第二章第三話「崩壊」
王都へ向かうように要請を受けてから、リズはほとんど休むことなく捜索を続けていた。幸いなことに、一般市民の負傷者はほとんどいない。
しかし、未だに第一王子と第四王子、そして現国王の所在を掴めないでいたのだ。瓦礫の下敷きになっている可能性は十分にあるのだが、あまりにも崩れてしまった範囲が広すぎてなかなか見つからない。
王城が爆破されてから、数日が経ってしまった。これだけ時間が経ってしまえば、行方不明の王族は皆亡くなっている可能性が高い。
それに加えて、王都近郊にあったいくつかの貴族家も壊滅状態にある。王国は現在、非常に不安定な状況にあった。
「明らかに変よねぇ。市民に比べて、王族と貴族の被害が大きすぎる。王国に取り込まれた元小国か、あるいは反発を抱えている部族が関わっている可能性もあるわよ」
「ローズは大丈夫だったの?」
リズは、ピンクブロンドの髪をかき上げたエリザに目を向ける。相当な魔力を使ったようで、随分と顔色が悪い。リズが駆けつけた時には、既にエリザとローズが現場に到着していた。
しかし、ローズは魔力不足で動ける状態ではなかったのだ。
「少し近づいただけでもごっそり持っていかれるから大変だったわ……本当、最近評判がマシになってきたからって調子に乗りすぎなのよ。歩けるようになったからって、仕事に戻るとかふざけたこと言い出したから一応止めておいたけど」
「そっか。正直収拾がついてなさすぎて、今のところ全く進展がないけど……エリザはちょっと休んだ方がいいんじゃない?」
「そうしたいのは山々だけど、他にあの黒い石がないかもう一度調べてくるわ。また爆発されたらたまったものじゃないし」
黒い石。ギーべラント公爵家にあったものと同じものが、王城でも見つかったのだ。同一人物が作り出したものである可能性が高い。厄介なのは、これが魔法石とは全くの別物であるところにある。黒石には、魔力が一切込められていなかった。
魔法ではない力……まるで、イリアの暗闇のような何かを彷彿とさせる。そんな力を持った人間が複数人いたとしたら──考えたくもない。リズは、瓦礫の中の捜索を続けることになった。空気の通りは全く悪くないのだが、息が詰まるような感覚がずっと残っている。
「……リズちゃん」
「……!」
耳元でそう呟かれて、リズは固まった。心臓が跳ね、足先から血の気が引いていくような感覚がする。恐る恐る背後を振り返ると、鮮烈な赤髪がリズの身体に絡みつくように伸びていた。くすぐったいが、相手がローズだからか笑う気にもなれない。
「……ローズ。エリザに止められたんじゃなかったの?」
「……そうね。でも、リズちゃんに聞いておきたいことがあったから……」
何だろう。正直、リズとローズはそこまで関わりがない。関わろうと思えば関わることはできたのだが、リズ自身が少し彼女を苦手に思っていたこともあってあまり近づかないようにしていた。
「……イリア君は、元気にしているの?」
「……? うん。怪我もあったけど、ちゃんと護衛の仕事はこなしてたよ」
「……そう。ちゃんと守れたのね……」
嬉しそうに微笑むローズを見て、リズはなんとも言えない気持ちになった。リズが知らない何かが、二人の間にはあるのだろう。
それ自体は、人間なのだから仕方のないことだと思っている。リズが一番最初に彼を見つけただけであって、誰と関わろうが口出しする権利はない。
「どうして、そんなに嬉しそうなの?」
「……そうね。自分で決めた道を精一杯歩いていることを知れたからよ……」
ローズはその人にとってためになることをしようとする。それは時に、助けないという選択肢を選ぶことでもある。助けることが、いつだってその人のためになるわけではないというスタンスでいるのだ。ローズは絶対的な味方ではない。安易に手を差し伸べないその考え方は、リズには少し理解ができないものであった。
ローズに頭を撫でられ、リズは何も言えずにされるがままになる。
「身体はもう大丈夫?」
「……まだ魔力は完全に回復していないけれど、もう動くくらいなら大丈夫よ……」
幸いなことに、ローズはわりと元気そうだ。しかし、話すことを話し終えてしまうと沈黙が続く。
「じゃあ、私は捜索を続けるから」
「……ええ。私も、手伝うわ……」
早いところローズから離れたかったのだが、まさかついて来るとは。仕方がない。これ以上話しかけてくる様子はなさそうだし、気にせず仕事に熱中することにする。
ネームレス。今まで反逆を起こそうとする者は多々いたが、ここまで組織としての連携力が高い団体は初めてだ。しかし、まだ分からない点があまりにも多い。
エリザが言っていたように、政治的反乱である可能性は十分にある。ただ、イリアが接敵したネームレスの一人は魔法主義社会への恨みに偏っていたようであるし、もしかすると個々に少し異なった目的があるのかもしれない。
「……リズちゃん。本当に、陛下たちはここにいるのかしら……」
