28話「記憶喪失の少女と旅の会話」
国境を越えた三人は、レグナード王国の道をしばらく歩いていた。
門のすぐ先は石畳ではなく、よく踏み固められた土の道になっている。道の脇には低い草が伸び、ところどころに木の杭が立てられていた。案内板には、王都へ続く道と、いくつかの集落へ向かう分かれ道が記されている。
「この道で合ってるのかな」
マナが地図を見ながらつぶやく。
「たぶん合ってるよ。さっきの兵士さんも、近くに亜人部族の集落があるって言ってたし」
ホシノはライドスターに座ったまま、前を指差した。
「まずはその集落を探そうよ! せっかく新しい国に来たんだし、またいろんな人に会いたい!」
「そうですね。ですが、あまり遠くまで行きすぎると、王国の道から外れてしまいます」
ミクが周囲を見回しながら言う。
空は高く、風は穏やかだった。高原ほどではないが、こちらの空気も少し乾いている。道の向こうには畑が広がり、麦のような草が風に揺れていた。いくつもの小さな家が点々と見える。
「ねぇ、師匠。あの家の並び、見える?」
ホシノが目を細める。
「うん。畑の中にぽつぽつあるね」
「王国の人たちの家かな」
ミクは頷いた。
「農作業をしている人も多いのかもしれません。国境の近くは、交易と農業の両方があることが多いですから」
「へぇ、そうなんだ」
マナは歩きながら、道の端に咲く花を見た。知らない形の花だったが、色は鮮やかだった。記憶はなくても、こうして景色を見ていると、少しずつこの世界に馴染んでいく気がする。
しばらく進むと、道の先で荷車を引く男性とすれ違った。麦袋を積んだ荷車はゆっくりと揺れている。
「こんにちは」
ミクが丁寧に声をかけると、男性は軽く帽子を上げた。
「旅人かい?」
「はい。近くにある亜人部族の集落を探しているのですが、どちらへ行けばいいかご存じですか?」
男性は少し考えてから、道の脇にある木の標柱を指差した。
「ああ、亜人の集落なら、このまま北へ少し行った先だ。川を越えた丘の向こうにある。あまり大きな村じゃないが、変わった形の屋根が見えるはずだよ」
「ありがとうございます」
ミクが頭を下げる。
「川と丘の向こうかぁ」
ホシノがライドスターの上で身を乗り出した。
「それなら、見逃さずに行けそうだね!」
「でも、丘を越えるなら少し時間がかかりそうです」
マナが地図を見ながら言う。
「急がなくても大丈夫ですよ。今日は移動しながら見つけられればいいですし、王国の景色も見てみたいです」
ミクは穏やかに言った。
王国の道は、これまで歩いてきた高原の道とは少し違う。草地の間に小さな水路があり、ところどころに木で組まれた橋がかかっている。小さな風車も見えた。風の強い土地ではないが、農作業や水をくみ上げるために使っているのかもしれない。
「ねぇ、師匠」
ホシノがふいに声をかける。
「なに?」
「亜人部族の集落って、どんな感じなんだろうね」
「うーん……キークライ族は静かだったし、スターリー族は空で暮らしてたし、いろいろあるよね」
「そうですね。部族ごとに文化が違うのも、旅の面白いところです」
ミクが答える。
「この先にいる部族は、どんな人たちなんだろう」
マナがそう言うと、ホシノは嬉しそうに笑った。
「それが楽しみなんだよ! こうやって歩いてるだけでも、もう旅って感じするし!」
「旅って、歩くことなの?」
「それだけじゃないけど、まずは歩かなきゃ始まらないでしょ?」
「……たしかに」
マナは少しだけ笑った。
道はゆるやかに北へ曲がり、やがて小さな川が見えてきた。水は浅く、石を並べた簡素な橋がかかっている。橋の向こうには緩やかな丘が続き、その先に木の屋根らしきものがいくつか見えた。
「見えたかも」
マナが目を細める。
「ほんとだ! あれ、集落じゃない?」
ホシノがライドスターの上で立ち上がりそうになる。
「たぶん、あれですね。屋根の形が少し変わっています」
ミクも地図を見ながらうなずいた。
「行ってみよう」
三人は橋を渡り、丘を登り始めた。風が少し強くなり、草の間を通るたびに細かな音がする。空には雲がゆっくりと流れ、陽射しはやわらかかった。
丘の上に近づくにつれて、木で囲まれた小さな集落がはっきり見えてくる。家々は素朴だが、どこか丁寧に作られているようだった。煙突のようなものもあり、生活の気配がある。
「おー、あそこっぽい!」
ホシノが前を指差す。
「人はいるかな」
「きっといますよ。集落ですから」
ミクの声は落ち着いていたが、少しだけ期待も混じっている。
マナは胸の奥で、ふとした高まりを感じていた。これから出会う人たちが、何かを教えてくれるかもしれない。知識でも、文化でも、あるいは自分が何者かを探す手がかりでもいい。
「行こう」
マナが言うと、二人も頷いた。
「うん!」
「はいなのです」
三人は丘を越え、亜人部族の集落へと足を踏み入れた。新しい場所の空気は静かで、少しだけ甘い匂いがした。木の柵の向こうでは、誰かがこちらに気づいたように立ち止まっている。
その先に待つ会話は、まだ誰にもわからない。
けれど、また新しい出会いがあることだけは、確かな気がした。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




