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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
冬:第7便~第9便

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第34話:【第7便】贅沢ミートローフ_4


「じゃ、いきましょ」


 冷ましが足りているかわからないが、とりあえず切ってみないと味見もできやしない。慎重に型から外し、肉だけで網の上に置く。

 包丁の刃をミートローフの端に当てる。表面のハーブが切り口に吸い込まれ、刃が沈んだ。

 すっと抵抗がほどけて、断面が現れる。薄い湯気。肉汁が線になって縁を走り、きらっと光って止まった。


「うわぁ、いい色!」


 二枚、三枚。厚みに迷って、四枚目だけ気持ち厚めにする。切り分けるたび、金属とまな板の軽い音が部屋に溶けていく。

 小鍋のデミグラスをひと混ぜして、スプーンでとろり。縁から受け皿の余白へ流れない程度に、中央を渡す。


「うん、盛り付け天才」


 しっかり自画自賛し、バゲットを二切れ添える。冷蔵庫の中野、コンビニで買ったサラダを小鉢に移し替え、ミニトマトを半分にして添える。

 色が揃うと、写真に撮りたくなる。スマホを構えて二枚だけ。色味がちょうどよく写ったほうを保存して、もう片方は削除した。


「いただきます」


 両手を合わせて、スプーンとフォークを持つ。箸でも良かったが、ここは見た目に逆らいたくない。

 ――最初の一口は、厚めに切った四枚目から。

 フォークの背で軽く押すと、繊維がほどける。際からじわじわと肉汁が流れ、思わずつばを飲み込んだ。肉汁をスプーンで受け止めて、いざ、待ちくたびれた口の中へ。


「……美味しい!」


 思わず目を見開く。最初に来るのは甘さ。肉の甘さに、炒めた香味野菜の匂いが重なる。どちらも、くどくない甘さだ。

 噛むと、舌の奥で小さな粒がきゅっとまとまり、油が弾けてすぐに溶ける。スパイスは、入れ忘れて正解だったかもしれない。だからか塩は控えめで、デミの酸味が追いかけて、全体が丸くなる。


「ちょうどいいじゃん」


 二口目は、薄めのスライスにソース多めで。あえてソースの味を楽しむことにする。

 ソースの縁が舌に触れた瞬間、たっぷりのソースの中に、ワインの香りがふわっと抜ける。


「絶対レストランの味だ! いや、違うな……やっぱり、ホテル?」


 パンをちぎってソースをすくう。パンが重くなって、指先に温度が移る。まろやかな油に、デミと肉汁も混ざって、優しい濁りになる。


「……二人分に多いと思ったのに、一人で全部食べ切れちゃいそう……」


 薄いスライスをサラダと合わせる。ベビーリーフの青い匂いが、ミートローフの甘さを引き上げた。


「うんうん。サラダ添えて正解だね」


 ミニトマトの酸が、鼻の奥がすっと通る。僅かなリーフの苦みと、この酸味が油を洗い流してくれる。

 もう一枚切ろうか迷って、いや先に厚めのを、とフォークを移す。厚いほうは中心がしっとり。温度の差で味が変わる。


「真ん中って、一番ギュッと詰まってる感じがするよね。特別っぽくて好き」


 テレビは消した。代わりに、時計の秒針と、キッチンの冷却ファンの細い音ふが広がる。

 静かな部屋で、噛む音だけが自分に近い。


「あ、そうだ。ふちっこも切らないと……」


 ここまで食べて、ようやく思い出す。あの、粒つぶの入った部分。どんな食感か、楽しみで仕方がない。

 一度席を立ち、反対側を切り分ける。確かに、最初に切った時よりも、包丁の刃に引っかかる感触が伝わる。断面にも、白や半透明の色が増えた。


 これは、そのまま食べてみたいと別のお皿へ。


「さ、どんな感じかな?」


 目当ての粒が入るように、大き目に切り取ってパクリ。


「……んんっ! ちょっとコリコリしてる!」


 なるほどと頷く。

 歯触りにざらつきが増え、噛み締めるとコリッと音を立てて崩れる。僅かに弾力のある部分と、歯で気すり取れる部分、それから、噛み切れているのかよくわからない部分があった。


「軟骨……? かな? あ、違う。ナッツかも」


 それならば納得だ。食感の違いが種類によって出る。ナッツが入るとは、何ともオシャレなことだ。


 ぺろりと端を平らげた後、お次はソース少なめで肉そのものを。

 噛み切る瞬間の抵抗が軽い。先ほどのナッツ入りと比べると、やはり抵抗は少ない。舌触りも滑らかだが、食べ応えは少々落ちる。


「上手く練れたんだな。えらいえらい」


 自分を褒めつつ頷く。自分が褒めてあげなきゃ、昔と違って褒めてくれる人はいないのだ、仕方ない。

 ここでバゲットに、バターを少しだけつけた。新たに塩気が増して味が締まる。


「この組み合わせ、ずるいよねぇ」


 四口目は、切り始めの端のカリッとしたところ。

 焦げ目の香りが濃くて、噛むと薄い苦味が走る。そこにデミが絡むと、急に大人っぽい味に変わった。


「くぅぅ、ワイン開ければよかった!」


 残念そうに言って、水を一口。完全に、口がワインを求めている。しかし、このタイミングで開けるには、もうミートローフの残りが少ない。

 皿に広がる残りは、温度が少し下がっている。

 だからこそ、味が落ち着いて、口に刺さる香りがわかりやすい。ソースは薄めにして、スパイスをひとつまみ。直接つけるとどうなるのか楽しみだ。


「うわっ! これも全然違う!」


 同じ肉でも、急に爽やかさが主張し、次の一口が早急に欲しくなる。欲望には忠実になるべきだと、また一口放り込む。

 いくら食べても、罪悪感がない。


「たまりませんね」


 パンの端をちぎって、皿の隅に流れた細い油膜をすくう。透明に近いが、舌に乗せるとしっかり甘くねっとりしている。

 一滴も残したくなくて、今までで一番パンで皿を綺麗にしたかもしれない。


 皿はあっという間に空になった。フォークとスプーンを揃えて、深呼吸する。


「満点です。ごちそうさまでした!」


 テーブルに戻ると、温かさがまだ残っている。

 ランチョンマットの皺を指で伸ばす。布の手触りが心地よい。


「はぁ。いつまでも、この余韻に浸っていたい……」


 湧かしておいたお湯を、ティーバッグの入ったカップへ注ぐ。

 口の中に、ミートローフの甘さがまだ僅かに残っていた。

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