27話「記憶喪失の少女と旅の会話」
朝食を終えた三人は、再びレグナード王国へ向かって歩き出した。ステラバブル高原の道はよく整備されていて歩きやすいが、相変わらず泡草から生まれる泡があちこちを漂っている。風に乗った泡は、陽の光を受けて淡く輝きながら空へ消えていく。その景色を見上げながら、ホシノはライドスターの上で楽しそうに足を揺らした。
「ねぇねぇ、師匠。レグナード王国ってどんなところなんだろうね」
「王国なんだから、大きな街がたくさんあるのかな」
マナがそう言うと、ミクが小さくうなずく。
「そうかもしれませんね。国境を越えるのは少し緊張しますけど、奴隷制度をなくした国なんですよね。どんな人たちが暮らしているのか、少し気になります」
「うん。きっと、今まで行った国とはまた違うよね」
ホシノが前を見ながら笑う。
「違う国に入るのって、なんだかわくわくするよ!」
「ホシノは本当に楽しそうだね」
「だって旅だもん!」
朝の高原には、三人の会話が心地よく響いていた。マナは歩きながら、昨日ララから受け取ったネックレスにそっと手を触れる。青白く光ることはないが、そこにあるだけで心強かった。記憶を探す手がかりはまだ少ない。それでも、ひとつずつ進んでいけばいい。そう思えるようになっていた。
「師匠、疲れていませんか?」
ミクが気遣うように声をかける。
「ううん、大丈夫。昨日より歩きやすいし」
「ならよかったです。レグナード王国までは、もう少しですね」
「ねぇ、着いたら何をするの?」
ホシノが首をかしげる。
「まずは国の中を見て回りたいですね。それと、国境のことも知りたいです」
「国境かぁ。門があるんだよね?」
「たぶん、そうだと思う」
マナは地図を思い浮かべながら答えた。国というものがどんな仕組みで動いているのか、まだよく分からない。けれど、門をくぐれば違う土地に入るということだけは理解できる。
「王様が変わった国なんだもんね。ちょっと見てみたいなぁ」
ホシノがライドスターの上で身を乗り出す。
「見学しに行くわけではないですけど……でも、街の雰囲気は気になりますね」
ミクが笑う。
「うん。人がたくさんいるなら、情報も集まりやすいかもしれない」
マナの言葉に、ミクは少しだけ目を見開いた。
「師匠、いいことを言いましたね」
「そうかな」
「はい。記憶を探すには、人に会うのが一番ですから」
その言葉に、マナは少しだけ安心した。そうだ。今までの旅でも、出会った誰かが何かを教えてくれた。キークライ族のララもそうだった。なら、次の国でもまた、何かが見つかるかもしれない。
やがて、前方の景色が少し変わってきた。高原の草地がゆるやかに途切れ、道の先に石造りの門が見える。門の前には旗が立ち、鎧を着た兵士たちが立っていた。
「見えましたね、国境です」
ミクが静かに言う。
「おお、あれが国境かぁ!」
ホシノは目を輝かせる。
「なんだか、ちょっとすごい……」
マナも思わず立ち止まりそうになる。門の向こうには、これまでと違う空気があるように見えた。国境の先に広がるのは、レグナード王国。新しい国。新しい人たち。新しい出会いが待っている場所だ。
三人が門へ近づくと、兵士の一人がこちらに気づいて手を上げた。
「止まれ。身分を確認する」
「はーい!」
ホシノが元気よく答える。
「私たちは旅の者です。レグナード王国へ向かっています」
ミクが丁寧に言うと、兵士はうなずいて三人を見た。ライドスターに乗るホシノ、ローブ姿のマナ、そして落ち着いた様子のミク。珍しい組み合わせに見えたのだろう。兵士は少しだけ目を細めたが、すぐに穏やかな口調で言った。
「旅人か。最近は珍しくないが、ここを通るなら、少しだけ注意していけ」
「注意、ですか?」
マナが聞き返す。
「あぁ。王国の中は平和だが、国境の近くにはいくつかの部族の集落がある。交易で出入りする者もいるから、道を外れなければ問題はない」
「亜人部族の集落、ですか?」
ミクがすぐに反応する。
兵士はうなずいた。
「そうだ。近くに亜人部族の集落がある。旅を続けるなら、知っておいて損はないだろう」
その言葉に、マナたちは顔を見合わせる。
「亜人部族の集落……」
マナが小さく繰り返す。知らない土地へ向かうたび、知らない人々が少しずつ近づいてくる。そのことが、今は不思議と嬉しかった。
「ありがとうございます。気をつけます」
ミクが頭を下げる。
「うん! 集落があるなら、いつか会いに行けるかも!」
ホシノは相変わらず元気だ。
「まずは王国に入ってからですね」
マナがそう言うと、兵士は門の先を指差した。
「通っていい。だが、道を外れるなよ」
「はい!」
三人は国境を越え、レグナード王国へと足を踏み入れた。門を抜けた先の空気は、これまでと少し違っていた。高原の風よりも乾いていて、どこか落ち着いた匂いがする。
「なんだか、入っただけで雰囲気が違うね」
ホシノがきょろきょろと辺りを見る。
「はい。国が変わると、空気まで違う気がします」
ミクも周囲を見回す。
マナは静かに一歩進んだ。目の前には、まだ見ぬ王国の道が続いている。その先に何があるのかは分からない。それでも、少しずつ歩いていけばいい。
三人は国境を越えたばかりの道を、ゆっくりと歩き出した。
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