!」


 覇気のある声に気圧されそうになったが、なるほど確かに失礼な質問だった。そんなこと、誘う前に考えていたに決まっているのだから。


 「……すっ、すみません」


 情けない表情を浮かべた後、イリアは席を立ってアリスの前に膝をついた。


 「失礼いたしました。僕でよろしければ、ぜひエスコートさせてください」

 「……はい、お願いします」


 アリスがはにかむような笑みを見せた。今なら、できる気がする。アリスの白くて小さな手に唇をつける。しばらく呆然と固まっていたアリスが勢いよく腕を振るった。


 それはそれは綺麗な一振りの平手打ちがイリアの頬を襲った。


 気がつけば、日が暮れかけていた。イリアは芝生の上に横たわっているようで、そばには足をさすっているアリスがいる。


 「どうかなさったんですか?」

 「……別に。少し足が痺れただけですの」


 アリスは目を合わせてくれない。リリメルが言っていたことは嘘だったのだろうか。彼女の話の全てを信じていたわけではないが、結局実行してこうなってしまうのであれば、今度から騎士道は話半分くらいで聞いた方がいいのかもしれない。

 さすがに打たれるとは思っていなかったので反省していると、アリスがゆっくりと口を開いた。


 「あなたが眠っている間に、王城から連絡がありましたの。一月後に上位貴族のみを集めたパーティを開くそうで、我が家も招待を受けて参加する旨を出しました。ちょうどいい機会ですので、それを本番だとしてエスコートの練習でもしておきなさいな」

 「え、王城って。誕生日だけのはずでは……?」

 「それも本番の練習になるでしょう。ちゃんと準備をすれば、何とかなりますわ」


 身内の中での小さな催事から王城でのエスコートに飛躍している。

 エスコート以前にマナーや礼儀すら自信がない。アリスや公爵はあまり口うるさいことを言わないが、他の上位貴族となればそうもいかないだろう。


 イリアが助けを求めるようにアリスを見つめたが、助けてくれそうな雰囲気はない。

 なんなら、困ったイリアの顔を見てしてやったりとでも言わんばかりの笑みを浮かべた。

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