22話「記憶喪失の少女と楽しい道のり」
マナとミクとホシノは丘を上り、ステラバブル高原へとやってきた。ステラバブル高原はシャボン泡が飛び交い、そこら中が泡でいっぱいになっているため、注意して歩かなければならない。道は整備されていて歩きやすいので、三人は道を通って進んでいく。目の前に見える風車の町「エアロバブル」を目指して、足をそろえて歩いた。
「さぁさぁ!行こー!」
ホシノはるんるんでライドスターに座り、左右に揺れながら移動している。
「危ないですよ、ホシノさん!」
ミクとマナがその後ろについて行く。涼しげな風が頬を伝いながら吹き、シャボン泡をも運んでいく。
「あはははは!!だいじょーぶだよ~、このくらい平気!」
「大丈夫じゃないのです!落ちたら痛いのです!」
「え~、でも楽しいし!」
ホシノが笑うと、ライドスターがふわりと揺れた。マナはその後ろを歩きながら、思わず足を止めそうになる。
「本当に、落ちないね……なれてるみたい」
「慣れていても心配するものは心配します!」
ホシノはミクの言葉に振り向き、にこっと笑って、
「そんなに気にしなくて大丈夫だって! それより、見て見て!」
ホシノが前を指差す。道の先には、風車の町で見たのと同じような泡が、風に乗ってふわりふわりと流れていた。光に当たるたびに色を変え、淡い虹のようにも見える。
「わぁ……きれい……」
マナがつぶやく。
「はい、なのです。」
ミクがうなずく。
「泡が多いのに、道はちゃんと歩けるのが不思議です」
「道の周りはちゃんと整備されてるからね。泡草のあるところは踏みすぎないようにしてるんだって」
ミクが説明すると、マナは足元に視線を落とした。道の両脇には、背の低い草がゆらゆらと揺れている。ところどころに丸い泡が生まれては、風に押されて遠くへ飛んでいく。その様子を見ているだけで、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「でも、こういう道って歩いてるだけで楽しいよね!」
ホシノが元気よく言う。
「楽しい、ですか?」
「うん! だって、見たことないものばっかりじゃん!」
マナは周囲を見回した。高原の空は広く、雲が高い。風は涼しく、頬をなでていくたびに泡のかすかな匂いがした。草の間からは、泡が生まれては消え、生まれては消える。こういう景色は、森とも街とも違う。静かだけれど、どこか賑やかだった。
「師匠、疲れていませんか?」
「うん、大丈夫」
「ならよかったのです。もう少しで見えてくると思いますよ、キークライ族の集落」
ミクが前を見ながら言う。
「キークライ族……」
マナがその名前を小さく繰り返す。
「どんなところなんだろうね」
「静かで、きっとやさしい場所だよ。あの族ってあんまり争わないみたいだし」
「たしかに……」
ホシノは楽しそうに答えた。
「物々交換が中心なんでしたよね」
「そうそう! なんか面白そうじゃない?」
「面白そう、ですか?」
ミクは少し困ったように笑ったが、すぐにうなずいた。
「たしかに、そうかもしれませんね。キークライ族の文化は、まだ知らないことが多いですし」
「知らないこと、いっぱいだね」
マナがぽつりと言うと、ミクは少しだけ目を細めた。
「でも、それが旅の楽しさでもありますよ、師匠」
「うん……」
その言葉に、マナは少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。知らないことばかりでも、隣にいる仲間たちと一緒なら、少しずつ前へ進める。そう思えるようになったのは、いつからだっただろう。
「おーい! あれじゃない?」
ホシノが急に声を上げた。
二人がそちらを見ると、丘の向こうに白い建物のようなものが見えてきた。最初は霧か何かかと思ったが、違う。白い壁、白い屋根、白い柱。まるで淡い光をまとっているように見える集落だった。
「見えましたね……!」
ミクが目を見開く。
集落に近づくにつれ、家々の形もはっきりしてくる。壁はふんわりとした白さで、藁を編んだような質感がある。
「あの家の素材は気泡藁です。とても軽くて丈夫だと聞いたことがあります」
ミクが答える。
「へぇ……なんか、触ったらぷにぷにしてそう」
「そうかもしれませんね」
マナは白い家々を見つめた。太陽の光を受けて、壁がほのかにきらきらしている。白い家の周りでは、風に乗った泡が静かに漂っていた。高原の景色とよく合っている。普通の家とはまるで違うのに、不思議と落ち着く見た目だった。
「キークライ族の人、いるかな?」
「きっといますよ、師匠。集落ですから」
「うん、でも、あまりしゃべらないんだよね」
「そうらしいですね。でも、会えばきっとわかります」
ホシノは少し身を乗り出して、目を輝かせた。
「ホシノさんは本当に楽しそうですね」
「だって、新しい場所だもん! わくわくするでしょ!」
「わくわく、するのかな」
マナがそう言うと、ホシノはすぐに笑った。
「するよ! 師匠だって、ちょっと楽しそうな顔してる!」
「え?」
「してますよ」
ミクまでうなずく。マナは少しだけ恥ずかしくなって、顔をそらした。
「……そうかな」
「そうだよ!」
ホシノが勢いよく言う。
「ほら、見えてきたよ。あれがキークライ族の集落だ!」
「ねぇねぇ、どんな人たちなんだろう! 楽しみ!」
三人の視線の先に、白い家々が静かに並ぶ集落が広がっていた。風に揺れる泡の向こうで、誰かの気配がした。白い家の間を、何か細いものがふわりと揺れているようにも見える。
「……」
マナは思わず立ち止まった。
キークライ族の集落が、すぐそこにある。その景色は静かで、やわらかくて、これまで見たどの町とも違っていた。次の出会いが、もう目の前まで来ている。そのことだけは、はっきりとわかった。
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