「分からない。でも、捜すしかないよ」
現国王の崩御は、新国王を決める上で大きな争いを生むだろう。次の国王に近いと考えられてきた第一王子の次に優勢であったのは、第三王子だ。第二王子は極度の人見知りで人前に出ることを好まないし、第四王子はまだあまりにも幼すぎる。
しかし、第一王子の勢力が分散した場合、第三王子ではなく、第二王子を推す者も出てくるだろう。
そうなれば、ネームレスの思う壺だ。
それからさらに数日──陽が昇って沈むのを繰り返したが、瓦礫の下からは誰の遺体も見つからなかった。それは喜ぶべきことなのかは分からない。陛下たちが生きている希望は少なからずあるが、その希望に縋っている余裕はないからだ。迅速に体制を立て直さなければならない。
「僕としては、家族の行方が分からない今の状況下で王座に就こうとは思えないね。確かに、僕にとって国王となることは長年の夢だ。しかし、お兄様もいる中で僕がその椅子に座れば、間違いなく争いに発展するだろう」
「ええ、そうでしょうね。第三王子殿下のご意見は至極真っ当。数名欠けてはいますが、私たち十一魔賢も無理強いするつもりはございません。ですが、王がいないということもまた王国にとって大問題でございます」
糸目を細めて、ゾラが第三王子に上辺だけの笑みを見せる。
現在動ける十一魔賢は七名だった。七人に囲まれながらも、第三王子は非常に落ち着いている。数日前は取り乱したような様子を見せていたが、自分の中で色々と折り合いをつけたらしい。
王となるに相応しい風格だ。だが、当の本人が乗り気でないのだからやはり難しいだろう。
「分かっているよ。それでも、この件についてはお兄様と話し合う時間が欲しい」
「左様ですか」
第三王子が部屋から出ていくと、ゾラは浅いため息をつく。
「……さて、僕たちにできることはかなりやったはずだ。王城は復旧作業に入っているし、あとは殿下をお守りすることだね。しかしながら、ここで十一魔賢を大量に投入するのは得策ではない」
ゾラはじっと七人それぞれの面々を見つめた。しばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「不満はあるだろうが、僕とリズ、ローズはここに残る。僕は殿下との交渉役が主、二人は護衛役だ。他はいつも通りの仕事に戻りたまえ」
ゾラがそう言い切ると、集まっていた十一魔賢は次々と解散していった。
「不満そうな顔だね。そこまで戻りたかったのかい? それとも、メンツに不満があるのかな」
「そんな顔してたっけ?ゾラの勘違いじゃないかな」
リズとゾラの間にどこか張り詰めたような空気が漂う中で、ローズは不安そうに手を揉んでいた。普段の仕事内容とは異なるため、不安が大きくなる気持ちも分からなくはない。リズがローズに向き直ろうとする前に、ゾラが口を挟んだ。
「心配する必要はないさ。僕が君を選んだのは実力があるからだ。第二王子殿下は任せたよ」
「……分かったわ」
それから、リズとローズは二人で城内を見回っていた。二人で並んで歩くのは、少し居心地が悪い。ローズは全く気にしていない様子で周囲を見渡しているが、リズは気が重くなっていた。
それにしても、先ほどから鮮烈な赤髪がリズの身体に絡みついてくる。一体どういう感情なのだろうか。顔を見ても全く分からない。
しばらくそのまま歩いていたが、あまりにも邪魔なので控えめな雰囲気を出しながらリズはローズの肩をぽんぽんと叩いた。
「あの、髪が」
「……ごめんなさいね。髪は上手く調節できなくて……」
ローズが自身の髪を引っ張ると、リズに絡み付いていた髪はスルスルと戻っていった。
おもしろい。リズはイリアのように興味を持った事柄を熱心に研究したくなるようなタイプではないけれど、気になった事柄には少しだけ踏み込んでみたくなるのだ。
ローズの髪は、今のリズにとってまさにそれだった。
「今さっきは、どういう気持ちだったの?」
「……えっと。リズちゃんと仲良くなりたいなって思っていたの……今まで、あまり話す機会はなかったから……」
恥ずかしそうに頬を赤くするローズを前に、リズは目を丸くした。こんな人だっただろうか。正直彼女への苦手意識はまだあるが、仲良くなりたいと言われることは純粋に嬉しい。
リズはローズの手を取ると、晴れやかな笑顔を見せた。
「ありがとう。せっかくの機会だし、ローズのこともっと知りたいな」
「そんなこと、久しぶりに言われたわ……」
和気藹々と話していたが、さすが王城というだけあってなかなか道が長い。いつまで経っても、道が続いているのだ。そう、いつまで経っても。
「……リズちゃん。私たち、さっきから前に進めていない気がするのだけれど……」
「気がするんじゃなくて、実際進めてないんじゃないかな。さすがにずっとこの道なわけないでしょ」
──いくら歩いても前に進めない道に、二人は迷い込んでしまったのだった。




