15話「記憶喪失の少女と少しの休憩」
「……ぅぅ………あれ?……」
マナはゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界の向こうで、見慣れたような、けれど少しだけ不安そうな顔が二つ、すぐそばにあった。
「師匠!」
「マナちゃん!」
ミクとホシノが、ほっとしたように声を上げる。
「二人とも、……あれ? あの人たちは?」
「悪い奴らは国の兵士に引き渡したよ」
そう言って奥から出てきたのはホシザキだった。いつもの穏やかな顔だが、その目にはまだ鋭さが残っている。
「ホシザキさん」
「覚えていなさそうだね」
「?」
「いや、お主、もしや大魔道族かい?」
「母様、なにそれ」
ホシノが首をかしげる。
「聞いたことがあるのです。魔法の始祖の亜人だと」
「……あぁ、そうさ」
ホシザキはゆっくりとうなずいた。
「魔力そのものに近い力を扱うと伝わる、古い血筋のひとつだよ。大魔道族は、魔法の理を知る前から、自然と術式を組み上げると言われている。古い文献では、魔法の原型を築いた存在として残っていることもある」
「私、記憶がなくて覚えてなくて、」
「そうかい、記憶を探してるんだったね」
ホシザキは優しく目を細める。
「まぁいいさ、マナが大魔道族だろうと知族だろうと、お主はお主だ」
その言葉は、不思議と胸の奥にすっと落ちた。自分が何者なのか分からないままでも、ここにいる自分をそのまま受け止めてくれる。そんな温かさがあった。
「はい」
マナが小さく返事をすると、ホシノが勢いよく身を乗り出した。
「母様! 師匠すごかったんだよ! あの人たちの魔法を、マナちゃんが一瞬で……!」
「えぇ、見ていたよ。あれはなかなかのものだった」
ホシザキはうなずく。
「何が何でも守りたい、という気持ちが強かったのだろうね。あの状況で手を伸ばせるのは、強さだけではないさ」
「……」
マナは少しだけ顔を伏せた。自分でも、なぜあの時あんなふうに身体が動いたのかは分からない。ただ、守らなければいけない、と心のどこかが叫んでいた気がする。
「でも、マナちゃんが倒れたときはすごくびっくりしたよ……」
ミクがほっとしたように胸を押さえる。
「心配かけて、ごめん」
「ううん、いいのです。でも、ほんとうに起きてよかった……」
ミクの声は少し震えていた。ホシノも、普段の元気さが嘘のように静かになっている。
「マナちゃん、あのあと、なんだか難しい顔してたよ」
「……なにか、聞こえた気がしたの」
「声かい?」
ホシザキが問う。
「うん。誰かが、私に何かを使えって……それから、よく思い出せない」
「……そうかい」
ホシザキはそれ以上深くは聞かず、ただ静かにうなずいた。
「無理に思い出さんでもいい。急いても、記憶は逃げるだけだよ。旅を続けていれば、きっと何かに触れることもある」
「……はい」
マナが答えると、ホシノがぱっと顔を上げた。
「じゃあ、今日はもう休もうよ! すっごく戦ったんだし、疲れてるでしょ?」
「そうね。あなたたちも、きっと限界近かったでしょう」
ホシナもやわらかく笑う。
「ご飯も、すぐに出せるようにしてあるわ。まずは温かいものを食べて、落ち着きなさい」
「ご飯……」
その言葉に、マナのお腹が小さく鳴った。気が抜けた途端、緊張していた身体の力が少しだけ抜ける。
「ふふっ」
ミクが思わず笑う。
「師匠、お腹空いてたのですね」
「……うん」
「なら、なおさらです。いっぱい食べて、元気を戻しましょう!」
そうして四人は食卓へ向かった。木のぬくもりが残る広い部屋に、香ばしい匂いが満ちている。器に盛られた料理はどれも見たことがないものばかりだったが、湯気を立てるそれらは不思議と安心できた。
マナは席に着き、そっと手を合わせる。
「いただきます」
その声に、ミクとホシノも続く。
「いただきます!」
「いただきます」
ひと口食べると、優しい味が広がった。疲れた身体に染み込んでいくようで、思わず目を細める。
「おいしい……」
「でしょう?」
ホシノが得意そうに胸を張る。
「スターリー族の料理は、山と森の恵みが多いんだよ。いっぱい動くから、しっかり食べないとね!」
「うん……ほんとにおいしいのです」
ミクも幸せそうに口を動かす。
ホシザキはその様子を見ながら、やわらかく微笑んでいた。
「今日は大変だったね。だが、お主らがいてくれて助かったよ。あの襲撃、もし遅れていたら被害が出ていたかもしれない」
「そんな……」
マナが言いかけると、ホシザキは首を振った。
「謙遜はいらないさ。お主は立派に戦った。ミクは仲間を守るために動いた。ホシノも、すぐに飛び出してくれた。誰一人、逃げなかった。それがどれほど大事か、わかるかい?」
「……はい」
マナは小さく答える。胸の奥がじんわりと熱くなる。
記憶はなくても、今ここで自分が誰かを助けたことは残っている。そのことが、少しだけ嬉しかった。
食事が終わるころには、空はすっかり暗くなっていた。窓の外では、星鉱石の淡い光が集落を照らしている。高い木々の間に浮かぶ家々が、夜の闇の中で静かに輝いていた。
「少しお休み。もう出るんだろ、」
ホシザキの言葉に、マナは静かにうなずく。
「はい」
そして、また少しだけ、胸の奥に浮かぶ。
誰かの声。
何かを使えという、不思議な響き。
そして、自分の中にまだ眠っているはずの何か。
それでも今は、考えすぎなくていい気がした。温かい食事と、優しい声と、心配してくれる仲間たちがいる。森の中で目を覚ましたあの日とは違って、今の自分は一人ではない。
マナはそう思いながら、静かに目を閉じた。
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