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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
冬:第7便~第9便

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第33話:【第7便】贅沢ミートローフ_3


「危ない危ない……冷蔵庫に入れるだけ入れさせてね……」


 チャットをチェックして、何もトラブルや質問がないことを確認し、私は一度冷蔵庫に食材をしまう。

 もう、私の頭の中には、ミートローフしかない。早く作って、早く食べたい。そして、SNSにアップしたい。仕事は最低限で良かった。

 送られてくる毎月の懸賞は、どの料理も妙に癖になる。美味しいし嬉しいのだが、早く次の当選品が食べたくて仕方がなくなるのだ。アドレナリンがどぷどぷと、頭の中に溢れ出ているのかと思うくらいに。


 ……ようやく仕事が終わる。残業するような作業もないし、私は早々にアイコンを『退勤』へ切り替えると、大きく伸びをしてエプロンを身に着けた。

 髪をひとつに結び、手を洗う。気持ちも見た目も、準備万端だ。


「よーし、ちゃちゃっと始めますか」


 早速、冷蔵庫から食材を取り出す。ボウルも引っ張り出して、真空パックを開封した。

 ぷち、と音がして、冷たい匂いが鼻をくすぐる。


「綺麗だし美味しそうな色……」


 光の下で見ると、挽肉ミックスはより発色が良くなって、絶妙な色合いに見える。それがまた、たまらない。

 袋から出した瞬間、柔らかくて、まるで練乳のように滑らかだった。手で触れると、最初のひやりとした感触が指先を引き締めた。

 軽く練ってから卵を割って入れ、そこにパン粉をふりかける。ここでも軽く混ぜてから、塩とスパイスと投入した。


「こういうのって、混ぜすぎ注意なんだよね? 気を付けなきゃ……」


 指の間をすり抜ける生肉の感触。押すと空気が抜けて、ぴたぴたと手のひらに吸いつく。脂がてらてらと貼り付いて、指の隙間に伸びた肉が入り込む。


「うわぁ、なんか気持ちいい」


 面白くなって、もう一度こねる。

 ここに、人参とセロリ、それから玉ねぎのみじん切りを加えると、香りが一気に変わった。淡い甘さに、微かな酸味。僅かに絡みも混ざって、キッチンの中が満ちていく。

 手を止めて、指先を見た。パン粉の粒がいくつか指にくっついている。


「……手袋、つけなくてもいいや。この感触、わからなくなっちゃうもんね」


 銀色の型に油を薄く塗り、肉を詰めていく。スプーンで押していくたび、柔らかな感触が伝う。金属の型の内側から、低い反響が返ってくる。


「もうちょっと、ぎゅっとして……」


 押す力を強めると、スプーンを剥がすたびに空気が抜けて、ぴたっと音がした。表面をならし、真ん中に少しくぼみを作る。

 悩んだ結果、あの城と半透明の粒粒は、型の四分の一に混ぜ込むことにした。食感が変わるなら、少し試してみたい。


「ここに肉汁がたまるんだよね?」


 独り言を言いながら、手のひらで型の表面を軽く叩く。金属の音が、まるで迎え入れるための返事のように響いた。

 オーブンを予熱にして、温度を確認する。百八十度。ピッと音が鳴って、数字が光る。


「完璧」


 待ってから型を入れると、庫内の照明が肉の表面を照らした。少し光沢を帯びた生地が、じんわりと熱で色を変えていく。

 扉を閉める。オーブンの奥から、低い唸り声のような音。


「オーブン頑張ってね」


 焼いている間、ソースの準備を始める。小鍋に瓶の中身を全部移す。どろりとした音。鍋の側面に液体が跳ねる。

 しばらくすると、香りが立ち上がった。甘く香ばしくて、少し酸っぱい匂い。焦げないように、木べらでゆっくり混ぜる。

 とろみがつくたびに、奥からぷくぷくと泡が弾けた。


 オーブンのほうを見る。ガラス越しに、肉の表面が薄っすらきつね色になっているのがわかった。

 照明の下で、油が小さな波紋を作りながら、小さな気泡を浮かび上がらせている。


「これは物凄くいい感じなのでは……?」


 思わずガッツポーズする。しかし、焼き時間は足りない。

 タイマーを三十分にセットし直して、窓を少し開ける。冷たい空気が流れ込んで、甘い匂いと混ざった。


「乾燥してるけど、独特の匂いがいいよね、この時期って」


 頬に触れる空気が気持ちいい。寒くなりすぎないように、と、換気程度で窓を閉める。その後、鍋のソースに視線を戻した。火は止めた。あとは、食べる時にかけるだけ。


 ――しばらくして、オーブンのタイマーが鳴った。


「きたきた!」


 声が弾んだ。ミトンをつけて扉を開ける。熱気と一緒に、香ばしい匂いが一気に溢れ出す。


 「うわぁ……」


 思わず笑みが零れる。

 表面は艶のある褐色、角の焦げ目がほんのり黒くて美しい。肉汁が型の底で静かに泡立っている。表面にも油の気泡だ。


「すごい、三つ星レストランみたい」


 私はミトン越しに型を持ち上げ、そっと網の上に置く。ジューッという音が耳の奥に少しだけ続いて、すぐに静かになった。

 ソースを温め直し、木べらで混ぜる。艶が出て、鍋底が見え隠れする。火を止め、網の脇に並べておく。


 型の中のミートローフは、少しずつ温度を落としている。空気の音がして、表面が呼吸するように沈む。

 まるで眠っているみたいだと思った。


「……おやすみなさい?」


 ふざけて言ってみる。まるで返事のように、金属が軽く鳴った。

 ふと見ると、カウンターの端に、例のハーブミックスの小袋が残っていることに気付く。


「あ、忘れてた」


 中に入れるべきだったのかもしれないが、忘れていたものは仕方がない。指でつまんで、ミートローフの上にぱらぱらと振りかける。散らした瞬間、なぜか胸の奥が少しざわついた。


「……ん?」


 自分でも、理由がわからない。

 ただ、その香りの奥に、ほんの一瞬、鉄のような匂いが混じった気がした。最近、この匂いにかなり敏感な気がする。

 すぐに気を取り直して「焦げたのかな」と首を傾げる。


「きっと、満点の味だよね」


 そう言って、私はテーブルにランチョンマットを広げた。

 オレンジ色の布。少し皺が寄っていて、いつかの便の時についたソースの跡が、洗濯したのに薄く残っている。


「あれ、落ちなかったのかな、早めに洗ったつもりだったのに」


 指で跡をなぞってみる。

 消えないけれど、あまり嫌な感じはしない。むしろ、思い出みたいに愛しい。


「さ、盛り付けよう」


 私は包丁を取った。刃に光が走る。包丁を握る手が、ほんの少し震えた。でも、それはきっと、期待のせいだ。

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