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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
冬:第7便~第9便

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第32話:【第7便】贅沢ミートローフ_2


 中身を全部出してみると、箱の中にひんやりとした空気と共に、甘い香りがわずかに残っていた。思わず、匂いを嗅ぐ。

 

「あれ、甘い匂い……」


 思わず声が漏れる。よくある冷蔵の匂いに混じって、ほんのりとした香味のようなものが漂っている。それが甘さの主のようだった。バニラにも似て、けれどもう少し濃い。それに、そこまで甘くない。私は息を吸い込み、胸の奥までその香りを入れた。


「いい匂い。これ、何の匂いだろう? ソース? ジャム?」


 私は、この臭いを知っている。知っているのに、何の匂いなのか思い出せなくて歯痒い。

 ここでようやく、案内紙へ目を通した。いつもと変わらない字体で、優しい言葉が並んでいる。

 『今月お届けいたしましたのは『贅沢ミートローフ』でございます』と。


「嬉しい! 絶対普段自分では買わないやつじゃん!」


 私は思わず紙を胸に抱え、喜びのあまり紙をギュッと抱き潰す。

 下の行には『焼き上げ用の型付きですので、初心者でも安心して作っていただけます』とある。


「型付き……ほんとに? 便利ー!」


 よくよく自分で出したものを見て見ると、パック以外が型らしきものに納まっていた。それは銀色に光る小さな型で、金属の縁がつるりとしていて、照明の光を柔らかく反射している。手のひらに乗せると、保冷材の冷気を吸って、未だに冷たい。


「可愛いサイズ。これだと、二人分くらいかな? 三人分……には少ないの、かも? うーん、食べたことないからわからない……」


 指で縁をなぞりながら呟く。反射した光の中に、自分の指がぼんやり映っている。

 型の次に目をやったのはパックだ。

 ひときわ目を引くのは、中心に置いたピンク色の挽肉ミックス。ほんの少しだけ赤が強く、光の当たり方で色が変わって見える。触れると、ひんやりとして、軟らかい。もっと硬いと思っていたのに、シャーベットのような柔らかさだった。


「わ……何か包装の上からでもしっとりしてる」


 袋の上から押すと、優しい弾力が返ってきた。思わずもう一度触って確かめる。


「すごいな、これ出来上がったら、本当プロの仕上がりになりそう」


 隣には、みじん切りの野菜パック。玉ねぎ、にんじん、セロリが色ごとに分かれていて、並べるだけでカラフルだ。


「彩り綺麗……忘れる前に撮っとこ」


 スマホを取り出して、真上から一枚。カメラのシャッター音が小さく響く。

 型の中身を取り出す。小袋がいくつか入っていて、パン粉、スパイス、塩。それから、小さな瓶がひとつ。『特製デミグラスソース』とラベルに書かれていた。


「デミグラス! 最高!」


 声が弾む。瓶の底を覗くと、粘度のある濃い茶色が光を吸い込んでいる。ゆっくり傾けると、瓶の内側を薄い油膜が滑り落ちる。


「絶対美味しいやつだ、間違いない……」


 キャップを開けようとして、やめた。


「まだ早いね、あとでにしよう」


 キャップの縁に残ったわずかな香りが鼻に触れた気がして、私は小さくくしゃみをした。


 案内紙には『お召し上がりいただくお客様の笑顔を、想像しながら作っております』と書かれていた。


「笑顔ね……うん、これ食べたら多分ニコニコしちゃうもん」


 箱の底に、見慣れない包みがひとつあった。

 白い紙で包まれた、小さな平たい袋。ラベルには『香味ハーブミックス』とある。


「へえ、ここのお店、ハーブ系に強いのかな? 前もついてたよね?」


 角をめくって、鼻を近づける。ほんの少しのローリエと胡椒の香り。


「いい匂い」


 ふと、匂いの奥に、どこか懐かしい匂いが混じった気がした。温かい木と、古いキッチンの匂い。


「……何だろ」


 首を傾げてから「最近、こんなのばっかりだよね」と呟く。


 それから、小さな木箱も目に付いた。マッチ箱のように引いてみると、中にはさらに小袋がふたつ入っている。


「これは……何?」


 中身がわからない。だが、同じく入っていた小さなメモには『食感やアクセントがほしいときにお使いください』と書いてある。

 よく見ると、それぞれ白くて小さな粒と、半透明の粒が入っている。これを入れると、食感が変わるというのか。


 食材を全部テーブルに並べて、写真をもう一枚。当たり前のように『#懸賞当選』『#ミートローフ』『#手作り料理』と、SNSの下書きにタグだけ打ち込んだ。投稿はまだしない。


「焼き上がりも撮ってからのほうがいいよね。そのほうが、当選者っぽい」


 手についた水滴を洗い流そうと、洗面所へ向かう。そこで見た鏡に映る自分が、いつもより少し楽しそうだった。その顔をみつめて、ふっと思う。


「前も、こんな顔してたかも」


 いつのことだったか、思い出せない。

 でも確か、大事な人と並んで笑っていた気がして、そのまま意識が止まる。だが、その程度だと思い直す。


「これに詰めて焼くのかぁ。楽しみ」


 私は、もう一度型を持ち上げて、色々な角度から見てみた。何度見ても同じだが、普段使わないから新鮮で仕方がない。

 ――その瞬間、どこからか風が入って、案内紙の端がふわりと持ち上がる。紙の裏面に、細い印刷の線。いつもの番号が並んでいる。『00482181』。

 読み慣れた数字を声に出す。


「ゼロ、ゼロ、ヨン、ハチ、ニ、イチ、ハチ、イチ……」


 これは、私だけの数字。

 そのまま一度指で型の縁を撫でる。冷たい。オーブンを軽く叩いて、温度設定を確認した。


「よし、準備万端」


 部屋の中は、もう既に良い匂いで満たされている気がした。まだ、何も焼いていないのに不思議だ。


「あー、早く作りたい!」


 何も焦ることなどないのに、気持ちだけが前に出る。別に、ミートローフは逃げも隠れもしないのに。


「さて……遅くならないうちに焼けるかな」


 壁の時計を見て、すっかり仕事を放置していたことを思い出し、私は慌ててパソコンの前に戻る。

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