32話「記憶喪失の少女と記憶を探そう②」
夕方の空がゆっくりと赤みを増していく中、マナたちはキラライフ族の集落で夜を待っていた。集落の家々は、昼間よりもさらにやわらかい光をまとい、星の形をした飾りがひとつ、またひとつと灯されていく。広場では子どもたちが小さな明かりの魔法を使って遊び、大人たちは静かに明日の支度をしていた。
ランプはそんな様子をうれしそうに見回しながら、マナたちのそばに寄ってきた。
「夜になると、もっときれいになるんですよ!」
「ほんとに楽しみなのです」
ミクが目を細めて答える。
ホシノはライドスターの上で軽く身体を揺らしながら、集落の灯りを見つめていた。
「なんだか、星が近くなったみたいだね」
「うん、きれい……」
マナも静かにうなずく。けれど、胸の奥では別のことを考えていた。ララから受け取ったコンパス。あれは記憶のありかを示すと言われた。なら、夜になって落ち着いた今こそ、使ってみるべきなのかもしれない。
マナはそっとポケットからコンパスを取り出した。丸い球体のついたそれは、何の変哲もないように見える。だが、ララが「探したいものを念じろ」と言っていたのを思い出すと、自然と背筋が伸びた。
「……これ、試してみようかな」
「コンパスですね」
ミクがすぐに気づく。
「ララさんがくれた、あれか」
ホシノも身を乗り出した。
「うん。言われたとおりにしたら、何か分かるかもしれない」
マナはコンパスを両手で包むように持ち、目を閉じた。記憶。自分の中にあるはずなのに、まだ見えないもの。ララが見せた魔道書の思念も、確かにその場所を示していたはずだ。あの時の言葉を思い返しながら、マナは静かに念じる。
すると、球体が淡く光り始めた。
「わっ、光ったのです!」
ミクが小さく声を上げる。
マナは目を閉じたまま、さらに意識を集中させた。どこかへ向かえ、と導かれるような感覚。球体の光はゆっくりと方向を変え、ひとつの方角を指し示す。
「こっち……」
マナがつぶやく。
光は集落の外れ、家々の並びの向こう側へ向いていた。そこには小さな倉庫のような建物と、使われなくなった広場があるだけで、特別なものは見えない。けれど、コンパスは間違いなくそちらを示している。
「集落のはずれ、かな?」
ホシノが首をかしげる。
「そうみたいです。でも、ここに何があるのでしょう」
ミクも不思議そうに光を見つめた。
マナは一歩、また一歩とそちらへ向かって歩き出した。光はそれに合わせるように、少しだけ強くなる。まるで、そこへ行けと言っているみたいだった。
家々の間を抜けると、空気が少しひんやりしてくる。広場の端には、古びた石の台座がひとつ置かれていた。周囲には人影も少なく、夜の灯りが遠くから静かに届いているだけだ。
「ここ、かな……」
マナは石の台座の前で立ち止まる。
コンパスの光は、なおもそこを指している。だが、何も見えない。記憶のかけらのようなものがあるのだろうか。それとも、まだ隠れているのだろうか。
マナはそっと周囲を見回した。すると、台座の影の中に、ほんのわずかに色の違うものがあることに気づく。昼間なら見落としていたかもしれないほど小さな、曖昧な光だった。土に近い、黄みのある落ち着いた色。それがゆっくりと揺れている。
「……あれ?」
マナが近づくと、光はふわりと形を持ち始めた。
それは小さな玉だった。黄土色の、淡く光る記憶のたま。まだ完全には定まっていないようで、輪郭はやわらかく、触れればすぐに消えてしまいそうだった。
「これ……記憶?」
「たぶん、そうなのです」
ミクが息をのむ。
「色が……黄土色なんだね」
ホシノも目を丸くした。
マナはその小さな玉を見つめた。ララが言っていた「亜人の集落に宿る記憶」。それが、きっとこれなのだろう。どんな記憶なのかはまだ分からない。だが、ここまでたどり着けたということだけで、胸の奥に小さな確かな手応えが生まれていた。
コンパスの光は、その玉に吸い寄せられるようにまっすぐ伸びている。これが自分の探していたもの。まだ形も、意味も、すべては分からない。それでも、見つけたことには違いなかった。
「……見つけた」
マナが静かに言う。
その声には、少しだけ驚きと、ほんの少しの安堵が混じっていた。
「師匠、すごいです」
ミクがうれしそうに笑う。
「うん! ちゃんと見つかったね!」
ホシノも元気よく手を上げた。
マナは黄土色の記憶のたまをそっと見つめる。これが、次の手がかりになる。どんな思いが眠っているのかはまだ分からないが、確かにここにある。それだけで十分だった。
夜の灯りが静かに広場を照らす中、マナたちは新たな記憶を見つけた。まだ小さなひとつのかけらにすぎないが、確かに前へ進んでいる。そう感じながら、三人はその場に立ち尽くしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




