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身に覚えはありませんか?  作者: 三嶋トウカ
夏:第1便~第3便

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第28話:【第6便】あったかポトフ_3


「さて、やりますか」


 エプロンを首にかける。背中の紐が上手く真っ直ぐにならなくて、何度も結び直して整えた。

 キッチンのライトをひと段階明るくする。

 冷蔵庫を開けると、先ほど入れたばかりの食材が、今か今かと出番を待っている気がした。


「お待たせしましたよ、と」


 独り言が自然にこぼれる。

 どうせ自分しかいないのだから、少しでも楽しく料理ができるならなんだって良いだろう。


 まずは野菜を手に取る。

 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、セロリ。パウチの無機質さも含んだ冷たさが手に伝わって、自分の周りの空気が少し冷える。


「毎回思うけど、カット野菜って一人分にはめちゃくちゃいいよね」


 まな板の上に並べて眺めると『自分がすごくできる人』になった気分だった。

 私は、ただ食材を並べただけなのに。人間とは不思議なものだ。

 そうしてひとつずつ食材を確認すると、セロリの葉の先が少し萎れかけていることに気が付いて、それを指でちぎった。


「……これ、スープに浮かせたら可愛いかも」


 トッピングはコーンが入っていたが、せっかくだし小皿に取っておいた。


 続いてお肉のパックを開ける。

 ハサミで角を切ると、空気がぷしゅっと抜けた。


「うわ、お肉のにおいだ」


 これはまだ加工されていないのに、なぜかほんのり香ばしい。

 ペーパーで軽く水分を押さえて、自分にできる精一杯で美味しさを追求する。

 改めてよくみると、綺麗な赤身だった。少し筋っぽい部分も見られたが、流石下処理済み。包丁が入れてある。


「このまま煮るのかぁ……なんか贅沢」


 手の中の重さに、ちょっとした安心感を覚える。


 一番大きな鍋をコンロに置いて、水を入れる。

 最初の一滴が金属の底に落ちたときの、この独特な音が好きだ。水が満ちていくと、水面が揺らめき光を纏う。


「今日はこの子の出番」


 私は、いつもより少し深めの皿を選んだ。


「はい、そこで待っててね」


 私はテーブルに皿を置いた。


「……あれ? 肉から鍋に入れるんだっけ。それとも、野菜から……?」


 急に不安になった私は、案内紙を手に取り、手順を再確認した。


「おっけー、まずはお肉からね」


 肉を水に沈めて火をつける。リング状の炎が青く揺れて、鍋底を包み込んだ。

 しばらくすると、少しずつ小さな泡が立ち上がってくる。私は灰汁取り用の網を構えた。


「よーし、待ってました」


 灰汁が浮いてくると、水の流れに乗って灰色のくすんだ泡が真ん中に集まる。

 それをゆっくりすくってボウルに移す。何度か繰り返して、湯が澄んでいくのを見届ける。


「この作業、無心になれるわ」


 小さく呟くと、換気扇の音が少し強くなった気がした。

 お湯の音が穏やかになったところで、火を弱める。


「さて、野菜さんたちの出番ですよ」


 順番に入れる。玉ねぎ、セロリ、にんじん、じゃがいも。どれも音を立てずに沈んでいく。

 白と橙と緑が重なって、鍋の中が優しい色になる。

 

「美味しそう……」


 しばらく煮込む間に、テーブルを整える。皿の下にマットを敷いて、パンを袋ごと置いておく。


「今日はこれ一皿で完結だね」


 そう言いながら、フォークとスプーンをクロスさせて置いた。

 鍋のほうからは、ふつふつと音がする。


「……あ、灰汁もう少し出てる」


 スープを入れようと思ったタイミングで、そのことに気が付いた。網を持って近付く。

 灰色の泡をすくい上げた瞬間、湯気の中に一瞬だけ何かの影が見えた気がした。

 それから、誰かが背後に立っているような気配。


「えっ?」


 私は思わず手を止めて振り返る。が、当然誰もいない。


「換気扇の影かなぁ……やだもう、びっくりした」


 小さく笑って、もう一度鍋に向き直る。

 灰汁を取り切り、私は濃縮スープを鍋に入れた。


「うわぁ、いい香り! それに、この美味しそうな色。たまらないなぁ……ほんと」


 飴色になった鍋の中身を、底から静かにかき混ぜて、食材の旨味をスープに溶かす。

 書け混ぜることで、香りが部屋全体に行き渡った。

 鼻の奥に残る香ばしさが、どこか懐かしい。


 蓋をしてしばらく放置した後で、タイマーが鳴った。


「そろそろ出来上がりかな?」


 蓋を開けると、先ほどよりも一段濃いスープの香りが鼻腔をついた。

 目を閉じて、その旨味をゆっくりと味わう。


 火を止めて、鍋ごとリビングで待っている皿の元へ運んだ。

 深皿にしてよかった。これだけ美味しい匂いを漂わせているのだから、全部飲まないと食材に失礼だろう。

 ゆっくりと、お玉を使って中身を注ぎ込んだ。

 スープが先に流れて、その後でぱたぱたと大きな野菜と肉が転がり込む。

 野菜の表面は薄っすらとザラついた幕を張っていて、ほんの僅かに溶けていることがうかがえる。


「最高じゃん」


 出来栄えはこの時点で完璧だ。

 だが、せっかくトッピングが入っていたのだから、それも使わなければ勿体ない。

 ハーブミックスの袋から、ひとつまみ中身を取り出してを入れる。ローリエがふわっと浮き、表面に細かな粒の輪が広がる。


「これ入れると一気にそれっぽくなるじゃん」


 ハーブは素晴らしい。臭みもえぐみも、すべて拭い去ってくれる。

 それから、コーンも入れた。皿の中が、今まで以上に明るくなる。


「この匂いにこの彩り、幸せって感じだな」


 思わずスマホを手に取り、SNSに下書きだけ書き込む。

『#懸賞当選』『#ポトフ』『#おうちごはん』を並べた。

 投稿はまだしない。まずはしっかり味わわなければ。

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